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従業員のけんかによる傷害

(質問)
 当社の従業員であるAとBは、同じ職場で働いていますが、普段から仲が悪く、顔を合わせるたびに口論となっていました。
 そうしたところ、先日、勤務時間内に職場で、業務の配分を巡って、AとBが殴り合いをしてしまい、その結果、Bは全治1週間の怪我を負いました。
 当社にも法的責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 安全配慮義務違反
 ご質問のケースの場合、貴社には、安全配慮義務違反と使用者責任の有無が問題となってきます。
 安全配慮義務違反とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務をいいます。
 会社の安全配慮義務違反の有無が問題となった訴訟で、普段から顔を合わせれば暴力沙汰になっていたとか又はそうなりそうであったという状況が存在したのであれば、会社において喧嘩の発生は予見可能であり、したがって、両者の接触を避けるような人員配置を行うなどの義務があると判断された裁判例があります(神戸地方裁判所姫路支部平成23年3月11日判決)。
 この裁判例を前提としますと、ご質問のケースでは、普段からAとBは、顔を合わせるたびに口論となっていたのですから、貴社は、本件の喧嘩の発生を予見できたとして、両者の接触を避けるようにする人員配置を行う義務があり、その義務に違反したと判断される可能性があります。

2 使用者責任 
 使用者責任とは、被用者の不法行為が会社の事業の執行を契機として生じて、それが事業の執行と密接な関連を有する場合に生ずる責任です。
 ご質問のケースでは、業務の配分を巡って殴り合いが発生しているので、使用者責任を問われる可能性があります。

3 職場環境の重要性 
 今後、同じ事件が起きないようにするには、普段から職場の状況を管理することです。従業員の労務管理体制に不備はないか、部や課ごとの相互のコミュニケーションがとれているかなどを普段からチェックすることが大切です。
 また、軽い喧嘩が起きた場合には、今後のトラブル防止のために、口頭の注意をしたり懲戒処分を示唆するなどして、社内の綱紀粛正を図るべきです。 
 職場の環境を整えるということは、従業員の士気にも影響するだけではなく、安全配慮義務違反リスクの軽減の上でも重要なことです。

4 回答 
 本来的には、加害者のAがBに対して損害賠償責任を負うことになりますが、Aに資力がないというリスクがあります。
 その場合は、貴社には、安全配慮義務違反、又は使用者責任が認められるので、怪我を負ったBの治療費や慰謝料を支払う必要が生じると考えられます。

業務に支障を出している妊娠中の女性従業員を注意したらマタハラになるのか?

(質問)
 妊娠している女性従業員の当日欠勤・早退が頻繁にあり,業務に支障が出ています。
 その女性に注意をしたらマタハラになるのでしょうか。

(回答)

1 マタハラとは 
 最近,テレビ等でマタハラという言葉をよく耳にするようになりました。マタハラとは,マタニティ・ハラスメントの略語で,女性が妊娠・出産を理由に職場で精神的・肉体的嫌がらせや不利益を受けることをいいます。
 2014年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれる等,一般の方にも広く認識されるようになってきました。 
 社会が,女性が妊娠・出産したのを機に退職を強制したり降格させたりすることは,昔から存在している問題ですね。

2 マタハラの裁判例 
 このマタニティ・ハラスメントについて,最近注目すべき最高裁判決が出されました。
 この判決事案は,病院に副主任として勤務していた理学療法士の女性が第2子妊娠にあたり,労働基準法65条3項に基づき,軽易な業務への転換を希望したところ,病院が岩が軽易な業務への転換とともに副主任を免ずる措置を行い,育児休業後に職場復帰しても副主任に戻れなかったというもので,副主任を免ずるという降格措置が男女雇用機会均等法9条3項に違反するかが争われたものです。
 最高裁は,均等法の趣旨に照らして,女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として均等法9条3項の禁止する取扱いに当たり無効となると判断した上で,例外的に有効になる場合として,事業主が当該労働者について降格の措置を執らずに軽易な業務へ転換させることに人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合などで,降格措置について均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しない特段の事情が存在するときをあげています。

