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下請工事の代金支払いトラブルについて

(質問)
 我が社は,ゼネコンの下請工事をしています。このたび,工事を孫請業者に発注しましたが,代金の支払いをめぐりトラブルが生じてしまい,孫請業者は,工事を途中で止めて,既施工部分の残代金の支払請求をしてきました。
 他方,我が社は,別の業者に工事を完成させてもらうことにしましたが,見積もりを依頼したところ,資材の急騰により,当初予定していたよりも高くなるようです。孫請業者への支払いはどのようにすればよいでしょうか?

(回答)

1 契約解除の範囲 
 本件で,下請業者としては,契約を全部解除して「残代金を払わない,むしろ既に支払った分も返せ」と言いたいところでしょう。
 しかし,判例によると,工事内容が可分であり、しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは,未施工部分について契約の一部解除をすることができるにとどまります。
 本件では,既施工部分を利用して別業者が工事を完成させることができるので,下請業者としては,未完成部分の一部の解除しかできません。
 すると,下請業者には,孫請業者に対して既施工部分の代金支払義務があることになります。

2 相殺の可能性 
 ただし,下請業者がこれを実際に支払わなければならないかは別問題です。
 下請業者に損害賠償請求権が発生していれば,その額と代金額とを相殺できます。 
 契約や約款の規定に基づいて相殺が行われることは,よくあることです。

3 工事代金増額分による相談 
 また,本件では,当初予定していたよりも工事代金が高くなるので,その分が損害額であるとして,代金額とを相殺することもできます。
 ここで注意が必要なのは,相殺できるのが「未施工部分の工事費用」ではなく,「予定していた工事費用を超える額」であることです。
 また,資材が急騰しているときは,工事代金が日々刻々と変化します。判例によると,従前の孫請業者との契約を遅くとも解除できたであろうときが損害額算定の基準日となりますから,実際の超過額と相殺できるとは限らない点にも注意が必要です。

取引先からの同時履行の抗弁権の主張

(質問)
 当社は、先日、住宅建設工事を完成させました。
 しかし、注文主は、「工事の内容に瑕疵があるので瑕疵修補を請求する。ただし、修補事態ではなく、修補に替わる損害賠償を請求し、それと工事代金債務を相殺するから工事残代金は支払わない。」と言って、工事代金の残額1,000万円を支払ってくれません。このような主張は認められるのでしょうか?
 また、工事請負契約には、請負代金債務の遅延損害金は年14.6%と定められています。注文主が工事残代金を支払わない間、遅延損害金は年146万円生じると考えて良いのでしょうか?

(回答)

1 同時履行の抗弁権 
 まず、御質問のケースは、
・貴社→注文主 1,000万円の請負代金債権・年14.6%の遅延損害金
・注文主→貴社 瑕疵補修に替わる損害賠償請求・年6%の遅延損害金
 を有することになります。
 しかしながら、民法634条2項により両者の債権は「同時履行の関係」、すなわち、相手方が履行するまではこちらも履行しなくてよい関係にあるとされており、それにより他方当事者がお金を支払うまではお互いに遅延損害金は発生しません。
 したがって、原則としては、注文主が瑕疵補修請求をする場合には、注文主は請負代金も遅延損害金も支払わなくてもよく、貴社は注文主にこれらを請求できません。

2 瑕疵が軽微な場合 
 ただし、注文主の瑕疵修補請求が余りに軽微な場合にまで、注文主が請負代金の支払義務を全て免れるというのは明らかに妥当ではないと考えられます。
 本件と類似の事例において、最高裁判例は、注文主は原則としては全額について履行遅延に陥らないが、例外的に瑕疵の程度や交渉の経過を考慮して報酬債権全額の支払いを拒むことが信義則に反するときはこの限りではない、という判事をしています(最高裁平成9・2・14)。
 そして、46万円分の瑕疵補修請求権をもって請負代金1,325万円の支払いを拒もうとした注文主が信義則に反するとされたケースがあるように(福岡高裁平成9年11月28日判決)、上記最高裁判例の「例外的な場合」は、瑕疵修補請求と請負代金額との比率や、瑕疵修補の対象となっている瑕疵が目的物において重要な瑕疵であるか否かといった観点で判断されます。

3 貴社の請求の可否 
 したがって、御質問のケースにおいては、注文主の主張する瑕疵が軽微であって上記最高裁判例のいうところの「例外的な場合」に当たれば、貴社は注文主に対して遅延損害金を含めて請負代金全額を請求できます。
 なお、仮に「例外的な場合」に当たらないとしても、貴社若しくは注文主が相殺の意思表示をした後は、請負代金の残額について、貴社は遅延損害金も請求することができます。

