M&Aにおける法務デューデリジェンスの重要性

(質問)
 当社では、ある運送会社YをM&Aで買収しようと考えています。
 当社はY社の財務上のデータは十分調査したつもりですが、Y社に隠れた法務上・財務上の問題点があるのではないかと不安を感じています。
 当社はY社とM&Aを行うに当たって、何をすべきでしょうか。

(回答)

1 デューデリジェンスの重要性
 デューデリジェンスとは、ターゲット企業の事業内容や経営実態の詳細な調査・検討を行うことをいいます。
 M&Aでは、適切なスキームを検討するとともに、財務、事業、法務の各場面において必要かつ十分なデューデリジェンスを行うことが重要です。
 例えば、財務デューデリジェンスだけ行って、M&Aによりある会社を引き継いだところ、知財侵害の事実があったとか、労働紛争がかなり深刻であったとかで後々多大な不利益を被ったという話は良く見受けられるところです。
 もとより、相手方の会社の株主から表明保証として、知財侵害のリスクはないとか、簿外債務はないといった契約上の最小限の手当は通常なされてはいますが、例えば簿外債務があったからといって、相手方の会社の株主に損害賠償請求を行ったとしても全額回収できるとは限らないし、そもそも問題のある会社を引き継いだ不利益はなかなか拭えません。

2 法務デューデリジェンスの重要性
 Y社の契約書に不利益な条項はないか、例えば、チェンジオブコントロール条項により、事業に必要な賃貸借契約等が解約されるリスク等にも留意する必要があります。
 また、Y社の就業規則等の社内ルール、株主総会議事録、取締役会議事録を調査することにより、Y社の経営法務リスクがより明確になります。

3 法務デューデリジェンスの実行手続
 ご質問のケースでは、Y社の契約書を検討することが必要です。
 例えば、Y社はいくつか駐車場を賃借していて、その契約には期限が設定されていない場合は、予告期間1年で賃貸借契約が解約されてしまうリスクがあります。    
 加えて、Y社が賃借している駐車場にコンクリートを埋設していたとすれば、原状回復費用が多額に上るリスクも考慮する必要があります。
 次に、Y社において、労働組合が存在したり、労働関係で過去に労働審判や訴訟を起こされている事実がないかどうかも重要です。労働関係で問題のある会社を買収すると、最悪の場合、本社にまで労働問題に係る紛争が飛び火するリスクが生じます。        
 さらに、Y社は株券発行会社であったにもかかわらず、過去に株券が発行されたかどうか不明であったり、過去のある時点で株主構成が変わっているにもかかわらず、株式売買の契約書が存在しないことなどのリスクもあります。

4 まとめ
 M&Aにおいては、財務デューデリジェンスと事業デューデリジェンスのみならず、必要に応じて、法務デューデリジェンスも行うべきです。
 ケースによっては、法務デューデリジェンスを行うことにより、未払残業代のリスク、賃貸借契約の解約リスク、原状回復リスク等のリスクが明らかになるとともに、就業規則等の社内ルールの分析、検討により、Y社の経営法務リスクも明らかになります。
 そして、貴社がY社を継承した後の経営法務改善の目標が明らかになるというメリットがあります。

簡易新設分割とは

(質問)
 当社は、一部の事業を新設分割により分割化して、Y社の子会社にしたいと考えています。
 そこで、簡単に新設分割をする方法について教えてください。

(回答)

1 組織再編の意義
 企業においては、M&Aのほか、効率的な事業運営や事業部門の拡大や、事業再生等を目的として組織再編を検討する必要が生じます。
 組織再編には、①合併(吸収合併、新設合併)、②会社分割(吸収分割、新設分割)、③株式交換(完全子会社の発行済株式全部を新会社に取得させること)、④株式移転(1又は2以上の株式会社がその発行済株式全部を新たに設立する持株会社に取得させることで、持株会社を創る場合に用いられます。)、⑤事業譲渡があります。