3 最高裁判例の安易な解釈には注意を 
 しかし,この最高裁判決がいう特段の事情が認められるケースというのは実際にはあまりないと考えられます。
 最高裁の判例は今後の同種事件の先例となりその影響力が大きいものです。今後生じうる類似事件について,事件の背景事情を一切考慮せず,不利益な措置をすべて無効にしてしまうのは妥当ではない場合も考えられます。そのため,事案に応じた解決ができるよう例外が認められる余地を残すということがあるのです。
 このように考えると,最高裁が例外を認める余地があると判示している場合であっても,例外が広く認められると安易に解釈すべきものではありません。
 そのため,今後,妊娠を理由として解雇,降格等不利益な措置を講じることは原則として,無効とされることになることに十分注意していただきたいところです。

4 ハラスメントのリスクにご注意を 
 近時マタハラ,セクハラ等を含むハラスメントに対する企業の責任について,厳しい責任が問われる傾向が強くなっています。
 ハラスメントに対する対応は一つ間違えると,法的紛争へ発展するリスクがあるのみならず,会社の社会的信用まで失いかねません。
 ハラスメントへの対応にお困りでしたら,弁護士にご相談されることをおすすめします。

パワハラの法的責任

(質問)
 当社のある従業員Yは、いつも注意されているにもかかわらず事務作業で何度も同じミスを繰り返したり、業務時間の最中にどこに行っているか分からないことが多々あるなどの問題行動を起こしていました。そのため、上司が、当該従業員に対して、これらのことについて指導したところ、当該従業員はこれはパワハラになりますと言ってきました。
 当社に何らかの法的責任が生じるリスクはあるでしょうか。

(回答)

1 パワハラに関する相談は依然として増加している。
 ご質問の内容が貴社の言われるとおりであるとすれば、誠に腹立たしい限りで、私もこのような相談を中小企業から受けたことがあります。
 都道府県労働局等に設置されている総合労働相談コーナーに寄せられる相談において、パワハラに関する相談件数は、依然として増加しているようです。
 都道府県労働局に寄せられたパワハラの相談件数は、平成26年度は62,191件、平成27年度は66,566件、平成28年度は70,917件とのことで、前述のセクハラの相談件数と異なり、増加の一途を辿っています。

2 パワハラに対する企業のスタンス 
 企業が、職場の秩序を維持するためには、従業員に対して一定の指導等を行うことは必要です。
 会社の管理職等がパワハラになることをおそれて指導することを委縮してしまう状態は、健全な職場とはいえませんし、職場の秩序を維持することができません。
 しかし、指導がついつい行き過ぎて、パワハラになってしまうリスクがあることに注意する必要があります。

3 パワハラにおける加害者・使用者の責任
 労働者には職場秩序遵守義務があり、使用者には職場環境配慮義務があります。
 したがって、使用者も労働者もお互いがバランスを取って、快適な職場の中で仕事をしていく必要があり、使用者は業務の改善に向けた一定の指導を行うことは当然ですが、その指導が度を超えてしまうとパワハラ(不法行為)になるリスクがあることに注意する必要があります。
 パワハラを行った者は、不法行為に基づく損害賠償責任のほか、名誉毀損罪(刑法第230条第1項、法定刑は3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金)、傷害罪(刑法第204条、法定刑は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)等の犯罪に該当する可能性があります。
 また、会社は使用者責任又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うリスクがあります。

4 回答 
 ご質問のケースでは、貴社は、Yに対して、いつも注意しているにもかかわらず、事務作業で何度も同じミスを繰り返すとか、業務時間の最中にどこに行っているか分からないことが多々あるなどの事情があるようです。
 そこで、貴社とすれば、当該Yに対して指導する必要がありますが、 一般的な指導の程度であれば、およそパワハラには該当しないと考えられます。

セクハラの申告に対する初動対応

(質問)
 当社では、女性従業員Yが上司の課長から何度もしつこく食事に誘われて困っている、ときどき肩を触れられたりして不快感を感じているというセクハラの相談を受けました。
 当社は、どのように対応すれば良いでしょうか。 

(回答)

1 セクハラの件数
 都道府県労働局雇用均等室に寄せられたセクハラの相談件数は、平成25年度は9,230件、平成26年度は11,289件、平成27年度は9,580件とのことです。
 しかし、これは、実際のセクハラ事案の氷山の一角と考えられます。
 実際、私は、中小企業からさまざまなセクハラの相談を受けたことがあります。

