業務委託契約とは?

(質問)
 ある日,甲社の社長乙は,丙との契約を解消するために法的にどのような手段が採れるかを相談しに法律事務所を訪れました。乙が丁弁護士に対し「甲社と丙は業務委託契約を締結しているので,丙は雇用契約を締結している従業員ではありません。」といったところ,事情をきいた丁弁護士からは「甲社と丙の関係は雇用契約ですので,契約の解消は解雇の問題になりますよ。」いわれました。業務委託契約とは一体どのような契約なのでしょうか?

(回答)

1 業務委託契約の法的性質
自己の業務の一部を外部委託することを一般に業務委託といいます。そうした契約について業務委託契約という標題をつけている契約書を頻繁に目にします。しかし,契約の法的性質は,契約書のタイトルや形式で決まるわけではありません。契約内容に照らして,客観的に判断されることになります。
業務委託契約の法的性質として考えられる契約類型は,委任契約や請負契約があります。また,相談事例のように,あくまで外部に業務を委託しているつもりでも,たとえば,従業員と同一の場所・時間業務に従事しており,業務内容の一部が異なるのみといった場合には,法的性質は雇用契約であると判断される場合があります。

2 契約類型による違い
契約類型によっては,適用される法令などに違いが生じます。たとえば,契約関係を解消する場面において違いがあります。当事者が契約を中途解除したい場合,請負では注文者からの解除はできますが,請負人からの解除は認められていません。これに対して,委任では,原則として当事者はいつでも契約を解除することができます。雇用では,使用者からの契約の解除は,解雇にあたり,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は無効となります。
その他受託者の義務の内容や報酬請求権の有無などあらゆる点で違いが生じます。雇用では労働基準法その他の労働関係法令に基づくあらゆる規制に服することになるとともに,社会保険,雇用保険及び労災保険等の各種保険の加入義務が課されることにもなります。

3 契約書によるリスク管理
契約書の役割は,合意の内容を書面に記載して客観的証拠とすることで後の紛争を防止するとともに,紛争が生じた際の解決方法を定めておくことで紛争が生じた際のリスクを最小化する点にあります。しかし,契約類型を誤った契約書を作成してしまっては意味がありません。実際の契約がどの法的性質を有するかは判断が難しい場合がありますので,専門的な判断が必要となることに注意が必要です。

あおり運転にご注意を

(質問)
 最近、あおり運転の報道が多くされていますが、あおり運転はどのような罪に問われるのでしょうか。

(回答)

1 あおり運転とは?
 あおり運転とは,一般的に,道路を走行する自動車等に対し,周囲の運転者が何らかの原因や目的で運転中にあおる(嫌がらせ)ことによって,道路における交通の危険を生じさせる行為のことをいいます。
 具体的には,車間距離を極端につめる,急ブレーキをかける,必要のないパッシング・ハイビーム・クラクションによる威嚇,急な進路変更,蛇行運転,幅寄せを行うことなどの行為を指します。
 ただ,「あおり運転罪」という罪があるわけではないので,法律上,あおり運転の明確な定義はございません。

2 あおり運転罪?
既に述べたとおり,現在,「あおり運転罪」という罪はありません。そのため,あおり運転は,既存の法律を適用して罰せられることになります。
 では,あおり運転は,どのような罪になるのでしょうか。
 まず,道路交通法違反により,罰せられる可能性があります。例えば,あおり運転の一種である車間距離を詰める行為は,道路交通法26条に違反する可能性があり,これを高速自動車国道等で行った場合は三月以下の懲役又は五万円以下の罰金,それ以外の場合は,五万円以下の罰金に処せられる可能性があります。また,急ブレーキをかける行為は,道路交通法24条に違反する可能性があり,三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられる可能性があります。このように,あおり運転の態様によっては,それが道路交通法違反に該当し,罰せられる可能性があるのです。
 次に,あおり行為に,暴行罪(刑法208条)が適用される可能性があります。暴行罪とは,人に暴行を加えることによって成立する犯罪です。暴行罪の「暴行」とは,人の身体に対する不法な有形力の行使をいい,典型的には,人を殴る,蹴る,たたく等の行為がこれに該当します。ただ,暴行罪の暴行の範囲は広く,人の身体に直接接触しなくとも,被害者の身体に向けて不法に有形力を行使すれば暴行に該当します。そのため,あおり行為が,人の身体に向けられた不法な有形力の行使とみなされれば,暴行罪で処罰され得るのです。例えば,加害車両が,被害車両を追跡し,後方からパッシングを浴びせたりクラクションを鳴らしたりしたほか,加害車両を被害車両に急接近させたり,加害車両を並進させたりした行為につき,暴行罪を適用した裁判例があります。
 さらに,危険なあおり運転によって交通事故が起こり,被害者が死傷した場合には,危険運転致死傷罪が成立する可能性があります。危険運転にはいくつかの類型があるのですが,あおり運転で問題となるのは,「人又は車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の直前に進入し,その他通行中の人又は車に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」(自動車運転死傷行為処罰法2条4号)が多いと思われます。仮に,あおり運転が危険運転に該当すると判断された場合は,これにより人を負傷させた場合は15年以下の懲役,人を死亡させた場合は1年以上の有期懲役に処せられる可能性があります。
 このように,あおり運転を行うと,既存の法律であっても,重い罪に処せられる可能性があるのです。

