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商品の瑕疵を理由とする代金の減額請求への対応

(質問)
 当社は資本金2,000万円の株式会社です。
 先日、資本金500万円のY社に物品製造の発注を行いました。Y社は、契約書に定められた品質・数量の製品を納入しましたが、当社の営業部長が当社の業績を上げようとして、Y社に対し、支払代金を減額する旨の通知を行っていたことが判明しました。
 当社にはどのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 下請法とは
 いわゆる上場企業が下請けいじめをするだけではなく、中小企業も下請けいじめを行ってしまうリスクがあります。
 下請法(下請代金支払遅延防止法)とは、下請代金の支払い遅延を防止することによって、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめることを目的とする法律です。
 これは独占禁止法上の優越的地位の濫用規制を補うものとして定められたものです。
 すなわち、同法では、規制対象に当てはまる取引の発注者(親事業者)を資本金区分により「優越的地位」にあるものと画一的に取り扱うことにより、下請取引に係る親事業者の不当な行為を、より迅速かつ効果的に規制することを狙いとしています。

2 対象となる下請取引
 下請法の対象となる取引の内容として、「製造委託」、「修理委託」、「情報成果物作成委託」(プログラム、映画等)、「役務提供委託」(運送、ビルメンテナンス等があり、建設工事委託を除く。)があります(同法第2条第1項ないし第4項)。
 これら4種類の取引のうち、例えば、製造委託、修理委託、政令で定   める情報成果物(プログラム)作成および役務(具体的には、運送、物品の倉庫における保管、情報処理)提供委託については、①委託する側(親事業者)の資本金が3億円超で下請事業者の資本金が3億円以下の場合、②親事業者の資本金が1,000万円超3億円未満で下請業者の資本金が1,000万円以下の場合が下請法の規制対象となります(同法第2条第7項、第8項)。
 また、プログラム以外の情報成果物作成委託及び運送、物品の倉庫における保管、情報処理以外の役務提供委託については、①親事業者の資本金が5,000万円超で下請事業者の資本金が5,000万円以下の場合、②親事業者の資本金が1,000万円超5,000万円以下で下請事業者の資本金が1,000万円以下の場合が下請法の規制対象となります(同法第2条第7項、第8項)。
 このように、委託事業の内容と資本金の区分で画一的に親事業者と下請事業者が分けられています。 

3 親事業者の義務と禁止行為 
 親事業者に課される義務として、①下請代金の支払期日を定める義務(給付を受領した日から60日の期間内)(同法第2条の2)、②注文書の交付義務(同法第3条)、③遅延利息支払義務(同法第4条の2)、④書類作成・保存義務(同法第5条)があります。
 また、親事業者の禁止行為として、①不当な受領拒否、②支払遅延、③代金の不当な減額、④受領後の不当な返品、⑤著しく低い代金の設定(買いたたき)、⑥物の強制購入・役務の利用強制、⑦親事業者の違反事実を公取委又は中小企業庁に知らせたことを理由に取引を停止又は不利益な取り扱いをすること(報復措置)等が挙げられています(同法第4条第1項、第2項)。
 親事業者が義務に違反した場合は50万円以下の罰金が(同法第10条)、禁止行為を行ったときは勧告措置が(同法第7条)、それぞれ採られます。

4 回答 
 貴社は、Y社に対し、物品の製造委託を行っており、それぞれの資本金に鑑みると、下請法の親事業者に当たります。
 したがって、Y社の責めに帰すべき事情がない状況下での代金減額の 要求は下請法違反のリスクがあります。
 その結果、勧告相当事案となり、公正取引委員会から貴社の企業名が公表されるとなれば、貴社のレピュテーション低下の大きなリスクとなります。
 加えて、50万円以下の罰金のリスクもあります。   
 過度な利益売上主義は大きなリスクにつながることに注意する必要があります。

