育児休業取得と不利益取扱い

(質問)
 A社は、就業規則で、毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせないことを定めています。Xは、A社の経理部で10年間勤務しており、2年前に結婚し、昨年妻が出産をしました。Xは、妻と育児を共同で行うため、3ヶ月の育休を取得したところ、その就業規則により、翌年昇給できませんでした。
 Xは、A社に対して、育児休業取得後、昇給されなかったことは不利益取扱いにあたるとして、損害賠償請求を検討しています。
 Xの請求は認められますか。

(回答)

1 男性の育児休業取得について
「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「法」といいます)における育児休業制度とは、親が子を養育するために休業をする制度をいい、父親、母親のいずれでも育児休業をすることができます。
 また、労働者と法律上の親子関係がある「子」であれば、実子、養子を問いません。
 さらに男性が事実婚の妻の子に対して育児休業をする場合には、申出時点において認知を行っていることが必要になります。
 育児休業は原則、労働者がその養育する1歳に満たない子どもについて、その事業主に申し出ることにより、取得をすることができます(法5条1項)。
 また子どもが2歳になるまで、段階的に認められる制度になっています。
 さらに契約社員、派遣社員やアルバイトなどの有期契約労働者についても、一定の要件を満たす場合には認められます。
 上記の要件を満たした者が育児休業を申し出た場合、事業主は、原則としてこの申し出を拒むことはできません(法6条)。

2 育児休業取得による不利益取扱い禁止
育児休業制度の趣旨が、子育てを夫婦で共同して行うために、育児休業を取得し、会社に復帰後も働きやすい環境を整えることによって、職業生活と家庭生活との両立を通じて、福祉の増進を図り、あわせて経済や社会の発展に資することを目的としています。このことから、事業者は、育児休業を取得したことで、労働者に対して不利益な取扱いをすることは禁止されています(法10条)。
実務上、不利益取扱いに該当するとされた裁判例は、以下のようなものがあります。その裁判例によると、毎年1回行われる定期昇給をすることが就業規則で定められている会社において、育児休業を取得した者に対して、休業を取得した年度は定期昇給をさせない旨の規定を設けることは、昇給不実施による不利益が将来的に昇給の遅れとして継続することに着目して、法10条の「不利益取扱い」に当たるとの判断がされています(大阪地裁平成31年4月24日)。
 この裁判例に照らすと、相談事例も同様に、A社では、就業規則に毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせない旨規定しています。Xは、3ヶ月の育児休業を取得したところ、この就業規則により、翌年の昇給ができませんでした。これは、法10条が規定する「不利益取扱い」に当たる事例と考えられます。したがって、相談事例のXはA社に対しての損害賠償請求は認められる可能性が高いと言えるでしょう。

3 その他
また、育児休業取得を理由に社内で不利な対応した場合、法10条の不利益取扱いに該当しないとしても、ハラスメントに該当する可能性あります。
さらに、育児休業制度は、令和4年に雇用環境整備や有期雇用労働者の育児休業取得の要件緩和、出生時育児休業の創設、育児休業の分割取得、令和5年には、育児休業取得状況公表義務など、育児休業取得を促進させるような法改正が続いています。
今後、社会のニーズにより、男性の育児休業取得も増えることが予想されますので、本件相談事例のような育児休業による問題が起こる可能性が高いと言えます。育児休業制度など労使関係のトラブルは、弁護士に御相談ください。

取締役解任の損害賠償額について

(質問)
 Xは、A社の代表取締役であり、一人株主です。A社は非公開会社(株式譲渡制限会社)であり、取締役の任期については、定款に10年である旨の規定があります。
 A社は、従業員50人の車の部品を製造する会社であり、Xは、今後の車の自動運転における市場を獲得するため、友人の経営コンサルタントYを取締役として選任し、A社に迎え入れました。
 しかし、Yを選任してから1年後、XはYとプライベートのことで喧嘩になり、臨時株主総会において、Yを解任しました。Yは、正当な理由がなく取締役を解任されたとして、A社に対して残りの任期9年分の報酬相当額を損害賠償請求してきました。
 Yの請求は認められますか。