3 行政処分
日本では,交通事故や交通違反の種類に応じて所定の点数を付けて,その点数が一定の基準に達すると免許の停止や免許の取消しといった行政処分を行うという制度(点数制度)が取られています。例えば,過去3年以内に行政処分を受けたことがない場合,6点から14点までは免許停止処分に,15点以上は免許取消処分に該当します。行政処分歴が1回の場合,4点から9点で停止処分,10点以上は取消処分に該当します。行政処分歴が3回以上の場合は,2点又は3点で停止処分,4点以上は取消処分に該当します。
 あおり運転が道路交通法違反に該当すると,当然ながら,点数が加算されます。例えば,高速自動車国道等車間距離不保持は2点,それ以外の車間距離不保持は1点,急ブレーキ禁止違反は2点等です。
 ただ,あおり運転の場合,点数が低くとも,危険性帯有による運転免許の停止等の行政処分がなされる可能性があります(道路交通法103条1項8号)。危険性帯有とは,「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき」には,危険性帯有者として,点数制度による処分に至らない場合であっても運転免許の停止処分(最長180日間)が行われるというものです。
 このように,あおり運転は,行政処分においても厳しく取り締まられているのです。

4 あおり運転への対処方法
では,あおり運転の被害にあった場合は,どうすればよいでしょうか。まず,自動車の窓やドアを閉めて鍵をかけ,路肩やサービスエリアなどの安全な場所に避難することで,身の安全を確保します。そして,加害者が追いかけてきたり脅したりして身の危険を感じるようなら,ためらわずに警察に通報しましょう。
 その上で,可能であれば,ドライブレコーダーを作動させるなどして,加害者の行為を記録に残すようにしましょう。これにより,加害者を処罰しやすくなりますし,損害賠償請求もしやすくなるからです。
 政府は,あおり運転の厳罰化への検討を進めているようです。また,自治体によっては,ドライブレコーダーの購入費を補助しています。
 このように,あおり運転に対する世間の目は厳しくなりつつあります。とはいえ,あおり運転が直ちになくなるわけではありません。そのため,あおり運転にあったときにはどのように行動すべきかを事前に検討しておいた方がよいでしょう。

「闇営業」問題と法的問題について

(質問)
 連日,某芸能人のいわゆる「闇営業」問題が報道されていますが,法律上何か問題があるのでしょうか?

(回答)

1 「闇営業」とは?
「闇営業」は,芸能事務所に所属している芸能人が,事務所を通さずに行う営業という意味で用いられているようです。
 では,闇営業は,違法行為なのでしょうか。
 これは,芸能事務所と芸能人との契約内容の問題です。すなわち,芸能事務所と芸能人との契約において,芸能事務所を通さない営業活動が禁止されていたとすれば,闇営業は契約違反となりますし,逆に,禁止されていなければ,何の問題もありません。
 なお,芸能事務所と芸能人との間で,契約書が取り交わされていないことが問題視されていますが,法律上は,契約書を取り交わさないことが直ちに違法とはなりません。契約は,原則として,口頭で成立するからです。芸能事務所と芸能人の契約は,請負契約や業務委託契約になるのではないかと思われますが,これらの契約は,法律上,契約書を取り交わすことが要求されていませんので,契約書がなくとも法律上特に問題はありません。ただ,芸能事務所と芸能人の契約に,下請法(下請代金支払遅延等防止法)が適用されると,芸能事務所が芸能人に書面を交付しなければならなくなります。すなわち,親事業者の資本金が1000万円を超えて5000万円以下である場合であって,下請事業者の資本金が1000万円以下の場合は,下請事業者を保護する観点から,「下請事業者の給付の内容,下請代金の額,支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」とされています(3条)。いずれにしろ,契約書がないと,何らかの問題が発生したとき,言った言わないの水掛け論になり,紛争に発展しやすいので,契約書があるに越したことはありません。

2 「闇営業」の相手方が反社会的勢力だったときは?
では,闇営業の相手方が反社会的勢力であったとしても,法律上,何の問題もないのでしょうか。
 この点,芸能人が,反社会的勢力から,金銭を受け取っていたとなると,組織犯罪処罰法違反になる可能性があります。
 組織犯罪処罰法では,「情を知って,犯罪収益等を収受した者は,三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」と定められています(11条)。
 今回,芸能人は,特殊詐欺グループの会合へ出席し,何らかの芸を披露して金銭を得ています。そして,その金銭は,詐欺(刑法246条)によって得た金銭と思われますので,そうであれば,かかる金銭は「犯罪収益等」に該当します。
 また,「情を知って」とは,前提となる犯罪の行為状況及び収受に係る財産がその前提となる犯罪に由来することの認識を意味すると考えられており,その行為が違法であることの認識までも求めているものとは解されていません。問題となっている芸能人は,特殊詐欺グループの会合であることを知らなかった等と述べており,他方,特殊詐欺グループ側は,芸能人が特殊詐欺グループの会合だと気付いていたはずだ等と述べており,見解が対立しています。いずれが真実かは分かりませんが,仮に,芸能人が,会合で芸を披露した対価が詐欺によって違法に獲得されたものであることを知っていた,又は知り得たのであれば,組織犯罪処罰法違反になると考えられます。
 もっとも,組織犯罪処罰法11条違反は,3年で時効になりますので,芸能人が特殊詐欺グループから対価を得てから3年が経過していれば,法律上,罪に問われることはありません。