2 簡易新設分割とは
 新設分割会社は、本来、新設分割計画を株主総会の特別決議で承認を受ける必要があります(会社法第804条第1項)。
 しかし、簡易新設分割であれば、株主総会の承認決議が不要となります(同法第805条)。
 これは、小規模な組織再編であれば、株主への影響も軽微であることから、株主総会の決議の省略が決められたものです。

3 簡易新設分割の要件(いわゆる5分の1ルール)
 新設分割により新設分割設立会社に承継させる資産の帳簿価額の合計額が新設分割会社の総資産額の5分の1(定款でこれを下回る割合を定めたときはその割合)以下という要件を満たす必要があります(同法第805条)。
 なお、簡易吸収分割の場合は、吸収分割会社側の資産の5分の1ルールに加えて、吸収分割承継会社が吸収分割会社の株主に対して支払う対価が、吸収分割承継会社の純資産額の5分の1以下となることも必要です(同法第796条第3項)。

4 反対株主の権利
 簡易新設分割に該当すれば、株主総会の承認決議が不要であるばかりか、反対株主の株式買取請求は認められず(同法第806条第1項第2号)、株主は新設分割の差止請求権もありません(同法第805条の2但書)。

債権回収の方法

(質問)
 当社は、Y社に400万円の売掛金がありますが、Y社は支払期日までに支払ってくれません。Y社に何度も支払いの催促をしているのですが、来月までには支払うと言って一向に支払ってくれません。
 当社はどのように対応すればよろしいでしょうか。   

(回答)

1 債権回収リスク
 会社は売掛金、請負代金等を回収してはじめて経営が成り立ちます。
 特に、中小企業においては、取引先が自己破産開始手続に入ってしまい、多額の売掛金が回収不能になることは、大きなダメージとなります。
 例えば、ご質問のケースのように、400万円の債権が回収不能になった場合、その400万円の穴埋めをしようとすると、通常数千万円の売り上げが必要になるため、会社としては大変大きなリスクになります。
 その意味で、企業とすれば、これから取引を行う場合は極力慎重にならざるを得ませんし、また、継続的な取引であっても常にアンテナを張って、取引先の信用状況に気を配る必要があります。
 経営法務では、一般的に迅速性と手段の妥当性が要求される場合が多いのですが、こと債権回収については、特に迅速性と手段の妥当性が要求されることになります。
 債権回収の方法は、ケースバイケースで、コストと時間も考慮に入れて、最適の方法を採ることを弁護士と検討することになります。

2 未払いが発生してしまった場合
 ア 任意の交渉
  ①請求書等を送付する。
   配達証明付内容証明郵便を使うのが良いです。
   配達証明付内容証明郵便は、いつ、どのような内容の文書を送付したのかを示す証拠となるもので、日本郵便株式会社が証明してくれる  ものです。
   加えて、配達証明付内容証明郵便が郵送される場合、債務者に対する心理的圧迫にもなりますので、債務の任意の弁済を促すという効果  が期待できます。
    
  ②債務確認書(念書・示談書)を取る。
   債務確認書とは、債務者が負担している債務の額を確認する書面のことです。債務確認書を取ると、契約書がない場合は立派な証拠とな  りますし、時効中断事由としての「承認」にもなります。
   債務者が分割払いに応じてくれる場合にも、後で紛争になることを防止するため、合意内容を書面化した念書・示談書を取るようにしま  しょう。その際は、支払額と支払日が明確になるように定めてください。
   費用はかかりますが、念書・示談書などを公正証書にすると、裁判所で勝訴判決をもらわなくても、その公正証書に基づいて強制執行が  できます。