(回答)

1 取締役の任期
会社法(以下「法」といいます)332条1項では、取締役の任期は2年と規定されていますが、同条2項において、非公開会社においての取締役の任期は定款の定めがあれば、10年まで延長することができると規定されています。これは、非公開会社では、株主が取締役に就任していることが多く、株主の変動も少ないため、公開会社に比べると頻繁に株主の信任を得る必要性が乏しいとの考えに基づくものです。
 本件の事例では、A社の定款において、取締役の任期は10年である旨の規定がありますので、A社の取締役であったYの任期は10年となります。

2 取締役解任における正当な理由
法339条1項では、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」と規定されており、同条2項で、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き株式会社に対し、解任よって生じた損害の賠償を請求することができる」と規定されています。
 上記の規定は、同条1項において株主総会決議による取締役解任の自由を保障しつつ、当該取締役の任期に対する期待を保護しています。一方で2項において、当該解任に正当な理由がある場合を除き、当該解任がなければ当該取締役が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について、会社に賠償責任を負わせる規定を設けています。これは会社・株主の利益と取締役の利益の調和を図ったものと解されています。
 同条2項の「正当な理由」とは、会社が当該取締役に取締役としての職務執行を委ねることができないと判断するやむを得ない客観的な事情があることをいいます。過去に「正当な理由」が認められた裁判例では、取締役に法令や定款に違反する行為がある場合や、病気療養のため取締役としての職務を果たせなくなった場合、または取締役として能力が著しく欠如する場合などがあります。
 本件の事例では、XはYをプライベートな喧嘩を理由に解任しており、正当な理由が認められる事例ではありません。

3 損害賠償額の妥当性
では、正当な理由なく解任されたYはA社に対して、残りの任期9年分の報酬相当額が損害賠償請求として認められることになるのでしょうか。
取締役の任期を10年と定めた非公開会社において、取締役の任期満了途中に、任期を定款で短縮し退任させた事案の裁判例では、正当な理由が認められないことを前提として、取締役の任期が5年5ヶ月以上残っている場合であっても、残りの任期中に会社の経営状況や取締役の職務内容に変化がまったくないとは考えがたく、残りの報酬を受領し続けることができたと推認することは困難である。このことから損害額の算定期間は、2年間に限定することが相当である旨の判断をしています(東京地裁平成27年6月29日判決)。この裁判例は、「正当な理由」がない取締役の解任や退任について損害賠償額は、社会通念上合理的であると認められる経済的な補償の範囲として、法332条1項を参考に取締役の任期2年分が相当であると判断したものだと考えられます。
この裁判例に照らすと本件の事例では、Yに対する損害賠償額は、残りの任期9年の報酬相当額ではなく、任期2年の報酬相当額が認められる可能性が高いことになります。もっとも、取締役の解任についての損害賠償請求については個別の事情も考慮し判断されることから、損害賠償額については事例判断になると言えます。
この事例のようなケースのほかにも、会社役員の選任や解任については様々な問題があります。会社役員の選任や解任に関する法的トラブルでお困りの際は、弁護士にご相談ください。

離婚による財産分与の基準時

(質問)
 XはYとは婚姻して10年が経ちますが、約1年前からYの不倫が原因で別居をしており、現在は離婚協議中です。
 また、Xは別居後にYからの生活費は一切受け取っておらず、自分自身の経済力のみで生活をしています。
 Xは、毎年の年末に宝くじを購入していたところ、昨年の年末、運良く5000万円が当選しました。
 Xは、その当選金で3000万円の甲別荘を購入しました。
 Xが甲別荘を購入したことを知ったYは、婚姻中に甲別荘を購入したのだから、甲別荘も夫婦の共有財産となり、財産分与の対象になると主張してきています。
 甲別荘も財産分与の対象になるのでしょうか。