3 暴力団排除条例
闇営業の相手方が反社会的勢力であった場合,反社会的勢力から対価を受け取っていたことが,暴力団排除条例に違反する可能性があります。
 暴力団排除条例は,都道府県事に内容が異なりますので,岡山県の暴力団排除条例を例にとって考えてみたいと思います。
 岡山県暴力団排除条例15条では,「事業者は,その行う事業に関し,暴力団の活動を助長し,又は運営に資する目的で,暴力団員等又は暴力団員等が指定する者に対し,金品その他の財産上の利益を供与してはならない。」と定めています。
 仮に,特殊詐欺グループが暴力団によるものであったとすると,芸能人が芸を披露したことが,暴力団への利益供与に当たる可能性があり,芸能人の認識によっては,暴排条例違反となる可能性があります。

4 脱税
 芸能人が,特殊詐欺グループの会合に参加して金銭を受け取っていたとすると,それは,芸能人の売上げになります。これを申告していなければ,いわゆる脱税にあたり,重加算税や延滞税を課される可能性があります。
 このように,闇営業問題は,闇営業の相手方が反社会的勢力であるとすると多くの法的問題が発生します。
 そして,反社会的勢力との関係に配慮すべきは,私たちも同じことです。相手方が反社会的勢力であるとの疑いを覚えたときは,暴力団追放運動推進センターなどの助力を求めることもできます。
 今回の一連問題を機に,反社会的勢力との関係については,今一度,注意を払いたいものです。

離婚と法律

(質問)
 妻との離婚を考えているのですが、どのような法的問題があるのでしょうか?

(回答)

1 財産の問題
民法では,夫婦別産制を定めています。すなわち,婚姻前に夫婦の一方が取得した財産及び婚姻中に夫婦の一方が自己の名義で取得した財産(例:相続で取得した財産,以下「特有財産」といいます。)は,あくまでその人の財産であり,他方がその財産について権利を有するということはありません。ただ,婚姻後,夫婦で共同生活を営んでいると,夫婦のいずれに属するのかが明らかでない財産というものがどうしても出てきてしまいます。これについては,夫婦の共有財産であると推定されます。
 さて,日本では,夫が外で稼働し,妻が専業主婦として家事労働に従事するという形態が多く見られます。この場合,夫が稼働して得た給与やこれを蓄えた預貯金等(以下「給与等」といいます。)は,夫が会社との雇用契約に基づき得た財産であるとして,夫の特有財産になるのでしょうか。これについては,家庭裁判所の実務上,原則として,夫婦が協力して給与等の財産を形成したのであり,財産形成に対する貢献の程度は,夫婦平等であるとされています。そのため,夫の給与等は,実質的には夫婦の共有財産とされます。
 このように,夫婦の婚姻中に形成された財産は,原則として,夫婦が協力して形成したとして,夫婦の共有財産とされます。そのため,離婚時は,夫婦共有財産をどのようにすべきかを決めなければなりません。これが,「財産分与」の問題(夫婦財産の清算の問題)です。
 財産分与では,夫婦共有財産の清算のほか,離婚後の扶養という要素も加味されます。
 まず,夫婦共有財産の清算ですが,先に述べた考え方により,夫婦は,婚姻後に形成した財産に対して,原則として,相互に2分の1の権利を有します(家庭裁判所の実務)。そのため,財産分与では,夫婦共有財産を等分に分けることで解決を図るケースが多いといえます。このように申しますと,ずいぶんと簡単なことだと思われるかもしれませんが,実際は,夫婦の一方が夫婦共有財産を管理しており,もう一方はそれがどこに,どの程度存在しているかが全く分からないため,適正な財産分与ができない(財産を隠しているとの疑いがある),不動産や自動車などが夫婦共有財産である場合,これらをどのように評価すべきかが難しいなど,様々な問題が発生します。
 次に,離婚後の扶養ですが,婚姻中,夫婦の一方が家事に専念する等の理由で仕事をしていない場合,離婚後,かかる配偶者が,就職するなどして経済的に自立できるまでには時間を要します。そこで,仕事等をしている配偶者は,そうでない配偶者が経済的に自立するまでの間の生活費を負担すべきである(財産分与)と考えられています。もっとも,実務では,夫婦共有財産の2分の1の額で,仕事等をしていなかった配偶者が生活できるのであれば,扶養を考慮した財産分与をする必要がないと判断されることも多くあります。
 このような財産分与につき,離婚時(後)に,夫婦で話し合うことになるのですが,話し合いがまとまらない場合,家庭裁判所に調停又は審判を申立て,第三者を交えた話し合いがなされます。
 なお,財産分与は,離婚後,2年以内にしなければならないという制約があります。

