未払残業代請求の労働審判のリスク

(質問)
 当社は、ある元従業員から未払残業代について労働審判が申し立てられました。どのように対応すべきでしょうか。

(回答)

1 労働審判とは
 中小企業も当然のことながら労働審判を申し立てられるリスクはあります。
 労働審判では、裁判所に設置された労働審判委員会が、期日における非公開の審理を経て(労働審判法第16条)、心証を形成します。
 委員会を構成する労働審判官(裁判官)1名と、労働関係に関する専門的な知識経験を有する市民から選ばれた労働審判員2名は、平等の議決権を有し、決議は過半数でなされます(同法第12条)。
 労働審判は、申立てから原則として40日以内に第1回期日が指定されます(同法規則第13条)。労働審判委員会が心証を形成するのは、大体この第1回期日です。そして、原則として3回以内の期日で審理は終了し、長引く例外はほとんどありません。
 大体のイメージですが、第1回目で事実審理、第2回目で調停の協議、第3回目で調停成立か審判というのが一般的です。

2 労働審判への対応
 中小企業とすれば、もしも十分が準備ができないまま第1回期日を迎えてしまうと、労働審判委員会の心証は事実上第1回で決まってしまうことが多いため、いわば後はないのです。ここが、労働審判を申し立てられた場合の、中小企業にとって一番のリスクなのです。
というのは、中小企業においては、上場企業のように必ずしも顧問弁護士がいない、知り合いの弁護士がいてもその弁護士が労働審判の経験があるとは限らないし、迅速に対応してくれるかわからないからです。
 このように労働審判は、中小企業にとっては早期決着という点ではメリットが大きいものの、複雑な案件では、短い期間に準備に追われ、場合によっては十分な防衛活動ができないといったリスクがあることに注意する必要があります。
 労働審判期日には、申立書、答弁書、証拠書類等を踏まえ、労働審判委員会から会社側関係者に質問がなされ、さらには申立人やその代理人から直接質問がなされることもあります。この質問は、会社側にとって不利な点を突くようなものも多くあります。このため、どのような質問が来るか想定し、リハーサルをしておく必要があります。
 なお、本ケースのような未払残業代が問題となっているケースにおいては、いわゆる生の証拠をそのまま提出するだけではなく、一覧表を作成するなど労働審判員にも分かりやすい説明を行うなどのテクニックも必要となります。

3 和解の可能性
 労働審判では、第1回期日から調停が行われ、労働審判委員会から金銭解決の和解の可能性について意見を求められることもよくあります。
 和解をする心づもりがあるかについては、事前に十分に検討の上、その場で答えられた方が良いですし、弁護士とよく相談の上、解決金の上限額の心づもりもある程度はつけておく必要があります。

4 異議申立
 なお、労働審判告知から2週間以内に異議が申し立てられれば、労働審判はその効力を失い、自動的に訴訟手続に移行します(同法第21条第1項・第3項、第22条第1項)。

5 回答
 貴社は、労働審判が申し立てられた以上、早急に顧問弁護士と打合せを行って、認否反論の準備を行うとともに、第1回期日に誰を同行して何を供述するかを、綿密かつ戦略的に決定する必要があります。
また、それと同時に、全く労働者の言い分に理由がない場合を除いて、いわゆる「落としどころ」も併せて検討するのが望ましいと考えます。

年俸制導入による残業代の支払義務

(質問)
 当社では、人材確保と割増賃金の抑制、労働時間管理の事務軽減のため、年俸制の導入を検討しています。
 どのような点に注意して、年俸制を導入すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 年俸制の誤解
 中小企業の経営者から年俸制の導入について相談を受けることがあります。ベンチャー企業などで、従業員に労働時間をあまり気にしないで頑張ってもらいたいといったことで導入を検討されるようです。
 ところで、中小企業の経営者の中には年俸制だから残業代等の割増賃金の支払は不要と考えている方がいらっしゃいますが、それは全くの誤解です。
 また、中小企業経営者の中には、1年に1回年俸を支払えば良いと考えている方がいらっしゃいますが、これも誤解で、1か月に1回は年俸を12で割った賃金を支払う義務があります。
 年俸制を導入したからといって、人件費を抑制できるのではなく、むしろ、人件費が硬直化したり、運用によっては、割増賃金が上昇するリスクがあるので、個人的には、中小企業に対しては、年俸制はあまりお勧めしていません。

