月別アーカイブ: 2017年3月

遺産の範囲をめぐる争いについて

(質問)
 父が残した遺産について、兄弟で遺産分割の協議をする必要があるのですが、父名義の土地の分割のことで話が進みません。長男が、土地の購入資金を出したのは自分であり、土地は自分のものだと言い張っているからです。私はどうすればよいでしょうか。

(回答)

1 遺産の範囲をめぐる争い 
 特定の財産が遺産に該当するのか否かということは、しばしば問題となります。
 不動産については、登記簿上の所有名義と実際の所有とは必ずしも一致しませんし、預貯金などでも同様の問題が生じ得ます(預金名義が被相続人であっても、実質的には他人の預金であることもありますし、その逆もあります)。
 遺産分割の方法としては、①相続人間の協議、②遺産分割調停を利用した協議、③調停がまとまらない場合に家庭裁判所が分割内容を決める遺産分割審判、の3つがありますが、今回の事例のように、遺産をどう分割するか以前に、遺産に該当するのか否かに争いがある場合、どうすればよいでしょうか。
 結論としては、遺産の範囲に争いがある場合でも、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立て、調停がまとまらない場合は、遺産分割審判を求めるができます。審判手続においても、家庭裁判所は、遺産分割の前提としての遺産の範囲を判断できると判示した最高裁判例があるためです。

2 審判手続と訴訟手続の違い 
 ところで、家庭裁判所は、遺産分割審判の前提問題として、特定の財産が遺産に含まれるのか否かを判断することができますが、この判断には、既判力が生じないと解されています。既判力とは、裁判所の判断に生じる拘束力のことです(民事訴訟の判決には既判力があります)。
 既判力が生じないということは、遺産分割審判とは異なる判断を求めて、別に民事訴訟を提起することができるということです。今回のケースでいうと、被相続人名義の土地が遺産に含まれるという判断を前提とした遺産分割審判が確定しても、後から、当該土地が遺産に含まれない(長男の所有である)ことの確認訴訟を提起することができます。
 そして、民事訴訟で、当該土地は遺産に含まれないという判断がなされた場合、そちらが優先され、先の遺産分割審判は無効となってしまいます。

3 実務での取扱い 
 上記のように、せっかく審判手続で遺産の範囲について判断しても、後から民事訴訟で覆されると意味がありません。そこで、実務上、家庭裁判所は、遺産の範囲に深刻な争いがある場合には、調停手続や審判手続を一時停止して、訴訟による確定を求めるのが一般的です。
 そのため、今回のケースでも、話し合いによる解決が難しい場合、訴訟提起して、まず遺産該当性の問題に決着をつけることが必要になってくるでしょう。
 今回お話した問題は、相続人の該当性、遺言の有効性、特別受益や寄与分の存否のような遺産分割の前提問題にも同様に当てはまります。お困りの際は弁護士にご相談ください。

債務の相続と遺産分割協議について

(質問)
 先日、父が亡くなりました。母は既に亡くなっているため、相続人は私と兄の二人です。
 遺産は、積極財産としては自宅の土地建物があるのみで、借入債務が1000万円ありました。不動産は先祖伝来のものだったので兄が相続し、その代わり、債務もすべて兄が相続するという分割協議書を作りました。
 ところが、その後、債権者から私に対して、借入債務の半分の500万円を支払えと請求が来ました。私は兄との分割協議を理由に請求を拒めるのでしょうか。

(回答)

1 債務の相続と遺産分割協議 
 遺産分割の対象は積極財産であり、原則として債務は分割の対象にはなりません。被相続人の有していた金銭債務は、相続人が相続放棄などをしない限り、相続分に応じて当然に分割承継されると解されています。
 この点、債務も相続財産であることに変わりはないので、これを遺産分割の対象財産に取り込んで分割協議をすることはできます。
 しかし、法定相続分と異なる債務の分割をしても、その部分については、いわゆる免責的債務引受に該当しますので、債権者には対抗できません(免責的債務引受には債権者の承諾が必要です)。
 今回の事例の遺産分割協議も、弟が法定相続分に従って承継した500万円の債務を兄が免責的に引き受けるというものであり、債権者には対抗できません。
 ただし、このような合意も相続人の内部関係では有効です。相談者は、債権者に債務を弁済した場合、兄に対して求償することができます。

2 遺言による相続分の指定  
 さて、金銭債務は、相続開始と同時に相続分に応じて当然に分割されるとしても、遺言によって、法定相続分と異なる相続分の指定があった場合はどうなるのでしょうか。例えば、今回の事例で、兄に5分の4、弟に5分の1の遺産を相続させるという遺言があった場合などです。
 この場合も、共同相続人間の内部関係では、各相続人は、遺言による指定相続分の割合で相続債務を承継しますが、債権者には相続分指定の効力は対抗できないと解されています。
 その一方で、判例は、債権者の方から、各相続人に対して、指定相続分に応じて債務の履行を請求することも妨げられないとしています。
 そのため、上記の事例では、①相続人の内部関係では兄が800万円、弟が200万円の債務を負担することになるが、債権者から、法定相続分に従って各500万円ずつ請求された場合には、これを拒むことはできない。②ただし、債権者の方から指定相続分に応じて兄に800万円、弟に200万円の請求をすることもできる(兄は法定相続分を理由に500万円しか支払わないとは主張できない)、ということになります。
 以上のように、金銭債務の相続は、相続人の内部関係と債権者等の外部関係を分けて考える必要があるなど、法律関係が意外と複雑ですので、お困りの際は弁護士にご相談ください。