月別アーカイブ: 2016年8月

健康診断拒否に対する受診の強制

(質問)
 当社は、毎年3月に、全従業員を対象として定期健康診断を実施しています。しかし、毎回放射線の影響を心配しているとのことで、胸部X線検査の受診を拒否する者がいます。
 当社が受診を強制することはできますか。

(回答)

1 会社の定期健康診断実施義務 
 中小企業において、従業員の健康管理は、労災の防止にもつながり、会社の安全配慮義務の履行にもなります。
 労働安全衛生法の規定によると、会社には、常時使用するすべての労働者に対し、雇い入れ時と年に1回の定期健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条第1項、労働安全衛生規則第44条第1項)。
 この「常時使用する労働者」とは、行政通達によると、期間の定めのない労働契約により使用され(期間の定めがある場合は、1年以上使用されることが予定されている者及び更新により1年以上使用されている者)、かつ、1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上とされている者です。
 ただし、健康診断の受診に要した時間の賃金については、事業者が支払うことが「望ましい」とされており、支払義務まではありません。

2 従業員の健康診断受診義務 
 一方で、従業員にも、健康診断を受診する義務があります(同法第66条第5項)。それでは、受診を拒否した従業員に対して、会社は、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるでしょうか。
 この点に関して、病気治療によるX線暴露が多く、これ以上のX線暴露を避けたいとの理由でX線検査を拒否した教職員に対し、校長が職務命令としてX線検査受診命令を出したがこれに従わなかったため、懲戒処分を行ったという事案で、最高裁は、この懲戒処分を適法として判断しました。つまり、会社は、受診を拒否した者に対して、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるのです。
 しかし、従業員の医師選択の自由まで奪うことはできません(同条同項ただし書)。会社が指定する医師の受診を拒否し、従業員が選択する医師に診断してもらうことは可能です。ただ、この場合にも、従業員には、診断結果を会社に提出する義務があります。

3 回答 
 ご質問にあるように、時々放射線とか電磁波等に過敏になる方がいらっしゃるようです。
 しかし、貴社には、従業員に対して定期健康診断実施義務があり、従業員には受診義務があるので、貴社は従業員に受診を命じることができますし、従業員がそれを拒絶した場合は懲戒処分を行うことができます。
 健康診断受診を拒否する従業員については、これを放置せず、受診義務があることを十分に説明した上で、受診を促すことが、結局のところ会社と従業員双方の利益に資するといえます。

休職命令を出すことの可否

(質問)
 当社は従業員から,発熱,咳,関節痛の症状があるとの連絡を受けました。もしかするとインフルエンザかもしれません。
 社内で流行しては困るので,就業規則上の規定はありませんが,休業命令を出したいと思っています。その場合,従業員に賃金を支払う必要はあるのでしょうか。

(回答)

1 インフルエンザの恐れのある従業員への休職命令
 労働者が伝ぱの可能性のある疾病等にかかった場合などの場合は、当該労働者及び他の労働者の健康・安全を確保するため、使用者の判断によって就業を禁止しなければならないとされています(労働安全衛生法第68条、安全衛生規則第61条)。

2 業務命令権の濫用 
 しかし、必要性・合理性を欠いた業務命令、不当な動機・目的をもってなされた業務命令、業務上の必要性と比較して労働者の職業上・生活上の不利益が著しく大きい業務命令は、権利の濫用として無効になるとされています。
 インフルエンザの強い感染力、流行性、症状等からすると、職場における安全配慮義務を負う使用者としては、インフルエンザの可能性がある労働者の職場への立入りを制限し、自宅で静養させる必要性は高いといえます。
 したがって、休業又は自宅待機の業務命令が無効となる可能性は低いと考えられます。

3 休業手当支払の要否
 使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合、使用者は、休業手当として賃金の6割以上を支払わなければなりません。
 労働者がインフルエンザに感染したことによる休業は、使用者の責めに帰すべき事由による休業には当たらないため、休業手当を支払う必要はないと考えられます。 
 ただし、医師の診断よりも長期にわたる休業や、インフルエンザかどうか分からないのに、一定の症状があることだけを理由に休業させるという場合は、使用者の自主的判断に基づく休業なので、休業手当の支払は必要であると考えられます。

4 回答 
 ご質問の状況では、未だインフルエンザの診断書は提出されていないと考えられますが、貴社は業務命令権に基づき、休業命令を出すことができます。
 その上で、貴社はなるべく早期に従業員からインフルエンザの診断書を提出してもらうべきです。
 インフルエンザの診断書の提出後は、貴社は休業手当を支払う必要はなくなると考えられます。

退職日までの有給休暇の請求について

(質問)
 この度,当社の従業員が退職を申し出てきたうえ,退職日まで有給休暇を請求してきました。
 会社としては,業務の引継ぎをしてもらわなくては困るので,引継ぎに必要な期間については出勤してもらいたいと考えています。どのような方法をとればよいですか?