2 慰謝料
夫婦が円満に離婚するのであればよいのですが,夫婦の一方が婚姻の破綻原因を作って離婚する場合は,その離婚原因がなければ離婚しないですんだ他方に対し,離婚することに対する慰謝料を支払う必要があります。
 慰謝料が発生する典型的なものは,不貞行為です。ほかにも,暴力や暴言等があります。
 ただ,夫婦の一方が他方に対して離婚に伴う慰謝料を請求したとき,相手方が素直に応じれば良いのですが,そうでなければ,裁判を起こすしか方法がなくなります。ただ,離婚原因がいずれにあるのかを判断するのは難しく,また,不貞行為等の離婚原因があったとしても,その証拠を取得するのが難しいときもあります。
 そこで,慰謝料に関して話し合いの場を持ち,お互いに譲り合いながら,一定の金額で折り合いを付ける(和解する)ことも多く見られます。

3 公正証書
離婚に関する諸条件につき,当事者間で合意が整った場合,その内容を書面で明らかにすることが非常に重要です。そうしなければ,当事者の一方が合意を反故にしたとき,他方当事者がこれに対抗する手段がない等しいからです。
 そして,書面を作成する場合は,これを公正証書にすることをお勧めいたします。公正証書を作成するには手数料が必要ですが,公証人が書面に記載すべき内容をある程度を整理してくれますし,何より,公正証書の中に強制執行を受諾した旨を記載すると,裁判を経ずとも強制執行が可能になるという大きなメリットがあるからです。

未成年者による契約の取消について

(質問)
未成年の息子が、久々に旧友に会い、いい儲け話があると言われ、学生ローンを組んで勝手に契約し、高額な商品を購入してしまいました。契約を取り消すことは可能でしょうか。

(回答)

1 未成年者は契約を取り消せる?
民法では,未成年者,つまり20歳未満の者は,判断能力が未熟だと考えられて,行為能力,つまり法律行為を自分1人で確定的に有効に行うことができる資格が制限されています。
 具体的には,未成年者が契約などの法律行為をするには,原則として,保護者である法定代理人の同意が必要とされています。そして,未成年者が法定代理人の同意を得ずに法律行為をした場合,当該未成年者とその法定代理人(以下「未成年者等」といいます。)は,法律行為を取り消すことができます。
 法律行為の取消しは,未成年者等が,相手方に対して法律行為を取り消すとの意思表示をすることによって行います。取消しの意思表示は口頭でも有効ですが,意思表示の有無をめぐって後々争いになるのを防止すべく,書面で行った方が安全でしょう。書面を郵送する際は,内容証明郵便で郵送するのが一番確実ですが,多少費用がかさみますので,費用を抑えようと思えば,送付した書面の写しをとった上で,特定記録か書留で郵送することをお勧めいたします。

2 未成年者取消権の効果
法律行為を取り消すと,法律行為が初めから無効であったものとみなされます。そのため,例えば,未成年者が売買契約を取り消したとすると(買主が未成年者),未成年者は,相手方から支払い済みの売買代金の返還を受けることができます。他方,未成年者は,相手方に対し,商品を返還する必要があります。
 なお,未成年者保護の観点から,未成年者は,受け取った商品を「現に利益を受けている限度」で返還すれば足りるとされています。そのため,未成年者が商品の一部使用していたとしても,使用済みの商品を返還すればよいことになります。

3 未成年者であれば誰でも契約を取り消せる?
では,未成年者であれば,無条件でどんな契約でも取り消せるのでしょうか。実は,未成年者が行った契約のうち,いくつか取り消せない場合があります。
① 未成年者が権利を取得するだけか,義務を免れるだけの契約は取り消すことができません。例えば,未成年者が債務免除を受ける場合などです。この場合は,未成年者にとって有利になることはあっても,不利益になることはないからです。
② 法定代理人から処分を許された財産の処分です。例えば,教材を購入するようにと渡された金銭で教材を購入した場合や,お小遣いのように,未成年者が自由に使用することを許された金銭で商品を購入したような場合です。
③ 未成年者が,法定代理人から営業を許された場合は,その営業に関する法律行為は単独で有効に行うことができます。営業を許されたとしても,営業に関する法律行為を単独で有効にできなければ,営業を許された意味がないからです。
④ 未成年者が結婚をしている場合は,成年とみなされますので,未成年を理由とした法律行為の取消しはできません。
⑤ 未成年者が,自己に行為能力がある(成年に達している)と信じさせるために詐術を用いた場合には,契約を取り消すことはできません。このような未成年者は,保護に値しないからです。

4 いつまで取消権を行使できる?
取消権には,行使期間の制限が設けられています。すなわち,未成年者による取消権は,「追認をすることができる時」,すなわち成年に達したときから5年間行使しないと時効によって消滅するとされています。また,「行為の時」から20年を経過したときも同様とされています。
 取消権行使に期間制限があることには注意が必要です。

5 成年年齢の引き下げ
皆様もご存じのことと思いますが,成年年齢を20歳から18歳に引き下げるとの法律は既に成立しており,2022年4月1日から施行されることになっています。そのため,2022年4月1日の時点で,18歳以上20歳未満の方は,その日に成年に達することになります。
 これにより,18歳,19歳の方であっても,親の同意を得ずに,様々な法律行為をすることができるようになります。
 なお,2022年4月1日より前に18歳,19歳の方が親の同意を得ずに締結した契約は,施行後も引き続き,取り消すことができます。

成年後見制度とは

(質問)
私の父親は最近、認知症の症状が出始めてきました。成年後見制度を利用したいのですが、どのような制度ですか?

