営業秘密の要件

(質問)
 当社は、製品製造のノウハウを他社に知られないように、営業秘密としての管理を徹底しようと考えています。
 営業秘密とはどのようなものでしょうか。
 

(回答)

1 営業秘密とは
 営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法・販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法第2条第6項)をいいます。

2 秘密として管理されていること(秘密管理性)
 秘密管理性については、①営業秘密に関して、その保有者が主観に秘密を有しているという意思を持っていること(秘密保持の意思)、②客観的に秘密として管理されていると認められる状態にあること(客観的な秘密管理性)の2つの要件が必要であるとされています。
 また、経済産業省の営業秘密管理指針では、秘密管理性が認められるためには、企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があるとされています。
 そして、秘密管理措置とは、紙媒体の場合は、「マル秘」など秘密であることを表示したり、施錠可能なキャビネット等に保管することとされています。
 また、電子媒体の場合、記録媒体へのマル秘の付記、電子ファイルを用いた場合に端末画面にマル秘の付記、電子ファイル等の閲覧に要するパスワードの設定等が挙げられています。

3 有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性)
 この要件は、経済的な利用価値のある秘密、あるいは、法的保護を行うに足る社会的意義と必要性がある秘密のみを保護の対象とする趣旨です。

4 公然と知られていないこと(非公知性)
 不正競争行為によらないで当該情報が不特定多数のものに知られる状態になれば、もはや営業秘密としての保護が及ばなくなります。

5 営業秘密のリスク
 企業においては、製品製造のノウハウが他社に漏れてしまって、それが利用されると、事業継続自体が脅かされるリスクにもつながりかねません。
 営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示に対しては、企業は差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求の民事上の措置を採ることができるほか、営業秘密侵害罪の刑事罰が規定されています。
 しかし、民事上、刑事上の措置はいずれも事後的措置にすぎず、被害が完全に回復できないリスクがあるので、企業とすれば、営業秘密の管理を徹底すべきです。

有名な他社の名称の使用リスク

(質問)
 当社は、この度、レストランを新規出店するのですが、店名を私の好きな洋服の有名ブランド名と同じにしようと考えています。法的に何か問題はあるのでしょうか。

(回答)

1 商標権侵害のリスク
 洋服の有名ブランドは、商標登録を行っていると考えられますが、指定役務に飲食物の提供が含まれていないと、貴社がカフェの店名にその有名なブランド名を用いても商標権侵害になりません。
 この場合は、不正競争防止法違反のリスクが問題になります。

2 周知商品等表示混同惹起行為
 商標や商号のように他人の業務に係る商品や営業であることを示す表示である商品等表示のうち、周知な他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用することで、自分と他人の営業等を顧客が混同するような行為は不正競争に該当します(不正競争防止法第2条第1項第1号)。
 この混同行為については、商品等の主体を混同する虚偽の混同だけではなく、他人の周知な営業表示と同一又は類似のものを使用する者と当該他人との間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させるいわゆる広義の混同を生じさせる行為をも包含すると解されているので(最高裁判所平成10年9月10日判決)、注意が必要です。

3 著名表示冒用行為
 商品等表示のうち、周知よりも有名の度合いが高い著名な(全国で世間一般に知られている)商品等表示と同一又は類似のものを使用することは不正競争に該当することが規定されています(同項第2号)。
 つまり、商品等表示が周知よりも有名な「著名」になると、周知レベルで要求される顧客の混同の有無は問わず、その著名な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を他人が使用することは不正競争に該当し、差止請求や損害賠償請求のリスクが生じます。

4 まとめ
 洋服の有名ブランド名(商標)が、著名とまではいかなくても周知である以上は、それを貴社のカフェの店名として使用することは、親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係等を誤信させるとして、周知表示混同惹起行為に該当すると判断されるリスクがあります。
 また、洋服の有名ブランド名が著名と判断されれば、貴社のカフェがその有名ブランドと何らか関係があると混同されなくても、第2号の不正競争に該当すると判断されるリスクがあります。
 このように他人の商標権侵害を生じなくても、周知又は著名な商品等の使用は、不正競争行為になるため、十分注意が必要です。