(回答)

1 財産分与とは
財産分与とは、夫婦が共同生活を送る中で形成した財産の公平な分配を行うという趣旨から、離婚をした者の一方が他方に対して、婚姻中に築いた財産の分与を請求することができる制度のことです(民法768条1項)。
 財産分与は、離婚をする当事者間で協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができます(同条2項)。
 もっとも、財産分与の請求ができる期間には制限があり、離婚成立から2年以内とされています(同条2項)。

2 財産分与対象の財産
財産分与の対象財産は、婚姻後、夫婦が共同生活を送る中で形成した財産を対象にしていることから、夫婦の一方の名義の財産であっても、実質的には夫婦の協力によって形成された財産である場合には、財産分与の対象となります。具体例としては、婚姻中に購入したマイホームや車、婚姻期間中に発生した預貯金などがあげられます。
 一方で、夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中に自己の名で得た財産である特有財産(民法762条1項)は、夫婦が共同生活を送る中で形成した財産とは言えないので、財産分与対象の財産には含まれません。
 特有財産の具体例としては、婚姻前の預貯金や婚姻中に自己の名義で相続した財産などがあげられます。

3 宝くじの当選金で購入した不動産
夫の小遣いで宝くじを購入し、当選金の約2億円を原資として購入した不動産の分与が問題となった事例において、裁判所は、「当選した宝くじの当選金約2億円の購入資金は夫婦の協力によって得られた収入の一部から拠出されたものであるから、本件当選金を原資とする資産は、夫婦の共有財産と認めるのが相当である」と判断しています(東京高決平29・3・2判タ1446号114頁)。
 この裁判例によると、婚姻中に宝くじの当選金で購入した不動産は、財産分与の対象財産になると言えます。

4 財産分与の基準時
 財産分与の基準時は、原則として離婚時ですが、「離婚前に夫婦が別居をしていた場合には、特段の事情がない限り、別居時の財産を基準にしてこれを行うべき」(名古屋高判平成21・5・28判時2069号50頁)とされています。この裁判例は、夫婦が共同生活を送る中で形成した財産の公平な分配を行うという財産分与の制度趣旨を前提として、別居後は夫婦としての共同生活が存在せず、夫婦間における経済的な協力関係が終了したことを考慮して判断されたものだと考えられます。
 相談事例は、上記3の事例と異なり、Xは宝くじが当選した当時はすでに別居をしており、生活費についてもYからは一切もらっていません。
 そして、Xは宝くじも自分のお金で購入しています。
 このことから、宝くじの購入資金は夫婦の協力によって得られた収入の一部から拠出されたものであるとは言えません。
 したがって、Xが宝くじの当選金で購入した甲別荘は財産分与の対象財産にはなりません。
 この事例のようなケースのほかにも、財産分与については様々な問題があります。
 財産分与に関する法的トラブルでお困りの際は、弁護士にご相談ください。

従業員への貸付けと給料の天引き

(質問)
 当社の従業員が、資金繰りに困っているため、会社からお金を貸し付けて、返済は月々の給料から天引きすることをしたいと考えています。また、返済し終わるまでに退職した場合には退職金で相殺をしようと考えています。この場合に貸付けにあたって注意すべきことはありますか。

(回答)

1 賃金全額払いの原則
  労働基準法上、賃金の支払いについての定めがあり、その中の一つに全額払いの原則があります。これは、その名の通り賃金は全額支払わなければならないというものです。そのため、従業員が会社に追っている債務と相殺することも原則認められません。労基法では例外として、①法令に別段の定めがある場合か、②過半数労働組合又は労働者の過半数代表者との書面による協定がある場合には、賃金を控除することができます。
 ①法令に別段の定めがある場合とは、所得税の源泉徴収、社会保険料の控除などが該当します。

