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空き家と相続問題

(質問)
 先日、Aが死亡しました。Aには、Aの子であるBがおり、配偶者のCはAより先に亡くなっています。Aの財産には、土地とその土地上の建物があります。ところが、それらの不動産は、田舎の実家で空き家になってから数年が経っています。Bはその空き家の処分をどうしたらいいでしょうか。

(回答)

1 空き家と相続問題
昨今、空き家が放置されている問題が社会問題として取り上げられています。空き家が発生する原因には、所有者の死亡や高齢者の転居などが挙げられます。特に、相続財産に不動産が含まれていることは多々あり、相続が発生した場合に、空き家となっている不動産の扱いが問題となります。

2 相続放棄をすれば、空き家の管理をせずともよいのか?
空き家を相続した場合、空き家の所有者として土地の工作物責任など法的な責任を負います。それを避けるために、相続放棄をすればよいのではないかと考えられます。しかし、相続放棄により相続人が不在となった場合にも、相続放棄をした者は、相続財産管理人が選任されるまで相続財産について管理義務を負うことになるため、注意が必要です。 
 民法では、相続の放棄をした者はその放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないとされます。相続人が不在の場合には、相続財産管理人が選任され、相続財産の管理がされるまで、相続放棄をした者は、相続財産の管理義務を負うことになります。相続財産管理人を選任しないまま、空き家を放置した場合には、建物の倒壊などが起きれば管理義務違反により、損害賠償責任を負うリスクがあります。

3 不動産の売却・賃貸借による活用
相続人が空き家を相続した場合には、不動産を第三者に売却、賃貸することで活用することが考えられます。この場合も様々な法的な問題やリスクを検討する必要があります。
例えば、相続した不動産の売買では、稀に、所有権移転登記がきちんとなされておらず、被相続人の名義で登記されていない場合があります。この場合、所有者の確認ができず、売却が直ちにできない可能性があります。また、賃貸借契約を締結する場合は、借地借家法の適用があることや賃貸人として義務やリスクを検討して、契約を締結することが大切になります。
 相続にともなった法律問題は様々なものがあります。相続に関する法律問題の相談については弁護士にご相談ください。

高齢の賃借人と賃貸借契約

(質問)
 Aは、Bから老後の住まいとして建物の賃貸借契約の締結の申入れを受けました。ところが、Aは、Bが高齢者であるため、もしも、Bが突然死亡してしまった場合、どうなるのか心配となりました。賃借人が死亡した場合の賃貸借契約に関する法律問題を教えてください。

(回答)

1 高齢化問題と賃貸借契約
 高齢者に対して建物を賃貸する場合,賃貸人の悩みとして,このような相談はよくあります。高齢化が進む中で,賃貸住宅で独り暮らしをする高齢者も増え、このような問題も増加していくことが見込まれます。

2 賃借人が死んでも、賃貸借は終わらず
 賃借人が死亡したとしても、賃貸借契約は終了しません。使用者貸借契約と異なり、賃貸借契約は、賃借人の死亡により当然には終了しないため、注意が必要です。
 では、特約で「賃借人の死亡」により契約が終了すると定めることはできないでしょうか。結論からいえば、この条項は無効となる可能性が高いです。「賃借人の死亡」を契約の終了事由とする条項は、不確定期限の定めと解されます。不確定期限の到来によって終了する契約は一般的に借家人に不利であって、借地借家法第30条によって無効となると考えられるためです。
 このように賃借人が死亡したとしても、賃貸借契約は当然には終了せず、契約の効力は続くことになります。相続人がいれば、賃貸人の地位が相続人に承継されます。

3 契約の解除と遺品の処理
 賃借人の死亡で問題となるのは、契約の解除と遺品を誰がどのように処分するかです。
 まず、相続人がいる場合は、相続人を調査して、賃貸人と賃借人の相続人間で契約を合意解除したうえで、遺品の処分など原状回復を求めます。特に、相続人が複数いる場合には、賃借人たる地位は、相続人間で準共有となるため、相続人全員との間で合意解除しなければならないため、注意が必要です。契約締結時に、賃借人の相続人の状況をある程度把握しておかなければ、リスクとなる可能性があります。
 次に、調査の結果、相続人がいなかった場合はどうでしょうか。賃借人に身寄りがない場合や負債をかかえているため相続人が相続放棄をした場合が考えられます。この場合、賃貸人が勝手に遺品等を処分するわけにはいかず、賃貸人から相続財産管理人の申立てを相続財産管理人と交渉して、契約の解除等の処理を行う必要があります。ところが、相続財産管理人の申立ては、申立人が予納金の支払いが必要となる可能性があり、相続財産が少なければ、申立人の持ち出しとなってしまうリスクがあります。