合同労組への団体交渉義務

(質問)
 当社の従業員が合同労組に加入したとして、合同労組から団体交渉の申入書が届きました。
 当社はどのように対応すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 合同労組とは
 合同労組(合同労働組合)とは、一定地域に存在する中小零細企業の労働者が、個人加入を原則として、企業の枠を超えて組織する労働組合です。日本の労働組合は、企業別組合が一般的ですが、合同労組の場合、複数の企業や異業種の企業の労働者がメンバーとなっています。
 これらの組合の多くは、個々の労働者の解雇、残業代不払い、セクハラ・パワハラ問題等の個別労働紛争を個々の企業との団体交渉によって解決することを主要な活動としています。

2 合同労組に関する情報収集
 団体交渉前にできる限り合同労組の情報を収集する必要があります。それは、一口に合同組合といってもその性格は様々であり、団体交渉に臨むに当たって注意すべき点等も変わり得るからです。
 当該合同労組のホームページ等があれば、過去の実績などからその組合の性格が分かることもありますし、また、経営者団体に問い合わせることも考えられます。

3 合同労組への団体交渉義務
 貴社が合同労組を軽視して団体交渉に応じないと、不当労働行為となり、労働委員会から救済命令等が発されるリスクがあります。
 また、団体交渉を拒否した場合、労働組合が会社近くでのビラ撒きや街宣活動等の抗議行動を行ったり、労働委員会への不当労働行為救済の申立てを行ったりするリスクを頭に入れておく必要があります。
 一方、対応を急ぐあまりに準備不足で団体交渉に臨むと、合同労組のペースに乗せられ要求を飲まざるをえなくなり、後々後悔することにもなりかねませんので、弁護士と十分に対策・方針を協議の上、迅速かつ的確な対応が必要となります。

物品のデザインの権利の保全

(質問)
 当社は、ボールペンの先端部分の形状を独創的に工夫し、今までにはない使い心地の製品を開発しました。
 他人が模倣することを防止したいのですがどうすれば良いでしょうか。

(回答)

1 意匠登録を検討すべき
 同じ機能を有する同種の物であっても、個性的で見栄えの良いデザイン(外観)を有する物が他の物よりもよく売れることはよくあり、産業の発達を促進するには、物のデザインは極めて重要です。
 デザインについて、他人の模倣を防止し創作意欲を促進するため、優れたデザインを創作した者に、それを一定期間独占できる意匠権という知的財産権が設けられています。

2 意匠権とは
 意匠登録の対象は、物品の形状、模様及び色彩に関するデザインであり、視覚を通じ美感を起こさせ、工業的に量産できるもの等を対象としています。
 このようなデザインのうち、次のような要件等を満たすものを特許庁に意匠登録出願すれば、意匠登録を受けて意匠権を取得できます。
 ①工業上利用することができる意匠であること(工業上利用性)
 ②出願時に知られていない意匠であること(新規性)
  これには一定範囲で例外が認められる場合がありますが、例外申請にはさまざまな書類が要求されたり厳しい適用要件を満たす必要があるので、出願迄はデザインを秘密にしておくことを原則にすべきです。
 ③容易に創作できたものでないこと(創作非容易性)
 ④先願意匠の一部と同一、類似の意匠でないこと
 ⑤公序良俗違反でないもの
 ⑥他人の業務に係る物品と混合を生じないこと
 ⑦機能確保のための形状でないこと等

3 意匠登録の効果
 意匠登録により与えられる意匠権は、登録されたデザインと同一及びこれに類似するデザインにまで専用権と禁止権が認められ、そのデザインと同一又は類似する模倣品を他人が勝手に製造したり販売することを禁止することなどができます。

4 回答
 ご質問のボールペンのデザインについては、意匠登録の対象となると考えられます。
 意匠権は登録料を払えば、登録から20年間認められ、デザイン保護には極めて有効な手段です。

