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賃貸人の破産によるリスク

(質問)
 当社が賃借しているビルの賃貸人が破産した場合、賃貸借契約や敷金はどうなるのか教えてください。

(回答)

1 賃貸ビルが競売された場合
 抵当権の設定よりも引渡しが先の場合は、賃借人である貴社は、建物の引渡し後に抵当権設定を受けた抵当権者に対して、自らの賃借権を対抗できますので、仮に抵当権が実行されても、貴社は建物競落人に対して自らの賃借権を対抗でき、建物競落人は賃貸人たる地位を当然に承継することになります。
 その結果、敷金返還債務も建物競落人に承継されます。任意売却された場合も同様です。
 抵当権の設定よりも引渡しが後の場合は、賃借人である貴社は、建物の引渡しを受けた時点ですでに抵当権設定を受けていた抵当権者に対して、自らの賃借権を対抗できません。
 したがって、抵当権が実行されると賃貸借契約は競落人に承継されず、貴社は、建物売買後6か月間のうちに、建物を明け渡さなければなりません。
 また、賃貸借契約が承継されない以上、敷金返還請求権はもともとの賃貸人である前所有者に対して行使するしかありません。

2 賃貸人が破産等の法的整理に入った場合
 賃貸人が破産、民事再生等の法的整理手続をとった場合には、賃借人である貴社は、敷金返還請求権を一般の破産債権、再生債権等として届け出なければなりません。
 もっとも、敷金返還請求権は建物の明渡完了時に初めて現実化するものですから、破産手続では、法定の配当期限内に明渡しが完了しない限り配当されないことに注意する必要があります。他方で、民事再生や会社更生では、期間制限はなく、建物の明渡しが完了後、他の一般債権者と同等の条件で配当を受けることができます。
 この間、貴社は賃料を支払わなければなりませんが、破産では、賃借人が破産管財人に賃料を支払う際、返還敷金額を限度として、破産管財人に対して、賃料弁済額の寄託を請求できます。その後、賃借人が破産管財人と賃貸借契約を合意解約し、建物を明け渡した場合、寄託した賃料全額は返還され、寄託していた期間の賃料は、弁済されていなかったことになりますから、敷金から未払賃料を差し引いた残額の限度で敷金返還請求権が発生し、賃借人は、破産債権の届け出を行うこととなります。
  民事再生や会社更生では、手続開始後にその弁済期が到来すべき6か月分に相当する額を限度として賃料債務を相殺できます。敷金返還請求権については、手続開始後その弁済期に弁済をしたときは、手続開始時の6か月分に相当する額の範囲内で共益債権として扱うものとされています。共益債権とされた分は、手続外で随時弁済を受けられることとなります。

3 まとめ
 賃貸ビルが競売になった場合は、賃貸人が貴社に賃貸ビルを引き渡した時期と金融機関の抵当権設定の先後で結論は変わってきます。
 賃貸人が破産等の手続をとった場合は、貴社は債権届を行って配当を受けることができますが、破産手続では残金を限度として破産管財人に賃料弁済額の寄託を請求できますし、民事再生では、6か月分の賃料と敷金を相殺することができます。

資金提供の依頼等への対応

(質問)
 当社は、多額の売掛先でもあるY社から、経営が厳しいので、スポンサーとして資金的な支援をするか、売掛金の支払を猶予してほしいとの要請を受けました。
 この場合、当社としてはどのような点に留意すべきでしょうか。

(回答)

1 支払猶予等のリスク
 ご質問のケースでは、貴社はY社に対し、既に支払不能や倒産のリスクが生じている段階で、新たなリスクを伴う資金の支援や売掛金の支払の猶予をすることとなります。
 したがって、そのようなリスクを伴う行為をすることについて、会社の取締役の忠実義務・善管注意義務の違反が問題とされるリスクがあることに注意すべきです。