2 年俸制の導入
 どうしても年俸制を導入したいという場合は、年俸制といえども労働時間をきちんと管理しなければならず、法定労働時間を超えた時間については、残業手当の支払義務があります。
 そこで、企業とすれば、面倒な労働時間の管理を省くため、固定残業代制度を採り入れた年俸制を導入することが考えられます。

3 固定残業代制度
 これは1か月に想定される残業代を基本給にプラスして支払う制度で、例えば、1か月当たり30時間分の残業をしたものとして定額残業代7万円を支払うというものです。
 会社は、従業員の労働時間が月30時間未満の場合は固定残業代7万円を支払わなければならず、また、月30時間を超えると固定残業代以外に別途割増賃金を支払わなければなりません。
 しかし、この固定残業代制度は基本給と残業代の部分が明確に区分されていること、その固定残業代部分には何時間の残業代が含まれているかが明確にされていること、実際の残業時間がその時間を超えている場合は、別途割増賃金を支払うことが就業規則で明確に規定されて実行されることが必要です。

4 回答
 貴社は、固定残業代制度を導入して、基本給と固定残業代を合わせた月額を12倍して年俸制とすれば良いと考えますが、固定残業を超えた残業が発生していれば別途残業代の支払義務があることに注意すべきです。

営業職に一定額の営業手当を支払っている場合のリスク

(質問)
 当社では、取引先回りを行う営業職に、毎月7万円の営業手当を時間外手当として支払っています。
 しかし、ある営業職のYから、会社の業務命令で遠くまで営業に行き、移動時間中も会社からいろいろ携帯電話やメールで指示を受けたり、取引先に電話をすることがある上、会社に帰ってからも日報を作成して、毎日帰宅が午後10時になるので、実際の時間外労働時間に基づく時間外手当を支払ってほしいと言われました。
 当社とすれば、Yはあまり営業の実績を出していないし、会社の外で何をしているのかわからないので、毎月7万円以上の営業手当は支払いたくないのですが、どうすれば良いのでしょうか。

(回答)

1 営業職の移動時間は労働時間か。
 一般的には、出張の移動時間は、通勤時間と同じで、労働時間にならないと考えられています。
 しかし、貴社のように、従業員の移動中も会社がいろいろ業務の指示を出していたり、従業員が取引先に電話をするという状態であれば、移動時間といえども貴社の指揮命令下にあることになるので、労働時間になるものと考えられます。

2 営業手当と時間外手当の関係
 貴社では、営業手当を時間外手当として取り扱っているようですが、Yの基本給をベースにして、7万円の営業手当が何時間分の時間外手当に相当するのかをきちんと計算する必要があります。
 その上で、Yの実際の時間外労働時間が7万円に相当する時間外労働  時間を超える場合は、残業代を追加して支払う義務があります。

3 事業場外のみなし労働時間制
 外勤の営業職など事業場外で業務に従事した場合で、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間、労働したものとみなされます。ただし、その業務を遂行するためには所定労働時間を超えて労働することが通常必要な場合には、その業務の遂行に通常必要とされる時間、労働したものとみなされるという制度です(労働基準法第38条の2第1項)。
 そして、業務の遂行に通常必要とされる時間は、事業場の過半数労働組合、労働組合がない場合は労働者の過半数代表者との労使協定により定めることとされています(同条第2項)。例えば、事業場外での業務を遂行するために通常は10時間かかるとすれば、事業場外の労働時間は10時間とみなされるという制度なので、実際に10時間を超えると貴社は残業代の支払義務を負うことになります。
 ただし、この制度が適用になるのは、会社の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難なときとされているので、携帯電話やメールなどによって会社の指示を受けながら事業場外で勤務している場合や、事業場で訪問先、帰社時刻等の業務の具体的指示を受けた後、指示どおりに業務に従事して、その後、事業場に戻る場合には適用されないことに注意する必要があります。