2 事業主が講じなければならない措置
 男女雇用機会均等法第11条では、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定されています。
 また、厚生労働大臣の「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号、最終改正は平成28年8月2日厚生労働省告示第314号)では、事業主が講じなければならない措置として、次の事項が定められています。
 ①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、③職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応、④①から③までの措置と併せて講ずべき措置(以上、具体的内容は省略)。
 そして、事業主が上記の措置を十分に講じていない場合は、使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負い(同法第415条、第709条)、また企業名の公表という制裁を受けることがあります(男女雇用機会均等法第30条)。

3 回答 
 貴社は、Yからセクハラに関する事実関係の調査を行った上で、加害者である上司にその内容を確認することになります。そして、Yと上司との間で事実関係が一致していれば、上司への懲戒処分を検討することになります。
 ただし、実際は、Yと上司との間で事実関係が一致しない場合が多くみられます。その場合は、5W1Hについて、Yと上司の言い分のどこがどのように食い違っているかを明確にして、一つ一つ事実関係を筋道、条理に基づいて認定していかなくてはなりません。
 ケースによっては、Yが嘘を言っている可能性もゼロではないことを踏まえ、予断を持たずに周りの関係者からも事実関係を聴取して、事実認定を行うことになります。
 そして、セクハラの事実関係が認められれば、上司の懲戒処分、Yの被害が深刻であれば会社と上司とで慰謝料の支払を検討することになります。

健康診断拒否に対する受診の強制

(質問)
 当社は、毎年3月に、全従業員を対象として定期健康診断を実施しています。しかし、毎回放射線の影響を心配しているとのことで、胸部X線検査の受診を拒否する者がいます。
 当社が受診を強制することはできますか。

(回答)

1 会社の定期健康診断実施義務 
 中小企業において、従業員の健康管理は、労災の防止にもつながり、会社の安全配慮義務の履行にもなります。
 労働安全衛生法の規定によると、会社には、常時使用するすべての労働者に対し、雇い入れ時と年に1回の定期健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条第1項、労働安全衛生規則第44条第1項)。
 この「常時使用する労働者」とは、行政通達によると、期間の定めのない労働契約により使用され(期間の定めがある場合は、1年以上使用されることが予定されている者及び更新により1年以上使用されている者)、かつ、1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上とされている者です。
 ただし、健康診断の受診に要した時間の賃金については、事業者が支払うことが「望ましい」とされており、支払義務まではありません。

2 従業員の健康診断受診義務 
 一方で、従業員にも、健康診断を受診する義務があります(同法第66条第5項)。それでは、受診を拒否した従業員に対して、会社は、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるでしょうか。
 この点に関して、病気治療によるX線暴露が多く、これ以上のX線暴露を避けたいとの理由でX線検査を拒否した教職員に対し、校長が職務命令としてX線検査受診命令を出したがこれに従わなかったため、懲戒処分を行ったという事案で、最高裁は、この懲戒処分を適法として判断しました。つまり、会社は、受診を拒否した者に対して、受診を命じたり、懲戒処分を行ったりすることができるのです。
 しかし、従業員の医師選択の自由まで奪うことはできません(同条同項ただし書)。会社が指定する医師の受診を拒否し、従業員が選択する医師に診断してもらうことは可能です。ただ、この場合にも、従業員には、診断結果を会社に提出する義務があります。

3 回答 
 ご質問にあるように、時々放射線とか電磁波等に過敏になる方がいらっしゃるようです。
 しかし、貴社には、従業員に対して定期健康診断実施義務があり、従業員には受診義務があるので、貴社は従業員に受診を命じることができますし、従業員がそれを拒絶した場合は懲戒処分を行うことができます。
 健康診断受診を拒否する従業員については、これを放置せず、受診義務があることを十分に説明した上で、受診を促すことが、結局のところ会社と従業員双方の利益に資するといえます。

休職命令を出すことの可否

(質問)
 当社は従業員から,発熱,咳,関節痛の症状があるとの連絡を受けました。もしかするとインフルエンザかもしれません。
 社内で流行しては困るので,就業規則上の規定はありませんが,休業命令を出したいと思っています。その場合,従業員に賃金を支払う必要はあるのでしょうか。

(回答)