2 労使協定の必要性
  会社の貸付金の返済のために天引きをしたいのならば、②を満たすことが必要となります。そのため、労使協定が必要となります。とはいえ過半数労働組合がない場合には、過半数代表者と協定しなくてはならず、その充足性が問題となります。
 法律上必要とされている要件は、㋐管理監督者でないことと、㋑投票、挙手の手続により選出され、使用者の意向に基づく選出でないことです。
 ㋑の要件は近年否定されている事例が発生しています。要件が否定される例としては代表者を社長が指名するもの、勤続年数のみを理由に代表者を選定するものがあげられます。本来的に過半数代表者は従業員全員が候補となり得、選挙の方法により互助で選出されているといえなくてはなりません。

3 労使協定が無効とされる場合に備えて
  労使協定が締結されているからと、会社貸付をするにあたって漫然と天引きすることについての定めを置いたとき、労使協定の効力が否定されれば賃金全額払いの原則に反するとして天引きができなくなる可能性が生じます。
 そのため、念のため、労使協定が無効と判断されたとしても、労働者の自由な意思に基づいて天引きや相殺に合意したといえるような状態にすべきであるといえます。
 そのため、契約書自体に天引きや相殺についてきちんと規定を置くだけでなく、規定を置いたことを従業員に説明をし、場合によっては、説明を受けたことについてサインをもらうといったことをするべきかと思われます。

飼い犬の咬傷事故に関する法的責任

(質問)
  ある日、Xが飼犬を散歩していたところ、たまたま通りかかった通行人Yに飼犬のうち1頭が嚙みついて怪我を負わせてしまいました。Xは、飼犬が急に引っ張ったことでリードから手を放してしまったようです。この場合、Xは、どのような法的責任を負うでしょうか。

(回答)

1 飼い犬の咬傷事故
 環境省の調査によれば、令和3年度には、咬傷事故の件数は4423件、被害者数は4568人であり、そのうち、飼い主・家族以外の被害者は4113人で多くの割合を占めています。事例のような飼い犬の咬みつき事故はたびたび発生します。

2 民事責任
  ⑴ 民法709条・民法718条による損害賠償責任
  飼い主の不注意によって他人に怪我を負わせた場合、過失により、他人の身体を害して、損害を負わせたことで、飼い主は、第三者に対して不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)を負います。また、民法718条第1項(動物の占有者等の責任)では「動物の占有者は、その動物が他者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りではないとされます。」とされています。動物の占有者である飼い主は、「相当の注意をもってその管理をしたこと」を主張・立証しなければ、責任を免れることはできません。
 ⑵ 「相当の注意」とは?
   「相当の注意」とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものではないと解されます(最判昭和37・2・1民集16巻2号143頁)。①動物の種類・雌雄・年齢、②動物の性質・性癖・病気、③動物の加害前歴、④占有者らにつき、その職業・保管に対する熟練・動物の馴致の程度・加害時における措置態度など、⑤保管の態様、⑥被害者につき、警戒心の有無、被害誘発の有無、被害時の状況等の事情を考慮して判断するとされます。
 ⑶ 損害の範囲・過失相殺
   損害の範囲としては、相当因果関係がある範囲に限られ、例えば、入院費、治療費、休業損害、後遺障害による逸失利益などが考えられます。
また、損害の発生に関して、被害者側が事故を誘発したなどの被害者側にも過失が認められるような場合には、過失相殺が認められる場合があります。

3 刑事責任
  飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、親告罪ではありますが、過失傷害罪が成立する可能性があります(30万円以下の罰金又は科料)。また、岡山県動物の愛護及び管理に関する条例では、「飼い主は、その飼養する動物が人の生命、身体又は財産に害を加えたときは、直ちに負傷者を救助し、新たな事故の発生を防止するため必要な措置をとらなければならない。この場合において、当該飼い主は、発生した事故及びその後の措置について直ちに知事に報告しなければならない。」(同条例18条1項)、「犬の飼い主は、その飼養する犬が人をかんだときは、前項の規定によるほか、直ちに狂犬病の疑 いの有無について当該犬を獣医師に検診させ、診断書を知事に提出しなければならない。」(同条2項)といった事故発生時の措置に関する定めがあります。同条例第18条第1項の報告をせず、又は虚偽の報告をした者には、10万円以下の罰金が処される可能性があります(同条例27条3号)。

