月別アーカイブ: 2018年10月

職場におけるセクハラのリスク

(質問)
 当社では、従業員の間でセクハラの相談等を聞いたことがなく、セクハラに関する指針を特に明確にしておりません。何か問題があるでしょうか。
 そもそもセクハラは何が基準となるのでしょうか。

(回答)

1 「セクハラ」の定義
 実は,日本において,法律上明確にセクハラという言葉を用いて,その定義をしている規定はありません。
 ただ,セクハラの定義を知る手がかりとなるものはいくつかございます。男女雇用機会均等法に基づき,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(以下「セクハラ指針」といいます。)が定められているのですが,この指針の中では,「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を職場におけるセクハラとしています。
 また,国家公務員を対象とした人事院規則では,セクハラを「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」と定義しています。

2 セクハラに当たるかどうかの基準
 セクハラに当たるかどうかの明確な基準はありませんが,先に述べた人事院規則の運用に関する行政の通知では,「性に関する言動に対する受け止め方には個人間で差があり,セクシュアル・ハラスメントに当たるか否かについては,相手の判断が重要」であるとされており,相手方の受け止めが重要視されています。

3 セクハラに該当する言動
 簡単にセクハラの具体例を示させて頂きます。
 「性的な言動」とは,性的な内容の発言及び性的な行動を指し,「発言」としては,性的な事実関係を尋ねること,性的な内容の情報を意図的に流布すること,性的な冗談やからかい,食事やデートに執拗に誘うこと等,「行動」としては,性的な関係を強要すること,必要なく身体に触れること,わいせつな図画を配布すること等が含まれます。
 そして,セクハラ指針においては,職場におけるセクハラには,①対価型セクハラと②環境型セクハラがあるとされています。①対価型セクハラとは,職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により,当該労働者が解雇,降格,減給等の不利益を受けることであり,例えば,職場において,上司が労働者の腰等に触れたが,部下がそれを拒否したため,当該労働者について不利益な配置転換をすること等です。また,②環境型セクハラとは,職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため,能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることであり,例えば,労働者が抗議をしているにもかかわらず,会社内にヌードポスターを掲示しているため,当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと等です。

4 セクハラのリスク 
 仮に,職場でセクハラがなされた場合,どのようなリスクがあるでしょうか。
 まず,セクハラ行為の加害者は,被害者から不法行為に基づく損害賠償請求をされる可能性があります。損害賠償額は,セクハラ行為の態様によってまちまちであり,数万円から数百万円と幅があります。
 また,現在は,大抵の会社でセクハラが懲戒事由とされていますので,加害者には懲戒処分がなされる可能性が高いといえます。セクハラの態様によっては,懲戒解雇がなされる可能性も多分にあります。余談ですが,福岡高等検察庁の前刑事部長が,部下の女性職員にセクハラをしたとして,減給の懲戒処分を受けたという事件がありました。この刑事部長は,結局,依願退職されたようです。同じく法に携わる者として,非常に残念な報道ではありましたが,このように,セクハラの加害者が懲戒処分を受けるというのは当然のことかもしれません。
 次に,セクハラが,「事業の執行につき」行われた場合には,加害者の使用者(会社)が責任を問われることがあります。そして,被用者の職務執行行為そのものには属しないとしても,その行為の外形から観察して,あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる行為は,「事業の執行につき」行われた行為と評されます。例えば,加害者が,新入社員の歓迎会でセクハラを行った場合,新入社員の歓迎会は会社の行事といえるため,「事業の執行につき」なされたセクハラとして,会社が責任を問われる可能性が多分にあります。
 また,会社は,職場においてセクハラがなされないように配慮する義務を負っているため,これを怠ったがためにセクハラが発生したような場合は,会社が被害者に対して損害賠償責任を負うことになります。
 セクハラは,企業イメージを悪化させますので,これによる悪影響は計り知れません。
 会社は,職場におけるセクハラに関する指針を明確にし,その周知・啓発を行う必要があります。そして,セクハラに関する相談・苦情に対応するための体制を整えなければなりません。セクハラに関する相談があった場合には,会社は迅速かつ適切に対応しなければなりません。事実関係を迅速かつ正確に調査し,仮にセクハラの事実が認定できれば,速やかに被害者に対する配慮のための措置をとり,また加害者に対する措置も行わなければなりません。
 セクハラへの対応は,会社のリスクマネジメントとして,また被害者の権利を守るためにも,非常に重要なことです。

資格取得費用と損害賠償予定の禁止

(質問)
 当社では、従業員に対して、各種資格を取得するための受験料等を支給しています。
 しかしながら、せっかく資格を取得しても、すぐにその従業員が会社を辞めてしまったのでは、受験料等を支給したことが無駄になってしまいます。
 そこで、資格取得後一定期間以内に会社を辞めた場合には、会社が支給した資格取得費用を返還してもらうようにすることを考えているのですが、法律上問題はあるでしょうか。

(回答)

1 損害賠償の予定の禁止
 労基法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めています。これは、退職に対して違約金や損害賠償を支払わせることによって労働を強制することを禁止する規定です。
 そして、従業員が一定の期間を経ずに退職した場合に、一旦会社が支給した資格取得費用の返還を義務付けることは、結局、退職に対する金銭的なペナルティを設けて労働者を労働契約に縛ることになりますので、労基法16条に抵触することになります。

2 消費貸借の形式を取ると適法か
 これに対して、資格取得費用を会社が労働者に貸し付け、一定期間就労した場合にその返還義務を免除する場合には、直ちに労基法16条との抵触は生じません。
本来であれば会社に返済しなければならない借入債務が、一定の条件(一定期間の就労)を満たした場合に免除されるというものであり、違約金や損害賠償を定めて労働者の退職を制限しているわけではないからです。
 しかしながら、貸付けの形式を取れば常に労基法に違反しないというわけではありません。

3 資格の取得が自由意思に委ねられているのか
 そもそも、資格取得費用は、労働者が自己負担すべきものなのでしょうか。
 この点、業務との関連性が薄く個人の利益性が強い資格・自己啓発として取得する資格については、労働者が自己負担するのが原則です。
 これに対して、会社の業務上の必要性から資格を取得させる場合には、その費用は会社負担であると解されています。会社が労働者に資格を取得させることで利益を得るわけですから、そのための経費も会社が負担すべきということです。
 そのため、業務との関連性が強い資格・業務命令として取得させる資格の取得費用については、たとえ貸付けと返還免除の形式をとったとしても、それは、本来労働者が負担する必要のない金銭的負担を課すことで就労継続を強制することになりますので、やはり、労基法16条に抵触することになります。
 以上のような観点からすると、今回のケースでも、当該資格の種類や業務との関連性、取得が従業員の自由意思に委ねられているのか等によって取扱いを整理する必要があります。