 イ 在庫商品からの回収

  ①自社商品を引き揚げる。
   貴社が取引先に商品を売買した場合、売買契約書等に、所有権留保の規定を定めておくと、貴社は、一定の場合に、留保した所有権に基  づき、自社商品を引き揚げることができます。所有権留保とは、売買した商品について、買主が代金を完済するまで、所有権を売主に残し  ておくという合意です。
   ただし、自社商品を引き揚げる場合にも、取引先から、自社商品を引き揚げることと、そのために取引先の倉庫等に立ち入ることについ  て同意をもらって、引き揚げの際には、立ち会ってもらう必要があります。その際、後で紛争になるリスクを避けるため(住居侵入罪や窃  盗罪に問われないように)、書面で同意書をもらったり、引き揚げた商品の明細の確認書を書面でもらう必要があります。

  ②取引先所有の在庫商品により代物弁済を受ける。
   取引先に自社商品がない場合でも、取引先に、取引先所有の在庫商品があれば、本来の弁済の代わりにその商品で弁済してもらうことも  考えられます。
   この際に気をつける点も、上記①と同様です。代物弁済であることを明確にした書面も作成することが重要です。
   もっとも、他社が売却した商品の場合、他社の所有権留保等が付いている場合も考えられます。その場合は、後で紛争になるリスクを避  けるため、取引先の担当者に権利関係を確認することが重要です。

 ウ 法的措置
   その他、法的措置としては、①支払督促、②少額訴訟、③通常訴訟、④民事調停、⑤保全執行、⑥強制執行等が考えられます。

3 まとめ
 貴社は、Y社に足を運んで、Y社の現状を把握して、自社製品の引揚げ等が可能であるかを検討します。
 また、Y社の事業が継続しているようであれば、仮差押できる財産がないかどうか、また、Y社が財産を他に処分しようとしている状況が窺えたら、処分禁止の仮処分を行うことを検討します。
 Y社がどうしても取引を打ち切られたくないというのであれば、売掛金について、Y社の代表者の個人保証を取るか、集合物譲渡担保の設定等も検討することになります。

自社製品による健康被害が発生した場合の対応について

(質問)
 当社は、ダイエット器具の製造販売を行っています。当社の製品の購入者から連絡があり、当社製品のダイエット器具を使用中に、急に器具が熱くなってしまい、火傷をしてしまったとのことでした。
 当社はどのように対応すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 欠陥商品リスク
 企業において、消費者が購入した製品により火傷等といった身体上の被害が発生すれば、損害賠償責任にとどまらず、安全な製品を製造できない会社といった致命的なレッテルを貼られるリスクが生じます。
 特に、さまざまな経営法務リスクの中でも、人の生命、身体への被害につながる製品の製造、サービスの提供を行っている企業は、リスクが現実化しないように最大限の注意義務と管理体制を構築していく必要があります。

2 原因調査
 貴社は、まず、購入者と面談を行い、貴社製品が原因で購入者に火傷が生じているのであれば、謝罪を検討すべきです。
 次に、貴社は、火傷の被害の原因が本当に貴社製品にあるのかという点と、貴社製品にどのような欠陥があったのかという点を、開発部門を交えて調査すべきです。
 また、貴社は、製品の欠陥について、設計上の欠陥、製造上の欠陥、指示・警告上の欠陥のいずれにあるのかの点についても、調査を行うべきです。

3 公表
 調査の結果、被害の原因が貴社製品にあることと、欠陥があることが明らかになれば、被害拡大を阻止するため、貴社製品による火傷の被害が発生していることを消費者に迅速に情報提供する必要があります。
 健康被害が現に生じている場面では、被害拡大の阻止が最優先課題ですし、情報提供が遅れると隠蔽を疑われます。調査未了の場合には、判明した事実と調査中の事実を分けて公表し、後者については判明次第公表するという対応を採ることで、不正確な情報提供による消費者の混乱を避けるべきです。
 貴社製品を購入した消費者を特定できれば、個別に連絡する方法も考えられますが、消費者一般に販売した製品の場合、公表が必要になります。
 公表の内容は、身体上の被害の内容・状況、その原因、今後の自社の対応等です。特定の製品についてのみ欠陥がある場合は、消費者が欠陥のある製品を特定できるよう、製品のロット番号や製造年月日を記載し、製品の写真を掲載する必要があります。
 記者会見を行う場合、想定問答を準備し、必要に応じて弁護士を交え、リハーサルを行った上で臨む必要があります。記者会見では、事実に基づいて回答することを心がけ、不確かな事項を推測で述べることは避けなければなりません。