(回答)

1 認知症の方が行った契約も有効?
 高齢者が,認知機能の低下により,不必要な契約を締結してしまうというケースはよく見られます。後になってご家族が契約に気付き,これを取り消そうとしても,業者が応じてくれず,結局,代金を支払わざるを得なくなったということもよくある話です。
 認知症の方が行った契約は,法的に有効といえるのでしょうか。
契約が有効に成立するには,「意思能力」が必要とされています。意思能力とは,自らの行為の利害得失を判断する能力のことです。一般的に,7歳から10歳程度の者の知力とされています。
そのため,認知症であっても,その方に意思能力があれば,契約は有効になります。逆に,意思能力がなければ,契約は無効となります。
仮に,認知症の方が締結した契約を無効にしたい場合,認知症の方に意思能力がなかったことを証明しなければなりません。この証明は,医師の診断書や締結した契約の内容,契約締結時の状況等,様々な資料を用いて行うことになりますが,過去のある時点において,意思能力がなかったことを証明するのは,非常に難しいと言わざるを得ません。
そこで,このような事態を避けるべく用いられるのが,成年後見制度です。

2 (法定)成年後見制度
 成年後見制度とは,精神上の障害等により,判断能力が十分でない者を保護すべく,その者の行為能力(法律行為を1人で確定的に有効に行うことができる資格)を制限し,これらの者が単独で法律行為をした場合にこれを取り消しうるものとした制度です。
成年後見制度には,次のような種類がございます。
①成年被後見人
成年被後見人とは,精神上の障害によって判断能力を欠くことが普通の状態である者をいいます。
後見が開始すると,成年後見人は,被後見人の財産行為全般について代理権を有します。被後見人が常時判断能力を欠く状態にある以上,財産行為全般において後見人の援助が必要と考えられるためです。
もっとも,被後見人の自己決定権に対する配慮から,被後見人は,日用品の購入その他日常生活に関する事項(以下「日常生活に関する事項」といいます。)については自由に行うことができます。
後見人は,日常生活に関する事項以外で被後見人が行った法律行為につき,取消権を有します。そのため,例えば,被後見人が,高額な貴金属等を購入したとしても,後見人はかかる売買契約を取り消すことができるのです。
②被保佐人
被保佐人とは,精神上の障害によって判断能力が著しく不十分である者をいいます。
保佐が開始すると,保佐人は,法律上定められた重要な財産に関する行為(以下「重要な財産行為」といいます。)につき,同意権を与えられます。つまり,重要な財産行為を被保佐人が有効に行うためには保佐人の同意が必要となり,保佐人の同意なくして当該行為を行った場合は,保佐人及び被保佐人はこれを取り消すことができます。
重要な財産行為は,全部で9個ありますが,主立ったものをあげますと,借財又は保証をすること,不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること(不動産の売買に限らず,不動産に抵当権を設定すること等も含まれる。),相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること,新築,改築,増築又は大修繕をすること等があります。
また,保佐人は,当然には被保佐人の代理権を有するものではありませんが,被保佐人の保護の必要性に応じて,保佐人に代理権を付与することもできます。
③被補助人
被補助人とは,精神上の障害によって判断能力が不十分である者をいいます。
補助は,後見や保佐の場合とは異なり,補助人に付与される同意権や代理権の範囲が法律で定められていません。そのため,補助の申立てを行う際に,補助人に付与してほしい同意権や代理権の範囲を具体的に示す必要があります。

3 成年後見制度の利用の仕方
成年後見制度を利用するには,本人(被後見人,被保佐人,被補助人となるべき者)の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てをすることが必要です。申立ができるのは,本人,配偶者,四親等内の親族等です。
申立をするにあたっては,裁判所備付けの申立書に必要事項を記入するほか,戸籍やご本人の診断書等,いくつかの資料を添付する必要があります。
費用は,家庭裁判所に納める収入印紙や切手代等(1万円弱)のほか,精神鑑定の鑑定料が必要です。鑑定料は,ケースによって異なります。
後見等の開始を申し立てるときは,申立書に,後見人等の候補者を記載することができます。裁判所は,候補者が後見人等になることに問題がないと判断すれば,その者を後見人等に選任します。ただし,候補者が被後見人等のご家族である場合において,その者が後見人になることに反対する親族がいらっしゃったり,管理すべき財産が多額であったりすると,裁判所は,専門家を後見人に選任することが多いといえます。
後見人は,本人の意思を尊重し,かつ本人の心身の状態や生活状況に配慮しながら,財産を適正に管理し,例えば施設への入所契約等,必要な代理行為を行います。そして,それら代理行為の内容を記録すると共に,定期的に家庭裁判所に報告しなければなりません。これらの仕事は,ご家族も行うことができますが,事務の繁雑さや不正防止等の観点から,弁護士等の専門家に依頼されることをおすすめします。

年次有給休暇の取得の義務化について(平成31年4月1日~)

(質問)
平成31年4月1日から、有給休暇の取得が会社に義務付けられると聞きました。会社はどんなことをしなければならなくなるのでしょうか。

(回答)

