月別アーカイブ: 2019年1月

相続法改正②(凍結預金・自筆証書遺言)

(質問)
 相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 預貯金の払戻し
 身近な人が亡くなると,お葬式の費用や生活費等として,すぐに金銭が必要となることが多いといえます。
 そして,このような費用は,お亡くなりになった方(以下「被相続人」といいます。)の預貯金から賄いたいと思われる方が多いことでしょう。
 しかし,相続人が,被相続人の預貯金を引き出そうとすると,既に口座が凍結されており,金融機関が払戻しに応じないという事態がよく見受けられます。相続人全員の同意があれば,預貯金を引き出すことは可能でしょうが,遺産分割について争いがある場合は,相続人全員の同意を得ることは困難です。このような事態は,被相続人の給与等で生活をしていた家族にとって,死活問題となり得ます。
 そこで,改正相続法は,遺産に属する預貯金債権のうち,相続開始時の預貯金債権額の3分の1に権利行使者の法定相続分を乗じた額については,金融機関ごとに法務省令で定める額を限度として,単独で金融機関に対して払戻しを求めることができるという制度を新設しました。
 具体例で考えてみましょう。被相続人の遺産として,6000万円の普通預金があるとします。相続人は,配偶者と子供2人です。この場合,配偶者が,本制度を用いて被相続人の預貯金を引き出そうとすると,遺産である普通預金6000万円の3分の1である2000万円に,権利行使者である配偶者の法定相続分2分の1を乗じた1000万円については,単独で払戻しを受けることができるのです(法務省令で定める限度額によっては,1000万円の払戻しを受けることができないこともあります。)。
 これにより,相続人が,被相続人の預貯金を引き出すことが容易になりました。

2 法定単純承認の危険
 相続人は,相続が開始した場合,相続放棄(被相続人の権利や義務を一切受け継がないこと),限定承認(被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐこと),単純承認(被相続人の権利や義務をすべて受け継ぐこと)のいずれかを選択できます。
 しかし,法律上,一定の事由がある場合は,当然に単純承認の効果が発生すると定められているのです。これが法定単純承認という制度です。
 単純承認とみなされる事由の中に,「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」というものがあります。相続財産の処分行為は,相続人が相続放棄や限定承認をしないことを前提とした行為であるため,単純承認をしたものとみなされるのです。
 そして,原則として,預貯金の解約は,法定単純承認事由である「処分」に該当します。そのため,相続放棄や限定承認を検討しているうちは,被相続人の預貯金の解約はしない方が安全といえます。もっとも,預貯金解約によって得た金銭の使途等によっては,法定単純承認である「処分」に該当しないと判断される可能性があります。例えば,被相続人の貯金を解約し,葬儀費用にした行為につき,単純承認とみなされる「処分」に該当しないと判断した裁判例もあります。被相続人の葬儀は,遺族として当然に営まなければならないものであり,葬儀費用に相続財産を支出したとしても信義則上やむを得ないと考えたためでしょう。ただ,これも,ケースバイケースの判断かと思われますので,葬儀費用であれば相続財産から支出しても単純承認をしたとみなされないと考えるのは危険です。
 いずれにしろ,相続財産を処分する場合は,相続放棄や限定承認ができなくなる危険があるということは,念頭に置いておいてください。

3 自筆証書遺言の方式の緩和
 現在,自筆証書遺言は,全文,日付及び氏名のすべてを自書しなければならないとされています。しかし,高齢者等にとって,全文を自書するのは骨が折れる作業であり,これが自筆証書遺言の利用を妨げる要因となっていると指摘されてきました。
 そこで,改正相続法は,自筆証書に添付する財産目録については,自書することを要しないと定めました。財産目録とは,例えば,相続財産が不動産である場合は,その地番,面積等,預貯金等債権である場合には,その金融機関名や口座番号等です。これらは,自書することが煩雑であると共に,形式的な記載事項であるため,自書する必要がないとしたものです。但し,遺言者は,財産目録の各ページに署名押印をすることが必要です。

4 自筆証書遺言の保管制度
 自筆証書遺言のデメリットとしては,作成後に遺言書を紛失したり,又は相続人によって隠匿,変造されたりする恐れがあるなど,トラブルが発生しやすいという点にあります。
 そこで,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が制定され,自筆証書遺言を公的に保管する制度が創設されることとなりました。
 具体的には,遺言者は,遺言書保管官(遺言書保管所(法務省)に勤務する指定法務事務官)に対し,遺言書の申請をします。なお,かかる遺言書には,一定の形式が求められます。そして,申請を受けた遺言書保管官は,遺言者の本人確認を行い,保管日から,遺言者死亡日から政令で定める一定の期間が経過するまで,遺言書保管所の施設内において遺言書を保管します。
 これにより,自筆証書遺言の利用促進が望まれます。
 なお,遺言書保管法の施行期日は,平成32年7月10日と定められました。そのため,施行前には,法務局に対して遺言書の保管を申請することはできませんので,ご注意ください。

相続法改正①(配偶者居住権)

(質問)
 相続法が約40年ぶりに改正されると聞きましたが、具体的にどのように変わるのでしょうか?