定款の内容と実際の運用の食い違い

(質問)
 当社では、内容の違う定款が数種類見つかりました。しかし、どの定款にも監査役設置規定がないにもかかわらず、当社では、従前から監査役が選任されていますし、株券を発行していないのに株券発行会社として登記されています。
 このような状況で、当社は今後、どのように定款を整理していったらよいでしょうか。
 なお、公証人の認証を受けた定款は、もはや存在しません。

(回答)

1 定款の確定
 定款には、公証人による認証を受けた「原始定款」と、株主総会の特別決議で変更することになった「現行定款」があります。
 会社法では、役員の任期、株式の譲渡を承認する機関、監査役の監査の範囲等、定款規定の自由度が高まり、定款で定めることにより、その会社のルールとして認められることになっています。
 原始定款を認証した公証役場が判明しており、かつ、その認証の時から20年を経過していない場合には、認証を受けた公証役場へ連絡し、交付申請をすることで原始定款の謄本を入手できます。
 原始定款を認証した公証役場が判明していなくとも、登記申請をしてから5年以内であれば、設立登記をした法務局が設立登記に関する書類の一部として定款等を保管しているので、そこで原始定款を閲覧することができます。
 上記の方法によって定款を確定できない場合は、あるべき定款を再度作成するしかありません。

2 定款の変更
 定款の内容を変更する場合は、原則として、株主総会の特別決議が必要となります(会社法第466条、第309条第2項第11号)。
 また、株式譲渡制限規定を設けたり、譲渡制限会社で株主ごとに異なる取扱いを行う規定を設ける場合には特殊決議が、会社が特定株主から自己株式を取得する際に、他の株主からの追加請求を排除する定款変更を行うには、株主全員の同意が必要となります。

3 定款の重要性
 貴社は、会社の実態を踏まえて、定款を確定する必要があります。
 まずは、社内に存在している古い株主総会議事録、取締役会議事録、複数の異なる定款を寄せ集めて、その内容が現在の会社の実体と整合しているかどうかを確認します。
 そして、整合していない場合は、あるべき定款に合致するように会社の実態を変更するか、会社の実態に合わせて、あるべき定款の変更を行うか、いずれが合理的か検討することになります。

4 回答
 ご質問のケースでは、どの定款にも監査役設置規定がないにもかかわらず、監査役が選任され登記されていることから、実態と合わせて監査役の権限の範囲を検討した上で監査役設置会社としての定款を作成するか、会社の実態を変更して監査役を廃止するかを選択することになります。
 また、株券については、旧商法時代から存在している株券発行会社は、会社法施行後、定款を変更していない場合は、依然として株券発行会社であるとされているので、定款の規定により株券不発行を規定することになります。

パソコンのウイルス感染による情報漏洩のリスク

(質問)
 当社では、従業員のパソコンからウイルスに感染し、顧客のデータが一部流出してしまいました。
 当社はどのように対応したら良いでしょうか。

(回答)

1 情報漏洩リスク
 企業のリスクとして、ご質問のようなパソコンのウイルス感染による情報流出、従業員による情報漏洩、標的型サイバー攻撃による情報流出等のリスクは、被害の広範性、即時性、拡散性等から企業存続の致命傷にもなりかねない極めて大きなリスクといえます。
 企業が一度でも情報漏洩をしてしまうと、被害者への謝罪費用、原因調査費用といったコスト面だけではなく、社会的信用やブランドイメージの低下など、そのダメージは計り知れません。

2 情報漏洩の典型的なパターン
 誤操作、盗難や置き忘れ、ノートパソコンなどのモバイル機器やUSBなどの持ち運び、ソフトウェアのバグ、コンピュータウイルスの感染、不正アクセスによる攻撃、内部関係者による意図的な情報の流出が挙げられます。
 NPO日本ネットワーク・セキュリティ協会「2013年 情報セキュリティインシデントに関する調査報告書」によると、同年に発生した1388件の個人情報漏洩事例の原因は、誤操作、紛失・置き忘れ、管理ミスなどのヒューマンエラーが約80%を占めています。
 ご質問のケースもまさに貴社のパソコンのセキュリティーの不備と従業員の不用意なパソコンの使用が原因となっているので、ヒューマンエラーに該当します。

