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ブラックバイト先に入ってしまったらどうする?

(質問)
 アルバイトを始めたのですが,サービス残業やノルマを課せられたりと,学業に支障が出ているので店長に辞めたい旨伝えたのですが,辞めさせてくれませんでした。
 どうしたらいいでしょうか?

(回答)

1 ブラックバイトとは  
 ブラックバイトという言葉は最近使われ始めた言葉であり,正確な定義は存在しません。
 一般的には学生であることを尊重させない働かせ方をするアルバイトを指します。 
 学生であることを尊重させない働かせ方の具体例は,低賃金であるにも関わらず正規雇用者と同程度の義務やノルマを課したり,学生生活に支障をきたすほどの長時間労働をさせるなどが挙げられます。
 このようなアルバイト先に入ってしまっては,学生としての本分を果たすことはできません。
 そこで,まず入ろうと思っているアルバイト先が,ブラックバイトか否かを判断する必要があります。

2 ブラックバイトの4特徴 
(1) 契約や希望を無視してシフトを組む・テスト前に休ませてくれない。
 バイト先と学生との間の契約に反して授業や試験に支障がでるようなシフトを組むことは契約違反及び労働基準法(労基法)違反となります。
 また,心身の健康を害するような長時間労働も労基法違反となります。
(2) 労働時間に見合った給与を支払わない。
 労働時間とは実労働時間をいいます。そして,この実労働時間には,実際に作業を行う実作業時間のみならず,作業の準備・整理を行う時間や作業のために待機している時間(手持時間)も含まれます。
 したがって,これらの時間に対してもアルバイト代は発生するものですから,アルバイト代の未払いは労基法違反となります。
(3) 仕事のミスに賃金カットを行う居酒屋でたまに陶器の皿の割れる音とともにアルバイトらしき店員が「失礼しました~。」と言っているのを耳にします。
 では,この割れた皿の損害金は誰が負担しているのでしょうか。
 「皿を割ったらバイト代から皿の代金引かれていた」という学生の声を聞くことがありますが,仕事上のミスに違約金を課すのは労基法違反とされています。
(4) 上司によるパワハラ等のハラスメントがある。
 上司が怒鳴ったり脅したりする行為はパワハラにあたります。この行為は民法上の不法行為に該当する可能性が高いといえます。また,上司が指導と称して殴ってきたりすれば,その行為は刑法上の暴行罪に該当します。
 このようなブラックバイトかどうかは,上級生に聞けばウワサとして教えてくれることも多いので,まずはブラックバイトに該当するか否かを判断してから面接に行くようアドバイスされることをお勧めします。

3 ブラックバイト先に入ってしまったら 
 では,もしブラックバイト先に入ってしまったらどのように対処すれば良いのでしょうか。
 まず,アルバイト代未払いや違約金などの労基法違反に関しては労働基準監督署に申告して下さい。申告により,アルバイト先に指導が入り,改善が期待できます。
 改善が見込まれない場合や耐えきれない場合には,すぐに辞めることが可能です。 
 例えば,当初の契約条件と異なりテスト前に休ませてくれない場合は,労基法第15条第2項に基づき「即時に」辞めることができます。
 また,バイト先に他の労基法違反がある場合にも「やむを得ない事由」があるとして民法628条に基づき「直ちに」辞めることができます。
 そして,辞めた後でも未払いアルバイト代や残業代の支払いを求めることはできますので,泣き寝入りはせず,労働基準監督署か弁護士に御相談されることをおすすめします。

スマホの囲い込み商法は法的に問題ないのか

(質問)
 スマートフォンを解約したいのですが2年たっていないので解約金がかかると言われてしまいました。
 2年縛りにするのは法的に問題ないのですか?

(回答)

1 スマホの囲い込み商法  
 現在,携帯電話の契約数の約半数はスマートフォンです。iPhone6の発売に伴い,「そろそろガラケーからスマホにしようか」や「AndroidからiPhoneに替えようか」などと検討された方も多いと思います。
 電話会社は,他者に顧客を奪われないように契約やサービスで様々な縛りをかけて「囲い込み」を行っています。その代表例が次の2つです。まず,一つ目は「SIMロック」,二つ目が「契約の2年縛り」です。今日は,この二つ目の問題に関連した携帯電話契約の「解約」についてお話ししようと思います。

