月別アーカイブ: 2016年11月

粉飾決算のリスク

(質問)
 最近、上場会社の粉飾決算が話題となっていますが、上場していない中小企業が粉飾決算を行った場合には、一体どのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 粉飾決算は,禁断の果実
 中小企業が自己破産を申し立てる場合などに、粉飾決算を行っていることが発覚するケースはしばしばあります。
 企業が粉飾決算を行う理由は、様々ですが、株価を上げるため、株主から業績が上がらない責任を追及されないようにするため、銀行から融資を受けられやすくするためなどが主な理由だと思われます。
 そして、中小企業においては、上場企業のように内部統制体制の整備がなされていなかったり、会計監査人による会計監査が行われていないため、売掛金や在庫商品の帳簿上の水増し等が比較的容易であることなどから粉飾決算が可能となります。

2 粉飾決算の刑事責任リスク
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の融資をするかどうかの判断に錯誤が生じた結果、銀行から融資を受けた場合には、詐欺罪(刑法第246条第1項、10年以下の懲役)に該当する可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行ったことで、本来であればできなかったはずの剰余金配当を行ってしまうと、違法配当罪(会社法第963条第5項、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 他にも、会社の取締役が地位の保全などの自己の利益や第三者の利益を図るために粉飾決算を行うと、特別背任罪(同法第960条、10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 このように、粉飾決算による刑事責任のリスクは、決して軽いものではありません。

3 粉飾決算の民事責任リスク 
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の判断に錯誤が生じて融資をした結果、融資額が回収不能になった場合には、会社だけでなく、粉飾決算に関わった取締役なども銀行に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行った結果、違法な剰余金配当が行われた場合には、違法に配当した利益に相当する額を取締役などが会社に対して賠償することとなります。
 これらの賠償額は、ときには多額になるリスクがあります。

4 粉飾決算を防ぐにはどうすれば良いか。 
 このように、粉飾決算が行われると、それに関与した取締役は、刑事上だけではなく、民事上も重い責任が生じます。
 さらに、粉飾決算が行われた企業であるという評判が広まると、取引先などからの評価が著しく低下するだけではなく、銀行などからも信用されなくなり、融資等に支障が生じるリスクがあります。
 そうなると、経営において致命傷となりかねません。
 粉飾決算を防止するには、日頃から不正な会計処理が行われていないかをチェックする体制を構築するとともに、社内の会計担当者が適切な会計知識を有していることが必要となります。

多重代表訴訟制度について

(質問)
 今回の会社法の改正で多重代表訴訟制度が導入されたと聞きました。
 これはどのような制度なのか教えてください。

(回答)

1 多重代表訴訟ってどういう制度? 
 多重代表訴訟は,今回の改正会社法で「特定責任追及の訴え」と定義されています。
 この制度は,最終親会社(会社が存在しない会社,つまり,グループの最上位の会社と考えると分かりやすいと思います。)の株主が,子会社の取締役に対して責任を追及できるものとなっています。もっとも,最終親会社の全ての株主が訴訟を提起できるわけではありません。
 また,全ての子会社の取締役等が訴えの対象となるわけではありません。
 訴えを提起できるのは,最終親会社の株主のうち,100分の1以上の議決権を有する者,または発行済株式の100分の1を保有する者です。
 公開会社であれば,株式を6カ月以上保有していることも条件となります。
 一方,責任追及の対象となる子会社は,簡潔に言うと,責任の原因となった事実が生じた日における株式の価値が最終親会社の総資産の5分の1以上になるところ限られます。これは,重要な子会社の取締役等が対象となることを意味します。

2 今までとどのように異なるの? 
 これまでも,株主の資格で取締役等の責任を追及する制度として,株主代表訴訟制度がありました。しかし,この制度のもとでは,原則として親会社の株主が子会社の取締役等の責任を追及することはできませんでした。
 そのため,親会社の業績に影響を及ぼすような子会社の取締役等の責任については,親会社自身が訴訟を提起しない限り,訴訟で責任を追及することが難しい状況でした。
 今回の改正によって,親会社の一定の株主が,重要な子会社の取締役等の責任を追及することができることになりました。