連帯債務と連帯保証の差異

(質問)
 当社は、Y社とY社の代表取締役Zを連帯債務者として、100万円を貸し付けています。
 当社は、Y社からの支払いが滞ったため、Zに支払いを請求してきましたが、Zは10年以上何の連絡も受けていないので、消滅時効を採用すると言っています。
 そのような主張は通るのでしょうか。
 また、ZがY社の連帯保証人であれば、違いがあるのでしょうか。

(回答)

1 連帯債務と連帯保証
 Zが連帯債務者であっても連帯保証人であっても、Y社の支払いが滞ったときは、貴社は100万円のうち残額があれば、それをすべて返還するよう請求ができます。
 連帯保証は、主たる債務の履行を担保することを目的とするため、主債務者と連帯保証人は主従の関係にあると言われています。
 これと異なり、連帯債務者の間に主従の関係はないと言われております。この違いが具体的に表れるのが、ご質問のケースです。

2 時効中断事由としての債務の承認 
 貴社の貸付は商行為になり(会社法第5条)、商法第522条の5年の消滅時効が適用になります。
 しかし、一定の事由があれば時効の完成が妨げられます。この時効の完成を妨げる事由を時効中断事由といいます。
 そして、時効中断事由の一つに「承認」(民法第147条第3号)があり、「承認」とは、債務者が債権者に対して債務を負っていると認めることをいいます。
 例えば、債務者が債務者に対し同債務を弁済することが「承認」に当たります。
 そして、ある連帯債務についての債務の承認による時効中断の効果は、他の連帯債務には及びませんが(同法第440条)、これと異なり、債務保証については、主たる債務の債務の承認による中断の効果は、連帯保証人にも及び(同法第457条第1項)、連帯保証人の時効を中断させます。これが、連帯債務と連帯保証の違いが現れる一つの場面です。
 なお、債権者による連帯債務者に対する履行の請求は、他の連帯債務者に対しても時効中断の効果が及ぶとされています(同法第434条)。 
 一方、連帯保証人に対する履行の請求は、主たる債務に対する関係でも、時効中断の効果が及ぶとされているため(同法第458条、第434条)、履行の請求の効果に関しては、連帯債務と連帯保証は変わりません。

3 連帯債務のケース
 ご質問のケースは、Y社が現在から遡ること10年以内に、100万円の貸付金債務について一部でも弁済していれば、Y社の負う債務の時効は中断します。
 しかし、Zは連帯債務者ですので、Y社の債務の承認による時効中断の効果はZに対しては及びません。したがって、Zの債務は10年の経過によって時効が完成しており、Zの債務は時効により消滅します。
 つまり、Zの消滅時効の主張が認められるということになります。

4 連帯保証のケース 
 他方、Zが連帯保証人である場合には、主債務者Y社が現在から遡ること10年以内に、100万円の貸付債務について一部でも弁済していれば、Y社の債務の承認による時効中断の効果がZにも及ぶため、Zの連帯保証債務の消滅時効を中断させます。
 したがって、Zの連帯保証債務の時効は未だ完成していないので、Zの消滅時効の主張は通らないということになります。

5 回答 
 Zが連帯債務者であれば、Zは消滅時効の採用ができますが、Zが連帯保証人であれば消滅時効の採用はできません。

自動車の修理業者における留置権について

(質問)
 当社は自動車の修理業者を行っています。
 しかし,修理を行ったのに,修理の依頼者が,修理代金を支払ってくれなかったり,逆に半年経っても自動車を引き取りに来なかったりという事態が起こってしまうことがあります。
 この場合,どのような措置がとれるのでしょうか?