2 2年縛り 
 大手携帯電話会社では,顧客が2年間使い続けることを条件に基本料金を半額にするなどの割引を行っています。問題は,これを途中で解約すると1万円近くの解約料をとられるという点です。
 この2年縛りについては,「最初の2年間は縛られているが,2年経過後は自由に解約できる」と考えている人が多く,携帯電話サービスの苦情相談では,解約の点に関する相談件数が第1位となっています(全国消費生活情報ネットワーク)。
 なお,SIMロックとは電話会社がスマホや携帯電話を売るときに他社のSIMカードを入れても動かないように制限する(つまり,ロックする)ことを言いますが,「SIMロック」と「契約の2年縛り」とのセットで顧客を囲い込むという形になっているのです。

3 2年縛りの法的問題 
 「解約料なしに解約できる期間が2年経過後の1カ月のみ」という2年縛りについて,法的に問題はないのでしょうか。
 更新後の契約解除料については,その有効性をめぐる裁判も起こされています。
 その根拠としては,解除料は,「解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」として消費者契約法第9条第1号で構成されたものもあります。
 もっとも,高等裁判所レベルではありますが,この解約金は無効ではないと判断されていますので,現段階で解約料の有効性を争うことは困難であるといわざるを得ません。

4 裁判レベルでは困難 
 このように裁判でも無効を争うことは難しい解約料ですが,総務省は解約料をとることについて携帯電話会社に見直しを求める方向であるとの報道がされていました。
 私たちも携帯電話会社とトラブルになることをできるだけ避けるためにも,契約締結前の説明は十分理解した上で,スマホを使いたいものです。

マンションの鍵を紛失したらペナルティーがあるの?

(質問)
 マンションの鍵を紛失した場合,どのようなペナルティーがあるのですか?

(回答)

1 紛失した鍵が,オートロックマンションの鍵だった場合 
 オートロックマンションの鍵は,部屋の鍵とマンション入口の鍵を兼ねていることも多くあります。
 そのような鍵を,酔って暴れて紛失したような場合,(1)全戸の鍵の交換費用又は(2)自室のシリンダー交換費用が発生する可能性があります。
 酔って暴れて鍵を紛失する代償として,自室のシリンダー交換費用[(2)]程度であれば,支払った上で反省すれば足りるような気がしますが,マンション全戸の鍵の交換費用を請求された場合には,反省してもしきれません。

2 鍵紛失の責任を負うのは誰? 
 マンションの契約をするということは,貸主との間で「賃貸借契約」を締結する,ということを意味します。
 賃貸借契約における賃借人の義務の中には,賃料を支払う義務の他に,鍵を保管する義務も含まれます。
 そのため,鍵を紛失した場合には,賃借人としての義務に反した債務不履行(又は不法行為)として,貸主から損害賠償請求される可能性があります。

3 賃借人が責任を負うとして,その範囲は? 
 では,貸主から損害賠償請求されるとしても,マンション全戸の鍵の交換費用までも支払う必要はあるのでしょうか。
 賃貸借契約締結時に署名押印した「賃貸借契約書」の規定が気になるところではありますが,「賃貸借契約書」の多くが基準にしているであろう『賃貸住宅標準契約書』で今回は御説明します。
 これは,国土交通省が作成している標準契約書です。この標準契約書の別表第5には,原状回復(第14条)の条件について記載があります。この中では,「鍵の紛失又は破損による取替え」は,借主負担とされていますが,その「取替え」の具体的な記載はありません。

4 鍵紛失の場合の対処法 
 もし,鍵を紛失して,自室のシリンダー交換費用を請求された場合には,反省を含めて快く支払って下さい。
 他方,マンション全戸の鍵の交換費用を請求された場合には,民法 ,商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。 」とする消費者契約法10条で争うことができる可能性がありますので,そのような場合には,弁護士にご相談ください。
 

敷金と原状回復義務について

(質問)
 敷金と原状回復義務について教えてください。

(回答)

1 原状回復の範囲に関する質問 
 3月から4月は,入学・入社に伴う引っ越しが多く行われる時期ですね。
 今回は,クイズ形式でいきたいと思います。賃借人が退去する際,賃貸人からここの各項目の費用を請求されたとします。さて,賃借人が支払わなければいけないものはどれでしょうか?