4 監督官庁等への報告
 消費生活用製品安全法では、消費生活用製品(主として一般消費者の生活の用に供される製品で、食品衛生法が適用される食品、薬事法が適用される医薬品、化粧品等は除かれます(消費生活製品安全法2条1項)。)に関する重大製品事故を知ったときから10日以内の内閣総理大臣への報告が義務付けられています。

5 まとめ
 貴社は、製品の欠陥の原因を取り除き、火傷等の事故のリスクを回避するための再発防止策を早急に講じる必要があります。また、商品の使用に当たっての注意を呼びかけるとともに、商品交換、修理を行わなければなりません。
 加えて、今回の製品の欠陥の原因を分析して、再び同様な事態が生じないための体制の構築を検討すべきです。

スポンサーに対する事業承継

(質問)
 当社は業績不振から倒産手続を検討しています。
 しかし、幸いなことに、とある取引先がスポンサーに名乗り出てくださり、当社事業を引き継いでもらえるようです。
 そこで、スポンサーに対する事業承継の方法を教えてください。

(回答)

1 民事再生における事業承継の方法(再生計画案で会社分割を定める方法)
 民事再生において、スポンサーへ事業を承継する方法として、再生計画案において、①再生会社が新設分割により設立する100%子会社に事業を承継させ、②この100%子会社の株式を再生会社からスポンサーへ売却し、③株式売買代金を債権者への返済原資に充て、④再生会社は最終的に清算することを定める方法があります。 
 100%子会社の株式を売却する際、再生会社が債務超過であり、子会社株式の譲渡が事業継続のため必要である場合、裁判所は、株主総会決議による承認に代わる許可を与えることができます(民事再生法第43条第1項)。かかる許可を得ることで、会社法第467条第1項第2号の2に定める株主総会決議(100%子会社株式の売却に関する決議)は省略可能です。
 また、現金を対価とする吸収分割によりスポンサーへ事業を承継させることもあります。
 ただし、このような方法を定めた再生計画案が債権者集会で可決され、裁判所の認可決定を得た場合でも、会社法その他法令に定める会社分割の手続(株主総会の特別決議による承認、債権者保護手続、労働者承継手続、事前・事後の開示など)を省略することはできないことに留意が必要です。

2 破産、特別清算における事業承継
 会社の清算を目的とする破産、特別清算においては、会社分割などといった組織再編の利用は想定されていません。
 破産、特別清算においては、破産管財人が裁判所の許可を得た上で、事業譲渡の方法によるスポンサーへの事業承継は可能です(破産法第78条第2項第3号、会社法第536条第1項)。かかる事業譲渡を行うに際し、株主総会決議は不要です(破産法第78条第1項、会社法第536条第3項)。

3 まとめ
 倒産手続と一口に言いましても、破産、民事再生、会社更生、特別清算といった異なる手続が用意されています。
 貴社は、民事再生手続において、再生計画案に定める会社分割の方法等により、スポンサーへ事業を承継させることができます。
 また、破産、特別清算の精算書の倒産手続の場合は、破産管財人が裁判所に許可を得て、事業をスポンサーに売却する方法も考えられます。

役員への事業承継(親族外承継)の課題

(質問)
 当社は従業員20名の中小企業で、代表取締役である私の年齢は70歳です。
 私には息子がいますが、私の跡を継ぐ気は全くないようなので、当社の役員に会社を譲ろうと考えています。
 役員に事業承継する場合の進め方や課題を教えてください。

(回答)