(回答)

1 留置権とは 
 修理業者が自動車を預かって修理した場合,修理業者が修理の依頼者に対し修理代金債権を取得すると同時に,留置権という法廷担保物件を取得します。
 留置権とは,他人の占有物がその物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置して債権者の弁済を間接的に強制する担保物件をいい,修理業者という措置をとることができます。
 したがって,修理の依頼者が,修理代金を支払わない場合には,自動車を留置して間接的に修理代金の支払いを強制することができるのです。

2 留置権者の権利 
 また,留置権者は,留置物について競売を申し立てることもできます。
 したがって,修理の依頼者が修理代金を支払わない場合や自動車を引き取りに来ない場合,修理業者裁判所に対し,預かった自動車の競売を申し立てることができます。  
 そして,競売による換価金が修理業者に交付された場合,修理業者は,修理代金債権と換価金返還債務とを相殺することにより,修理代金債権を回収することができます。
 もっとも,競売を申し立てるには,自動車について留置権を有することを証明する必要があります。

3 競売申立て手続 
 以上,預かり車を巡るトラブルを簡単に説明しましたが,トラブル解決のためには競売申立てなど法的専門知識が必要ですので,一度弁護士に御相談されることをお勧めします。

瑕疵担保責任に関する規定について

(質問)
 瑕疵担保責任という言葉をよく聞くのですが、法律上、それに関する規定はどうなっているのでしょうか?

(回答)

1 買主の通知義務 
 まず、民法の場合、買主は瑕疵を発見した場合に責任追及をすればよく、責任追及の前提として必要な行為は要求されていません。
 しかし、商人間の場合、買主は土地の引き渡しを受けた後、遅滞なく瑕疵の有無を確認し、瑕疵があった場合、売主に対して通知する必要があります。この通知を怠ると瑕疵担保責任を追及できなくなるのです(商法526条1項)。
 これは売主に対し瑕疵ある商品の対処等を検討させるとともに、買主の投機的な行動(解除の是非を商品相場の動向を見て決める等)を防止するために設けられています。

2 瑕疵が発見できない場合 
 では、引渡直後に瑕疵を発見できない場合はどうでしょうか。
 この場合、買主が土地引渡後6か月以内に瑕疵を発見した場合であれば、責任を追及することが可能です(同条2項)。
 買主保護を図るとともに、期間制限を設けることで売主がいつまでも不安定な立場に置かれることを防止しているのです。
 このように、買主としては、売主が瑕疵の存在を知っていた場合(同条3項)を除き、売主に対して瑕疵担保責任を追及できない場合がありますので、民法との違いに十分注意する必要があります。

3 債務不履行責任が認められたケース 
 もっとも、商人間売買の事案で、6ヶ月経過後に買主が土壌汚染を発見した事案について説明・報告すべき信義則上の付随義務があるとして、債務不履行責任に基づき土壌浄化費用等の一部の支払を命じた判決(東京地裁判決平成18年9月5日)も存在しますので、売主としても期間が経過すれば常に責任を負わなくなるとまでは言い切れません。

4 宅建業法の特例 
 次に商法以外の規定も見てみましょう。
 売主が宅地建物取引業者(以下「宅建業者」と言います。)、買主が個人の場合において、「引き渡しの日から2年以内に限り瑕疵担保責任を負う。」との特約があった場合、これは有効でしょうか。
 民法上は、瑕疵発見から1年以内との制限があります(民法566条3項)が、宅地権物取引業法40条では、宅建業者が自ら売主となる場合、瑕疵担保責任の期間について、民法より買主に不利な条件を無効としています。
 しかし、同時に、責任期間を引渡しから2年に限定する事は例外的に許されています。

下請工事の代金支払いトラブルについて

(質問)
 我が社は,ゼネコンの下請工事をしています。このたび,工事を孫請業者に発注しましたが,代金の支払いをめぐりトラブルが生じてしまい,孫請業者は,工事を途中で止めて,既施工部分の残代金の支払請求をしてきました。
 他方,我が社は,別の業者に工事を完成させてもらうことにしましたが,見積もりを依頼したところ,資材の急騰により,当初予定していたよりも高くなるようです。孫請業者への支払いはどのようにすればよいでしょうか?