このように、飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、飼い主は民事・刑事責任を問われる可能性があります。民事責任に関しては、損害賠償責任の有無、損害の範囲、過失割合等につき、法的な検討が必要になります。また、刑事責任に関しても、示談の成否などが刑事処分に影響を与えます。飼い犬による咬傷事故に限らず、動物に関する法的トラブルに関しては、弁護士にご相談ください。

譲渡制限株式の譲渡と契約書作成の注意点

(質問)
 XはA社の株主YからA社の株式を譲り受けることになりました。A社は定款で株式の譲渡を制限しています。このような場合、株式譲渡の契約書を作成する際に、どのようなことに注意すべきでしょうか。

(回答)

1 株式の譲渡制限とは?
 株主は、その有する株式を譲渡することができるのが原則です(株式の譲渡自由の原則)。もっとも、株式会社の中には、株主間の個人的な信頼関係が重視され、好ましくない者が株主となることを制限したい会社があります。そこで、会社法は、株式会社が定款によって、株式の譲渡による取得について、会社の承認を要するという形で、株式の譲渡を制限することを認めています。これを定款による株式の譲渡制限といい、こうした株式を譲渡制限株式といいます。中小企業の多くは、株式の譲渡制限を設けています。
  譲渡制限株式の譲渡を承認するか否かを決定する機関は、取締役会設置会社では取締役会、取締役会を設置していない会社では株主総会であるのが原則ですが、定款で別段の定めをすることができます。そのため、譲渡承認の方法を確認する際には、会社の定款を確認する必要があります。

2 承認のない譲渡の効果はどうなるのか?
 株主が、株式会社の承認を得ずに譲渡制限株式を譲渡した場合、譲渡の当事者間ではその譲渡は有効ですが、判例によると、会社に対する関係では譲渡の効力は生じず、会社は譲渡人を株主として取り扱う義務があると解されています。そのため、譲渡制限株式を譲渡する前提として、会社の承認を得ることができるか否かは、譲受人にとって重要です。

3 承認のない株式譲渡が会社との関係でも有効になる場合(例外) 
 定款による譲渡制限の目的は、会社にとって好ましくない者が株主となることを避けて、株主の利益を保護することにあります。そのため、判例によると、株式譲渡の承認がない場合でも、株主が1人しかいない会社(一人会社)の株主が、その保有する株式を譲渡するときは、その譲渡は会社との関係で有効と解されています。また、一人会社以外の会社で、譲渡人以外の全株主が譲渡に同意している場合も、同様です。

4 株式譲渡契約書を作成する際の注意点
 ⑴ 中小企業では、個人的な信頼関係のもとで、契約書を作成せず、株式が譲渡されるケースがあります。このような場合も、後に株式の帰属について、紛争が生じることを防止する観点から、きちんと株式譲渡契約書を作成しておく必要があります。例えば、口頭で株式を譲渡した場合、後に株主の地位を巡って紛争となった際に、訴訟で株主の地位を立証することが困難になることがあります。
⑵ また、譲渡制限株式を譲渡する際には、譲渡承認手続の存在を踏まえて、契約書を作成する必要があります。当事者間で株式を譲渡したとしても、会社の承認が得られなければ、会社との関係で効力は生じません。そのため、株式譲渡契約書を締結する前に、事前に譲渡につき了承を得たうえで、代金支払いと引き換えに、株式譲渡の承認を得たことを証明する資料(譲渡人が作成した株式の譲渡承認請求書、会社の譲渡承認決議書の議事録の写しなど)を交付する条項を設けるといった工夫をすべきです。きちんと譲渡承認を得た証拠も取得することが後の紛争を防止するためにも重要になります。

  株式を巡る法律問題でお困りの際には、弁護士にご相談ください。

どうする?経営者の意思能力喪失!