3 情報漏洩事実の公表
 顧客情報が漏洩した事実を速やかに公表することは、当該情報がプライバシーなどに密接に関わる情報であり、漏洩による個人の人格的、財産的利益に対する被害や、なりすましによる商品の購入などの二次被害を最小限に抑えるために必要です。

4 個人情報流出の初動対応
 貴社の個人情報流出に対する初動対応の流れは、次のとおりです。
 ①事故状況、内容の把握(流出データの特定、漏洩原因の調査)
 ②警察署、監督官庁への第一報
 ③二次被害の防止措置(クレジットカード会社等への連絡)
 ④被害者に対する通知、公表(マスコミ発表を行うかどうかの検討)
 ⑤被害者対応(Q&Aの作成、お詫び状の送付、コールセンターの設置、問い合わせとクレーム対応)
 ⑥監督官庁への報告(情報漏洩の原因、経緯、漏洩発覚後の対応、今後の再発防止等)
 ⑦再発防止策の策定と実施

就業規則の見直しに当たっての注意事項

(質問)
 当社は、就業規則を全面的に見直そうと考えていますが、どのような点に注意すればよろしいですか。

(回答)

1 就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能
 本書においては、いくつかの場面で就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能としての重要性を説明してきました。以下、重複しますが、特に実務上問題になる点を挙げます。

2 降給に関する規定の不備
 就業規則に降給に関する規定があるからといって、本人の同意なく給与を下げられるというわけではありませんが、降給に関する規定がないと、業績が悪化しても給与が下げにくい可能性があります。すなわち、会社に労働組合がある場合、降給に向けての労働者側との交渉は全く不可能というわけではありませんが、就業規則の根拠がないので、ゼロベースで労使交渉をせざるを得ず、給与を下げにくいというリスクがあります。
 降格、降級に関する規定も同様に必要です。

3 休職関係の規定の不備
 就業規則の中に、会社の休職命令の根拠規定がなかったり、会社が指定する医師の受診命令の根拠規定がないことがあります。
 仮に、かかる根拠規定がないと、労働者の休職の要否、復職の可否、私病かどうか(特にメンタル不調の場合)の判断について、会社が主導権を持つことが困難となり、労働者や労働者の主治医の判断に引きずられることなります。この点、例えば、受診命令の根拠規定があれば、受診命令の拒否の場合に別途懲戒処分も可能となります。
 また、休職期間満了による自動退職の規定がないケースもあります。
 さらに、休職期間との関連で、復職後一定期間内に再度休職した場合には、休職期間を通算する規定を設けるべきです。この規定がないと、1か月復職してまた休職されるリスクが生じ、そうなるとかなり厄介になります。
 会社によっては、稀に、私傷病の場合の休職について、無給とする定めがない場合もあるので、注意が必要です。

4 パートタイマー、有期雇用従業員、派遣労働者のための就業規則の不備
 かかる就業規則がないと、正社員の就業規則の規定がそのまま適用されてしまうリスクがあります。

5 競業避止義務に関する規定の不備
 就業規則において、退職従業員の同業他社への転職を禁止することによって、会社の営業秘密やノウハウを守ることができます。
 また、従業員の独立が想定される場合には、引抜き行為の禁止などを定めることも考えられます。
 ただし、職業選択の自由との関係で、かかる禁止が無制限に認められるわけではないことに注意する必要があります。

6 退職時の引継ぎに関する規定の不備
 民法上は、期間の定めのない雇用についてはいつでも解約を申し出ることができ、申入れから2週間経過により終了と定められています(同法第627条)。
 これが任意規定であるのか強行規定であるのかは争いがあるものの(強行規定説が有力)、就業規則において、十分な予告期間を定め、引継ぎをすることを明示することは重要です。民法の定めが強行規定であるとしても、これは一方的意思表示による契約解除の規定であるので、合意による退職のルールを別途定めるのは有効と考えられるからです。