1 インフルエンザの恐れのある従業員への休職命令
 労働者が伝ぱの可能性のある疾病等にかかった場合などの場合は、当該労働者及び他の労働者の健康・安全を確保するため、使用者の判断によって就業を禁止しなければならないとされています(労働安全衛生法第68条、安全衛生規則第61条)。

2 業務命令権の濫用 
 しかし、必要性・合理性を欠いた業務命令、不当な動機・目的をもってなされた業務命令、業務上の必要性と比較して労働者の職業上・生活上の不利益が著しく大きい業務命令は、権利の濫用として無効になるとされています。
 インフルエンザの強い感染力、流行性、症状等からすると、職場における安全配慮義務を負う使用者としては、インフルエンザの可能性がある労働者の職場への立入りを制限し、自宅で静養させる必要性は高いといえます。
 したがって、休業又は自宅待機の業務命令が無効となる可能性は低いと考えられます。

3 休業手当支払の要否
 使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合、使用者は、休業手当として賃金の6割以上を支払わなければなりません。
 労働者がインフルエンザに感染したことによる休業は、使用者の責めに帰すべき事由による休業には当たらないため、休業手当を支払う必要はないと考えられます。 
 ただし、医師の診断よりも長期にわたる休業や、インフルエンザかどうか分からないのに、一定の症状があることだけを理由に休業させるという場合は、使用者の自主的判断に基づく休業なので、休業手当の支払は必要であると考えられます。

4 回答 
 ご質問の状況では、未だインフルエンザの診断書は提出されていないと考えられますが、貴社は業務命令権に基づき、休業命令を出すことができます。
 その上で、貴社はなるべく早期に従業員からインフルエンザの診断書を提出してもらうべきです。
 インフルエンザの診断書の提出後は、貴社は休業手当を支払う必要はなくなると考えられます。

退職日までの有給休暇の請求について

(質問)
 この度,当社の従業員が退職を申し出てきたうえ,退職日まで有給休暇を請求してきました。
 会社としては,業務の引継ぎをしてもらわなくては困るので,引継ぎに必要な期間については出勤してもらいたいと考えています。どのような方法をとればよいですか?

(回答)

1 有給休暇の請求を認めないことができればベストだが・・・ 
 労働者が有給休暇を請求してきた場合に,使用者としてこれを適法に拒否できる根拠としては,時季変更権(労働基準法39条5項)を行使することが考えられます。
 この時季変更権とは,労働者が請求するとおりに有給休暇を認めると,会社の正常な事業運営が妨げられてしまう場合に,労働者の有給休暇取得日を別の日に変更することができるものです。
 しかし,この時季変更権は,別の日に有給休暇を取得させることができることができることを前提としています。そのため,ご相談の事案のように従業員が退職してしまう場合,別の日に有給休暇を与えることはできませんので,結論として,時季変権は行使できません。

2 有給休暇の買取り? 
 そうすると,会社としては,有給休暇を買い取ることによって,従業員の有給休暇の請求を認めないという主張をしたいところですが,結論として,有給休暇の買取りは認められません。
 というのも,有給休暇は,現実に労働者を休ませることを目的として認められたものであるにもかかわらず,有給休暇の買取りを認めてしまうと,この目的を達成することができなくなるからです。

3 結局,任意に協力を求めることしかできない 
 こうしてみると,会社としては,結局従業員に事情を説明したうえで,引継ぎの協力をお願いすることしかできないと思われます。
 ただし,単に引継ぎの協力をお願いしても,従業員からすると,協力することによる利益が何もないのであれば,まず協力することはないでしょう。
 そのため,会社としては,従業員が引継ぎに協力することによるメリットを提示する必要があります。
 このメリットとしては,経済的な利益を与えることが考えられます。すなわち,従業員が有給休暇の請求をやめてくれるのであれば,給料だけではなく,謝礼も支払うと提案するのです。どの程度の経済的利益を与えるかは,その引継ぎの内容の重要性(労働者の協力を必要としている程度)によって異なってきます。
 会社としては,このような予定外の出費を余儀なくされてしまいますが,法律上やむを得ない面がありますので,そもそもこのような事態を避けるために,日ごろから従業員に有給休暇を取得させておくことや会社に対する忠誠心を醸成しておくことが大切だろうと思われます。