(質問)
  Xは、Y社の代表取締役を務めており、Y社の株式の過半数を保有しています。ところが、先日、突然の病気で意識不明となって、意思能力を喪失してしまいました。この場合、代表者としての地位や株式としての地位はどのように扱われるでしょうか。

(回答)

1 代表取締役かつ株主が意思能力を失った場合の問題
 意思無能力者がした法律行為は無効となります。そのため、会社の代表取締役が、意思無能力者となると、取引先等と有効な契約ができなくなります。また、株主である場合、株主総会で有効な議決権行使をすることができず、会社の意思決定に支障をきたす事態が考えられます。この場合、どのような対応を取ればよいでしょうか。

2 代表取締役の地位
 代表取締役が、意思無能力者となった場合、それだけでは取締役の地位を失いませんが、後見開始の審判を受けたときは、取締役の地位を失います。
代表取締役が病気等で意思能力を失った場合、取締役会設置会社であれば、取締役会で他の取締役を新たな代表取締役として、選任することになります。また、取締役会設置会社以外で他の取締役がいる場合は、定款、定款の定めに基づく取締役会又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることになります。
取締役が意思無能力者のみの場合は特に問題となります。後見開始の審判を受けて、代表取締役に欠員が生じた状態であれば、利害関係人が裁判所に申立てをして、一時代表取締役の職務を行うべきものを選任することができます。また、後でも説明しますが、後見人に株主の議決権を代わって行使してもらい、後任の取締役を選任することもできます。

3 株主の地位 
株式が意思無能力者であった場合、議決権行使ができず、株主総会での意思決定に支障が生じるといった問題が生じます。この場合、家庭裁判所に申立てをして、成年後見人を選任する必要があります。そして、成年後見人に議決権行使をしてもらうことになります。もっとも、成年後見人が、後任の取締役として誰が適任かといった判断について適切な議決権の行使ができるとは限りませんし、後見人が選任されるまでの間、意思決定ができない問題が生じます。
事例のような急病の場合には、どうしようもありませんが、徐々に判断能力が衰えていると判明している場合は、早めに、後継者に株式を譲渡しておく方法、後継者を任意後見契約によって後見人として定めておく方法や民事信託により議決権行使ができるようにしておく方法などの対策を取るべきでしょう。

 事例のような会社のトラブル、事業承継に関する法律問題に関しては弁護士にご相談ください。 

職場における窃盗事件と盗品の取戻し

(質問)
 X社は、X社の所有する備品・機材等を従業員Aに盗まれました。従業員Aは、窃盗を認めましたが、すでに盗んだ備品・機材等を中古品の買い取りを業として行うY社に売却していました。X社は、これらの盗品を取り戻すことができるでしょうか。

(回答)

1 職場における窃盗事件
 最近、このような職場における窃盗事件の相談がありました。当然、この場合、X社としては、警察に被害届を出すとともに、Aに対する懲戒処分を行うことを検討します。
ところで、このとき、盗品に関する法律関係はどのようになるのでしょうか。

2 即時取得制度と盗品の回復請求権
 ⑴ 即時取得の成否
 まず、AはY社に対して他人の所有する動産を売却していることから、即時取得の成否が問題となります。即時取得は、取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利(所有権など)を取得できるとする制度(民法192条)です。
事例の場合、中古品の買い取り業者であるYは、Aから売買契約に基づいて備品・機材等の引渡しを受け、取引行為によって平穏かつ公然と占有を取得します。また、通常は、買い取りを申し込んだAが所有者でないことを知らず、知らないことに過失もないでしょうから、善意無過失です。Y社には、即時取得が成立すると考えられます。
 ⑵ 盗品・遺失物の例外
   即時取得の要件を満たす場合、買主であるY社は所有権を取得してしまい、X社は、盗品を取り戻すことができないように思われます。しかしながら、即時取得制度には、取得した動産が「盗品又は遺失物であるとき」に例外があります。具体的には、即時取得が成立する場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から2年間、占有者に対してその物の回復を請求できるとされます(民法193条)。事例の場合、Aが盗難してから2年間の間であれば、X社はY社から盗品を取り戻すことができます。

