先日、当病院の従業員であるAが突然メンタルヘルスの不調で休職することになりました。従業員らの間では、Aの上司であるBが、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していたことが原因なのではないかと噂になっています。そこで、Bを呼び出したところ、Bは、こちらからの質問には何も答えず、「本日をもって退職いたします。」とだけ述べて、退職届を提出してその場から立ち去りました。その日からBは欠勤しています。
Bに対して懲戒処分を課すことは可能でしょうか。
(回答)
1 パワーハラスメントに対する懲戒処分
仮に、Bが、従業員らの噂話どおりに、Aに対して公然と人格非難を伴う激しい罵倒を繰り返していた場合には、Bの行為は、業務の適正な範囲を超えている可能性が高いので、パワーハラスメントに該当するおそれがあります。
そして、パワーハラスメントが就業規則において懲戒処分の対象とされている場合には、Bに対して、何らかの懲戒処分を行うことが検討されるべきでしょう。
もっとも、懲戒処分を行うためには、懲戒処分を基礎づける具体的な事実について、根拠が必要となります。つまり、BがAを公然と罵倒していたことを目撃した者の証言やA自身の証言、あるいはB自身がそのようなことを行ったと認める供述を行っていることといった証拠がなければ、懲戒処分の基礎となる事実を認定することができませんので、懲戒処分を課すことはできません。
本事例においては、Bは事実を否定しているわけではありませんが、認めてもいませんので、BがAを公然と罵倒していたことについて、Aや目撃者からヒアリングを行うことが必要です。
2 退職者に対する懲戒処分の可否
退職届とは、従業員が会社に対して一方的に退職する旨の意思表示を行うものです。そして、法律上は、労働契約の解約の申し入れがなされた日から2週間が経過すれば雇用契約は終了することになります(民法627条1項)。
本事例の場合、Bが退職届を提出した日から2週間が経過すれば、Bの雇用契約は終了します。
それでは、退職した者に対して懲戒処分を課すことはできるのでしょうか。
結論から申し上げると、退職した者に対して行った懲戒処分は効力を有しないと判断される可能性が高いです。
なぜなら、懲戒処分とは、雇用契約に基づき企業が従業員の企業秩序違反行為に対して行う制裁だと考えられているため、雇用契約の存在が懲戒処分を行う前提となっているからです。
そのため、退職済みの従業員に対して懲戒処分を行うことはできないと一般的には考えられています。
3 懲戒処分を行うためには、迅速な対応が必要!!
本事例の場合に、Bに対して懲戒処分を課すためには、退職届の効力が発生する前に、事実認定に必要な聴取り調査等を実施するとともに、就業規則において定められた懲戒処分の手続きを履銭しなければなりません。そのためには、懲戒処分を行う際の手続き等を日頃から確認しておき、いざというときに迅速に対応できるよう準備しておく必要があります。
懲戒処分を課すべき事件が発生した場合には、早めに弁護士に御相談することをお勧めします。