営業所長に残業代を支払わなければならない基準

(質問)
 当社には何人か営業所長がいますが、その内の営業所長Yは、「自分は営業所長だが、自分に残業代が支払われていないのは納得できない。過去の分も含めて適正な残業代や深夜労働手当を支払ってもらいたい」と訴えてきました。
 この請求は正当ですか。

(回答)

1 管理監督者とは
 労働基準法では、原則として1日8時間、週40時間以上は労働させてはならないことが規定されています(同法第32条)。そして、これを超える部分については、使用者は残業代を支払う必要があります。
 この例外が「管理監督者」に該当する場合です(同法第41条第2号)。管理監督者については、「名ばかり管理監督者」と言われるように、企業にとって有利な制度をついつい濫用してしまうリスクがあることを認識すべきです。
 特に、中小企業においては、営業を広範囲に展開するため、営業拠点を設け、営業所長といった肩書を付けることがよく行われ、その営業所長に使命感と責任を持たせるため、一定額の営業所長手当だけ支払うという運用がなされることがあります。
 ご質問のケースでは、営業所長Yが管理監督者に該当するかが問題となります。

2 管理監督者の判断基準
 この「管理監督者」に該当するか否かの判断基準は、①事業主の経営に関する決定に参画し労務管理に関する指揮監督権限を認められているか、②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているか、③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)の処遇を与えられているかという点です。
裁判例では銀行の支店長代理について、通常の就業時間に拘束され出退勤の自由がなく、銀行の機密事項に関することもなく、経営者と一体となって銀行経営を左右する仕事に携わってもいないとして、管理監督者に該当しないと判断されたものがあります。
この裁判例を例にとってもお分かりのように、実務において「管理監督者」の判断基準は非常に厳しいものになっています。なお、出退勤の自由の点については特に重視されるポイントですので御留意ください。

3 年次有給休暇と深夜労働手当は
 管理監督者に該当することにより適用除外になるのは、労働時間、休憩、休日の規定だけであり、年次有給休暇(同法第39条)、深夜業(同法第37条第4項)などは適用除外になりません。
 したがって、会社は、Yが管理監督者に該当したとしても、深夜労働手当を支払わなければなりません。

4 回答
 貴社の場合、Yが経営に関する決定に参画して、出退勤が自由であり、営業所長手当がある程度高額であるなどといった条件が満たされていない限り、名ばかり営業所長ということになってしまい、Yの請求が認められるリスクは高いといえます。
 貴社が訴訟で敗訴するリスクと、そのことが他の営業所長に飛び火するリスクを避けるため、Yとの間で他には口外しないことを条件に一定額を支払って和解すべきです。
 また、今後、貴社は、管理監督者とは認められない営業所長に対しては、時間外手当等を支払うように制度と運用を改めるべきです。 

犯罪被害に遭ったときの法的対応

(質問)
 万が一、犯罪被害に遭ったときどのように対処したらいいですか?

(回答)

1 犯罪被害者とは 
 池袋駅西口近くの路上で,歩道にRV車が突っ込み歩行者をはねるという事故(事件)がありました。この事故により20代~30代の7名が巻き込まれ,うち20代の女性が死亡しました。
 この事故で運転者は,自動車運転処罰法違反(過失傷害)の被疑事実で逮捕されたようですが,被疑者は脱法ハーブを吸っていた旨供述しているようですので,危険運転致死傷罪(故意犯)で起訴される可能性があると考えます。
 このような事件に巻き込まれた場合には,巻き込まれた人は「犯罪被害者」と呼ばれます。今回は,犯罪(故意犯)被害者やその家族に対する経済的支援の制度についてお話しします。

2 犯罪被害給付制度 
 通り魔殺人等の故意の犯罪行為によって家族を亡くした遺族,重大な負傷又は疾病を負ったり後遺障害が残った被害者に対して国が給付金を支給する制度があり,これを犯罪被害給付制度といいます。
 この制度は,社会の連帯共助の精神に基づき国が犯罪被害者等給付金を支給し,その精神的・経済的打撃の緩和を図り,再び平穏な生活を営むことができるよう支援することにその趣旨があり,人の生命又は身体を害する罪に当たる行為(過失犯を除きます。)による死亡,又は障害が主に給付の対象となります。
 給付金は,遺族給付金・重傷病給付金・障害給付金に分かれますが,最大でも4千万円弱の支給額となっています。
 また,犯罪行為による死亡・重傷病又は障害の発生を知った日から2年間を経過した時,又は当該死亡,重傷病又は障害が発生した日から7年を経過した時は,申請ができませんので注意が必要です。
 具体的な手続きとしては,住所地を管轄する警察署(申請する人の地元の警察署)又は警察本部に申請書と必要書類を提出することになりますので,(故意の)犯罪被害に遭った場合には,最寄りの警察・警察本部にまず相談して下さい。