3 有償か無償か?
 盗品の回復請求は無償でできるのが原則ですが、これに関しては、盗品・遺失物の取得者が、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することはできないとされます(民法194条)。
  事例でいえば、Aが中古品の販売業を営んでいる場合などでない限り、XはY社から無償で返還を受けることができますが、仮に、盗品がY社から転売されて、Zが購入していた場合には、その代金を弁償しないと、X社はZから盗品を取り戻すことができません。この場合、弁償した代金相当額について、X社は、Aに対し、不法行為に基づいて損害賠償請求をすることができます。

4 取得者が古物商又は質屋の場合
 民法194条の場合でも、取得者が古物商ないし質屋である場合には、無償返還が義務付けられています。ただし、盗難又は遺失の時から1年を経過した後においては、この限りではないとされます(古物営業法20条、質屋営業法20条)。
盗品をY社から購入したZが、古物商又は質屋の場合には、Xは盗難の時から1年以内であれば、無償で盗品を取り戻すことができます。

職場における盗難事件に限らず、不祥事が発生した場合には、民事及び刑事上の責任追及、懲戒処分等の会社の対応については、弁護士にご相談ください。

懲戒処分前の退職―処分できないの!?―

(質問)
 先日、当病院の従業員であるAが突然メンタルヘルスの不調で休職することになりました。従業員らの間では、Aの上司であるBが、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していたことが原因なのではないかと噂になっています。そこで、Bを呼び出したところ、Bは、こちらからの質問には何も答えず、「本日をもって退職いたします。」とだけ述べて、退職届を提出してその場から立ち去りました。その日からBは欠勤しています。
Bに対して懲戒処分を課すことは可能でしょうか。

(回答)

1 パワーハラスメントに対する懲戒処分
 仮に、Bが、従業員らの噂話どおりに、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していた場合には、Bの行為は、業務の適正な範囲を超えている可能性が高いので、パワーハラスメントに該当するおそれがあります。
そして、パワーハラスメントが就業規則において懲戒処分の対象とされている場合には、Bに対して、何らかの懲戒処分を行うことが検討されるべきでしょう。
もっとも、懲戒処分を行うためには、懲戒処分を基礎づける具体的な事実について、根拠が必要となります。つまり、BがAを公然と罵倒していたことを目撃した者の証言やA自身の証言、あるいはB自身がそのようなことを行ったと認める供述を行っていることといった証拠がなければ、懲戒処分の基礎となる事実を認定することができませんので、懲戒処分を課すことはできません。
 本事例においては、Bは事実を否定しているわけではありませんが、認めてもいませんので、BがAを公然と罵倒していたことについて、Aや目撃者からヒアリングを行うことが必要です。

2 退職者に対する懲戒処分の可否
 退職届とは、従業員が会社に対して一方的に退職する旨の意思表示を行うものです。そして、法律上は、労働契約の解約の申し入れがなされた日から2週間が経過すれば雇用契約は終了することになります(民法627条1項)。
 本事例の場合、Bが退職届を提出した日から2週間が経過すれば、Bの雇用契約は終了します。
 それでは、退職した者に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。
 結論から申し上げると、退職した者に対して行った懲戒処分は効力を有しないと判断される可能性が高いです。
 なぜなら、懲戒処分とは、雇用契約に基づき企業が従業員の企業秩序違反行為に対して行う制裁だと考えられているため、雇用契約の存在が懲戒処分を行う前提となっているからです。
 そのため、退職済みの従業員に対して懲戒処分を行うことはできないと一般的には考えられています。