(回答)

1 法律の公布? 施行?
 平成29年5月26日,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が成立しました(同年6月2日公布)。そして,一部の規定を除き,平成32年(2020年)4月1日から施行されます。
 さて,法律の「公布」や「施行」という言葉は聞き慣れない言葉かと思いますので,初めに,法律の成立から施行までの流れにつき,簡単にご説明をさせて頂きます。
 まず,法律は,原則として,衆議院及び参議院の両議院で可決したときに法律となります。そして,法律が成立したときは,後議院の議長から内閣を経由して天皇に同法律の公布が奏上されます。
 法律は,この奏上がなされた日から30日以内に,天皇によって公布されます。公布とは,成立した法令を広く一般に周知させる目的で当該法令を公示する行為をいいます。公布は,官報に掲載されることによって行われることがほとんどです。
 ただ,法律が効力を有するのは,公布日ではなく,法律が「施行」された日です。施行日は,法律で定められます。法律の施行については,一般的に国民への周知という観点から一定の期間を置くことが望ましいと考えられています。 
 ただ,法律を施行するための準備や周知のための期間が必要ないと考えられる場合や緊急を要する場合には,即日施行されることもあります。民法改正は,国民の社会生活に与える影響が大きく,準備のための期間が必要ですので,法律の公布から施行までの間に3年弱という長い期間が設けられています。

2 配偶者居住権とは
 今回の相続法改正においては,配偶者の権利が大きく拡大されています。
 その中の1つが,配偶者居住権です。例えば,夫が死亡し,妻と子供2人が相続人である場合,法定相続分は,妻が2分の1,子供がそれぞれ4分の1となります。このとき,相続財産を法定相続分どおりに分けようとすると,相続財産の中に現預金が少なければ,自宅を売却せざるを得なくなります(詳細は,後述します。)。しかし,妻にとって,住み慣れた建物から引っ越し,新たな生活を始めることは,肉体的にも精神的にも大きな負担となります。そこで,相続法の改正により,配偶者居住権という権利が創設され,配偶者が住み慣れた家に居住し続けることを容易にする改正がなされました。 

3 配偶者居住権が認められるための要件
 配偶者居住権とは,被相続人(お亡くなりになった人)の配偶者が,遺産である建物に相続開始時(死亡日)に居住していた場合であって,①遺産分割で配偶者居住権を取得すると決まったとき,又は②配偶者居住権が遺贈されたときは,その建物を無償で使用収益する権利(=配偶者居住権)を取得できるというものです。
 配偶者は,建物に「住む」ということを重視していると思われますので,建物を「所有」することに対するこだわりは大きくないと考えられます。そこで,建物の価値を,居住権部分とこれを除く部分とに分け,遺産分割の際に,配偶者が,建物の居住権部分(配偶者居住権)を取得することで,建物を取得する場合に比べて安価で居住権を確保できるようになりました。
 具体例で考えてみましょう。夫が亡くなり,妻と子供2人が相続人というケースです。遺産は,自宅の土地建物が5000万円,現金が3000万円です。この場合,妻が,建物に住み続けたいと考えれば,現行法では,妻は,4000万円,子供はそれぞれ2000万円を相続することになりますので,不動産の価値5000万円と妻の法定相続分4000万円との差額である1000万円を子供たちに支払わなければなりません。妻が,妻が現金を保有していれば1000万円を支払うことも可能でしょうが,そうでなければ,結局,建物を売却等し,その代金を法定相続分に従って分けるなどの方法をとるしかありません。
 しかし,改正法では,5000万円の不動産の価値を居住権部分とそれ以外の部分に分けて相続することが可能となりました。そのため,不動産の居住権の価値が仮に3000万円であったとすると,妻は,相続により,建物の居住権3000万円に加えて1000万円の現金を手にすることができます。そして,子供達は,建物所有権1000万円に加え,現金1000万円を取得します。
 このように,配偶者居住権が認められることによって,妻は,長年住み続けた家に無償で住み続けられるのみならず,老後の生活資金として,現金まで取得できるのです。
 また,配偶者居住権は,配偶者が亡くなるときまで存続します。配偶者居住権は,あくまで配偶者が住み慣れた家に住み続けるために認められたものですので,この権利を第三者に譲渡することはできません。そして,所有者の許可を得ず,建物を改築若しくは増築したり,第三者に使用収益させたりすることもできません。