(回答)

1 契約解除の範囲 
 本件で,下請業者としては,契約を全部解除して「残代金を払わない,むしろ既に支払った分も返せ」と言いたいところでしょう。
 しかし,判例によると,工事内容が可分であり、しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは,未施工部分について契約の一部解除をすることができるにとどまります。
 本件では,既施工部分を利用して別業者が工事を完成させることができるので,下請業者としては,未完成部分の一部の解除しかできません。
 すると,下請業者には,孫請業者に対して既施工部分の代金支払義務があることになります。

2 相殺の可能性 
 ただし,下請業者がこれを実際に支払わなければならないかは別問題です。
 下請業者に損害賠償請求権が発生していれば,その額と代金額とを相殺できます。 
 契約や約款の規定に基づいて相殺が行われることは,よくあることです。

3 工事代金増額分による相談 
 また,本件では,当初予定していたよりも工事代金が高くなるので,その分が損害額であるとして,代金額とを相殺することもできます。
 ここで注意が必要なのは,相殺できるのが「未施工部分の工事費用」ではなく,「予定していた工事費用を超える額」であることです。
 また,資材が急騰しているときは,工事代金が日々刻々と変化します。判例によると,従前の孫請業者との契約を遅くとも解除できたであろうときが損害額算定の基準日となりますから,実際の超過額と相殺できるとは限らない点にも注意が必要です。

取引先からの同時履行の抗弁権の主張

(質問)
 当社は、先日、住宅建設工事を完成させました。
 しかし、注文主は、「工事の内容に瑕疵があるので瑕疵修補を請求する。ただし、修補事態ではなく、修補に替わる損害賠償を請求し、それと工事代金債務を相殺するから工事残代金は支払わない。」と言って、工事代金の残額1,000万円を支払ってくれません。このような主張は認められるのでしょうか?
 また、工事請負契約には、請負代金債務の遅延損害金は年14.6%と定められています。注文主が工事残代金を支払わない間、遅延損害金は年146万円生じると考えて良いのでしょうか?

(回答)

1 同時履行の抗弁権 
 まず、御質問のケースは、
・貴社→注文主 1,000万円の請負代金債権・年14.6%の遅延損害金
・注文主→貴社 瑕疵補修に替わる損害賠償請求・年6%の遅延損害金
 を有することになります。
 しかしながら、民法634条2項により両者の債権は「同時履行の関係」、すなわち、相手方が履行するまではこちらも履行しなくてよい関係にあるとされており、それにより他方当事者がお金を支払うまではお互いに遅延損害金は発生しません。
 したがって、原則としては、注文主が瑕疵補修請求をする場合には、注文主は請負代金も遅延損害金も支払わなくてもよく、貴社は注文主にこれらを請求できません。

2 瑕疵が軽微な場合 
 ただし、注文主の瑕疵修補請求が余りに軽微な場合にまで、注文主が請負代金の支払義務を全て免れるというのは明らかに妥当ではないと考えられます。
 本件と類似の事例において、最高裁判例は、注文主は原則としては全額について履行遅延に陥らないが、例外的に瑕疵の程度や交渉の経過を考慮して報酬債権全額の支払いを拒むことが信義則に反するときはこの限りではない、という判事をしています(最高裁平成9・2・14)。
 そして、46万円分の瑕疵補修請求権をもって請負代金1,325万円の支払いを拒もうとした注文主が信義則に反するとされたケースがあるように(福岡高裁平成9年11月28日判決)、上記最高裁判例の「例外的な場合」は、瑕疵修補請求と請負代金額との比率や、瑕疵修補の対象となっている瑕疵が目的物において重要な瑕疵であるか否かといった観点で判断されます。

3 貴社の請求の可否 
 したがって、御質問のケースにおいては、注文主の主張する瑕疵が軽微であって上記最高裁判例のいうところの「例外的な場合」に当たれば、貴社は注文主に対して遅延損害金を含めて請負代金全額を請求できます。
 なお、仮に「例外的な場合」に当たらないとしても、貴社若しくは注文主が相殺の意思表示をした後は、請負代金の残額について、貴社は遅延損害金も請求することができます。

留置権に基づく建物の占有について

(質問)
 当社は建物建築工事を主な業務としている株式会社です。
 ある個人の方から住宅建築の依頼を受けて,建物を完成させました。しかし,注文主は請負代金の3分の2は支払っていますが,残りを支払ってくれません。
 この場合,残代金を支払ってくれるまで,当社が建てた建物を占有すること(建物の鍵を渡さないこと)はできると思うのですが,建物の敷地も占有すること(敷地の周りに柵などを巡らせて入れないようにすること)はできないのでしょうか?