1 年次有給休暇の取得が義務に
厚生労働省の調査によると、平成30年の日本の有給取得率は平均51.5パーセント。大手旅行代理店の調査では、3年連続で世界最下位の取得率となっており、その取得率の低さが問題視されて来ました。
そのような状況を受け、今般、働き方改革の一環として、有給休暇の取得促進のため、年次有給休暇の取得が義務化されることになりました。この義務は、平成31年4月1日から、すべての企業に対し課せられることになります。

2 会社はどのような義務を負う?
 まず、会社は、従業員に対し、年次有給休暇を付与した日(基準日)から1年以内に、取得時季を指定して、5日の有給休暇を取得させなければならないことになりました。これまで有給休暇は従業員からの請求によって付与するものでしたが、今回、新たに、5日については会社から付与することが義務となったのです。この時、会社は、従業員に対し、取得時季についての意見を聴取しなくてはなりません。
また、時季指定の対象となる従業員及び時季指定の方法を就業規則に記載すること、年次有給休暇管理簿を作成し3年間保存することも義務付けられました。
なお、この制度の対象となるのは、年次有給休暇が10日以上付与される従業員です。管理監督者や有期雇用労働者も含まれるため、注意が必要です。

3 義務違反には罰則も
 これらの義務に違反した使用者は、労働基準監督署の指導を受けることになります。また、有給休暇を取らせなかった従業員1人あたりにつき、使用者に対し30万円以下の罰金を科す規定も設けられています。
そのため、有給休暇の取得を拒否する従業員がいる場合、会社としては、業務命令を発し、強制的に有給休暇を取得させることが必要となります。
また、今回の制度は、従業員に有給休暇を現実に取得させることまでを求めています。そのため、使用者が時季指定を行ったにもかかわらず従業員が勝手に出勤した場合でも、使用者の法律違反となってしまいます。従業員が業務命令に従わず出勤した場合の対処として、懲戒処分を考えることもありうるでしょう。

4 義務化への備え
 このような制度への備えとして、会社には、従業員ごとに有給休暇の消化日数をしっかりと管理することが求められます。まずは従業員(特に管理職)に対し新しい制度を周知し、管理しやすい制度を整えることが大切です。
また、業務への影響を最小限に留めるためには、計画的付与の制度を導入するなど、有給休暇の運用のあり方を改めて検討することも必要となります。例えば、業務の繁閑に差がある企業であれば、閑散期の年休消化を促進し、繁忙期の年休消化を事実上圧縮させる運用を図ることなどが考えられます。

5 生産性UPを目指し運用方法の検討を!
 働き方改革は「休み方改革」とも言われ、今、企業の健康経営の必要性が声高に叫ばれています。
また、同時に、「従業員が出勤はしているものの、心身の不調により十分にパフォーマンスを発揮できない状態」、いわゆる「プレゼンティーイズム」が会社に与える損失の大きさも注目されているところです。従業員に適切に有給休暇を取らせることで心身をリフレッシュさせ、作業効率をアップさせることは、そのような会社の損失を防ぐことにも繋がると考えられます。
実際にどのような方法で有給休暇を取得させるのが適切かは、会社によって様々です。自社に適した運用の方法など、有給休暇をめぐる問題への対処にお悩みの場合は、弁護士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

お金の貸し借りにはご注意を!

(質問)
個人間でのお金の貸し借りをめぐる問題点や注意事項について教えてください。

(回答)
1 お金の貸し借りをめぐるトラブル
当事務所も,お金の貸し借りをめぐる相談を受けることが多々ございます。その中で一番多い 相談が,「お金を貸したのに返してくれない」というものです。
このような場合,まずは,借主に対してお金を返すようにと連絡をとるのですが,もう少し待ってほしいなどと言われるのであればまだましな方で,そもそもお金を借りていない,あのお金は貰ったものだ等と反論されることもあります。こうなってしまっては,貸主と借主の人間関係は完全に破壊され,後は,泥沼の争いが待ち受けることになります。
皆様は金の貸し借りをめぐるトラブルの原因は,どこにあると思われますか?安易にお金を貸した方が悪い,借主の不誠実な態度が悪い等,様々なご回答が想定されますが,法律家としては,貸主と借主の合意内容が客観的に明らかになっていないということが,大きな問題だと思います。貸主と借主の合意内容が不明確であると,貸主はお金を貸したつもりだったが,借主は貰ったつもりだったなど,認識の相違が発生し,トラブルに発展しやすいからです。

2 重要なのは客観的な証拠!
お金の貸し借りをめぐるトラブルを未然に防ぐためには,まずは,相互に認識の相違,簡単に申し上げれば勘違いが生じないよう,合意内容を書面(契約書)で明らかにするべきです。契約書には,最低限,①貸付金額,②借主に金銭を交付したこと,③返済方法及び返済期日,④利息の有無及び利率について,定めるようにしましょう。そして,契約書には,契約書の作成日を記載し,また貸主及び借主の署名押印をします。加えて,お金を貸したときには,送金証明書や領収書など,お金を渡したという痕跡を残しておくとよいでしょう。
ただ,親しい者同士のお金の貸し借りの場合,なかなか契約書まで作成するのが難しいと仰る方もいます。そのような場合であれば,お金の貸し借りに関する約束事につき,メールやライン等でやりとりをしたり,口頭でのやりとりを録音したりして,客観的に約束の内容を明らかにできるようにしましょう。そのようにすれば,貸主と借主の間で,お金の貸し借りに関する認識の相違が発生するリスクを低減できるからです。
なお,当職としては,親しい者同士こそ,金銭の貸し借りで人間関係を壊さないよう,契約書を作成してほしいと思っています。