2 対策
 貴社は、Y社から、決算書等財務状況が分かる書類の開示を求めるとともに、その内容を確認して、Y社の財務状況の実態を把握すべきです。
 次に、Y社が貴社の資金支援や支払猶予により、今後どのように資金繰りができるのかの情報を聴取する必要があります。
 加えて、Y社が第三者に対して有する債権を、貴社が物上代位して、差押え、転付命令を求めることも想定して、Y社の取引先の情報を取得しておくことも有益です。
 その上で、貴社は、Y社への資金支援や支払猶予の条件として、新たに連帯保証人を取る、物的担保を要求する、逆にY社から商品を購入して相殺の主張ができるようにしておくなどといった債権回収のための予防策を採るべきです。

入札談合のリスク

(質問)
 当社では、営業部長が競合会社と入札談合をしているという噂があり、本人に確かめたところ事実でした。
 当社はどのように対応したら良いのでしょうか。
 また、入札談合のリスクについて教えてください。

(回答)

1 刑事責任リスク
 入札談合とは、公共事業などの競争入札において、競争するはずの業者同士が予め話し合って協定し、高い価格での落札や持ち回りでの落札で、業界全体で利益を不正に分け合うことです。
 公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した場合は談合罪(刑法第96条の6第2項、法定刑は3年以下の懲役又は250万円以下の罰金)に該当します。
 また、偽計又は威力を用いて、公共の競売又は入札の公正を害するべき行為をした場合は競売入札妨害罪(同第96条の6第1項、法定刑は上と同じ。)に該当します。
 談合罪等で社内から逮捕者を出すと、新聞等に社名が出て、会社のレピュテーションが下がるリスクが高いといえます。

2 独占禁止法違反リスク
 入札談合に対しては、行為者については5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処せられるリスク、法人については5億円以下の罰金に処せられるリスク、入札談合の計画を知っていて、その防止に必要な措置を講じなかった等の事情がある法人の代表者については500万円以下の罰金に処せられるリスクがあるとともに、課徴金が課せられるリスクがあります。

3 課徴金減免制度
 課徴金減免制度は、事業者が自ら関与したカルテル・入札談合について、その違反内容を公正取引委員会に自主的に報告した場合、課徴金が減免される制度です。
 公正取引委員会の調査開始日前に1番目に申請した場合には免除とされています。
 公正取引委員会の調査開始日前の申請で2番目に申請した場合は50%、3番目以降5番目までの申請については30%の減額とされています。
 ただし、4番目以降の申請については公正取引委員会がまだ把握していない事実を報告する場合に限ります。
 また、調査開始日前後併せて最大で5社まで減免可能です。もっとも、調査開始日後については、3社まで減額可能で、各社30%の減額となります。また、公正取引委員会がまだ把握していない事実を報告する場合に限ります。

4 入札談合のリスク
 貴社は、談合により、談合罪、独占禁止法の刑事責任のほか、課徴金が課せられるリスクがあります。
 課徴金については、課徴金減免のため、迅速に公正取引委員会に談合事実の報告と資料の提出を行う必要があります。

建物完成の遅れによる損害賠償の範囲

(質問)
 当社はある顧客から2階建ての建物工事を受注しました。この建物は、1階を注文主が事務所店舗として貸し、2階を注文主の自宅として設計されています。順調に工事は進んでいたのですが、当社にトラブルがあり、この建物の完成が3か月ほど遅れてしまいました。
 そうしたところ、注文主から、1階の3か月分の家賃100万円と、2階への入室が遅れることで余計な費用がかさんだとして、合計200万円の損害賠償請求をされました。
 当社はこの請求金額の全額支払いに応じなければならないのでしょうか。

(回答)