3 損害賠償命令制度 
 犯罪被害者となった場合,上記のような給付金を支給されてもなお填補されない損害が生じている場合も多くあります。
 そのような場合,被疑者・被告人と金額面等で話し合いがつかない場合には,民事訴訟を提起するという方法があります。また,当該事件が刑事手続に付されているような場合には,刑事手続きに付随して被害者や遺族による損害賠償に係る民事訴訟手続の特例として,損害賠償命令制度という制度があります。
 この損害賠償命令制度は,刑事裁判の起訴状に記載された犯罪事実に基づいて,その犯罪によって生じた損害の賠償を請求するものです。
 申し立てを受けた刑事裁判所は,刑事事件について有罪の判決があった後,刑事裁判の訴訟記録を証拠として取調べ,原則として4回以内の審理期日で審理を終わらせて申立てについて決定をします。
 この制度は被害者や遺族の損害賠償請求に関する労力を通常の民事訴訟より軽減する仕組みとなっています。
 この制度を利用するには刑事事件を担当している裁判所に対して損害賠償命令の申立書を提出する必要があります。
 なお,損害賠償命令制度を利用する際に,その手続きについて弁護士にお問い合わせください。

土地の売買契約トラブルー瑕疵担保責任とはー

(質問)
 土地の売買契約において、契約時には両当事者が認識していなかった土壌汚染が発覚した場合、買主としては、どのような手段に訴えることが考えられるでしょうか?

(回答)

1 瑕疵担保責任とは 
 まず、土地のような特定物の売買契約の場合、売主としては「現状でその物を引き渡さなければならない」(民法483条)ため、土地を現状のまま引き渡せば足ります。  
 しかし、買主としては、利用できることを期待して土地の購入代金を支払っているわけですし、売主としても汚染のない土地を前提とした代金を入手しています。
 そこで、このような売買契約の不公平を是正するために、民法では瑕疵担保責任が規定されます。
 これによると、売買契約の目的物について、「隠れた瑕疵」あった場合、買主は一定の要件のもと当該契約を解除し、又は損害賠償請求をすることができます(民法570条、566条)。
 ここで、「瑕疵」とは、目的物について売買の当事者が契約当時に合意していた性質・品質を満たさないことをいい、「隠れた」とは買主が性質等を満たさないことを知らなかったことについて過失がない場合をいいます。
 債務不履行とは異なり、売主に過失がない場合でも請求できる点に特徴があります。   
 このように、瑕疵担保責任は買主保護としての機能を有するものです。

2 瑕疵担保責任の免除と例外 
 しかしながら、上記規定は任意規定であり、売買当事者間で上記規定を排除する特約を締結することも可能です。
 例えば、契約書に「売主の瑕疵担保責任を免除する。」などと記載がある場合が典型的です。
 もっとも、例外的に上記条項の効力が認められない場合があるので注意する必要があります。
 民法572条は、売主が売買の目的物に瑕疵があることを知りながら告げなかった場合等については、売主は上記条項により瑕疵担保責任を免れることはできないと規定しています。

3 売主の重過失の場合 
 また、売主が知らなくとも同条の規定が類推適用される可能性もあります。
 裁判例では、土地の売買契約締結後に地中に埋蔵物が存在していたことが発覚した事例につき、売主が埋蔵物を把握することは極めて容易だったこと等の事情から売主の重過失を認め、これは悪意と同視できるとして民法572条を類推適用し、売主の瑕疵担保責任を認めています(平成15年5月16日付け東京地裁判決)。
 ただし、条文どおり、悪意の場合に限定されるとして、重過失の場合には同条の適用はないとした裁判例(平成20年11月19日付け東京地裁判決)もあり、見解が分かれていますので、ご注意ください。