留置権に基づく建物の占有について

(質問)
 当社は建物建築工事を主な業務としている株式会社です。
 ある個人の方から住宅建築の依頼を受けて,建物を完成させました。しかし,注文主は請負代金の3分の2は支払っていますが,残りを支払ってくれません。
 この場合,残代金を支払ってくれるまで,当社が建てた建物を占有すること(建物の鍵を渡さないこと)はできると思うのですが,建物の敷地も占有すること(敷地の周りに柵などを巡らせて入れないようにすること)はできないのでしょうか?

(回答)

1 留置権とは 
 まず,貴社が建物や土地を占有する基礎となる権利である「留置権」について説明します。
 留置権とは,他人の物の占有者が,その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる権利です。例えば,腕時計を修理に出した場合,修理屋は修理代金を支払ってもらえるまで腕時計を持ち主に返さなくてもよく,これは留置権に基づく帰結です。
 そして,建築業者が建物建築工事を請け負い,建物を完成させたものの注文主から請負代金を支払ってもらえない場合,建築業者は留置権に基づき建物の占有をすることができます(民法295条)。
 ただし,建物を完成させる途中で注文主が破産してしまったような場合は,建物を占有するだけでは債権回収に十分でなく(建物が完成した価格にならないので),建築業者としては敷地も占有することで請負代金の弁済を注文主に促したいと考えます。
 そこで,このような目的で敷地も占有は認められるかが問題となります。

2 留置権の種類 
 留置権は,民法上認められる民事留置権と商法上認められる商事留置権(商法521条)があります。
 そして,民事留置権は,債権と占有するものとの間に牽連性(関連性)が要求されるところ,建物請負代金債権と牽連性が認められるのは建物であって敷地ではないので,民事留置権に基づく場合,敷地の占有は認められません。
 次に,商事留置権については,民事留置権と異なり,債権と占有するものとの間に牽連性は要求されません。
 その代りに,債権者と債務者が双方商人であることが要求されます。
 したがって,ご質問のケースは委託主が個人であって商人ではないので,商事留置権は認められません。

3 敷地の占有は 
 それでは,ご質問のケースの依頼者が仮に株式会社のような商人であった場合は,商事留置権は認められるのでしょうか。
 これについては,これを肯定した下級審の裁判例もありますが,肯定した最高裁判所の判例はなく,学説も否定説が有力と考えられます。
 理由としては,建築業者の商事留置権を認めてしまうと,建物が建つ予定の敷地に抵当権を設定していた銀行が,住宅ローン等の債権を回収するために敷地を競売にかけても,建築業者の商事留置権があるため債権回収ができなくなることとなり,現行の金融実務に混乱を来すということが実質的な理由です。
 以上より,ご質問への回答としましては,現在の裁判例・学説の状況を踏まえる限り,敷地に商事留置権は認められず,敷地を占有することは認められないと考えられます。

工事代金不払のリスクを考慮しての工事の中止

(質問)
 当社は、ある会社とビルの建設請負契約を締結しました。その契約においては、請負代金の支払時期が、工事着工時に3割、工事が半分完成した際には3割、工事が完了した際に残りの4割を支払うという内容となっています。
 そして、当社は、工事着工時に代金の3割の支払いを受け、その後工事を半分完済させた際に、代金の3割の支払いも受けました。
 しかし、ある人から、注文主である会社が資金繰りに窮し、手形の不渡りを出したということを聞きました。このままでは、残りの工事代金を支払ってもらえないおそれがあるため、工事を中止したいと考えております。 そのようなことは可能でしょうか。

(回答)

1 請負人の義務 
 請負契約においては、請負人が仕事を完成させなければ報酬を請求することができません(民法第632条参照)。すなわち、請負人には工事を完成させることにつき先履行の義務があると言えます。
 したがって、請負人である貴社が一方的に工事を中止することは債務不履行となり、工事の遅れ等を理由に注文主から損害賠償請求を受けるリスクがあります。