1 親族外承継の課題
 事業承継は、さまざまな問題が次々と顕在化することが多いです。
 ましてや、親族内承継ではなく、親族外承継となると、想定されるさまざまな問題を事前にリストアップして、関係者や専門家を交えて事前に検討することが必要です。
 いわゆる親族外承継において、一般的に想定される課題は、次のとおりです。
 ①株式の承継方法(社長の株式を自己株式として会社が取得後、利益償却するかどうかなど。)
 ②事業用不動産の承継方法(事業用不動産は時価で会社が取得するかなど。)
 ③後継者の経営者教育
 ④社内のコンセンサス
 ⑤顧客・取引先の承継
 ⑥社長の退職金(社長へ税務上許容される限度額内で良いか。)
 ⑦代表取締役の連帯保証の処理

2 事業承継のスキームづくり
 社長及び後継者が、複数の専門家を交えて事業承継スケジュール表を作成するとともに、事業承継スキームの検討を行うことになります。
 株価が高い場合には、議決権なき株式を導入して、後継者の役員には議決権有りで配当劣後の株式を、社長の親族には議決権無しで配当優先の株式をそれぞれ取得してもらうなどといったスキームを検討することになります。
 また、後継者の役員が金融機関の連帯保証の承継を渋っているのであれば、経営者保証ガイドラインの利用が可能かどうか(ケースによりますが、優良会社でないとなかなか難しいのが現状です。)、一定限度の連帯保証の承継で金融機関が納得するかどうかの調整等を行ったりすることになります。

3 タックスプランニングの重要性
 事業承継においては、株式の生前贈与、売買、相続等、どのような手法で承継するかにより税金負担額が異なる場合があるので、タックスプランニングの事前検討が必要です。

親族内承継の注意点

(質問)
 当社では、社長が65歳になったものの、長男で専務取締役のAには未だ株式を譲渡していません。社長の妻と次男Bは、当社の経営には携わっていません。社長に万が一のことがあれば、会社はどうなるか心配で、取引先や従業員からも不安の声が出始めています。
 なお、当社の株式はすべて社長が保有しています。
 当社とすれば、今後、どのように事業承継を進めていけば良いでしょうか。

(回答)

1 事業承継をめぐる状況
 日本政策金融公庫総合研究所が平成28年に公表した調査によれば、調査対象企業約4,000社のうち60歳以上の経営者の約半数(個人事業主に限っていえば約7割)が廃業を予定していると回答しています。そして、廃業の理由については、「当初から自分の代限りで辞めようと考えていた」が38.2%、「事業に将来性がない」が27.9%、「子供に継ぐ意志がない」「子供がいない」「適当な後継者が見つからない」といった後継者難を挙げる経営者が合計で28.6%に達しています。
 平成27年に中小企業庁が実施した調査によれば、実際に事業承継の準備に着手している企業は70代、80代の経営者ですら半数に満たない状況です。そして、この準備に着手していない中小企業の中には、そもそも事業承継に向けた準備の重要性を十分に認識できていない中小企業も多数存在しているものと考えられるところです。

2 事業承継の重要性
 中小企業においては、社長の「わしの目が黒いうちは」的な感覚や後継者への信頼の程度等のさまざまな理由から、株式の譲渡がスムーズに進んでいないケースが多々見られます。
 ご質問のケースで、仮に社長が急死してしまうと、専務のAと社長の妻、次男Bはそれぞれ3分の1の法定相続分を有することになり、後継者であるAが役員からはずされてしまうリスクがあります。
 また、株価が高いままで、社長が亡くなると、Aらが相続税の支払に困るリスクも生じます。
 社長は、65歳になった以上、株式の譲渡のみならず、経営の承継も含めて、後継者のAに事業承継を計画的に行う必要があります。

