Xは、A社の代表取締役であり、一人株主です。A社は非公開会社(株式譲渡制限会社)であり、取締役の任期については、定款に10年である旨の規定があります。
A社は、従業員50人の車の部品を製造する会社であり、Xは、今後の車の自動運転における市場を獲得するため、友人の経営コンサルタントYを取締役として選任し、A社に迎え入れました。
しかし、Yを選任してから1年後、XはYとプライベートのことで喧嘩になり、臨時株主総会において、Yを解任しました。Yは、正当な理由がなく取締役を解任されたとして、A社に対して残りの任期9年分の報酬相当額を損害賠償請求してきました。
Yの請求は認められますか。
(回答)
1 取締役の任期
会社法(以下「法」といいます)332条1項では、取締役の任期は2年と規定されていますが、同条2項において、非公開会社においての取締役の任期は定款の定めがあれば、10年まで延長することができると規定されています。これは、非公開会社では、株主が取締役に就任していることが多く、株主の変動も少ないため、公開会社に比べると頻繁に株主の信任を得る必要性が乏しいとの考えに基づくものです。
本件の事例では、A社の定款において、取締役の任期は10年である旨の規定がありますので、A社の取締役であったYの任期は10年となります。
2 取締役解任における正当な理由
法339条1項では、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」と規定されており、同条2項で、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き株式会社に対し、解任よって生じた損害の賠償を請求することができる」と規定されています。
上記の規定は、同条1項において株主総会決議による取締役解任の自由を保障しつつ、当該取締役の任期に対する期待を保護しています。一方で2項において、当該解任に正当な理由がある場合を除き、当該解任がなければ当該取締役が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について、会社に賠償責任を負わせる規定を設けています。これは会社・株主の利益と取締役の利益の調和を図ったものと解されています。
同条2項の「正当な理由」とは、会社が当該取締役に取締役としての職務執行を委ねることができないと判断するやむを得ない客観的な事情があることをいいます。過去に「正当な理由」が認められた裁判例では、取締役に法令や定款に違反する行為がある場合や、病気療養のため取締役としての職務を果たせなくなった場合、または取締役として能力が著しく欠如する場合などがあります。
本件の事例では、XはYをプライベートな喧嘩を理由に解任しており、正当な理由が認められる事例ではありません。
3 損害賠償額の妥当性
では、正当な理由なく解任されたYはA社に対して、残りの任期9年分の報酬相当額が損害賠償請求として認められることになるのでしょうか。
取締役の任期を10年と定めた非公開会社において、取締役の任期満了途中に、任期を定款で短縮し退任させた事案の裁判例では、正当な理由が認められないことを前提として、取締役の任期が5年5ヶ月以上残っている場合であっても、残りの任期中に会社の経営状況や取締役の職務内容に変化がまったくないとは考えがたく、残りの報酬を受領し続けることができたと推認することは困難である。このことから損害額の算定期間は、2年間に限定することが相当である旨の判断をしています(東京地裁平成27年6月29日判決)。この裁判例は、「正当な理由」がない取締役の解任や退任について損害賠償額は、社会通念上合理的であると認められる経済的な補償の範囲として、法332条1項を参考に取締役の任期2年分が相当であると判断したものだと考えられます。
この裁判例に照らすと本件の事例では、Yに対する損害賠償額は、残りの任期9年の報酬相当額ではなく、任期2年の報酬相当額が認められる可能性が高いことになります。もっとも、取締役の解任についての損害賠償請求については個別の事情も考慮し判断されることから、損害賠償額については事例判断になると言えます。
この事例のようなケースのほかにも、会社役員の選任や解任については様々な問題があります。会社役員の選任や解任に関する法的トラブルでお困りの際は、弁護士にご相談ください。