3 思わぬ訴訟提起のリスクが眠っているかも・・・ 
 訴訟提起することができる株主や対象となる取締役等が限定されているとはいえ,従来では提起できなかった訴訟ができるということは,それだけ訴訟を提起されるリスクが上昇したと考えるべきです。
 従来であれば訴訟を提起されることはないだろうと考えていたところ,訴訟を提起されて,巨額の賠償金を支払わなくてはならないこととなっては大変です。
 このようなリスクに備えるため,子会社の役員構成や役員賠償責任保険の被保険者の範囲について見直しをするべきです。
 また,子会社の取引が,最終親会社等にどのよな影響が生じるかについて慎重に検討していく必要があります。
 子会社の取締役等が適正な業務をこなしているかをこれまで以上にチェックするために,指揮命令系統を見直すことも有用だと思われます。

4 改正会社法に対応するために 
 今回,多重代表訴訟について説明しましたが,今回の改正で変わった点はこれだけではありません。
 子会社株式譲渡についての規制,会社分割における債権者保護の強化等,様々な点が変わっています。
 コンプライアンスの重要性は,既に周知されて久しいと思います。
 しかし,いくらコンプライアンスに気を付けていても,法律の改正を知らなかったばかりに法律に抵触していた,あるいは訴訟を提起されたなんてことになると大変です。
 改正された法律が施行されて間もない時期は,どのように対応すればいいのか分かりにくいかと思います。
 今回の会社法の改正に対して,どのような体制にする必要はあるのか,また,どのようなリスクが存在し,それに対してどのように対処すればいいのか等について悩まれた場合には,弁護士にご相談ください。

取締役会における利害関係

(質問)
 当社は、いわゆる非公開会社で、取締役会設置会社ですが、今般、株主Aが保有している株式を取締役Yに譲渡することになりました。
 3名の取締役の内1名が取締役会を欠席したので、Yともう1名の取締役で株式譲渡の承認決議を行いましたが、何か問題になるでしょうか。

(回答)

1 取締役会決議の方法 
 有効な取締役会決議の要件は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合には、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合には、その割合以上)が賛成することです。

2 特別の利害関係 
 ただし、決議に特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができません。
 特別利害関係取締役の数は、定足数・決議要件の数に算入しませんが、当該取締役に対する招集通知は必要であることに注意が必要です(東京地方裁判所昭和63年8月23日判決)。
 また、議長となっている取締役が特定の議題について特別利害関係を有する取締役に当たる場合は、当該取締役は議長にはなれないとされています(最高裁判所平成4年9月10日判決)。

3 特別利害関係取締役にあたるとされる例 
 ①譲渡制限株式の譲渡承認を受ける取締役
 ②競業取引・利益相反取引の承認を受ける取締役
 ③会社に対する責任の一部免除を受ける取締役
 ④代表取締役の解任決議における解任の対象たる代表取締役等

4 特別利害関係取締役にあたらないとされる例 
 ①代表取締役の選任決議における代表取締役候補者
 ②各取締役の具体的な報酬額の決定をする取締役会において、報酬を受けるべき取締役等

5 回答 
 Yは株式の譲渡承認を受ける取締役で、譲渡承認決議に利害関係を有することになるので、株式譲渡承認の議決に加わることはできません。
 しかし、Yがこの議決に加わっているので、貴社の取締役会決議には瑕疵があることになり、決議は無効になるので、改めて決議をやり直すべきです。

M&Aを行うに当たっての注意事項

(質問)
 当社はこの度、事業の拡大に向けて、同業のY株式会社を株式譲渡の方法で取得することとしました。
 当社は、このようなM&Aを行うに当たって、どのようなことに注意すれば良いでしょうか。

(回答)

1 中小企業もM&A 
 M&Aとは、mergers and acquisitions(合併と買収)の略です。
 M&Aというと主に大企業が行うものという認識は、もはや過去の話です。現在、企業の更なる拡大や、ノウハウなど知的資産の手っ取り早い取得、あるいは、親族に後継者がいない場合に事業を第三者に承継させるための手段として、M&Aは中小企業において、重要な経営戦略として認識されています。
  M&Aのスキームとしては、株式譲渡や事業譲渡などがありますが、手続が比較的容易な株式譲渡によるM&Aが多いようです。
 もっとも、比較的手続が容易とはいえ、さまざまな問題を考慮しなければならないのは、他のスキームと同様です。

2 株式の100%を譲渡できるか。 
 まず、貴社がY社の株式を100%保有できないと、少数株主対策で煩雑であるばかりか、将来貴社がY社をM&Aで売却しようとするときに支障になります。