 このように高齢化問題にともなって身近な契約にも法律問題が生じます。賃貸借契約に関するトラブルやリーガルチェックなどは弁護士にご相談ください。

パワハラ防止法~パワハラ対策の義務化~

(質問)
 パワーハラスメント対策が企業の義務になると聞きました。会社として、具体的に、どのようなことをすればよいのでしょうか。 

(回答)

1 パワハラ防止法の施行
令和2年6月、労働施策総合推進法が改正され、職場におけるパワハラの防止対策を取ることが新たに企業の義務となりました(いわゆるパワハラ防止法)。
このパワハラ防止法は、大企業にはすでに適用が始まっているところ、令和4年4月1日から、中小企業にも適用されることとなります。
 企業としての対策は、一朝一夕で始められるものではありません。そこで、1年後に迫る義務化に備え、企業としてどのようなことを求められているかを見ていきましょう。

2 事業主が「講ずべき措置」
パワハラ防止法は、事業主に対し、職場においてパワハラが行われることのないよう、「雇用管理上必要な措置」を講じるべきことを義務付けています。
それでは、この「必要な措置」として、事業主は具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか。この点については、厚生労働省による「指針」がその詳細を明らかにしています。その概要は、次のとおりです。
まず、第1に求められているのは、「パワハラを行ってはならず、パワハラを行った者には厳正に対処する」旨の事業主の方針を明確にし、労働者に対してその周知を行うことです。具体的には、パワハラを行ってはならない旨について服務規律を定めること、社内報などで社内に周知することや、労働者に対しパワハラ防止のための研修等を行うことが考えられます。
第2に、事業主は、労働者からのパワハラに関する相談に対し、適切に対処するための体制を整備しなければなりません。具体的には、相談窓口を作って労働者に周知すること、窓口担当者の研修を行なったり対応マニュアルを作成することにより、相談窓口が適切に機能するような仕組みづくりをすることが求められています。この相談窓口としては、社内において窓口を作ることのほか、弁護士などの専門家に依頼し外部相談窓口を設けることも有効であると考えられます。
第3に、事業主は、労働者からパワハラに関する相談があった場合に、迅速かつ適切に対応しなくてはなりません。すなわち、パワハラの相談があった場合、まず、相談窓口の担当者や外部の紛争処理機関を通じ、すみやかに事実関係の正確な聞取りをすることが必要です。次に、パワハラの事実が確認できた場合には、例えば、加害者を配置転換させ被害者と引き離すなど、パワハラの当事者に対する適切な措置を取ることが求められます。そして、その上で、パワハラの再発防止に向け、改めて事業主としての方針の周知・啓発を行うことも義務付けられています。
第4に、事業主には、これまで述べてきたことと併せて、パワハラの事後対応にあたって当事者のプライバシーに配慮すべきこと、パワハラに関する相談などをしたことをもって労働者が不利益に取り扱われることがない旨を周知することも求められています。
また、「指針」は、これらの義務について定めるほか、「事業主が行うことが望ましい取組」として、多種のハラスメントの相談に一体的に応じられるような体制を取ることや、自社の労働者以外の者との間で起こりうるパワハラ行為について対策を取ることについても言及しています。

3 働きやすい職場環境づくりへ
ハラスメント防止対策をしっかりと行うことや、テレワーク、フレックスタイム制や副業などの柔軟な働き方を提供することで労働者が働きやすい職場環境を整えることは、人材の確保・定着、社員のエンゲージメントの向上、引いては企業としての生産性の向上に繋がるものであり、人材難が叫ばれる現在において、これらの体制を整えることは、中小企業にとっても急務といえます。
 ハラスメント対策や、働きやすい職場環境づくりのための規程の整備などにお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