3 借主がお金を返してくれなかった場合は,どうすればいいの?
借主がいつまでたってもお金を返してくれない場合,どうすればいいのでしょうか。
この場合は,残念ながら,訴訟などの法的手続きをとらざるを得ません。
そ して,訴訟をする場合,訴訟を提起した人が,自らの主張を正しいと裏付ける証拠を提出する必要があります。その際,裁判所は,契約書等の客観的な証拠を重視しますので,口約束だけでお金を貸してしまうと,勝訴の確率はどうしても低くなってしまいます。この点からも,お金を貸す際は,契約書を作成することが重要といえます。
後で嫌な思いをしないためにも,トラブルを事前に防止することを心がけましょう!

相続法改正③(生前贈与・寄与分)

(質問)
相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 遺留分制度とは?
遺留分制度とは,相続人の相続に対する期待を保護するという観点から,一定の範囲の法定相続人(配偶者,子,直系尊属)に対し,最低限の遺産の取得を保障するという制度のことです。
この遺留分は,遺言によっても侵害することはできません。そのため,遺言書で「長男にすべての財産を相続させる。」としていたとしても,次男が遺留分を請求すれば,これを渡さなければならないのです。
さて,遺留分の一般的な割合は,直系尊属のみが相続人である場合は相続財産の3分の1,その他の場合は相続財産の2分の1です(以下「相対的遺留分」といいます。)。そして,相続人各自の個別的な遺留分は,相対的遺留分割合に各自の法定相続分の割合を乗じたものとなります。
具体例で考えてみましょう。例えば,相続人が,配偶者と子供2人(長男,次男)であったとします。この場合,相対的遺留分は,2分の1となります。次に,配偶者の遺留分は,2分の1に,配偶者の法定相続分2分の1を乗じた4分の1となります。また,長男及び次男の遺留分は,2分の1に子供の法定相続分4分の1(子供の法定相続分2分の1を,長男及び次男の間で等しく分けた割合)を乗じた8分の1となります。そのため,相続財産が1000万円であったとすると,配偶者の遺留分額は250万円,長男及び次男の遺留分額は125万円となります。

2 遺留分制度の改正
さて,実際に遺留分を算定するにあたっては,遺留分算定の基礎となる財産を確定しなければなりません。今回の相続法改正では,遺留分を算定するための財産の価格に算入される生前贈与に関する規定が改正されました。
遺留分算定の基礎となる財産額は,被相続人(亡くなった方)が相続開始時に有していた財産額+贈与財産の価格-相続債務の全額となります。この「贈与財産の価格」につき,現行法は「相続開始前の一年間にしたものに限」ると定めています。ただ,判例上,これは,相続人以外の第三者に対して贈与がなされた場合に適用されるものであり,相続人に対して生前贈与がされた場合には,その時期を問わずに遺留分を算定するための財産の価額に算入されると判断されています。そのため,被相続人が,相続開始(死亡)から何十年も前にした相続人に対する贈与によって,遺留分侵害額が変わるということになります。
しかし,被相続人が,相続開始から何十年も前にした相続人に対する贈与など,容易に証明できるものではありません。そこで,紛争が長期化する事案が多く見受けられました。
そこで,改正相続法では,遺留分を算定するための財産の価格に算入される生前贈与につき,これが相続人に対するものであれば,原則として相続開始前10年以内になされた特別受益に該当する生前贈与に限定することとしました。なお,第三者に対する生前贈与については,現行法と同じく,原則として,相続開始1年以内になされたものに限定されています。
これにより,紛争の早期解決がもたらされることが期待されています。

3 寄与分制度とは?
共同相続人中に,被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者がある場合に,他の相続人との実質的な衡平を図るため,その寄与相続人に対して相続分以上の財産を取得させる制度のことです。
例えば,被相続人に2人の子供がおり,そのうち1人は,家業を手伝い被相続人の財産の維持・増加に多大な貢献をしましたが,他方は,早くに家を出て生活し財産の維持・増加に何ら貢献しなかったとします。このように,被相続人の財産の維持・増加に対する貢献の度合いに差がある2人が,平等に被相続人の財産を相続するとしますと,両者の間に不公平が生じます。そこで,両者間の衡平を図るべく,寄与分という制度が設けられています。

4 寄与分制度の改正
先述べましたとおり,寄与分は,現行法では,相続人のみ認められています。そのため,例えば,相続人の妻が,被相続人(例:夫の父親)の療養看護に努め,被相続人の財産の維持又は増加に寄与した場合であっても,かかる妻が,寄与分を主張したり,何らかの財産の分配を請求したりすることはできませんでした。
しかし,これでは,被相続人の療養看護等を全く行わなかった相続人が遺産の分配を受ける一方,実際に療養看護等を務めた者が相続人でないという理由だけで遺産の分配を受けることができず,不公平だと感じる方が多くいらっしゃいました。
そこで,改正相続法では,「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族」は,相続の開始後,相続人に対し,特別寄与料の請求ができると定められました。このように,被相続人の「親族」,つまり6親等内の血族,配偶者及び3親等内の姻族に,特別寄与料の請求が認められるようになったのです。
なお,特別寄与料の請求は,まずは相続人に対して行いますが,そこで協議が整わなければ,家庭裁判所に対し,処分を求めることができます。ただし,かかる請求は,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6ヶ月以内,かつ相続開始時から1年以内にしなければなりません。機関制限があるという点については,注意が必要です。