1 損害賠償義務
 まず、本件工事の完成が遅れた原因は貴社にあるようですので、貴社は債務不履行(履行遅滞)に基づき損害賠償義務を負担しなければなりません。では、かかる損害賠償義務は200万円全額に及ぶのでしょうか。
 損害賠償義務は、相手方に通常生じた損害(通常損害)に加え、当事者があらかじめ知ることができた特別事情に基づく損害(特別損害)にも及びます(民法第416条)。
 そして、本件における通常損害とは、当該建物を使用収益できないことによって生じる不利益であり、本件においては、当該建物を建てている間に注文主が他のマンションやアパートを借りて住んでいた場合の賃料相当額等がこれに当たります。

2 特別損害とは
 次に、注文主が完成建物の1階を他人に貸すことで得られる予定だった賃料ですが、これは特別損害に含まれます。そして、特別損害は、「当事者がその事情を予見し、又は予見することができたとき」に賠償義務が発生します(民法第416条第2項)。
 ですので、貴社が設計図を見て1階が事務所店舗とされていることが分かる場合や、注文主との打ち合わせにおいて1階は事務所用店舗と貸すなどと注文者から伝えられていれば、貴社は特別損害を予見することができたとして賠償義務を負担することになります。
 他方で、かかる特別損害が成立するためには、建物完成予定日の翌日から実際に1階に第三者が入室することが確実であることが必要です。
 以上より、貴社の賠償義務は、上記の前提の基で、具体的事実や諸事情を勘案して決められることになります。

3 損害賠償の範囲
 貴社は、顧客が2階に入室することが遅れたことに伴う損害を賠償する義務を負います。
 また、顧客が完成予定の建物の1階を事務所店舗として貸すことを予見し得たと解されるリスクがあるので、実際に1階に入居者が現れないことの反証に成功しない限り、200万円の損害賠償が認められるリスクがあると言わざるを得ません。

株主が所在不明の場合の対応

(質問)
 当社には、所在不明の株主がいます。株主名簿記載の住所に株主総会の招集通知を発送しても宛先不明で返送されてきます。
 このような所在不明の株主の地位を失わせる方法はないでしょうか。

(回答)

1 株主に対する通知
 会社が株主に対してする通知等は、株主名簿に記載されている株主の住所に発送すれば足り、その通知は通常到達すべきであったときに株主に到達したものとみなされます(会社法第126条第1項、第2項)。

2 所在不明の株主に対する通知の省略
 会社が株主に対してする通知が5年以上継続して到達しない場合は、会社はその株主に対する通知を省略できます(同法第196条第1項)。

3 所在不明株主の株主の管理の費用と手間
 会社が会社法第196条第1項に基づき、所在不明の株主に対する通知・催告を省略できる場合であっても、会社が勝手にその株主を株主名簿から抹消することができないのはもちろん、その株主に対する剰余金の配当等の義務も免除されないため、会社には、所在不明の株主を管理するための費用と手間が生じます。

4 回答
 そこで、貴社は、①会社法第196条第1項の規定により株主に対する通知・催告を要しない株式であって、かつ、②その株式の株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったものについて、株主の承諾を得ることなく、競売又は一定の方法による売却を行うことが認められています(同法第197条、第198条)。
 会社が所在不明株主の株式の競売・売却を行うに当たっては、所定事項の公告と当該株式の株主及びその登録株式質権者に対して各別の催告を行うことが必要であり、株主その他の利害関係人が異議を述べないままに3か月以上の異議申述期間が経過した場合は、当該株式を競売・売却することができます(同法第198条第1項)。

ソフトウェア管理リスク

(質問)
 当社は、Y社から同社の管理するソフトウェアの著作権を当社が侵害しているので、当社のソフトウェア総数とそれらのソフトウェアがライセンスを有しているかどうかの調査をしてもらいたい旨の通知を受領しました。
 当社は、Y社の通知に応じる必要があるでしょうか。

(回答)