土地の名義が100人?~所有権移転登記手続請求とは~

(質問)
 親が使っていた土地を最近相続しました。相続人は私しかいないので,当然,私の土地になると思っていましたが,登記を見てみると,100人の共有名義となっていました。この土地はどうすれば私が自由に使えるのでしょうか。

(回答)

1 時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求 
驚くような話ですが,実際にこのような相談を受けることがあります。今までに扱ったものとしては,300人以上の名義だったこともあります。
 共有者の人数が少ない場合には,所有権(共有者の持分権)を,代償金を支払って譲渡してもらうことで解決することもあります。ところが,100人の共有名義が大昔のものであったりすると,今では共有者にも相続が発生して,その相続人が多数に上ることになります。
 このような場合には,裁判で,時効取得を原因として所有権移転登記手続を請求することが考えられます。
 もっとも,この場合でも,まずは共有者の相続人を特定することから始めなければなりませんので,戸籍を集めるのに一苦労します。そして,訴状の送達ができなければ裁判が始まりませんので,全員に訴状を送達するにも一苦労します。相続人が海外にいる場合もありますので,この場合にはさらに時間がかかります。

2 裁判の流れ
送達が完了すると,裁判が始まりますが,裁判で必ず勝てるわけではありません。
 20年の長期時効取得の場合は,その要件が民法162条1項に規定されており,①所有の意思をもって,②平穏かつ公然に,③他人の物を,④20年間占有することとなっています。①と②は民法186条1項によって主 張立証が不要となり,③は自己の所有物でもよいので要件とはなりません。④については,民法186条2項によって,20年の前後両時点の占有の事実があれば,占有はその間継続したものと推定されます。
 以上をまとめると,20年の長期時効取得を請求するには,ある時点で占有していたこと,ある時点から20年経過した時点で占有していたこと,時効援用の意思表示,の3つが主張立証できればよいことになります。
 ところが,相手方から抗弁として「所有の意思がないこと」を主張立証される可能性があります。「所有の意思がないこと」とは,(ⅰ)他主占有権原と(ⅱ)他主占有事情からなりますが,例えば,賃貸借関係があれば,他主占有権原が認められます。本件では,例えば,親が100人の共有者から本件土地を賃借して使用していた場合には,相手方からの他主占有権原の主張が通ってしまうことになり,敗訴ということになります。
 このような反論をしてくる相手方がいれば,結局,金銭解決による和解をして,登記を移転してもらうことになります。
 ほかにも,登記を放置したままでいたために,相続人が増えて大変になってしまったという事件は多くありますので,登記は早めに移転しておくことをお勧めします。

隠し子と相続

(質問)
 先日、Aが死亡しました。相続人には妻のWと子のXがいます。W、Xは、遺産分割協議を行い、Aの遺産のうち、Wが預貯金、Xが土地を相続することになりました。
 数日後、Aの遺言が発見され、「Yを自分の子として認知する」と書かれていた場合、遺産分割協議の効力はどのようになるでしょうか。または、認知の訴えが提起され請求が認容された場合はどうでしょうか。

(回答)

1 隠し子と相続問題
最近のニュースで、某資産家が亡くなり、遺産を巡って隠し子が続々と名乗りをあげていることが話題になっています。最近は、離婚の件数や事実婚の件数が増えていますので、今後、実は腹違いの兄弟姉妹がいたというケースでの相続が問題となるかもしれません。

2 遺産分割の当事者を除外してされた遺産分割の効力
通常は、相続関係を調査していれば、戸籍に記載のある隠し子には気付くことができますが、ごくまれに調査を怠り、遺産分割協議後に子の存在が発覚する場合があります。
遺産分割の当事者である相続人を除いて行われた遺産分割協議は無効となるとされます。そのため、遺産分割協議を行った後に、新たな相続人である子の存在が発覚した場合は、その遺産分割協議は無効であって、その相続人を加えて遺産分割協議をやり直さなければなりません。