3 株式の売買代金は合理的か。 
 株式の売買価格が賃借対照表の資産から負債を控除した純資産額であったとすれば、資産の評価が時価を反映しているかどうかが問題になります。 
 というのは、売掛金や在庫商品が水増しされていたり、機械設備等が適切に減価償却されていないリスクがあるからです。
 したがって、貴社は、自らが依頼した公認会計士にY社の財務デューデリジェンスを行ってもらう必要があります。逆に、Y社の方からすれば、賃借対照表に表われない資産(いわゆる知的財産)があれば、その評価の上積みを交渉することになります。
 貴社は、不動産等の目に見える資産だけではなく、Y社の人材の価値、従業員の管理体制にも注意する必要があります。

4 簿外債務はないか。 
 Y社において、従業員に残業代が支払われていなかったり、賃貸借契約の解約の際に原状回復義務があるなど、貸借対照表に表われていない簿外債務のリスクがあることに注意する必要があります。

5 M&Aにおける経営法務リスク 
 M&A仲介業者によりM&Aが実行された場合には、いわゆる成果主義のため、細かい点が十分に詰められないまま、M&Aが実行されてしまうリスクがあります。
 M&Aが締結された場合は、後で話が違うとか、もっと説明してほしかったと言っても、契約上はM&A仲介業者に損害賠償を請求しにくいことに留意する必要があります。

元取締役の従業員引抜き行為

(質問)
 当社の取締役が、この度、独立して新会社を設立することになりました。
 当該取締役が独立すること自体については問題ないのですが、その際に、当社のメインとなっている事業チームで働く従業員8名中6名を引き抜いていきました。
 このような引抜きに対して、当社はどのような対応をとることができるでしょうか。

(回答)

1 引抜きはどの会社でも起こり得る。
 組織の分裂や従業員の引抜きは、中小企業に限らず、上場会社でも起こり得ることです。
 特に、中小企業では、代表取締役がある部門の事業を特定の役員に丸投げに近いような形で任せていた場合などに、よくこのような相談を受けることがあります。
 チーム単位での従業員の引抜きが行われると、会社にとって場合によっては致命傷になりかねません。

2 従業員の引抜きは許されるのか。 
 従業員には、退職の自由及び職業選択の自由があるので、引抜きといっても、その態様が単なる転職の勧誘にとどまる場合には、直ちに違法になるわけではありません。
 もっとも、取締役には、会社に対する善管注意義務及び忠実義務があるところ、当該引抜きが善管注意義務又は忠実義務に違反するような態様でなされれば、同義務違反として損害賠償責任を負うことになると考えられます。
 かかる義務違反になるかは、引き抜かれる従業員の会社における役割、人数、引抜きが会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法などを考慮して判断することになります。

3 予防することが重要
 もっとも、損害賠償請求をすることができるとしても、これはあくまで事後的な対応であり、これによって損害を完全に払拭できることにはなりません。
 従業員の引抜きは、その従業員が重要な役割に就いている場合、会社の業績に直接影響するだけではなく、営業秘密の流出、職場の士気の低下など、さまざまなリスクを生じさせます。
 そこで、普段から従業員の引抜きの予防策を講じることが重要になります。予防策の例としては、代表取締役がすべての事業部門を事実上統轄するとか、特定の役員に事業を丸投げ的に任せないとか、就業規則等で退職後に競業行為を行うことを禁止したり、競業行為を行った役職員の退職金を減額する旨の定めを設けるとか、退職後に従業員の引抜行為をしない旨の誓約書を作成させること等が考えられます。
 ただし、これらの予防策の内容が従業員の職業選択の自由を不当に制限するようなものであってはならないことは、言うまでもありません。

4 回答 
 従業員の大量引抜きに対する事後的対応としては損害賠償請求が考えられますが、時すでに遅しといった感があります。
 貴社において、従業員の大量引抜きを行わせないための事前の方策としては、代表取締役の事業部門の統括等の予防策のほか、代表取締役をはじめ役職員が日頃から従業員などと十分なコミュニケーションをとることや、従業員の処遇改善やそれを通じての会社への忠誠心の向上等が必要となります。

競業避止義務について

(質問)
 この度,当社の従業員が退職を申し出てきましたが,当該従業員は当社において機密性の高い情報を扱っていました。
 当該従業員が同業他社に就職して,当社の機密情報が漏洩しては困るので,同業他社への就職を阻止したいと考えています。
 どのような方法をとればよいですか?