7 セキュリティ対策、モニタリングに関する規定の不備
 会社の情報端末による私的なメール送受信や私的なネット閲覧の禁止、個人所有の情報端末を許可なく会社の情報端末に接続したり、データを複製することの禁止は、情報漏洩、会社のパソコンのウイルス感染等の防止の観点から必要となります。
 また、機器所持品検査や、メールやPC内のデータの閲覧等のモニタリングも社内不正の調査等の観点から必要となります。ただし、従業員のプライバシー侵害を考慮した上での対応となります。

8 その他必要と考えられる規定
 ①振替休日に関する規定
 ②代休に関する規定
 ③配転命令に関する規定
 ④職種の変更に関する規定
 ⑤出向命令に関する規定
 ⑥自宅待機に関する規定
 ⑦懲戒処分としての出勤停止
 ⑧一定期間出勤しない場合は当然に自然退職となる規定
 ⑨懲戒解雇の場合の退職金の全部又は一部の不支給に関する規定
 ⑩懲戒解雇事由が発覚した場合の退職金の返還規定
 ⑪1か月単位の変形労働時間制における労働日の変更に関する規定等

9 就業規則は事業所ごとに定める必要があること
 就業規則の内容に関する点ではありませんが、就業規則を作っていても、本社にしか置いてないケースがよく見られます。
 これは、労働基準法違反のリスクだけでなく、労働紛争の場合に大きなリスクにつながります。なぜなら、就業規則の周知がないと、労働契約の内容にはならないため、就業規則に基づく処分(懲戒処分や配転命令、休職命令など)ができないリスクがあるからです。

就業規則の不利益変更のリスク

(質問)
 当社では、従前の年功賃金から職能給・成果主義賃金への変更を検討していますが、どのような点に注意すれば良いでしょうか。

(回答)

1 就業規則の不利益変更リスク
 中小企業の中には、従業員のモチベーションを上げるなどのために、年功賃金から職能給・成果主義賃金への変更を図りたいという会社があります。
 しかし、職能給・成果主義賃金制度の導入は、人事考課により、減額となり得る場合もあり、就業規則の不利益変更との関係で問題となります。
 また、賃金が減額となった労働者が不満を持ち、労働組合に加入して、上部団体を巻き込んで、本格的な労使紛争へと発展するリスクも生じます。
 その結果、従業員の相当割合が労働組合に加入して、会社の生産性が落ちるというさらなるリスクに発展してしまいます。

2 就業規則の不利益変更のルール
 労働契約法は、原則として、労働者との合意なく、就業規則を労働者の不利益に変更することはできないとしています(同法第9条)。ただし、例外的に、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働者の合意がなくても就業規則の不利益変更は認められるとしています(同法第10条)。

3 戦略的対応が必要
 従業員の不利益になる労働条件の変更に当たっては、戦略に基づいて慎重に準備することが必要になります。
 ご質問のケースでは、取りあえず職能給・成果主義賃金を導入すること自体に重きを置き、会社の待遇に不満を感じている労働者の賃金が当面は下がらないか、下がるとしてもその下がり幅を極力少なくするか、一定の猶予期間を設けるなどの工夫が必要です。

4 労働者の合意がなくても就業規則の不利益変更が認められる場合
 裁判例では、新給与規定の実施に伴い、当初は調整給を設定し、その後も、賃金減額分の補償措置を設けるなどしていること、同制度の適用により、低評価者には不利益となるが、普通程度の評価者の場合は補償制度もあり、その不利益の程度は小さく、8割程度の従業員の給与が増額していること、企業が赤字経営となり、収支改善のため労働生産性を向上させる必要があったこと、組合とも合意に至らないまでも10数回に及ぶ団交を尽くしていること等を理由に不利益変更を有効としたものがあります(大阪地方裁判所平成12年2月28日判決)。
 中小企業が労働者の合意なしに就業規則の不利益変更を行うときは、この裁判例を参考にして、調整給や賃金減額分の補償措置などを検討すべきです。