2 不安の抗弁権とは
 しかし、注文主の信用状態が悪化しているために、工事を完成しても請負代金の支払いが期待できないような場合にまで、先履行義務を果たさなければならないというのは請負人にとって不当であると考えられます。
 そこで、かかる場合には、債務者が債務の履行を拒むことができるという不安の抗弁権が認められる場合があります。このことは、売買の継続的取引などについても同様です。
 ご質問のケースのような請負契約について、東京地方裁判所平成9年8月29日判決は、注文主が請負代金支払いを分割払いにするよう変更してくれと一方的に執拗に提案してきた事案において、そのような提案を受けた請負人が注文主の代金支払いについて疑念を抱き工事を中止したことは、契約解除原因としての債務不履行には当たらないとして、結果として不安の抗弁権と同様の効果を認めました。
 したがって、ご質問のケースにおいても、貴社が工事を拒むことが債務不履行とはならないと判断される可能性はあると考えられます。
 しかし、この注文主の財産状態が悪化している要件については、客観的に裏付ける具体的事実が必要となってきます。そのような具体的事実が客観的に認められないにもかかわらず、なんとなく不安があるから工事を途中で止めてしまうなどの判断をすると、後で債務不履行責任を問われて、損害賠償請求をされるリスクがありますので、慎重に判断する必要があります。
 なお、この不安の抗弁権は、今回の民法改正で条文として盛り込もうとする動きもありましたが、最終的に規定されることはありませんでした。この点からも、不安の抗弁権が認められるためには、ある程度のハードルがあるといえます。

3 契約によるリスク回避 
 ご質問のケースに備え、「手形の不渡り等の一定の事由が注文者に生じた場合は請負人は、追加担保の提供、財務諸表、資金繰り表の提出を求めることができる。注文者がこれに応じないときは、請負人は工事を拒むことができる。」といった条項を請負契約に規定しておけば、不安の抗弁権が生じるかどうかのリスクを検討することなく、貴社は工事を拒むことができます。
 したがって、請負契約締結時において、そのような条項を請負契約に盛り込むべきです。

4 回答 
 貴社は、注文者の手形不渡の事実関係を調査して、その証拠によっては不安の抗弁権が認められる場合もあります。
 ただし、貴社は、事前に契約において不安の抗弁権に関する条項を設けておくべきです。

粉飾決算のリスク

(質問)
 最近、上場会社の粉飾決算が話題となっていますが、上場していない中小企業が粉飾決算を行った場合には、一体どのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 粉飾決算は,禁断の果実
 中小企業が自己破産を申し立てる場合などに、粉飾決算を行っていることが発覚するケースはしばしばあります。
 企業が粉飾決算を行う理由は、様々ですが、株価を上げるため、株主から業績が上がらない責任を追及されないようにするため、銀行から融資を受けられやすくするためなどが主な理由だと思われます。
 そして、中小企業においては、上場企業のように内部統制体制の整備がなされていなかったり、会計監査人による会計監査が行われていないため、売掛金や在庫商品の帳簿上の水増し等が比較的容易であることなどから粉飾決算が可能となります。

2 粉飾決算の刑事責任リスク
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の融資をするかどうかの判断に錯誤が生じた結果、銀行から融資を受けた場合には、詐欺罪(刑法第246条第1項、10年以下の懲役)に該当する可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行ったことで、本来であればできなかったはずの剰余金配当を行ってしまうと、違法配当罪(会社法第963条第5項、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 他にも、会社の取締役が地位の保全などの自己の利益や第三者の利益を図るために粉飾決算を行うと、特別背任罪(同法第960条、10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金)に該当する可能性があります。
 このように、粉飾決算による刑事責任のリスクは、決して軽いものではありません。

3 粉飾決算の民事責任リスク 
 会社が粉飾決算を行ったことで、銀行の判断に錯誤が生じて融資をした結果、融資額が回収不能になった場合には、会社だけでなく、粉飾決算に関わった取締役なども銀行に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
 また、会社が粉飾決算を行った結果、違法な剰余金配当が行われた場合には、違法に配当した利益に相当する額を取締役などが会社に対して賠償することとなります。
 これらの賠償額は、ときには多額になるリスクがあります。

4 粉飾決算を防ぐにはどうすれば良いか。 
 このように、粉飾決算が行われると、それに関与した取締役は、刑事上だけではなく、民事上も重い責任が生じます。
 さらに、粉飾決算が行われた企業であるという評判が広まると、取引先などからの評価が著しく低下するだけではなく、銀行などからも信用されなくなり、融資等に支障が生じるリスクがあります。
 そうなると、経営において致命傷となりかねません。
 粉飾決算を防止するには、日頃から不正な会計処理が行われていないかをチェックする体制を構築するとともに、社内の会計担当者が適切な会計知識を有していることが必要となります。