(回答)

1 有給休暇の請求を認めないことができればベストだが・・・ 
 労働者が有給休暇を請求してきた場合に,使用者としてこれを適法に拒否できる根拠としては,時季変更権(労働基準法39条5項)を行使することが考えられます。
 この時季変更権とは,労働者が請求するとおりに有給休暇を認めると,会社の正常な事業運営が妨げられてしまう場合に,労働者の有給休暇取得日を別の日に変更することができるものです。
 しかし,この時季変更権は,別の日に有給休暇を取得させることができることができることを前提としています。そのため,ご相談の事案のように従業員が退職してしまう場合,別の日に有給休暇を与えることはできませんので,結論として,時季変権は行使できません。

2 有給休暇の買取り? 
 そうすると,会社としては,有給休暇を買い取ることによって,従業員の有給休暇の請求を認めないという主張をしたいところですが,結論として,有給休暇の買取りは認められません。
 というのも,有給休暇は,現実に労働者を休ませることを目的として認められたものであるにもかかわらず,有給休暇の買取りを認めてしまうと,この目的を達成することができなくなるからです。

3 結局,任意に協力を求めることしかできない 
 こうしてみると,会社としては,結局従業員に事情を説明したうえで,引継ぎの協力をお願いすることしかできないと思われます。
 ただし,単に引継ぎの協力をお願いしても,従業員からすると,協力することによる利益が何もないのであれば,まず協力することはないでしょう。
 そのため,会社としては,従業員が引継ぎに協力することによるメリットを提示する必要があります。
 このメリットとしては,経済的な利益を与えることが考えられます。すなわち,従業員が有給休暇の請求をやめてくれるのであれば,給料だけではなく,謝礼も支払うと提案するのです。どの程度の経済的利益を与えるかは,その引継ぎの内容の重要性(労働者の協力を必要としている程度)によって異なってきます。
 会社としては,このような予定外の出費を余儀なくされてしまいますが,法律上やむを得ない面がありますので,そもそもこのような事態を避けるために,日ごろから従業員に有給休暇を取得させておくことや会社に対する忠誠心を醸成しておくことが大切だろうと思われます。

営業所長に残業代を支払わなければならない基準

(質問)
 当社には何人か営業所長がいますが、その内の営業所長Yは、「自分は営業所長だが、自分に残業代が支払われていないのは納得できない。過去の分も含めて適正な残業代や深夜労働手当を支払ってもらいたい」と訴えてきました。
 この請求は正当ですか。

(回答)

1 管理監督者とは
 労働基準法では、原則として1日8時間、週40時間以上は労働させてはならないことが規定されています(同法第32条)。そして、これを超える部分については、使用者は残業代を支払う必要があります。
 この例外が「管理監督者」に該当する場合です(同法第41条第2号)。管理監督者については、「名ばかり管理監督者」と言われるように、企業にとって有利な制度をついつい濫用してしまうリスクがあることを認識すべきです。
 特に、中小企業においては、営業を広範囲に展開するため、営業拠点を設け、営業所長といった肩書を付けることがよく行われ、その営業所長に使命感と責任を持たせるため、一定額の営業所長手当だけ支払うという運用がなされることがあります。
 ご質問のケースでは、営業所長Yが管理監督者に該当するかが問題となります。

2 管理監督者の判断基準
 この「管理監督者」に該当するか否かの判断基準は、①事業主の経営に関する決定に参画し労務管理に関する指揮監督権限を認められているか、②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているか、③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)の処遇を与えられているかという点です。
裁判例では銀行の支店長代理について、通常の就業時間に拘束され出退勤の自由がなく、銀行の機密事項に関することもなく、経営者と一体となって銀行経営を左右する仕事に携わってもいないとして、管理監督者に該当しないと判断されたものがあります。
この裁判例を例にとってもお分かりのように、実務において「管理監督者」の判断基準は非常に厳しいものになっています。なお、出退勤の自由の点については特に重視されるポイントですので御留意ください。

3 年次有給休暇と深夜労働手当は
 管理監督者に該当することにより適用除外になるのは、労働時間、休憩、休日の規定だけであり、年次有給休暇(同法第39条)、深夜業(同法第37条第4項)などは適用除外になりません。
 したがって、会社は、Yが管理監督者に該当したとしても、深夜労働手当を支払わなければなりません。

4 回答
 貴社の場合、Yが経営に関する決定に参画して、出退勤が自由であり、営業所長手当がある程度高額であるなどといった条件が満たされていない限り、名ばかり営業所長ということになってしまい、Yの請求が認められるリスクは高いといえます。
 貴社が訴訟で敗訴するリスクと、そのことが他の営業所長に飛び火するリスクを避けるため、Yとの間で他には口外しないことを条件に一定額を支払って和解すべきです。
 また、今後、貴社は、管理監督者とは認められない営業所長に対しては、時間外手当等を支払うように制度と運用を改めるべきです。