(回答)

1 留置権とは 
 まず,貴社が建物や土地を占有する基礎となる権利である「留置権」について説明します。
 留置権とは,他人の物の占有者が,その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる権利です。例えば,腕時計を修理に出した場合,修理屋は修理代金を支払ってもらえるまで腕時計を持ち主に返さなくてもよく,これは留置権に基づく帰結です。
 そして,建築業者が建物建築工事を請け負い,建物を完成させたものの注文主から請負代金を支払ってもらえない場合,建築業者は留置権に基づき建物の占有をすることができます(民法295条)。
 ただし,建物を完成させる途中で注文主が破産してしまったような場合は,建物を占有するだけでは債権回収に十分でなく(建物が完成した価格にならないので),建築業者としては敷地も占有することで請負代金の弁済を注文主に促したいと考えます。
 そこで,このような目的で敷地も占有は認められるかが問題となります。

2 留置権の種類 
 留置権は,民法上認められる民事留置権と商法上認められる商事留置権(商法521条)があります。
 そして,民事留置権は,債権と占有するものとの間に牽連性(関連性)が要求されるところ,建物請負代金債権と牽連性が認められるのは建物であって敷地ではないので,民事留置権に基づく場合,敷地の占有は認められません。
 次に,商事留置権については,民事留置権と異なり,債権と占有するものとの間に牽連性は要求されません。
 その代りに,債権者と債務者が双方商人であることが要求されます。
 したがって,ご質問のケースは委託主が個人であって商人ではないので,商事留置権は認められません。

3 敷地の占有は 
 それでは,ご質問のケースの依頼者が仮に株式会社のような商人であった場合は,商事留置権は認められるのでしょうか。
 これについては,これを肯定した下級審の裁判例もありますが,肯定した最高裁判所の判例はなく,学説も否定説が有力と考えられます。
 理由としては,建築業者の商事留置権を認めてしまうと,建物が建つ予定の敷地に抵当権を設定していた銀行が,住宅ローン等の債権を回収するために敷地を競売にかけても,建築業者の商事留置権があるため債権回収ができなくなることとなり,現行の金融実務に混乱を来すということが実質的な理由です。
 以上より,ご質問への回答としましては,現在の裁判例・学説の状況を踏まえる限り,敷地に商事留置権は認められず,敷地を占有することは認められないと考えられます。

工事代金不払のリスクを考慮しての工事の中止

(質問)
 当社は、ある会社とビルの建設請負契約を締結しました。その契約においては、請負代金の支払時期が、工事着工時に3割、工事が半分完成した際には3割、工事が完了した際に残りの4割を支払うという内容となっています。
 そして、当社は、工事着工時に代金の3割の支払いを受け、その後工事を半分完済させた際に、代金の3割の支払いも受けました。
 しかし、ある人から、注文主である会社が資金繰りに窮し、手形の不渡りを出したということを聞きました。このままでは、残りの工事代金を支払ってもらえないおそれがあるため、工事を中止したいと考えております。 そのようなことは可能でしょうか。

(回答)

1 請負人の義務 
 請負契約においては、請負人が仕事を完成させなければ報酬を請求することができません(民法第632条参照)。すなわち、請負人には工事を完成させることにつき先履行の義務があると言えます。
 したがって、請負人である貴社が一方的に工事を中止することは債務不履行となり、工事の遅れ等を理由に注文主から損害賠償請求を受けるリスクがあります。