   (1) 畳の変色,フローリングの色落ち
   (2) クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
   (3) 冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し,床に汚損等の損害を与えた場合)
   (4) エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)
   (5) 消毒(台所・トイレ)
 
 皆さん,おわかりになられましたか。正解は,なんと(3)の冷蔵庫下のサビ跡だけとなります。それ以外は,支払う必要はありません。
 驚かれましたか。どうしてそうなるのか,考えてみましょう。

2 敷金と賃借人の原状回復義務の関係 
 敷金とは,不動産の賃貸借契約において,賃貸借契約から生じる債務を担保するために,契約締結時に賃借人から賃貸人に対して交付される金銭のことです。賃貸借契約が終了すると,賃貸人は,敷金から,賃借人が部屋を明け渡す時までに発生した債務を差し引いて賃借人に返還することとなります。
 さて,賃借人は,借用物(今回でいいますと,部屋となります)を返還する際には,借用物を原状に復して賃貸人に返還しなければならないとされています(民法598条)。 
 これを,原状回復義務といいます。原状回復のための費用も賃貸借契約から生じる賃借人の債務ですので,その費用は敷金から差し引かれることとなります。
 この原状回復の範囲,費用については,賃貸人と賃借人とで考え方が異なることが多くあります。賃貸人はできる限り部屋をきれいな状態に戻して返して欲しいと考えるからです。このようなトラブルは,私もよく目にします。

3 原状回復の範囲についての考え方 
 では,原状回復の範囲は,どう考えればよいのでしょうか。部屋を使えば,それが経年劣化していくのは当然ですよね。これらは,月々の賃料でまかなわれるべきものです。
 したがって,賃借人が普通に使用して生じた損傷については,原状回復の範囲に入りません。 
 初めのクイズに戻って考えてみますと,(1),(2),(4),(5) はどれも普通に使っていれば生じる現象ですので,原状回復の範囲には入らないのです。
 余談になりますが,たばこ等のヤニ・臭いを除去するための費用は,賃借人の負担になります。たばこを吸って部屋を汚損することは,残念ながら,通常の使用とはいえません。  
 まさに,たばこは,百害あって一利なしですね。愛煙家の皆さんは,注意してください。

4 トラブルを未然に防ぐ方法とリスク回避 
 賃貸借契約はとても身近な契約ですので,誰でもトラブルに巻き込まれる可能性があります。
 トラブルに巻き込まれてからでは,取り得る手段に限りがあります。弁護士としては,何かトラブルに巻き込まれる前に相談にきて欲しいと思います。
 そこで,原状回復をめぐるトラブルを防ぐための方策の一部を,最後にお伝えしたいと思います。
 原状回復をめぐるトラブルが表面化するのは賃貸借契約が終わるときですが,これを防ぐには,契約締結時の対応が重要となります。
 まず,入居するに当たり,部屋の中の写真を撮ったり,チェックリストを作成する等の方法で証拠を残しておくことが非常に重要です。
 中古物件に入居する場合,元々多少の汚れやキズがあるのが通常ですが,これが初めからあったものかどうかを退去時に判断するのは,証拠がないと非常に難しいからです。
 また,賃貸借契約締結に当たり,賃貸人・賃借人の修繕負担,賃借人の負担範囲,原状回復工事施工目安単価等を明記している原状回復条件を契約書に添付し,賃貸人と賃借人の双方が原状回復条件について予め合意しておくことも有用です。

5 契約書に思わぬ条項が入っていたら… 
 さて,ここまでは,法律や判例に則った原状回復の範囲を前提にお話をしてきましたが,これを超える原状回復義務を賃借人に負わせるという契約を締結することも,原則として有効です。
 ですので,契約書をしっかり確認していなかった場合,後から思わぬ義務を負っていたことに気づくということがあるかもしれません。
 このようなときは,契約書どおりに支払うしか方法はないのでしょうか。
 この点,判例は,特約の必要性・合理性があるか,賃借人が通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことを認識しているか,賃借人が特約による義務負担の意思表示をしているかどうかといった要素から,特約の有効性を判断するとしています。
 したがって,契約書にサインをしたからと言って,賃貸人のいいなりで支払わなければならないとは限りません。
 賃貸借契約は,様々なトラブルをはらんでいます。これらを事前に把握し,対処することで,気持ちよく新生活をスタートさせましょう。

敷引特約は有効か

(質問)
 借家人ですが、敷引特約は有効ですか?