4 回答
 貴社とすれば、一定額の営業手当を時間外手当として支払うことは、追加の残業代を請求されるリスクがあります。
 また、事業場外のみなし労働時間制度を適用するためには、Yに対し、貴社の具体的な指揮監督が及ばないように注意する必要があります。
 会社は、携帯電話やメールなどで、事業場外にいる従業員に対して、容易に業務命令を出せることになったので、出張のための移動時間など事業場外の業務が労働時間とされるリスクに注意する必要があります。

横領に対する会社の対応

(質問)
 当社の従業員Yが数年間にわたり合計約3,000万円の横領を行ったことが判明しました。Yは領収書の金額を改ざんするなどして横領を繰り返していたようです。
 当社としてはどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 社内犯罪の会社に与えるリスク
 中小企業から経営法務の相談を受けていると、横領等の社内犯罪の対応にはよく出くわします。新聞等にはいちいち出ませんが、数的にはそこそこ多い中小企業の経営法務リスクといえます。
 従業員の横領等により、会社資産と収益の減少、通常業務への支障、社会的信用の低下等のさまざまなリスクが考えられますが、やはり最も大きなリスクは、会社内で犯罪者を出してしまったことによる従業員の動揺、士気の低下、上司等の監督責任が問題になることであると考えられます。

2 社内犯罪の調査方法等
 貴社は、Yが横領行為をしたという相応の情報を得た場合は、Yによる証拠隠滅行為を阻止する必要があるので、社内における設備、備品等(書類、パソコン、携帯電話等)をYが使用することをいったん禁止し、その上で、Yの業務に関連する書類やパソコン等を収集し、Yやその上司、部下その他の関係する社員に対して事情聴取を行います。
 また、初期の段階で、Yが横領を自認するのであれば、後日供述を覆さないよう、始末書といった形でY自ら不正行為の内容を記述させ、署名をさせておくことが有効です。

3 告訴の要否
 横領等は犯罪行為であることから、発覚後のYの対応(事実を否認している、確認作業に協力しない、被害弁償を行わない等の場合)や被害の実態、規模によっては、刑事告訴を検討する必要があります。
 この場合、業務上横領罪を裏付ける証拠の入手と分析が必要となります。その上で、関係者やYから事情を聴くことになります。
 Yが被害弁償をしてきた場合に、告訴するかどうかは難しい問題があります。告訴しないことを条件に、Yの親族が被害弁償の提案を行ってくることもあるので、ケースバイケースですが、会社とすれば、他の従業員に対して示しをつける意味でも、できるだけ告訴に踏み切った方が良いかもしれません。
 最後に、貴社は、Yの横領の原因を分析して、今後、かかる横領等の犯罪が起こらないように犯罪の「機会」を断ち切るための体制を整えていく必要があります。

4 回答 
 貴社は、Yの業務上横領罪を裏付ける証拠の収集等を行うことになります。 
 そして、Yの横領が証拠上明らかになれば、Yとの被害弁償の交渉、場合によっては、Yの刑事告訴を検討することになります。

従業員が実際に業務に従事していなかった時間の残業代

(質問)
当社の従業員Yは、始業時間よりも早く出勤して、終業時間を超えて残 業をしています。早朝は特に仕事をするわけでなく、知り合いの女性と携帯電話で話しているようで、終業時間後の残業も業務に従事することなく、漫画を読んでいるようです。
このような場合も当社は残業代を支払わないといけないのでしょうか。