2 不安の抗弁権とは
 しかし、注文主の信用状態が悪化しているために、工事を完成しても請負代金の支払いが期待できないような場合にまで、先履行義務を果たさなければならないというのは請負人にとって不当であると考えられます。
 そこで、かかる場合には、債務者が債務の履行を拒むことができるという不安の抗弁権が認められる場合があります。このことは、売買の継続的取引などについても同様です。
 ご質問のケースのような請負契約について、東京地方裁判所平成9年8月29日判決は、注文主が請負代金支払いを分割払いにするよう変更してくれと一方的に執拗に提案してきた事案において、そのような提案を受けた請負人が注文主の代金支払いについて疑念を抱き工事を中止したことは、契約解除原因としての債務不履行には当たらないとして、結果として不安の抗弁権と同様の効果を認めました。
 したがって、ご質問のケースにおいても、貴社が工事を拒むことが債務不履行とはならないと判断される可能性はあると考えられます。
 しかし、この注文主の財産状態が悪化している要件については、客観的に裏付ける具体的事実が必要となってきます。そのような具体的事実が客観的に認められないにもかかわらず、なんとなく不安があるから工事を途中で止めてしまうなどの判断をすると、後で債務不履行責任を問われて、損害賠償請求をされるリスクがありますので、慎重に判断する必要があります。
 なお、この不安の抗弁権は、今回の民法改正で条文として盛り込もうとする動きもありましたが、最終的に規定されることはありませんでした。この点からも、不安の抗弁権が認められるためには、ある程度のハードルがあるといえます。

3 契約によるリスク回避 
 ご質問のケースに備え、「手形の不渡り等の一定の事由が注文者に生じた場合は請負人は、追加担保の提供、財務諸表、資金繰り表の提出を求めることができる。注文者がこれに応じないときは、請負人は工事を拒むことができる。」といった条項を請負契約に規定しておけば、不安の抗弁権が生じるかどうかのリスクを検討することなく、貴社は工事を拒むことができます。
 したがって、請負契約締結時において、そのような条項を請負契約に盛り込むべきです。

4 回答 
 貴社は、注文者の手形不渡の事実関係を調査して、その証拠によっては不安の抗弁権が認められる場合もあります。
 ただし、貴社は、事前に契約において不安の抗弁権に関する条項を設けておくべきです。

粉飾決算のリスク

(質問)
 最近、上場会社の粉飾決算が話題となっていますが、上場していない中小企業が粉飾決算を行った場合には、一体どのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 粉飾決算は,禁断の果実
 中小企業が自己破産を申し立てる場合などに、粉飾決算を行っていることが発覚するケースはしばしばあります。
 企業が粉飾決算を行う理由は、様々ですが、株価を上げるため、株主から業績が上がらない責任を追及されないようにするため、銀行から融資を受けられやすくするためなどが主な理由だと思われます。
 そして、中小企業においては、上場企業のように内部統制体制の整備がなされていなかったり、会計監査人による会計監査が行われていないため、売掛金や在庫商品の帳簿上の水増し等が比較的容易であることなどから粉飾決算が可能となります。

2 粉飾決算の刑事責任リスク
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の融資をするかどうかの判断に錯誤が生じた結果、銀行から融資を受けた場合には、詐欺罪(刑法第246条第1項、10年以下の懲役)に該当する可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行ったことで、本来であればできなかったはずの剰余金配当を行ってしまうと、違法配当罪(会社法第963条第5項、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 他にも、会社の取締役が地位の保全などの自己の利益や第三者の利益を図るために粉飾決算を行うと、特別背任罪(同法第960条、10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 このように、粉飾決算による刑事責任のリスクは、決して軽いものではありません。

3 粉飾決算の民事責任リスク 
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の判断に錯誤が生じて融資をした結果、融資額が回収不能になった場合には、会社だけでなく、粉飾決算に関わった取締役なども銀行に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行った結果、違法な剰余金配当が行われた場合には、違法に配当した利益に相当する額を取締役などが会社に対して賠償することとなります。
 これらの賠償額は、ときには多額になるリスクがあります。