(回答)

1 敷引特約とは? 
 敷引特約とは、敷金から退去時等にあらかじめ定めた一定割合を控除して返却するというもので、主に関西地方を中心にして賃貸借契約において広く用いられてきました。

2 敷引特約の規定例 
 敷引特約の規定例は次のとおり。
  
 「第○条 賃借人は、本件賃貸借契約締結時に敷金として100万円(うち敷引分60万円)を賃貸人に預託する。
  2.本件賃貸借契約が終了して賃借人が本件建物の明渡しを完了し、かつ、本件契約に基づく賃借人の賃貸人に対 する債務を完済した時は、賃貸人は本件敷金のうち40万円を賃借人に返還する。」

 このようにあらかじめ定めておいた一定金額(以下「敷引金」といいます。)を控除するのは、賃借人が社会通念の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗を敷引金で賄おうという趣旨のようです。

3 敷引は有効か? 
 しかし、時間が経過したことや、賃借人が通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化のような通常減耗については、民法の原則によれば、原状回復の範囲外ですし、修理費用も賃貸人が負担することになります。
 このため、敷引特約は、賃借人に対して負担を増やすものとなりますので、消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものとして、消費者契約法第10条により無効になるのではないかという問題があります。
 この問題に対して、最近出さされた最高裁の判例は、まず、通常損耗等の補修費用に充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には、賃料には通常損耗等の補修費用が含まれていない趣旨であるとしています。
 そして、このことを踏まえ、敷引金を一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不合理なものではないとしています。

4 敷引が有効となる条件 
 一方、裁判所は、敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高過ぎる場合には、特段の事情のない限り、消費者契約法第10条により無効となると判示しています(最判平成23年3月24日判タ1356号81頁)。
 要するに、敷引金が高すぎなければ、敷引特約は基本的には有効であるということです。   
 もっとも、具体的にどの程度であれば「高すぎる」かは実務に携わる者にとっては、非常に微妙な問題です。
 今後の裁判例の集積を待つしかないでしょう。

通常損耗修補特約はどこまで有効なのか?

(質問)
 借家人ですが、通常損耗修補特約はどこまで有効なのですか?

(回答)

1 通常損耗とは? 
 賃貸借契約において、賃借人は目的物を返還する際に、目的物を原状に復して貸主に返還しなければならないとされています(民法616条・597条・598条参照)。
 このことから、民法上建物の賃借人は原状回復義務を負うとされています。
 ここでいう原状回復義務は、賃借物件が社会通念上通常の方法により使用収益することによって生じた減耗までも回復しなければならないことを意味するものではありません。  
 このため、時間が経過したことや、賃借人が通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化のような通常減耗については、民法の原則によれば、原状回復の範囲外ですし、修理費用も賃貸人が負担することになります。

2 通常損耗修補特約とは? 
 しかし、最近、契約書に、以下のような条項を見かけることがあります。

 「第○条(原状回復義務)
 賃借人は、通常減耗であっても、賃借人の費用で原状に復したうえで、賃貸人の立会を求め、本件建物の引渡しをしなければならない。」

3 通常損耗修補特約の有効性 
 このような通常減耗を原状回復義務の範囲に含める特約は有効なのでしょうか。
 この点について、最高裁の判例は、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていることが必要であるとしました。
 そして、仮に賃貸借契約書では明らかでないのであれば、賃貸人が口頭により説明したうえで、賃借人が口頭により説明したうえで、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしています(最高裁平成17年12月16日判例時報1921号61頁)。

4 大家の戦略は 
 賃借人は、建物の建物の使用の対価として賃料を支払っているので、建物の使用によって当然に発生する損耗の回復費用を負担させられるということは、建物の使用の対価を二重に支払わなければならないことになるので不当です。
 他方で、具体的に通常損耗についても義務を負う場合をしっかりと具体的に規定し、賃借人がしっかりと理解していれば、賃借人も不測の損害を被ることはありません。
 ですので、仮に通常損耗についても賃借人に原状回復義務を負わせたいという場合は、どのような場合に負うかを具体的かつ明確に規定しておくことが、後日の無用の紛争を防止するという意味では非常に重要になってきます。

亡くなった入居者の家賃が未払いだった場合どうする?

(質問)
 私はアパートを経営しております。先日、入居者の老人が亡くなりました。
 家賃は数か月未払いとなっていますが、この方は預金の他、宝石類などの財産を残しています。
 未払い家賃を老人の預金から引き出したり、宝石を売却して返済してもらうことはできるのでしょうか?