3 遺産分割後に認知がされた場合
隠し子の発覚で専ら問題となるのは,遺産分割協議後に,認知がなされたケースです。認知(民法第779条)とは、法律上の婚姻関係によらず生まれた子を父又は母が自分の子であると認める行為です。認知は遺言によってもすることができ(民法第781条第2項)、これを遺言認知と言います。また、被相続人の死後に、検察官を被告として、死亡後3年以内に認知の訴えを提起することもできます(民法第787条)。隠し子が婚外子であった場合は、認知されることで、親子関係が成立し、相続権が発生します。
 事例のように、遺産分割協議後に遺言認知がなされていることが発覚した場合や認知の訴えが提起され認容された場合、認知は出生時に遡って効力を生ずるため(民法第784条)、相続人を1人欠いていたものとして、無効となるとも考えられます。しかし、民法910条は、相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産分割の請求をしようとする場合には、遺産分割の効力を有効と扱い、新たな相続人にはその相続分に応じた価額支払請求権を与えるという扱いをしています。つまり、この場合は、遺産分割協議をやり直す必要はなく、適切な金額を新たな相続人に対して支払うことで足ります。
 相続開始後に隠し子が見つかった場合では、それまで交流がなかっただけに紛争化してしまうケースが多々あります。相続に関する紛争は、弁護士にご相談ください。

子の看護・介護休暇~改正法令和3年1月施行~

(質問)
  子の看護・介護休暇の制度が新しくなると聞きました。どのような点が変わり、会社として何をしなければならないのでしょうか。

(回答)

1 子の看護・介護休暇とは?
育児介護休業法は、従前より、育児休業や介護休業に加えて、子の看護や介護の必要がある労働者について、申出により休暇を取得することのできる「子の看護・介護休暇」の制度を定めてきました。
 このうち、子の看護休暇は、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者について、1年度において5労働日を限度として、傷病にかかった子の世話または疾病の予防を図るために必要な子の世話をするために休暇を取得することができるとするものです。
 他方、介護休暇は、要介護状態の家族をもつ労働者について、同じく1年度において5労働日を限度として、家族の世話を行うために休暇を取得することができるとするものです。
労働者からこれらの休暇の申出があった場合、事業主は、一定の労働者について労使協定を結んだ場合を除いて、その申出を拒むことはできません。もっとも、休暇中の給与については、無給とすることができるものとされています。

2 法改正で何が変わる?
この子の看護・介護休暇の制度について、この度、法改正がされ、令和3年1月1日から改正法が施行されることとなりました。
 今回の法改正の最大のポイントは、事業主に対し、子の看護・介護休暇を、時間単位で取得させる義務が定められたことです。これまで、平成28年の法改正により、これらの休暇を半日単位で取得させなければならない義務が課せられてきたところ、労働者が更に小刻みに休暇を取得できるよう、より柔軟な制度に改められた形です。
 また、それと併せて、これまで、1日の所定労働時間が短い労働者については半日単位で休暇を取得することはできないとされていたところ、この度の法改正により、すべての労働者が時間単位で休暇を取得できることとなりました。

3 企業としてなすべきこと
このような法改正を受け、事業主としては、就業規則の内容を改正法に即したものへと改める必要があります。仮に子の看護・介護休暇の定め自体を置いていない場合には、この機会に定めを置くようにしましょう。これらの休暇も就業規則の絶対的記載事項である「休暇」にあたるものですから、その付与要件、取得に必要な手続及び期間について、就業規則に記載しなければなりません。
 これに加え、今回、時間単位での休暇の取得が可能となったことから、休暇の残日数・時間を正確に把握することができるよう、適切に管理していく体制を整えることも求められているといえます。
 そして、なにより、労働者がこの制度を実際に利用することができるよう、労働者に対し制度の周知をしていくことが大切です。

4 持続可能な企業をめざして
新型コロナウイルスの流行により、社会や経済のあり方が大きく揺らいでいる今、あらゆる局面で「持続可能性(サステナビリティ)」という考え方がより注目を集めるようになってきています。
 少子高齢化が進み、人手不足が深刻な状況となってきている現代社会において、介護などの理由による従業員のキャリアロスへの不安を払しょくし、従業員が安心して働き続け、十分に能力を発揮することのできる環境づくりをすることは、企業としての持続可能性を高めるための重要な取組みの一つといえます。
 そのような観点から、法令で課された義務の履行をすることはもちろんのこと、企業としての経済性と両立する範囲内で、より柔軟な制度構築をすることも検討されてもよいかもしれません。
 労働者の育児や介護にまつわる制度の構築や規定の定め方にお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談されることをお勧めします。