1 ソフトウェア管理のリスク
 Word、ExCel等のソフトウェアは、プログラムの著作物(著作権法第10条第1項9号)に該当します。したがって、このようなソフトウェアを著作権者の許諾なく複製すると、著作権侵害になります。  
 このように、中小企業においては、ついついソフトウェアの違法な複製を行ってしまうリスクがあるので注意が必要です。

2 ソフトウェア管理の手順
 一般的なソフトウェア管理手順としては、①ソフトウェアの導入に際して、導入したソフトウェアの情報を管理台帳に記載する、②管理に際しては、管理台帳を適宜更新して、必要に応じて監査を行う、③廃棄に際しては、外部業者に委託し、廃棄証明書を受領することなどが必要です。

3 ソフトウェアの管理の重要性
 中小企業においては、経営法務リスクマネジメントの一環として、他社の著作権の侵害による損害賠償請求等を避けるためにソフトウェアの管理規程の制定を含めた管理体制を構築することが必要となります。

4 回答
 Y社は何らかの情報に基づき、Y社の著作権を有しているソフトウェアについて、貴社が無断で複製している証拠をつかんだため、貴社に対してかかる請求を行っているものと考えられます。
 この場合、貴社がY社からの申出を放置しておくと、Y社は証拠保全を申立てて、その決定に基づき、貴社に立ち入って証拠保全を行うリスクがあります。
 このため、貴社としては、Y社の請求に対し、貴社が使用しているY社のソフトウェアについてライセンスを取得しているかどうかの調査を行って、回答せざるを得ません。

印鑑の管理リスク

(質問)
 当社は、突然Y社から当社の代表者印が押印されたコンサルタント契約書のコピーを示され、それに基づくコンサルタント料の請求を受けました。    
 しかし、当社の社長は、その印鑑が代表者印とは思われるものの、そのような契約書に押印した記憶はないとのことです。
 当社とすればどのように対応すれば良いのでしょうか。

(回答)

1 文書管理の重要性
 企業においては、社印、代表者印、取締役の印鑑、銀行印などの印鑑の管理が極めて重要なので、それが適切になされているかどうかを改めて確認しておく必要があります。
 印鑑管理のリスクとしては、次のことが挙げられます。
 ①印鑑が偽造されるリスク
 ②部外者による不正使用リスク
 ③内部の者による不正使用リスク

2 二段の推定の法理
 訴訟においては、コンサルタント契約が貴社の意思に基づいて作成されたかどうか(真正に成立したかどうか)が、まず問題となります(形式的証拠力)。
 訴訟において、貴社がコンサルタント契約書の真正を争った場合は、Y社は、コンサルタント契約書が貴社の意思に基づいて作成されたこと(文書が真正に成立したこと)を立証する必要があります。
 この点につき、判例は、私文書の作成名義人の印影が、その名義人の印章(印鑑)によって顕出(押印)された事実が確定された場合には、反証がない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定できるとしています(最高裁判所昭和39年5月12日判決)。これを一段目の推定といいます。
 次に、民事訴訟法第228条第4項は、私文書は本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立した(意思に基づいた)ものと推定すると規定しています。これを二段目の推定といいます。
 したがって、Y社は、コンサルタント契約に押印された印影が貴社の印章の印影と同一であることさえ立証すれば、文書の真正が推定されることになります。これを二段の推定の法理といいます。
 すなわち、本人の印影→本人の意思に基づく規制→文書の成立の真正ということになります。
 以上の次第で、代表社印の管理は大変重要ですので、施錠している引き出しに保管するなど厳重な管理が要求されます。

3 回答
 貴社は、コンサルタント契約に押印された印影が貴社の代表者印の印影である以上、貴社の代表者の意思に基づいて文書が作成されたと推定されてしまいます。
 貴社としては、コンサルタント契約書に押印された印影が貴社の印章により押印されたものでないとか、印章が第三者に盗用されたとか、貴社が白紙の契約書に代表者印を押印後に変造されたなどを立証できない限り、コンサルタント契約の契約書の成立は争えません。
 次に、契約書の真正が認められたとしても、その内容を争うことは可能です。
 貴社とすれば、コンサルタント契約は真正に成立したとしても、コンサルタントの実体がなかったからコンサルタント料金の支払義務はないなどといった争い方をすることも検討する必要があります。