3 事業承継の方法
 事業承継は、次に述べるような会社の状況を判断することが必要です。
 その上で、当該オーナーや会社の実情に応じた事業承継の計画を立てます。

 ア 会社の経営資源の状況
   従業員の数、年齢等の現状
   資産の額及び内容やキャッシュフロー等の現状と将来の見込み 等

 イ 会社の経営リスクの状況
   会社の負債の現状
   会社の競争力の現状と将来見込み 等

 ウ 経営者自身の状況
   保有自社株式の現状
   個人名義の土地・建物の現状
   個人の負債・個人保証等の現状 等

 エ 相続発生時に予想される問題点
   法定相続人及び相互の人間関係・株式保有状況等の確認
   財産の特定・相続税額の試算・納税方法の検討 等

 オ 後継者候補の状況
   親族内に後継者候補がいるか
   社内や取引先等に後継者候補がいるか
   後継者候補の能力・適正はどうか
   後継者候補の年齢・経歴・会社経営に対する意欲はどうか 等

4 遺留分減殺対策
 社長とすれば、Aに対して、会社の株式を段階的かつ計画的に生前贈与する方法が一般的ですが、そうすると、Aは、非後継者の妻、次男Bから遺留分減殺請求を行使されるリスクがあります。
 そこで、遺言で妻、次男Bに一定の預金等を相続させることで、遺留分減殺請求を行使させないようにすることも考えられます。
 また、後継者のAに通常の株式を相続させる一方で、非後継者の妻、次男Bには議決権制限株式を相続させることも有効です。

5 まとめ
 事業承継は、経営の承継と株式の承継があります。
 貴社においては、まずは、社長にAに対する事業承継の必要性を理解してもらうことが必要になります。その上で、社長からAに経営の承継を行う必要があります。
 同時に、社長の株式の評価、株式以外の財産の評価、社長の退職時期、退職金額等を踏まえて、Aへの事業承継計画を立てて、株式の承継を実行していくとともに、万が一に備えてAに株式を相続させる旨の遺言も作成する必要があります。

相続人等に対する株式の売渡請求リスク

(質問)
 当社には相続人等に対する株式の売渡請求の制度があります。そして、当社の株主は、代表取締役Aとその弟で取締役のBがそれぞれ60%と40%保有しています。
 この度、代表取締役Aが亡くなってしまいました。今後、BがAの相続人に対して売渡請求を行うと、Bに会社を乗っ取られてしまうのでしょうか。
 当社としては、何か良い方法はないでしょうか。

(回答)

1 相続人等に対する株式の売渡請求
 中小企業では株式が分散していることがよくあるところ、株式管理の煩雑を回避したり、円滑な事業承継を図ったりするために、相続人等に対する株式の売渡請求の制度を定款に設けるように勧めることがあります。
 相続人等に対する株式の売渡請求は、次の要件を満たした場合に行うことができます(会社法第174条ないし同法第176条)。
 ①相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者がいること。   
 ②その者に対して、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求できる旨の定めが定款にあること。
 ③株主総会の特別決議で、売渡の請求の決定に関する事項を決議すること。
 ただし、売渡請求は、当該会社が相続等があったことを知った日から1年を経過したときは、請求することができなくなります。

2 会社乗っ取りのリスク
 しかし、この制度には、落とし穴があることに注意が必要です。
 例えば、ご質問のケースのように、AとBの兄弟で株式を保有しており、Aが会社を経営しているケースで、先にAの方が死亡してしまった場合、BがAの相続人に対して、株式の売渡請求を行使することで、Aが保有していた株式がすべて会社に買い取られてしまって、Bに会社を乗っ取られてしまうリスクがあります。

3 まとめ
 ご質問にあるように、Bが将来Aに相続人に対して株式の売渡請求を行うリスクがある場合は、相続人等に対する株式の売渡請求を定款に定めず、必要があれば、株主の相続開始後にこの制度を定款に設ける定款変更を行うことが考えられます。
 また、Bの保有株式を議決権制限株式としておくことや、Aの株式をあらかじめAの相続人が支配する関係法人に一部譲渡し、相続発生後もBが特別決議をできないようにしておくことなどのリスクヘッジも考えられます。

名義株のリスク

(質問)
 当社では、代表取締役が資金を拠出し、名義上は親族Yに株を持たせています。
 当社は、これまでYに配当をしてきましたが、将来、何か問題になるでしょうか。