5 回答
 中小企業は、労働者の合意が得られない場合には、就業規則を不利益に変更することは、原則的に認められません。
 しかし、それでも、会社の事業継続性のためにあえてリスクを負わなければならない局面もあります。
 その場合は、類似の裁判例などを参考にして、一定のリスクを負いつつも、そのリスクを最小限にする対策を行いつつ、就業規則の不利益変更を検討することが必要となります。

就業規則不作成のリスク

(質問)
 当社は従業員数が10人に満たないので、就業規則を作っていなかったところ、従業員Yが当社の商品を第三者に横流ししていることが判明しました。
 当社は、Yを懲戒解雇できるのでしょうか。

(回答)

1 就業規則の法的性格
 労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、就業規則の作成を義務づけるとともに(同法第89条)、就業規則の作成・変更に当たり、労働者側の意見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出て(同法第90条)、かつ、労働者に周知させる方法を講ずる義務を課しています(同法第106条第1項)。
 また、就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならず、行政庁は法令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができるものとしています(同法第92条)。
 さらに、労働契約法は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による」としています(同法第12条)。
 中小企業の中には、常時10人未満の従業員しかいない企業も数多くあり、その中には就業規則を作成しておらず、懲戒処分の根拠がない会社もときどき見受けられます。

2 就業規則に懲戒処分に関する規定がない場合
 判例では、就業規則に懲戒に関する規定がないと、懲戒処分ができないとされています(最高裁判所平成15年10月10日判決)。

3 回答
 貴社は、就業規則を作成しておらず、懲戒処分の根拠がないので、懲戒解雇担当事案であっても懲戒解雇ができないという奇妙な結果になります。
 そもそも就業規則を作成するのは、会社にとっては不要な義務ではなく、多数の労働者の労働条件を画一的に管理できるというメリットがあることに加え、会社にとって、戦略的に有利な対応をするための根拠になります。
 したがって、貴社は、このような認識を持って、常時10人未満であったとしても就業規則を作成すべきです。

1人取締役の死亡の場合の会社の意思決定の方法

(質問)
 当社の取締役は1人です。その取締役が突然亡くなった場合は、会社の意思決定はどのように行われるのでしょうか。
 なお、当社の全株式はその取締役が保有しています。

(回答)

1 一時取締役の選任
 中小企業はいわゆる一人会社であることがよくあり、ご質問のケースはまさに経営法務リスクマネジメントの最たるものと言ってもいいと思います。
 貴社において、取締役が死亡すると新たな取締役の選任が必要となります。
 そして、新たな取締役の選任には、株主総会の決議が必要ですが、株主総会の招集は取締役が行うため、取締役が死亡した場合にはそもそも株主総会の招集ができないことになります。
 このような場合のために、会社法では一時取締役(仮取締役)選任の申立てが認められています。
 裁判所は、取締役などの役員に欠員が生じた場合、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時取締役を選任することができます。

2 株式の準共有
 1人しかいない取締役が会社の全株式を所有していた場合、その者が死亡すると、その相続人が全株式を準共有している状態になります。
 この場合、株主総会での議決権行使は、民法の共有に関する規定に従ってなされなければならず、この場合、「共有に属する株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法第252条本文により、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられるものと解するのが相当である。」とされています(最高裁判所平成27年2月19日判決)。

3 回答
 このように、1人しかいない取締役が死亡すると、取締役の業務執行ができず、一時取締役選任の申立てなど早急に新たな取締役選任に向けた手続を行わなければならなくなり、その後の株主総会招集、株主総会決議まで含め、相当の時間と手間を要することになります。
 会社法では、そうした事態が生じる前に、あらかじめ株主総会で補欠取締役を選任することが認められていますので(同法第329条3号)、あらかじめ補欠取締役を選任しておくべきです。