他社の商標登録によるリスク

(質問)
 当社は、Y社から、Y社の店舗名と同じものを商標登録しているという内容の警告書を受領しました。
 当社が調べたところ、Y社の商標出願日よりも、当社の店舗名の使用開始時期の方が早かったのですが、当社は店舗名の使用を中止しなければいけないでしょうか。

(回答)

1 商標の効力
 商標登録により商標を使用する指定商品又は指定役務について商標権を独占的に使用することができることになります。
 そこで貴社は、Y社の商標登録が貴社の営業をカバーする役務を含んだ分野(指定役務)になされた有効なものかどうかを確認する必要があります。このようなY社の商標権が存在すれば、原則として、貴社の店舗名の使用行為はY社の商標権を侵害することになります。

2 先使用権
 しかし、仮に、そのようなY社の商標権が存在しても、以前からの社の貴名称の使用実績に基づき、貴社の継続使用を認める「先使用権」が成立する場合があります。
 先使用権の成立には、①貴社が警告者の商標出願前から名称を使用していること、②名称の使用が不正競争の目的がないこと、③貴社が名称を使用することで、Y社の商標出願時に貴社の名称が周知(ある程度有名)になっていたこと、④貴社が継続して貴名称を使用していること、の全てを満足する必要があります。
 これらのうち③は、Y社の商標出願時に、貴社の名称が周知(通常、隣県のいくつかまで貴名称が知れわたっている程度)であったことを、具体的には、使用期間、使用地域、営業規模(店舗数、営業地域、売上高等)、広告宣伝実績、新聞雑誌等の記事掲載実績等に関する証拠資料に基づき間接的に証明する必要があります。しかし、この証拠資料が元々なかったり、(通常、数年以上前の出願時の状況を示すような)古い資料として既に廃棄されていたりで、実務的には、この資料収集は容易でなく、③の証明ができずに先使用権が認められないリスクがあります。

3 回答
 このように貴社の名称の使用実績により先使用権がうまく証明できれば、貴名称の使用を中止する必要がなくなりますが、実際はそれが困難な場合も多いと考えられます。
 したがって、このようなトラブルを回避するためには、貴社が安定して継続的に使用したい商標(店舗名、商品名、会社名、ロゴ等)は自らが商標登録すべきです。

他社の営業秘密侵害リスク

(質問)
 当社は、製品開発の仕事を行っているのですが、同業会社Yから、当社がY社の営業秘密を盗用したこと、その営業秘密の使用の差止めと損害賠償請求を請求する旨の通知が届きました。
 当社にはどのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 差止請求とそれに対する事実確認
 Y社は、貴社に対して、当該情報を利用した販売活動の差止めを求めることとなりますが、まずは、貴社に対してその旨を記載した警告状を送付することが多いと考えられます。
 これに対し、貴社は、Y社の主張に対して、営業秘密侵害の事実確認を行うことになります。

2 損害賠償額
 貴社が他社の営業秘密を侵害すると、次のとおり、損害賠償額が容易に認定されたり、その額が多額になるというリスクがあります。

 ア 原則は被侵害者の利益
   「損害額=Y社の損害」
   しかし、Y社が得べかりし利益を立証することは一般的に困難といえます。

 イ 侵害者の利益
   「損害額」=「貴社の利益」
   貴社が営業利益の侵害により利益を受けているときは、Y社の販売能力を超えない限度において、その額が損害額と推定されます。
   例えば、貴社が1,000万円の利益を上げていれば、Y社は1,000万円の損害を受けたものと推定されてしまいます。
   もっとも、推定規定なので、商品の用途や需要者の違い、貴社の商品の購買力が独自の要素に起因することなどを理由として推定が覆る可能性はあります。
    