(回答)

1 時間外労働とは 
 時間外労働とは、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働をいいます。
 所定労働時間とは、労働契約又は就業規則において定められる始業時から終業時までの時間から休憩時間を差し引いたものをいいます。所定労働時間が法定労働時間を超えることは許されませんが、所定労働時間を超えて法定労働時間以内の場合に時間外労働手当を会社が支払わなければならないかどうかは労働契約又は就業規則の規定によります。
 労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」とされています(最高裁判所平成12年3月9日判決)。労働時間かどうかのポイントは、「指揮命令下にあるかどうか」ということになります。
 したがって、始業前の準備や手待時間や休憩時間であっても、指揮命令下と評価されれば労働時間になります。
 したがって、いわゆるダラダラ残業は、企業にとっては、作業の実績に見合わない賃金を支払わされるリスクがあることになります。

2 残業代のリスク 
 残業時間の計算については、企業の指揮命令にあったかどうかが訴訟で争点になることがありますが、この点については、従業員の日記やパソコンのログ履歴等により、容易に認められるリスクがあります。
 特に、タイムカードにより労働時間管理がなされている場合は、特段の事情がない限り、タイムカードの非刻時間を基準に労働時間を推定するという裁判所の傾向があることに注意する必要があります。
 未払残業代の消滅時効は2年間ですが、ケースによっては付加金も加えた金額が1,000万円近くになることもあります。仮に、数人が残業代を請求してきたら、キャッシュに余裕のない中小企業にとっては大打撃になってしまいます。
 以上の次第で、未払残業代のリスクは中小企業にとっては、比較的よくあり得るリスクであり、かつ、ダメージも大きいといわざるを得ません。

3 ダラダラ残業への対策 
 かかるリスクを回避して、未払残業代を請求されないためには、①労働者の労働時間を正確に管理すること、②悪質なダラダラ残業に対抗して、不要な残業をさせないことが必要です。

4 回答 
 貴社は、Yが女性と携帯電話で話しをしていたり、漫画を読んでいた時間については、残業代の支払義務はありません。しかし、Yがそれに不服で訴訟を提起してくるリスクがあります。その場合、Yが会社内にいる以上は、貴社が、指揮命令下にないことを反証しないと、実質的に貴社の指揮命令下にあったとか、貴社がYの業務を黙認していたと認定されるリスクがあります。
 以上を踏まえると、貴社は、従業員を業務時間外にむやみに会社に居残りをさせないこと、そして従業員が会社にいる時間は会社が指示した業務に完全に服するよう、確実な労務管理を行う必要があります。

形態模倣リスクについて

(質問)
 ライバル社であるY社から、商品の形態を当社が模倣したという内容の警告書が届きました。
 当社はどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 形態模倣の有無の調査
 貴社は、まず、不正競争防止法違反(形態模倣)の有無を判断するため、両商品の現物を確認することが必要となります。
 その上で、同法第2条第1項第3号において、保護の対象外となる「当該商品の機能を確保するために不可欠な形態」にY社の商品が該当しないかどうかを検討することになります。
 次に、商品の形態の模倣については、ありふれた商品の形態は該当しないので(同法第2条第4項)、Y社の商品がありふれた形態でないかどうかについて、検討することになります。
 その際には、Y社の商品が「機能を確保するために不可欠な形態」やありふれた形態であることを示す証拠資料(他社商品に先行して販売開始されていた同種の商品に関するパンフレットや同種商品の現物等)を収集しておく必要があります。

2 販売開始時期の確認
 Y社の商品の販売開始(又はサンプル出荷等の広告・営業活動開始)から3年以上経過していた場合には、Y社の商品は保護期間(同法第19条第1項第5号イ)を満了しているため、同法違反の問題は生じません。
 Y社の商品の販売開始から3年以内の場合であっても、貴社の商品の方が先に販売等を開始している場合には、違法な模倣行為(同法第2条第1項第3号、同条第5項)に当たらないと判断される可能性があります。