同一労働同一賃金~最新最高裁判例によせて~

(質問)
 当社には、無期労働契約で働いている正社員と、有期雇用契約であるものの正社員と同様にフルタイムで働いているアルバイト職員がいます。最近、「アルバイト職員に賞与を支給しないことは違法ではない」という判決が出たことをニュースで知りました。当社でもアルバイト職員に賞与を支給していませんが、この取扱いは適法だと考えてよいでしょうか。

(回答)

1 2つの最高裁判例
近年、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の賃金格差が問題となっていたことから、働き方改革の柱の一つとして「同一労働同一賃金」の法制度が整えられ、大企業にはすでに適用されているところです。そして、来る令和3年4月1日、いよいよ中小企業にもこの制度が適用されることとなります。
 この同一労働同一賃金をめぐる問題について、令和2年10月13日、注目すべき2つの最高裁判決が出されました。いずれも、企業が非正規雇用労働者に対し、賞与や退職金を支給しない取扱いをしていたことについて、違法とはいえない旨判断したものです。
もっとも、このような判決が出されたからといって、同様の取扱いをすることがただちに適法となるわけではないことに注意が必要です。

2 同一労働同一賃金って?
そもそも、同一労働同一賃金の制度は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の賃金について、どのような取扱いをすることを企業に求めているのでしょうか。
 この点について、いわゆるパート有期法8条は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との待遇に「不合理と認められる相違を設けてはならない」と規定しています。すなわち、同一労働同一賃金とは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との「不合理」な待遇差をなくすことを企業に求めるものであり、一切の待遇差を許さないとするものではありません。その差が「不合理でない」といえるかぎりにおいて、待遇差を設けることも許容されるのです。
 それでは、どのような場合が「不合理」であり、どのような場合が「不合理でない」待遇差となるのでしょうか。この点について、条文の文言やこれまでの裁判例上、3つの考慮要素をもとに判断すべきものとされてきました。

3 「不合理」性の考慮要素
3つの考慮要素とは、すなわち、①労働者の業務内容及びその業務に伴う責任の程度の差異、②職務の内容及び配置の変更の範囲の差異、そして③その他の事情です。今回出された2つの最高裁判例も、この3つの要素から不合理性の判断を行ったものです。
 そして、基本給、各種手当、賞与や退職金など、具体的な賃金制度がそれぞれ不合理であるかどうかということは、当該企業においてその賃金制度が設けられている趣旨・目的ごとに、問題となる賃金制度の企業内の賃金体系全体における位置付けをも加味して、個別具体的に判断がされます。
 たとえば、今回、大阪医科薬科大学の事件においては、賞与が支給される趣旨について「正職員の人材確保やその定着」にあるなどとした上で、①アルバイトの職務が軽易であることや、②正社員と異なり配置転換がないこと、③アルバイトから正社員への登用制度があることなどを総合的に考慮し、待遇差が「不合理でない」旨の判断がされました。

4 個別具体的な検討が必須!
このように、同一労働同一賃金の「不合理性」の判断は、個別的な事情を具体的に検討して行われるものであり、ご相談の企業においてアルバイトに賞与を支給しないことが適法といえるかどうかについても、賞与の趣旨目的や社内の賃金体系における賞与の位置づけなどを加味し、前記の3つの考慮要素を総合的にみて判断しなければなりません。また、新たに賃金制度を構築したり、既存の賃金制度を見直す際にも、それが「不合理」というべきものとならないよう、同様のことを考慮し検討する必要があります。
従業員間の待遇差が「不合理」であるなどとして思わぬ損害の賠償請求をされてしまうことは、それ自体が企業にとって大きなリスクです。同一労働同一賃金の問題などを踏まえた賃金制度の構築や見直しにお悩みの場合には、弁護士にぜひご相談されることをお勧めします。

飛行機でのマスク着用について

(質問)
 先日、飛行機でのマスク着用が問題となった事件がありました。
 マスクを付けなければ飛行機に乗れないのでしょうか?