4 粉飾決算を防ぐにはどうすれば良いか。 
 このように、粉飾決算が行われると、それに関与した取締役は、刑事上だけではなく、民事上も重い責任が生じます。
 さらに、粉飾決算が行われた企業であるという評判が広まると、取引先などからの評価が著しく低下するだけではなく、銀行などからも信用されなくなり、融資等に支障が生じるリスクがあります。
 そうなると、経営において致命傷となりかねません。
 粉飾決算を防止するには、日頃から不正な会計処理が行われていないかをチェックする体制を構築するとともに、社内の会計担当者が適切な会計知識を有していることが必要となります。

多重代表訴訟制度について

(質問)
 今回の会社法の改正で多重代表訴訟制度が導入されたと聞きました。
 これはどのような制度なのか教えてください。

(回答)

1 多重代表訴訟ってどういう制度? 
 多重代表訴訟は,今回の改正会社法で「特定責任追及の訴え」と定義されています。
 この制度は,最終親会社(会社が存在しない会社,つまり,グループの最上位の会社と考えると分かりやすいと思います。)の株主が,子会社の取締役に対して責任を追及できるものとなっています。もっとも,最終親会社の全ての株主が訴訟を提起できるわけではありません。
 また,全ての子会社の取締役等が訴えの対象となるわけではありません。
 訴えを提起できるのは,最終親会社の株主のうち,100分の1以上の議決権を有する者,または発行済株式の100分の1を保有する者です。
 公開会社であれば,株式を6カ月以上保有していることも条件となります。
 一方,責任追及の対象となる子会社は,簡潔に言うと,責任の原因となった事実が生じた日における株式の価値が最終親会社の総資産の5分の1以上になるところ限られます。これは,重要な子会社の取締役等が対象となることを意味します。

2 今までとどのように異なるの? 
 これまでも,株主の資格で取締役等の責任を追及する制度として,株主代表訴訟制度がありました。しかし,この制度のもとでは,原則として親会社の株主が子会社の取締役等の責任を追及することはできませんでした。
 そのため,親会社の業績に影響を及ぼすような子会社の取締役等の責任については,親会社自身が訴訟を提起しない限り,訴訟で責任を追及することが難しい状況でした。
 今回の改正によって,親会社の一定の株主が,重要な子会社の取締役等の責任を追及することができることになりました。

3 思わぬ訴訟提起のリスクが眠っているかも・・・ 
 訴訟提起することができる株主や対象となる取締役等が限定されているとはいえ,従来では提起できなかった訴訟ができるということは,それだけ訴訟を提起されるリスクが上昇したと考えるべきです。
 従来であれば訴訟を提起されることはないだろうと考えていたところ,訴訟を提起されて,巨額の賠償金を支払わなくてはならないこととなっては大変です。
 このようなリスクに備えるため,子会社の役員構成や役員賠償責任保険の被保険者の範囲について見直しをするべきです。
 また,子会社の取引が,最終親会社等にどのよな影響が生じるかについて慎重に検討していく必要があります。
 子会社の取締役等が適正な業務をこなしているかをこれまで以上にチェックするために,指揮命令系統を見直すことも有用だと思われます。

4 改正会社法に対応するために 
 今回,多重代表訴訟について説明しましたが,今回の改正で変わった点はこれだけではありません。
 子会社株式譲渡についての規制,会社分割における債権者保護の強化等,様々な点が変わっています。
 コンプライアンスの重要性は,既に周知されて久しいと思います。
 しかし,いくらコンプライアンスに気を付けていても,法律の改正を知らなかったばかりに法律に抵触していた,あるいは訴訟を提起されたなんてことになると大変です。
 改正された法律が施行されて間もない時期は,どのように対応すればいいのか分かりにくいかと思います。
 今回の会社法の改正に対して,どのような体制にする必要はあるのか,また,どのようなリスクが存在し,それに対してどのように対処すればいいのか等について悩まれた場合には,弁護士にご相談ください。