3 自社商品の企画・開発
 不正競争防止法上違法とされる「模倣」は、他人の商品の形態に依拠して、実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいいます(同法第2条第5項)。
 したがって、貴社の商品開発の過程において、他社商品を参考にすることなく、独自の視点・観点から研究・開発等を行ったと言うことができれば、同法上違法とならない可能性があります。

4 形態模倣リスク
 形態模倣による不競法違反が争われている事案においては、相手方から差止請求(同法第3条)や損害賠償請求(同法第4条)がなされるリスクがあります。
 そして、損害賠償請求においては、侵害している会社が当該商品の販売により得た利益をもとに賠償すべき損害額が推定されます(同法第5条)。
 貴社は、商品の製造過程において実際にY社の商品の模倣を行ったかどうか、相手方商品が当該商品の機能を確保するために不可欠な形態かどうか等の検討を行うべきです。
 その上で、形態模倣と判断されるリスクが高い場合には、差止め、損害賠償等のリスクを考えて、和解を視野に入れた交渉を行うべきであり、逆にそうでなければ根拠を示しつつ形態模倣でない旨の反論を行うべきです。

少数株主からの株式買取請求

(質問)
 当社は、少数株主A、B、C(各5株で、5%の株式を保有)から株式を買い取りたいと考えています。
 そこで、A、B、Cと任意の買取交渉を行いましたが、全く売ってくれる意思がありませんでした。
 強制的に買い取りたいのですが、そのようなことはできるのでしょうか。

(回答)

1 特別支配株主の株式等売渡請求
 特に中小企業からは、いわゆる「うるさ型」の株主を排除したり、将来のM&Aに備えて、少数株主から株式を強制的に買い取りたい(スクイーズ・アウト)という相談を受けることがあります。
 まず、特別支払株主の株式等売渡請求とは、株式会社の特別支配株主(総株主の議決権の10分の9以上を直接又は間接に保有する株主)が当該株式会社の株主の全員に対して、その有する株式の全部を売り渡すことを請求することができるという制度です。
 しかし、本件では、A、B、Cは合計で15%の株式を保有しているので、この制度は使えません。

2 株式併合
 そこで、次に、株式併合を検討することになります。
 株式併合とは、数株を1株などに統合する制度であり、株主総会の特別決議により行うことができます。
 例えば10株を1株に株式併合すると、A、B、Cはそれぞれ0.5株となり、端数部分は貴社が競売して代金を交付するか、A、B、Cの買取請求手続によりA、B、Cの持株をなくすことが可能になります。

3 全部取得条項付種類株式
 全部取得条項付種類株式とは、株主総会の特別決議によりその種類の株式の全部を会社が取得するという内容の種類株式です。
 貴社は既発行の株式を全部取得条項付種類株式にして取得の対価として、A、B、Cに対し、「1対0.1」の割合で他の種類株式を発行すれば、A、B、Cの株式は株式併合と同様の処理ができることになります。

4 まとめ
 株式併合も全部取得条項付種類株式も特別決議が必要である点は同様ですが、全部取得条項付種類株式は、通常の株主総会のほか、種類株主総会の決議が必要となるなど手続が煩雑なので、株式併合の方法により、スクイーズ・アウトを行うことをお勧めします。
 

商品の性能や品質の過大説明による契約締結のリスク

(質問)
 当社は物品の販売を行っていますが、販売実績を上げようとして商品の性能や品質を過大に説明して、大量の契約実績を上げている従業員がいます。また、その従業員はかなり強引に顧客に購入をすすめているようです。
 この場合、当社にはどのようなリスクがあるでしょうか。

(回答)

1 消費者契約法リスク
 消費者契約法は、消費者と事業者の情報力・交渉力の格差を前提とし、消費者の利益擁護を図ることを目的としています。
 事業者の不当な勧誘により消費者が契約を結んだ場合には、消費者はその契約を取り消すことができます。
 取消事由は、以下のとおりです。

