ある日、Xが飼犬を散歩していたところ、たまたま通りかかった通行人Yに飼犬のうち1頭が嚙みついて怪我を負わせてしまいました。Xは、飼犬が急に引っ張ったことでリードから手を放してしまったようです。この場合、Xは、どのような法的責任を負うでしょうか。
(回答)
1 飼い犬の咬傷事故
環境省の調査によれば、令和3年度には、咬傷事故の件数は4423件、被害者数は4568人であり、そのうち、飼い主・家族以外の被害者は4113人で多くの割合を占めています。事例のような飼い犬の咬みつき事故はたびたび発生します。
2 民事責任
⑴ 民法709条・民法718条による損害賠償責任
飼い主の不注意によって他人に怪我を負わせた場合、過失により、他人の身体を害して、損害を負わせたことで、飼い主は、第三者に対して不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)を負います。また、民法718条第1項(動物の占有者等の責任)では「動物の占有者は、その動物が他者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りではないとされます。」とされています。動物の占有者である飼い主は、「相当の注意をもってその管理をしたこと」を主張・立証しなければ、責任を免れることはできません。
⑵ 「相当の注意」とは?
「相当の注意」とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものではないと解されます(最判昭和37・2・1民集16巻2号143頁)。①動物の種類・雌雄・年齢、②動物の性質・性癖・病気、③動物の加害前歴、④占有者らにつき、その職業・保管に対する熟練・動物の馴致の程度・加害時における措置態度など、⑤保管の態様、⑥被害者につき、警戒心の有無、被害誘発の有無、被害時の状況等の事情を考慮して判断するとされます。
⑶ 損害の範囲・過失相殺
損害の範囲としては、相当因果関係がある範囲に限られ、例えば、入院費、治療費、休業損害、後遺障害による逸失利益などが考えられます。
また、損害の発生に関して、被害者側が事故を誘発したなどの被害者側にも過失が認められるような場合には、過失相殺が認められる場合があります。
3 刑事責任
飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、親告罪ではありますが、過失傷害罪が成立する可能性があります(30万円以下の罰金又は科料)。また、岡山県動物の愛護及び管理に関する条例では、「飼い主は、その飼養する動物が人の生命、身体又は財産に害を加えたときは、直ちに負傷者を救助し、新たな事故の発生を防止するため必要な措置をとらなければならない。この場合において、当該飼い主は、発生した事故及びその後の措置について直ちに知事に報告しなければならない。」(同条例18条1項)、「犬の飼い主は、その飼養する犬が人をかんだときは、前項の規定によるほか、直ちに狂犬病の疑 いの有無について当該犬を獣医師に検診させ、診断書を知事に提出しなければならない。」(同条2項)といった事故発生時の措置に関する定めがあります。同条例第18条第1項の報告をせず、又は虚偽の報告をした者には、10万円以下の罰金が処される可能性があります(同条例27条3号)。
このように、飼い犬による咬傷事故が生じた場合には、飼い主は民事・刑事責任を問われる可能性があります。民事責任に関しては、損害賠償責任の有無、損害の範囲、過失割合等につき、法的な検討が必要になります。また、刑事責任に関しても、示談の成否などが刑事処分に影響を与えます。飼い犬による咬傷事故に限らず、動物に関する法的トラブルに関しては、弁護士にご相談ください。