3 懲戒処分を行うためには、迅速な対応が必要!!
本事例の場合に、Bに対して懲戒処分を課すためには、退職届の効力が発生する前に、事実認定に必要な聴取り調査等を実施するとともに、就業規則において定められた懲戒処分の手続きを履銭しなければなりません。そのためには、懲戒処分を行う際の手続き等を日頃から確認しておき、いざというときに迅速に対応できるよう準備しておく必要があります。
懲戒処分を課すべき事件が発生した場合には、早めに弁護士に御相談することをお勧めします。

令和5年6月施行の改正消費者契約法のポイントについて

(質問)
 消費者契約法の改正法が令和5年6月から施行されると聞きました。改正法は、どのような内容でしょうか。また、事業者として、どのような点に注意すればよいでしょうか。

(回答)

1 消費者契約法の改正
 令和4年5月25日、「消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、同年6月1日に公布されました。この法律のうち、消費者契約法の改正部分については、令和5年6月1日から施行されます。そこで、今回は、消費者契約法の改正のポイントを説明します。

2 契約の取消権の追加
 消費者契約法では、消費者保護のため、一定の場合に契約の取消しを認める規定が定められています。改正法では、消費者が困惑して意思表示をしたときに取消しが認められる類型(困惑類型)に次のような場合が追加されました。
 ① 消費者に対し、消費者契約の締結について勧誘することを告げずに、消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、消費者をその場所に同行し、その場所において消費者契約について勧誘をすること
 ② 消費者が消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、消費者が消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって事業者以外の者と連絡する旨の意思を表示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、消費者が当該方法によって連絡することを妨げること
 ③ 消費者が消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、消費者契約の目的物の現状を変更し、その変更前の現状の回復を著しく困難にすること
法改正により、事業者としては、追加された類型の勧誘行為等を行わないようにしなければならず、消費者としては、救済を受けることができる範囲が広がることになります。

3 解約料の説明の努力義務
事業者は、消費者に対し、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に基づき損害賠償又は違約金の支払を請求する場合において、消費者から説明を求められたときは、損害賠償額の予定又は違約金の算定根拠の概要を説明するよう努めなければならないとされました。これは、消費者契約法9条1項1号で、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額の予定または違約金に関して、「平均的な損害の額」を超える部分は無効と定められているところ、事業者に算定根拠を説明する努力義務を課すことで、消費者の主張立証を容易にするねらいがあります。努力義務ではありますが、事業者としては、説明を求められた際の対応を検討する必要があります。

4 免責の範囲が不明確な条項の無効
 消費者契約法8条は、事業者の債務不履行による損害賠償責任の全部を免除する条項などの一定の場合、事業者の免責条項を無効とすることを定めています。改正法では、無効となる条項として、新たに、事業者の債務不履行(故意又は重過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた事業者の不法行為(故意又は重過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者等の重過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていない条項が追加されました。例えば、免責条項として、「法令に反しない限り、事業者の損害賠償責任を免除する。」といった免責範囲が不明確な条項を定めた場合は、無効となります。今後、事業者としては、「軽過失の場合、事業者の損害賠償責任を免除する。」などといった免責範囲を明確にした条項を定める必要があります。

5 事業者の努力義務の拡充
 その他にも、解除権行使に必要な情報提供、定型約款の表示請求権に関する情報提供など事業者の努力義務が拡充されました。これらも努力義務とはいえ、事業者としては、情報提供のマニュアルを整備、修正するなどの対応が必要になります。

消費者契約法は、消費者を取り巻く状況の変化に応じて、法改正がなされます。事業者は、法改正に対応して、契約書の内容、顧客の対応を修正していなかければなりません。契約に関する法律問題については、弁護士にご相談ください。