 ア 不実告知(同法第4条第1項第1号)
   重要事項について事実と異なる内容の説明を受けたケースのことです。例えば、羽毛100%の布団であるとの説明を受け購入しましたが、実際には羽毛50%にも満たないものであったというような場合です。
   この場合、羽毛100%であることは消費者が契約を締結するかしないかの重要な判断材料であり、羽毛100%であるとの説明を信じて契約を締結したので、重要事項に不実の告知があったことになり、契約を取り消すことができます。

 イ 断定的判断の提供(同法第4条第1項第2号)
   例えば、必ず儲かりますなどというように将来の不確実な事柄について、事業者が断定的な判断に基づいたことを提供することです。

 ウ 不利益事実の不告知(同法第4条第2項)
   商品の欠点等の不利益をあえて言わないことですが、単に言わないだけではなく、その前に利益になることを告げたり、不利益の不告知が故意でなければなりません。

 エ 不退去(同法第4条第3項第1号)
   不退去とは、自宅に訪問した販売員に対して「要りません!」と断ったにもかかわらず、執拗に勧誘を繰り返すため、消費者が困ってしまいどうして良いか分からない状態で、結果的に契約を結んでしまったような場合が考えられます。
   この他、退去すべき旨の意思表示には直接的・間接的を問いませんので「帰ってください!」「結構です!」「今忙しいので」「時間がないので」以外にも、身振りや手振りであっても退去を求める意思表示をしたとみなされます。

 オ 退去妨害(同法第4条第3項第2号)
   具体的には、店舗や事務所等に出向いた消費者が「帰りたい!」との意思表示をしているのにもかかわらず、数人で取り囲むなど物理的な方法や心理的な方法により、契約をするまで返さないなどと妨害をすることです。
   不退去と同様に退去する旨の意思には直接的・間接的を問わず、身振り手振りも含まれます。

 カ 過量契約(同法第4条第4項)
   事業者が勧誘するに際し、契約の目的物の分量、回数又は期間が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合で、消費者がその勧誘により、この消費者契約の申込み、承諾の意思表示をしたことをいいます。

2 権利行使期間
 ただし、この取消しには権利行使期間があり、追認をすることができる時から1年間、当該消費者契約の締結の時から5年を経過したときは時効により消滅するとされています(同法第7条第1項)。

3 従業員の教育を
 貴社の従業員が商品の性能や品質を過大に説明して、大量の契約を締結していると、不実告知、不利益事実の不告知、過量取引に該当するリスクがあります。
 契約が取り消されると、商品が現状で返品され、代金を全額返還しないといけないので、貴社としては相当なリスクがあります。
 また、売り方に問題がある会社であるという評判が広まるレピュテーションリスクがあり、SNS等により問題会社といった書き込みによるイメージダウンのリスクも深刻であると考えられます。
 

株式譲渡承認請求の対応

(質問)
 当社では、譲渡制限株式について、株主Yから譲渡承認請求がなされました。
 当社は、どのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 譲渡承認請求の記載内容の確認
 特に中小企業においては、株式譲渡承認請求がなされたときに、会社にとって不都合な譲受人が登場するリスクを怖れて、慌てることがしばしばあります。
 まず、譲渡承認請求書には、以下の事項を記載することとされているため(会社法第138条第1号)、貴社としては、記載に漏れがないか、また、記載内容を確認することになります。
 ①譲り渡そうとする譲渡制限株式の種類、数
 ②譲渡制限株式を譲り受ける者の氏名又は名称
 ③会社が承認をしない旨の決定をする場合において、会社又は指定買取人が譲渡制限株式を買い取るよう請求するときは、その旨