相続法改正②(凍結預金・自筆証書遺言)

(質問)
 相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 預貯金の払戻し
 身近な人が亡くなると,お葬式の費用や生活費等として,すぐに金銭が必要となることが多いといえます。
 そして,このような費用は,お亡くなりになった方(以下「被相続人」といいます。)の預貯金から賄いたいと思われる方が多いことでしょう。
 しかし,相続人が,被相続人の預貯金を引き出そうとすると,既に口座が凍結されており,金融機関が払戻しに応じないという事態がよく見受けられます。相続人全員の同意があれば,預貯金を引き出すことは可能でしょうが,遺産分割について争いがある場合は,相続人全員の同意を得ることは困難です。このような事態は,被相続人の給与等で生活をしていた家族にとって,死活問題となり得ます。
 そこで,改正相続法は,遺産に属する預貯金債権のうち,相続開始時の預貯金債権額の3分の1に権利行使者の法定相続分を乗じた額については,金融機関ごとに法務省令で定める額を限度として,単独で金融機関に対して払戻しを求めることができるという制度を新設しました。
 具体例で考えてみましょう。被相続人の遺産として,6000万円の普通預金があるとします。相続人は,配偶者と子供2人です。この場合,配偶者が,本制度を用いて被相続人の預貯金を引き出そうとすると,遺産である普通預金6000万円の3分の1である2000万円に,権利行使者である配偶者の法定相続分2分の1を乗じた1000万円については,単独で払戻しを受けることができるのです(法務省令で定める限度額によっては,1000万円の払戻しを受けることができないこともあります。)。
 これにより,相続人が,被相続人の預貯金を引き出すことが容易になりました。

2 法定単純承認の危険
 相続人は,相続が開始した場合,相続放棄(被相続人の権利や義務を一切受け継がないこと),限定承認(被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐこと),単純承認(被相続人の権利や義務をすべて受け継ぐこと)のいずれかを選択できます。
 しかし,法律上,一定の事由がある場合は,当然に単純承認の効果が発生すると定められているのです。これが法定単純承認という制度です。
 単純承認とみなされる事由の中に,「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」というものがあります。相続財産の処分行為は,相続人が相続放棄や限定承認をしないことを前提とした行為であるため,単純承認をしたものとみなされるのです。
 そして,原則として,預貯金の解約は,法定単純承認事由である「処分」に該当します。そのため,相続放棄や限定承認を検討しているうちは,被相続人の預貯金の解約はしない方が安全といえます。もっとも,預貯金解約によって得た金銭の使途等によっては,法定単純承認である「処分」に該当しないと判断される可能性があります。例えば,被相続人の貯金を解約し,葬儀費用にした行為につき,単純承認とみなされる「処分」に該当しないと判断した裁判例もあります。被相続人の葬儀は,遺族として当然に営まなければならないものであり,葬儀費用に相続財産を支出したとしても信義則上やむを得ないと考えたためでしょう。ただ,これも,ケースバイケースの判断かと思われますので,葬儀費用であれば相続財産から支出しても単純承認をしたとみなされないと考えるのは危険です。
 いずれにしろ,相続財産を処分する場合は,相続放棄や限定承認ができなくなる危険があるということは,念頭に置いておいてください。

3 自筆証書遺言の方式の緩和
 現在,自筆証書遺言は,全文,日付及び氏名のすべてを自書しなければならないとされています。しかし,高齢者等にとって,全文を自書するのは骨が折れる作業であり,これが自筆証書遺言の利用を妨げる要因となっていると指摘されてきました。
 そこで,改正相続法は,自筆証書に添付する財産目録については,自書することを要しないと定めました。財産目録とは,例えば,相続財産が不動産である場合は,その地番,面積等,預貯金等債権である場合には,その金融機関名や口座番号等です。これらは,自書することが煩雑であると共に,形式的な記載事項であるため,自書する必要がないとしたものです。但し,遺言者は,財産目録の各ページに署名押印をすることが必要です。

4 自筆証書遺言の保管制度
 自筆証書遺言のデメリットとしては,作成後に遺言書を紛失したり,又は相続人によって隠匿,変造されたりする恐れがあるなど,トラブルが発生しやすいという点にあります。
 そこで,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が制定され,自筆証書遺言を公的に保管する制度が創設されることとなりました。
 具体的には,遺言者は,遺言書保管官(遺言書保管所(法務省)に勤務する指定法務事務官)に対し,遺言書の申請をします。なお,かかる遺言書には,一定の形式が求められます。そして,申請を受けた遺言書保管官は,遺言者の本人確認を行い,保管日から,遺言者死亡日から政令で定める一定の期間が経過するまで,遺言書保管所の施設内において遺言書を保管します。
 これにより,自筆証書遺言の利用促進が望まれます。
 なお,遺言書保管法の施行期日は,平成32年7月10日と定められました。そのため,施行前には,法務局に対して遺言書の保管を申請することはできませんので,ご注意ください。