(回答)

1 相続人の調査 
 たとえ家賃債権を持っていたとしても、勝手に預金から引き出したり、物を売却して債権回収をすることはできません。
 被相続人の債務は、預金等とともに相続人に承継されていますから、まず相続人を探して請求することになります。
 もっとも、相続人の調査は必ずしも容易ではありませんし、単に被相続人の債権者にすぎない場合は、調査の方法も限られます。

2 相続人が不在の場合 
 相談のような事例で、老人の相続人が見つからない場合、どのように処理されることになるでしょうか。
 この点、相続人不在の場合、利害関係人又は検察官が家庭裁判所に申し立てることによって、相続財産管理人を選任してもらうことができます。
 相談の事例では、相談者は被相続人に対する債権者ですから、利害関係人に当たります。

3 相続財産管理人の手続 
 相続財産管理人選任の申立てをすると、家庭裁判所は、相続財産管理人の選任を官報に公告し(通常、弁護士が選任されます)、2ヶ月以内に相続人が現れなかったときは、清算手続に入ります。
 相続財産管理人は、少なくとも2か月以上の期間を決めて、亡くなった人の債権者や受遺者に請求の申出をするよう官報に公告し、また既にわかっている債権者や受遺者に対して通知をします。
 その後、被相続人の遺産の中から債権者に支払いをします。遺産の中に不動産や宝石等の動産があるときは、相続財産管理人がこれらを競売して現金化した上で、債権者に支払うことになります。
 ここで、債権者が複数いて、すべての債権額が遺産の価額を上回るときは、債権額に按分して支払われることになります。 

4 相続人不在の確定と特別縁故者 
 上記の2度の公告をしても相続人の存在が明らかにならないときは、家庭裁判所は、6か月以上の期間を定めて最後の相続人捜索の公告をします。
 それでも相続人が現れないときは、相続人不存在が確定し、相続人や債権者、受遺者はもはやその権利を主張することができなくなります。
 また、相続人の不存在確定した場合、3か月以内に、亡くなった人と生計を同じくしていた者、亡くなった人の療養看護に努めた者その他の特別縁故者は、家庭裁判所に、遺産の全部もしくは一部を分与することを請求することができます。
 そして、分与がなされず、または一部の分与のみがなされたときは、残った遺産は国庫に帰属することになります。

5 相続人がいないケースの増加 
 近年、家族関係の希薄化もあり、独居老人などで、一定の遺産があるにもかかわらず、相続人が見つからないために処理に困るケースがあります。
 まずは弁護士にご相談ください。

相続放棄における熟慮期間の起算点の例外とは

(質問)
 私の父は半年ほど前に亡くなりましたが、父は年金と私からの仕送りで暮らしていたため、遺産は何もありませんでした。
 そのため、特別な手続はせずにいたのですが、先週、金融業者から連絡があり、父が知人の借金の保証人になっていたことを聞かされました。  
 私はどうすればよいのでしょうか?

(回答)

1 相続放棄の起算点 
 相続は包括承継ですので、積極財産だけではなく、消極財産も承継します。
 そのため、相続人が被相続人の債務の承継を避けるためには、相続放棄をする必要があります。
 そして、民法は、相続放棄が認められる期間(熟慮期間)について、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月」と定めています。
 したがって、①被相続人の死亡と、②自分が法律上相続人であることの2つの事実を認識した時から熟慮期間が起算されることになります。

2 債務の存在の認識 
 相談事例の場合、被相続人の死亡と自分が相続人であることを認識してから3か月以上経っていますので、もはや相続放棄は認められる余地がないようにも思えます。
 しかしながら、この点について判例は、相続人が上記①・②の事実を知った場合でも、「3カ月以内に相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況から見て当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるとき」には、熟慮期間の起算点の例外を認めています。
 そして、この場合、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時」から熟慮期間を起算すべきとしています。
 今回の場合、被相続人が年金や仕送りで生活していたということや、相続人が被相続人と離れて暮らしていたなどの事情等から、相続財産、特に債務の存在をうかがい知ることができなかったということを考えると、相続債務を知った時から3か月間は相続放棄が認められる可能性があります。

3 相続分皆無証明書とは 
 相続放棄は要式行為であり、家庭裁判所への申述が必要です。
 手続自体は簡単なものですが、実際には、それほど頻繁に相続放棄の手続がなされているわけではありません。
 その代わりに、遺産分割協議などの際に、「相続人甲は、今回の相続に関して相続分はありません。」というような書面(相続分皆無証明書)を作成する場合があります。
 しかしながら、これは、相続財産について、自分の取り分を主張しないことを意味するに過ぎず、債務の承継を避けることができるものではありません。
 相続債権者からの請求に対して、相続分皆無証明書を根拠に履行を拒むことはできませんので、注意する必要があります。

遺産である賃貸マンションから生じた賃料債権は誰のもの?