(回答)

1 競業を禁止する契約 
 在職中の従業員の場合,労働契約に付随する信義則上の義務として,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという義務を負い,その一環として同業他社へ就職してはならないという義務(競業避止義務)を当然に負います。
 これに対して,退職する従業員との関係では,労働契約がなくなりますので,労働契約に付随する義務としての競業避止義務を負っているとはいえなくなります。
 そのため,従業員に退職後も競業避止義務を負わせるには,労働者・使用者間の書面による個別合意といった特別の根拠が必要となります。
 そのため,ご相談のケースにおいても,退職労働者との間で,競業避止義務を負わせる契約を締結する必要があります。

2 個別合意があれば,万全か? 
 もっとも,個別合意さえあれば,問題なく退職労働者に競業避止義務を負わせることができるというわけではなく,さらに個別合意の有効性が吟味されます。
 というのも,競業避止義務は,企業秘密の保護等のためになされるものですが,他方で,労働者が生計を立てる手段を制限するものであり,職業選択の自由(憲法22条)を侵害する可能性があるからです。そのため,競業避止義務を負わせる合意が,労働者の職業選択の自由を不当に制限する場合には,その合意は無効とされることがありますので,注意が必要です。

3 合意の有効性の判断方法 
 競業避止義務を負わせる合意の有効性は,①当該従業員の地位・職務が競業避止義務を負わせる必要のあるものであるか,②対象業務(業種・職種)・期間・地域に鑑みて労働者の職業選択の自由を過度に制約していないか,③当該従業員が受ける不利益を補う代償措置があるかなどの事情を総合的に考慮して判断されます。
 裁判例の中には,代償措置が十分なされていれば,制限期間や制限地域が比較的広範であっても競業避止義務が認められるとするものもありますが,一般的には,期間については1年程度が限度ではないかと思われます。

4 競業避止義務の設定方法 
 以上のように,どのような合意であれば,労働者に対し有効に競業避止義務を負わせることができるのかの判断は,個別の事案によると言わざるを得ないところがあり,大変困難を伴いますので,弁護士にご相談の上で,競業避止義務を負わせる契約を締結することをお勧めします。

外国人の労働災害

(質問)
 当社で働いている外国人の従業員Yが、機械を使って作業しているときに怪我をしました。 
 当社は、当該従業員に対しても、他の従業員と同様に、研修を行ったほか、この機械についての作業手順や注意事項等について記載されている書面を渡していました。
 しかし、研修が日本語で行われたことや書面が日本語で記載されていたせいか、当該従業員は、内容をよく理解していなかったようです。
 当社に何らかの法的責任が生じるでしょうか。

(回答)

1 増加する外国人の雇用
 グローバル化が進んだ現代において、さまざまな企業で外国人を雇用する機会が多くなりました。厚生労働省の調査においても、外国人の雇用は、年々増加しているとされています。
 中小企業においても、外国人実習生は数多く存在していますが、外国人を雇用する際には、注意しなければならないことも数多くあります。

2 日本語があまり分からない 
 外国人従業員の中には、あまり日本語を理解できていないという方も少なくないと思われます。
 「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」(平成19年厚生労働省告示第276号)においては、安全衛生の確保として、①安全衛生教育の実施、②労働災害防止のための日本語教育等の実施、③労働災害防止に関する標識、掲示等、④健康診断の実施等、⑤健康指導及び健康相談の実施、⑥労働安全衛生法等関係法令の周知をすべきことなどが定められています。
 企業としては、外国人従業員が理解できる言語や方法によって、前記①~⑥までの措置を行う必要があるとされています。

3 どのような法的責任が発生するのか。 
 企業は、従業員に対して安全配慮義務を負っており、危険から回避するための安全教育、適切な注意、作業管理等を行う必要があります。企業は、この安全配慮義務を外国人従業員に対しても負うこととなります。
 この安全配慮義務に違反した結果、外国人従業員に損害が発生した場合には、企業に雇用契約の債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害賠償義務が発生することとなります。
 ご質問のケースでは、貴社は、外国人従業員があまり日本語を理解できないにもかかわらず、その事情に配慮せずに日本語での研修の実施や日本語でのみ記載された書面の交付を行っていると考えられます。
 そうすると、貴社は、この外国人従業員が理解できる言語や方法で安全教育等を行っていないことになるので、安全配慮義務を尽くしたと言えず、損害賠償責任を負担するリスクが高いと考えられます。

4 回答 
 貴社には、外国人従業員も理解することができるように安全教育を行う義務があるので、日本語だけの注意事項を記載した書面を外国人従業員に渡していただけでは、かかる義務を果たしたことにはならず、外国人従業員に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うと考えられます。
 貴社においては、外国人従業員にも理解できる言語で研修を行うことや書面を作成することで、言語の違いを超えて分かりやすく安全教育を行うべきです。

瑕疵を通知すべき期間の特約とは?