(回答)

1 安全阻害行為
この事件は,マスクを着用しなかったので飛行機から降ろされた,と思っている方もいるかもしれませんが,そういうわけではありません。
 マスクを着用するよう要請されて,それを拒否した男性が,客室乗務員やほかの乗客に対して大声をあげたりしたことが原因のようです。
 つまり,航空法による,航空機内の秩序を乱すなどの安全阻害行為があったので,乗客を降ろしたことになります。
 飛行機でマスクを付けることはあくまでも要請であり,乗客にお願いしてもマスクを付けなければそれ以上の措置をとることはできません。フェイスシールドなどの代替物を用意するということはあり得るとは思いますが。
 海外では,公共交通機関を利用するときに,マスク着用を義務化したり罰金をとったりしているところもありますが,日本ではマスク着用は義務ではないです。
 それから,航空会社の約款によっては,他の旅客に不快感を与え,又は迷惑を及ぼすおそれのある場合や,会社係員の業務の遂行を妨げ,又はその指示に従わない場合には,旅客の搭乗を拒否したりできる,と定められている場合もあります。
 しかし,約款を根拠としても,マスクを付けていないだけで,搭乗を拒否できるとまではいえないのではないでしょうか。
 乗客が大声をあげるなどしたことは,航空の安全を阻害するので,乗客を降ろした措置としては問題なかったと思います。
 しかし,航空会社としても,マスク着用を拒否している相手に対して,何度も要請を繰り返したことも,少し疑問に思います。
 マスク着用を求めるのであれば,マスク着用が義務であることを明確にして,搭乗前にマスクを着用しているか確認すべきです。着用できない理由があれば,その理由をあらかじめ聞いておくなどしておく必要があったのではないかと思います。
 そうでないにもかかわらず,飛行機内でいきなり着用を求めて,拒否しているにもかかわらず何度も要請するのは,トラブルの種にもなりかねません。
 乗客の側にも問題はあったと思いますが,航空会社の対応も完璧だったとはいえないと思います。

2 今回の緊急着陸で,飛行機を降ろされることになった人の責任
ところで,今回の緊急着陸で,飛行機を降ろされることになった人は,どのような責任を負うのでしょうか?
 刑事上の責任だと,威力業務妨害罪にあたりえます。
 それから,民事上では,損害賠償責任が発生します。
 飛行機が遅延したことによる損害,それから,他の空港に緊急着陸しているので,燃料費や人件費なども余計にかかっているのではないでしょうか。
 場合によっては,飛行機が遅れたことで大事な予定に影響が出てしまった他の乗客から,損害賠償を請求される可能性も否定できません。
 これらを航空会社が実際に請求するかどうかは,航空会社の判断次第によりますが。
 航空会社の請求は認められるか否かですが,機長の判断が不適切だったと言われることはないとは思います。
 ただ少し気になるのが,マスク着用が義務ではないにもかかわらず何度もマスク着用を求めたことがきっかけでトラブルが生じたことを考慮すると,乗客側に一方的に非があったとまではいえないとも思われるので,いくらか減額される余地はあるのではないかと思います。

クラスターが発生した場合の店名公表について

(質問)
 飲食店でクラスターが発生した場合に公表する事項について基準はあるのでしょうか。

(回答)