(質問)
 Aは,賃貸マンション事業を営んでおり,年間600万円(10万円/月×12ヶ月×5室)の賃料収入がありました。
 そうであるところ,Aが死亡し,妻B及び子Cが相続人となりました。
 そして,遺産分割協議の結果,賃貸マンションはBが相続することになりましたが,遺産分割協議が成立したのはA死亡の1年後であったため,すでに600万円の賃料が発生しています。
このような場合,この600万円の賃料はだれが取得することになるのでしょうか?

(回答)

1 遺産分割協議の効果 
 この問題について,遺産分割協議の効果は法律上A死亡時まで遡るため(民法909条),賃貸マンションをA死亡時に遡って取得したBが,600万円の賃料も全て取得することになると思われるかもしれません。

2 賃料は遺産に属さない? 
 しかし,平成17年9月8日の最高裁判決により,この問題は次のように扱われます。
 すなわち,遺産である賃貸マンションから生じた賃料債権は遺産に属さず,相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するのです。
 この質問でいうと,600万円の賃料は,法定相続分に従って,B及びCがそれぞれ300万円ずつ取得することになります。
 なお,遺産分割協議成立後に発生する賃料は,賃貸マンションを相続したBが取得します。

3 賃借人の注意事項 
 ここで視点を変えて賃貸マンションの賃借人の一人であるEの側から見ますと,Eは,A死亡後遺産分割協議が成立するまでは,原則として,月10万円の賃料をB及びCにそれぞれ5万円ずつ支払わなければなりません。
 しかし,これでは煩雑なので,Eは,例えば供託したり,B一人に支払えば済むようにしたいと思うでしょう。しかし,まず供託について,債権者がB及びCと確定している以上,債権者不確知を理由に供託をすることはできません。
 次にB一人に支払えば済むようにするには,B及びCの了解をとる必要があります。仮にB及びCの了解をとらなかった場合には,法律上有効な弁済になりませんので注意が必要です。

4 相続問題は意外なことも 
 このように,相続においては,法律知識を押さえておかなければ思わぬ落とし穴に陥る危険が高いですので,弁護士にご相談されることをお勧めします。

生命保険金は相続財産に含まれない?

(質問)
 先日、父が亡くなりました。母は父より先に亡くなっていますが、父は数年前に再婚していたため、相続人は私と父の後妻の二人です。
 遺産は、自宅の土地建物と預金等を合わせて1000万円ほどですが、父は、後妻を受取人として2000万円の生命保険に入っていました。
 私は後妻が受け取った2000万円も含めて遺産分割をすべきだと考えていますが、そのようなことは可能でしょうか?

(回答)

1 生命保険金は遺産ではない 
 特定の相続人が保険金の受取人に指定されている場合、当該生命保険金請求権は相続財産にならないと解されています。生命保険金請求は、保険契約の効力の発生と同時に、受取人として指定された相続人の固有財産となると考えられるからです。
 そのため、本件でも、2000万円の生命保険金を含めて遺産分割するという相談者の要求は、法的には認められません。

2 特別受益にあたるか 
 さて、生命保険金が相続財産に含まれないとしても、これを受け取った相続人の特別受益として、持戻しの対象になると考えられないでしょうか。
 特別受益の持戻しとは、相続分の前渡しと評価できる生前贈与等について、計算上、相続財産に加算して相続分を算定する制度です。
 保険金請求権は受取人の固有財産である以上、相続分の前渡しとはいえないはずですが、その一方で、被相続人が生前に保険料を支払っていたおかげで保険金を受け取ることができるのですから、これを特別受益と考えないと、他の相続人との間で不公平にも思えます。
 この点、判例は、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には、特別受益に準じて、持戻しの対象となると解しています。
 したがって、生命保険金は原則として特別受益にはならないものの、「特段の事情」がある場合には、持戻しの対象となる、ということになります。

3 持戻しの対象となる「特段の事情」 
 判例は、特段の事情について、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべき」としています。
 結局は総合判断であり、ケースバイケースということになりますが、本件の場合、被相続人が多額の保険料を払っていた場合には、相続財産の総額の二倍もの生命保険金が支払われていますので、特段の事情があると判断される可能性は十分にあります。