(質問)
 当社は,マンションを建設するために更地を購入しましたが,一部を掘り起こしてみたところ,この土地に基礎コンクリートが埋まっており,マンション建設の支障となることが分かりました。
 基礎コンクリートは土地の大部分に埋まっているようです。
 ところで,土地の売主との特約によると,瑕疵担保責任を追及するための瑕疵の通知期限が,3日後に迫っています。
 しかし,土地全体を掘り起こして全容を解明するには,あと2週間ほど時間が必要です。
 果たして,当社は,土地の売主に対し,瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求できるのでしょうか?
 また,マンションの売却先が既に決まっていますが,引渡し期限までに工事を間に合わせるには,追加の費用が必要です。 
 この追加費用についても,損害賠償請求できますか?

(回答)

1 瑕疵の通知 
 買主が,売買の目的物に隠れた瑕疵があることを発見したときは,その旨を売主にして通知しなければ,損害賠償請求ができません。
 本件では,購入した土地にマンション建設の支障となるほどの基礎コンクリートが埋まっていますから,土地には瑕疵があると言えます。
 ただ,本件では,瑕疵を通知すべき期間に特約があり,その期限まであと3日間しかないのに,未だ瑕疵の全容が明らかでないというのです。この場合に損害賠償請求するためには,どのような通知をすればよいのでしょうか。
 この点については,判例があります。判例では,買主に通知義務が課されている理由は,売主に適切な善後策を講ずる機会を速やかに与えるためであるから,瑕疵がある旨を通知するだけでは足りないが,瑕疵の種類及び大体の範囲を明らかにすることで足り,詳細かつ正確な内容の通知である必要はないと判断されました。
 したがって,買主は,売主に適切な善後策を講ずることができる程度に,瑕疵の種類及び大体の範囲を通知すればよいことになります。
 本件では,地中にコンクリート基礎が存在したこと,その範囲は現段階では解明できていないが,建築予定のマンションの基礎工事に必要な範囲全体に及ぶ可能性もあることを通知すれば足りると考えられます。

2 完成のための追加費用
 それでは,期限までにマンションを完成させるための追加費用は,損害賠償の対象になるでしょうか。瑕疵担保責任を根拠とする損害賠償が認められるのは,買主が土地に瑕疵がないと信じたことによって生じた損害に限られます。
 マンションの工事に関して要した追加費用は,土地自体の問題とは異なりますか,追加費用につき瑕疵担保責任に基づいて損害賠償請求することはできません。
 ただし,土地の売主と買主の間で,マンションを建築することが前提とされていた場合のように,基礎コンクリートが埋まっていないことが土地の売買契約の内容となっていたときは,債務不履行責任に基づいて損害賠償請求できる可能性があります。

3 弁護士にご相談を 
 このように,瑕疵の通知の基準が判例によって示されたり,損害賠償請求できるか否かの結論が法律構成によって変わったりする場合がありますので,トラブルが生じたときは,弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

リフォーム工事において,瑕疵があるとされる場合とは

(質問)
 当社はある方から依頼を受けてアパートの改修工事を行いました。
 しかし,工事を完成して引き渡したあとに,「建物が建築基準法上の準耐火建築物になっていない。工事には瑕疵があるから損害を賠償しろ。」と言われています。
 しかし,当社が調べてみたところ,その建物は当社が工事をする前から,準耐火建築になっておらず,建築基準法違反の建物であったことが分かりました。
 当社は損害賠償責任を負担しなければならないのでしょうか。

(回答)

1 リフォームの瑕疵 
 リフォーム工事においては,当該リフォーム契約の内容となっている水準に当該リフォーム工事の内容が達していない場合に「瑕疵」があるとされます。
 したがって,貴社がその方と締結したリフォーム契約において,リフォーム工事によって準耐火建築物にするということが契約内容となっていない限り,貴社が責任負うことはありません。
 すなわち,御質問と類似のケースにおいて裁判所は,「改装工事は建物の内容や設備等を改装することによって本件建物による経営の向上を図ることを主な目的としたものであり,建物の違法部分を建築基準法令に適合させることを主な目的としたものではなかった」として,建築業者の責任を否定しています(東京地裁平成19年3月28日)。