  ウ ライセンス料相当額
    「損害額」=「ライセンス料相当額」
    Y社の損害額の算定については、営業秘密のライセンス料と推定されます。
    例えば、貴社の売上が5,000万円で、当該営業秘密のライセンス料率の相場が売上高の15%であれば、750万円がY社の損害と推定されてしまいます。

3 営業秘密侵害罪
 不正の利益を得る目的又は営業秘密の保有者に損害を与える目的で行った営業秘密の不正取得・領得・不正使用・不正開示のうちの一定の行為を行うと、10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金(又はその両方)に処せられるリスクがあります。
 日本国内で管理されていた営業秘密を、国外で不正使用又は不正開示した場合も処罰されます。
 一部の営業秘密侵害罪については、法人の業務として行われた場合、行為者が処罰されるほか、法人も3億円以下の罰金となります。

4 営業秘密保護強化の動き
 営業秘密の侵害については、平成27年の不正競争防止法の一部改正により、営業秘密の取得者の処罰範囲の拡大(3次取得者以降も処罰の対象にする。)、未遂行為の処罰、非親告罪化、生産技術等の不正使用の事実について侵害者が違法に取得した技術を使っていないことを立証しなければいけないとの立証責任の転換等の営業秘密の保護強化の動きがあります。

5 まとめ
 貴社がY社の営業秘密を侵害すると、多額の損害賠償を負うとともに、刑事罰を被るリスクがあります。
 そこで、貴社としては、Y社の営業秘密を実際に侵害しているかどうかの調査を行い、侵害している事実が認められれば、早急に是正措置を講じるほか、Y社と和解交渉に入るべきです。
 また、貴社は、中途採用者等に対し、前職の会社の営業秘密を貴社において使用しない旨の誓約書を提出させるなどの予防措置を採るべきです(混入(コンタミネーション)対応)。

営業秘密の要件

(質問)
 当社は、製品製造のノウハウを他社に知られないように、営業秘密としての管理を徹底しようと考えています。
 営業秘密とはどのようなものでしょうか。
 

(回答)

1 営業秘密とは
 営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法・販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法第2条第6項)をいいます。

2 秘密として管理されていること(秘密管理性)
 秘密管理性については、①営業秘密に関して、その保有者が主観に秘密を有しているという意思を持っていること(秘密保持の意思)、②客観的に秘密として管理されていると認められる状態にあること(客観的な秘密管理性)の2つの要件が必要であるとされています。
 また、経済産業省の営業秘密管理指針では、秘密管理性が認められるためには、企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があるとされています。
 そして、秘密管理措置とは、紙媒体の場合は、「マル秘」など秘密であることを表示したり、施錠可能なキャビネット等に保管することとされています。
 また、電子媒体の場合、記録媒体へのマル秘の付記、電子ファイルを用いた場合に端末画面にマル秘の付記、電子ファイル等の閲覧に要するパスワードの設定等が挙げられています。

3 有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性)
 この要件は、経済的な利用価値のある秘密、あるいは、法的保護を行うに足る社会的意義と必要性がある秘密のみを保護の対象とする趣旨です。

4 公然と知られていないこと(非公知性)
 不正競争行為によらないで当該情報が不特定多数のものに知られる状態になれば、もはや営業秘密としての保護が及ばなくなります。

5 営業秘密のリスク
 企業においては、製品製造のノウハウが他社に漏れてしまって、それが利用されると、事業継続自体が脅かされるリスクにもつながりかねません。
 営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示に対しては、企業は差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求の民事上の措置を採ることができるほか、営業秘密侵害罪の刑事罰が規定されています。
 しかし、民事上、刑事上の措置はいずれも事後的措置にすぎず、被害が完全に回復できないリスクがあるので、企業とすれば、営業秘密の管理を徹底すべきです。