2 承認をするか否かの決定(2週間以内)
 次に、貴社は、株主からの譲渡承認請求に対して承認するか否かを決定することになりますが、この決定は、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)の決議により行います(同法第139条第1項)。
 貴社は、その決定の内容を株主に通知しなければならず(同法第139条第2項)、2週間以内に通知をしなかった場合には株式譲渡を承認したとみなされてしまいますので(同法第145条第1号)、注意が必要です。

3 会社による買取り(40日以内)
 貴社が譲渡承認をしない場合には、貴社又は指定買取人により株式の買取りを行う必要があります(同法第140条)。
 貴社が買い取る場合には、株主総会の特別決議が必要です(同法第140条第2項・同法第309条第2項第1号)。
 そして、貴社は株主に対して、貴社が買い取る旨及び貴社が買い取る株式数等を通知しなければならず、譲渡承認しない旨を通知した日から40日以内にこの通知をしなければ、譲渡を承認したものとみなされますので(同法第145条第2号)、この点についても注意が必要です。

4 指定買取人による買取り(10日以内)
 貴社は、指定買取人をあらかじめ定款で定めておくこともできますが(同法第140条第5項但書)、定めがない場合には、株主総会の特別決議(取締役会設置会社にあっては取締役会)で決定します(同法第140条第5項・第309条第2項第1号)。
 そして、指定買取人は⑶の場合と同様に通知を行うことになりますが、譲渡を承認したとみなされるまでの期間は、譲渡承認しない旨を通知した日から10日以内と短く設定されています(同法第145条第2号括弧書)。

5 売買価格の決定(20日以内)
 最後に、株式の売買価格を決定することになります。売買価格は当事者間の協議によって定めるのが原則ですが(同法第144条第1項・同条第7項)、協議が整わない場合は、裁判所に対して価格決定の申立てを行うことになります(同法第144条第2項・同条第7項)。
 この申立ては指定買取人からでも株主からでも行うことができますが、会社又は指定買取人が買い取る旨の通知をした日から20日以内に申立てをしなければ、供託額が譲渡代金となるため(同法第144条第5項・同条第7項)、注意が必要です。

6 まとめ
 貴社は、Yからの株式譲渡承認請求に対して、承認するかしないかの決定をして、それを2週間以内にYに通知しないといけませんが、譲渡承認しない場合は、最終的に裁判所が決定した価格で会社又は指定買取人が買取りをしないといけなくなるリスクも考慮する必要があります。

種類株式とは

(質問)
 当社は、事業を拡大するため、取引先から出資をしてもらうことになりました。しかし、そうすると、現在の株主の持株比率が下がってしまい、会社を支配できなくなるのではないかと不安です。
 何か良い方法はないでしょうか。

(回答)

1 種類株式とは
 株式会社では、株主が保有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならないとされています(会社法第109条第1項、株主平等の原則)。
 しかし、これには例外があり、定款の定めにより内容の異なる複数の種類の株式を発行することが認められており(同法第108条)、これが種類株式と呼ばれるものです。
 会社法では、①剰余金の配当の優先株式、②残余財産の分配の優先株式、③議決権制限の株式、④譲渡制限株式、⑤取得請求権付株式、⑥取得条項付株式、⑦全部取得条項付種類株式、⑧拒否権付種類株式、⑨取締役・監査役の選任に関する種類株式の9つの種類株式が認められています。

2 種類株式の活用
 企業にはさまざまな事情がありますが、それぞれの事情に応じ、種類株式を活用することは、経営法務リスクマネジメントの観点からは大変重要となります。
 例えば、拒否権付種類株式は、社長が後継者に株式の大半を譲渡した後、後継者が合併、会社分割等といった重要行為を行うリスクをヘッジしようとしてこれらの重要行為に対して、拒否権付株式を保有することなどが考えられます。

3 まとめ
 ご質問のケースでは、新たに出資した取引先に対しては、剰余金の配当について優先はするものの、議決権のない株式を発行することにより、現在の株主の会社支配権を引き続き維持できるものと考えられます。