2 注文主の指示をめぐる裁判例 
 ただし,御注意いただきたいことは,リフォーム工事は注文主の言われたとおりにすれば常に免責されるわけではないということです。
 リフォーム工事を行う前は違法ではなかった建物につき,注文者の請求するとおりに工事を行ったところ違法建築物になってしまったというケースでは,建築業者損害賠償責任が認められています(大阪地裁平成17年10月25日判決)。

 大阪地裁の事例:施工前は2階建ての建物で法令違反無し
 依頼者の要望により施工後に3階建てにすると建築基準法違反
 東京地裁の事例:施工前から準耐火建造物になっていないという違反あり
 依頼者の要望は改装により経営の向上を図ることだった火建造物でないという違反は残ったまま

 2つの裁判例から分かることは,フォーム工事契約においては,注文主が依頼した意思内容がどのようなものであるかが重視されているということです。
 すなわち,もともとは適法な建築物がリフォーム工事によって違法になっても良いというのは,とても注文主の意思とは考えられず,建築業者は責任を負います。
 大阪地裁の裁判例はこのケースです。反対に,今回の御質問のケースは,建物が違法であり,それを適法なものに直して欲しいということは注文主の意思となっていなかったからです。

3 建設業者のリスク回避対策 
 以上より,リフォーム工事においては,工事を開始する前に,当該建物には行政法規に照らして違法性がないか,注文主のリフォームの目的はどういったものかなどの点について,事前に注文主とよく話し合っておくことが肝要です。
 そして,事後的に注文主からクレームを言われるおそれがある場合には,受注する工事の内容や範囲について,明確に契約書に規定する必要があります。

建設業者の注文者の意図の尊重の必要性について

(質問)
 当社が担当していたマンション建設工事について,注文者からマンションの支柱を300㎜×300㎜の鉄骨で設計して欲しいという依頼がありました。しかし,構造計算を行ったところ,250㎜×250㎜でも法律上の安全性が確保できることが分かり,結局この鉄骨で建築工事を終えました。
 しかし,注文者は支柱に瑕疵があるとして,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求を提起してきました。構造計算上安全であるにもかかわらず,当社は責任を負担しなければならないのでしょうか?

(回答)

1 民法第634条の「瑕疵」とは 
 民法第634条は,請負契約の目的物に「瑕疵」がある場合には,注文者が請負人に対して瑕疵の修補や損害賠償を請求することができると定めています。そこで,御相談のケースは注文者の意図には反するものの構造計算上は安全性が認められる支柱について,同条の「瑕疵」に該当するか否かが問題となります。
 同条の「瑕疵」とは,一般に,「完成された仕事が契約で定めた内容どおりでなく使用価値もしくは交換価値を減少させる欠点があること」,または「当事者が予め定めた性質を欠くなどの不完全な点を有すること」とされています。そして,建物の建築工事における瑕疵の判断は,まず契約書に添付されている仕様書によって判断され,それにより判断できない場合は,建物の種類,契約締結時の事情,請負代金,法令上の制限,当事者の意図などから判断されます。
 そして,本件のケースにつきましては,類似の事案における第1審と第2審の裁判所は,構造計算上の安全性を重視し,支柱の太さについてそれが注文者との約定に違反していても安全性に問題はないとし,「瑕疵」の存在を否定しました。

2 注文者の意図や契約の内容を重視した最高裁 
 しかしながら,最高裁は「支柱について特に太い鉄骨を使用することが特に約定され,これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。」「建物請負業者が,注文主に無断で,上記約定に反し,支柱工事について約定の鉄骨を使用しなかったという事情の下においては,使用された鉄骨が,構造計算上,居住用建物としての安全性に問題のないものであったとしても,当該支柱の工事には瑕疵がある。」と判示しました(最高裁平成15年10月10日判決)。すなわち,最高裁判決は,構造計算上の安全性よりは,「注文者の意図」や「契約の内容」を重視したものです。

3 建設業者の注文者の意図の尊重の必要性 
 この判決により,構造計算上安全性が認められても,「特に約定され,これが契約の重要な内容になっていた」場合には,瑕疵担保責任を問われる場合があることが明確になりました。
 したがって,この判決以後は,工事において注文者としては一般的な安全性よりも注文者の意図を尊重することが求められると言えます。