(回答)

1 名義株とは
 名義株とは、他人名義を借用して株式の引受けや払込みがなされた株式をいいます。
 そもそも会社としては、株主名簿上の株主を株主として取り扱えば足ります。
 しかし、名義株については、将来、代表取締役とYが株式の帰属について争ったり、貴社がM&Aで株式を売買しようとする際に、Yが協力しないなどのリスクがあります。

2 真実の株主とは
 判例では、「他人の承諾を得てその名義を用い株式を引受けた場合においては、名義人すなわち名義貸与者ではなく、実質上の引受人すなわち名義借用者がその株主となるものと解するのが相当である。」として、実質上の引受人が株主であるとされています(最高裁判所昭和42年11月17日判決)。

3 実質上の株主の認定基準
 上記判例によると、実質上の株主の認定に当たっては、以下の事情を総合的に考慮して判断することになります。
 ①株式取得資金の拠出者
 ②名義貸与者と名義借用者との関係その間の合意の内容
 ③株式取得の目的
 ④取得後の利益配当金や新株等の帰属状況
 ⑤名義貸与者及び名義借用者と会社との関係
 ⑥名義借の理由の合理性
 ⑦株主総会における議決権の行使状況等

4 まとめ
 代表取締役が払込金を拠出したとしても、それだけでは代表取締役が株主であると認定されるとは限りません。
 貴社はYに配当をしてきたということですが、会社設立後から長年Yに利益の配当をしてきたという事実は、名義人である親族が実質上の株主であると認定される方向に働くリスクがあります。
 名義株は、将来的に、株式の帰属でトラブルになるリスクがあるので、貴社としては、早期に真実の株主を確定させておくべきです。

競業取引・利益相反取引

(質問)
 競業取引・利益相反取引の注意点を教えてください。

(回答)

1 取締役会の承認と取締役会への報告
 取締役が自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき(競業取引)や、取締役が自己又は第三者のために会社と取引をするなど会社と利益が相反する取引をしようとするとき(利益相反取引)には、取締役は取締役会に対し、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません。
 さらに、競業取引又は利益相反取引を行った取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません。

2 競業取引とは
 会社の事業の部類に属する取引(競業)とは、会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)及び市場(地域・流通段階等)が競合する取引のことです。
 取締役が競業会社の代表取締役等に就任していなくても、その株式を多数保有し事実上の主宰者として経営を支配した場合には、第三者(競業会社)の名において自己の計算で取引した等と認められる場合があります(東京地方裁判所昭和56年3月26日判決、大阪高等裁判所平成2年7月18日判決)。

3 利益相反取引とは
 ①取締役が当事者として、又は他人の代理人・代表者として、会社と取引をしようとする場合(直接取引)と、②会社が取締役の債務を保証する等、取締役以外の者との間で会社・取締役間の利害が相反する取引をしようとする場合(間接取引)があります。
 取締役の利益相反取引の承認は、個々の取引についてなされるのが原則ですが、関連会社間の取引のように反復継続して同種の取引がなされる場合については、取引の種類・数量・金額・期間等を特定して、包括的に承認を与えても良いとされています。

4 取締役会に報告すべき重要な事実とは
 重要な事実とは、承認の可否の判断に必要な事実であり、単発の取引であれば、目的物・数量・価格・履行期間等をいいます。また、競業会社の代表取締役に就任する等のため包括的な承認等を得る場合であれば、当該会社の事業の種類・規模・取引範囲等を開示すべきことになります。   
 後者の場合、取締役会への事後の報告もある程度まとめて行う必要があります。

5 利益相反行為を行った取締役の責任
 このような利益相反に関する規定に違反した取締役は、任務懈怠として損害賠償責任を負うことがあります。特に、取締役会決議を経ずに競業取引を行った場合、当該取引によって取締役又は第三者が得た利益の額は、会社に生じた損害の額と推定されるので、取締役は実際に得た利益よりも多額の損害賠償責任を負うリスクがあります。