1 公表基準
令和2年2月に、厚生労働省が公表基準を示しています。
 厚生労働省の公表基準によると、「感染者に接触した可能性のある者を把握できていない場合」には、店名を公表することとなっています。
 しかし、不特定多数の者が出入りして足取りが把握できていなくとも、公表していない例はあるのではないかと思います。なぜかというと、自治体によっては、店名を公表するにあたって、店からの同意を得ることも基準に加えている場合があるからです。
 同意をしてくれる店もあるかもしれませんが、風評被害を恐れる店側としては、同意をしない可能性もあります。同意がないとすると、実際は感染者に接触した可能性のある者を追えていないにもかかわらず、店名を公表できないことになります。
 その店に行ったことがある人がいたとしても、自分がコロナウイルスに感染している可能性があることに気づいていない人もいるかもしれません。
 それから、店名を公表しない理由としては、ほかにも、「店に来るのは常連客が多く、足取りが追えているので、公表しなくても感染拡大のリスクが低い」からという場合もあります。
 でも、このようなお店だって、全ての客を把握しているわけではなく、追えていない人もいるのではないかと思います。その場合に店名が公表されないと、感染の可能性に気づかないまま他者と接触してしまうことになります。
 なので、令和2年7月に、追加で厚生労働省から通達が出されました。これは、感染者に接触した可能性のある者を把握できていない場合には、店の同意がなくとも店名公表ができると明確にしたものです。
 でも、さきほどと同じように、感染者に接触した可能性のある者をどの程度把握できなければ公表するのかとか、店の同意を得ることにするのかなど、自治体の裁量に任せられているのが現状であり、自治体によって判断が異なります。
 同じ自治体でも、この場合には公表しないのに、うちの店は公表するということで、不公平感は出るのではないかと思います。
 公表されることで風評被害が生じるので、できるだけ公表をとどめようという自治体の意図も分かりますが、再び感染が広まっている状況では、個人のプライバシーや営業権よりも、国民の生命を守ることがより重要視されるべきだと思います。
 不特定多数の人が出入りする場所でクラスターが発生した場合には、同意の有無にかかわらず原則として公表することにするなど政府が明確な基準を出すべきではないでしょうか。

コロナウイルスの影響による解雇の有効性

(質問)
 コロナウイルスの影響で売上げが落ちたら、会社としては経営することが困難になりますので,解雇されたとしても仕方がないということになるのでしょうか?

(回答)

1 労働者の解雇
実は,労働者を解雇するということは,それほど簡単なことではありません。
 懲戒解雇などは,違反行為を理由として解雇するものですが,整理解雇ということになれば,経営上の理由から余剰人員を削減するということになるので,解雇が有効かどうかはより厳格に判断されることになります。
 解雇された労働者が,解雇が無効であると主張して,会社に復帰させるよう求めたり,損害賠償を請求したりして訴訟になっているケースもあります。

2 解雇が違法になるケース
一般的には、⑴人員削減をする必要性があるか、⑵できる限り解雇を回避するための措置が尽くされているか、⑶解雇対象者の人選基準が合理的であるか、⑷労働者への説明など手続が妥当であるか、によって解雇の有効性が判断されます。
たとえば、今回のコロナウイルスに関していうと、雇用調整助成金といって、従業員への休業手当の支払の助成を受けることができる制度もありますよね。そのような支援策を利用していない場合などは、⑵できる限り解雇を回避するために措置が尽くされていない、ということになり、解雇は無効と判断される可能性があります。

3 契約社員の場合
期間の定めのある契約社員などは、基本的に期間満了で雇止めできることになります。
 しかし、期間満了による雇止めだとしても違法と判断される場合があります。
 たとえば、①有期労働契約が過去に反復して更新され、期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態である場合や、②長期にわたる更新がなかったとしても、これまでのお互いの言動や認識からして長期間の雇用を前提としていたなど、労働者において有期労働契約が更新されるものと期待する合理的な理由がある場合です(労契法19条)。
 この場合には、単に期間満了だから雇い止めができるというわけではなく、雇止めが適法かどうかは、先ほど話した整理解雇の要件に従って判断されることになります。
 期間満了を待たずに、契約を終了することになった場合はどうかといいますと、期間の定めのある契約では、その期間は雇用することが約束されています。そうすると、整理解雇が有効かどうかは、期間の定めのない労働契約を結んでいる場合の解雇よりも、より厳しく判断されることになります(労契法17条1項)。

4 内定取り消し問題について
採用内定の場合も、一般的には労働契約が成立していることになります。
 そうすると、コロナウイルスによる経営の悪化を理由として採用内定の取消しをする場合でも、整理解雇の要件にしたがって判断されることになり、採用内定の取消しが無効となる可能性もあります。

5 まとめ
コロナウイルス収束の兆しが見えない中、経営者、労働者双方にとって厳しい状況は続きそうです。
 労働者としては、解雇を伝えられたとしても、助成金などを利用して雇用をつなぎ止めるよう求める必要があります。
 経営者としても、経営が回復したときに人材が流出しないように、従業員の雇用を維持していく必要がありますし、これまで述べたように解雇は簡単にできないことを念頭において、助成金などの方法をまずは検討することが必要になってくると思います。