多重代表訴訟制度について

(質問)
 今回の会社法の改正で多重代表訴訟制度が導入されたと聞きました。
 これはどのような制度なのか教えてください。

(回答)

1 多重代表訴訟ってどういう制度? 
 多重代表訴訟は,今回の改正会社法で「特定責任追及の訴え」と定義されています。
 この制度は,最終親会社(会社が存在しない会社,つまり,グループの最上位の会社と考えると分かりやすいと思います。)の株主が,子会社の取締役に対して責任を追及できるものとなっています。もっとも,最終親会社の全ての株主が訴訟を提起できるわけではありません。
 また,全ての子会社の取締役等が訴えの対象となるわけではありません。
 訴えを提起できるのは,最終親会社の株主のうち,100分の1以上の議決権を有する者,または発行済株式の100分の1を保有する者です。
 公開会社であれば,株式を6カ月以上保有していることも条件となります。
 一方,責任追及の対象となる子会社は,簡潔に言うと,責任の原因となった事実が生じた日における株式の価値が最終親会社の総資産の5分の1以上になるところ限られます。これは,重要な子会社の取締役等が対象となることを意味します。

2 今までとどのように異なるの? 
 これまでも,株主の資格で取締役等の責任を追及する制度として,株主代表訴訟制度がありました。しかし,この制度のもとでは,原則として親会社の株主が子会社の取締役等の責任を追及することはできませんでした。
 そのため,親会社の業績に影響を及ぼすような子会社の取締役等の責任については,親会社自身が訴訟を提起しない限り,訴訟で責任を追及することが難しい状況でした。
 今回の改正によって,親会社の一定の株主が,重要な子会社の取締役等の責任を追及することができることになりました。

3 思わぬ訴訟提起のリスクが眠っているかも・・・ 
 訴訟提起することができる株主や対象となる取締役等が限定されているとはいえ,従来では提起できなかった訴訟ができるということは,それだけ訴訟を提起されるリスクが上昇したと考えるべきです。
 従来であれば訴訟を提起されることはないだろうと考えていたところ,訴訟を提起されて,巨額の賠償金を支払わなくてはならないこととなっては大変です。
 このようなリスクに備えるため,子会社の役員構成や役員賠償責任保険の被保険者の範囲について見直しをするべきです。
 また,子会社の取引が,最終親会社等にどのよな影響が生じるかについて慎重に検討していく必要があります。
 子会社の取締役等が適正な業務をこなしているかをこれまで以上にチェックするために,指揮命令系統を見直すことも有用だと思われます。

4 改正会社法に対応するために 
 今回,多重代表訴訟について説明しましたが,今回の改正で変わった点はこれだけではありません。
 子会社株式譲渡についての規制,会社分割における債権者保護の強化等,様々な点が変わっています。
 コンプライアンスの重要性は,既に周知されて久しいと思います。
 しかし,いくらコンプライアンスに気を付けていても,法律の改正を知らなかったばかりに法律に抵触していた,あるいは訴訟を提起されたなんてことになると大変です。
 改正された法律が施行されて間もない時期は,どのように対応すればいいのか分かりにくいかと思います。
 今回の会社法の改正に対して,どのような体制にする必要はあるのか,また,どのようなリスクが存在し,それに対してどのように対処すればいいのか等について悩まれた場合には,弁護士にご相談ください。

取締役会における利害関係

(質問)
 当社は、いわゆる非公開会社で、取締役会設置会社ですが、今般、株主Aが保有している株式を取締役Yに譲渡することになりました。
 3名の取締役の内1名が取締役会を欠席したので、Yともう1名の取締役で株式譲渡の承認決議を行いましたが、何か問題になるでしょうか。

(回答)

1 取締役会決議の方法 
 有効な取締役会決議の要件は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合には、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合には、その割合以上)が賛成することです。

2 特別の利害関係 
 ただし、決議に特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができません。
 特別利害関係取締役の数は、定足数・決議要件の数に算入しませんが、当該取締役に対する招集通知は必要であることに注意が必要です(東京地方裁判所昭和63年8月23日判決)。
 また、議長となっている取締役が特定の議題について特別利害関係を有する取締役に当たる場合は、当該取締役は議長にはなれないとされています(最高裁判所平成4年9月10日判決)。

3 特別利害関係取締役にあたるとされる例 
 ①譲渡制限株式の譲渡承認を受ける取締役
 ②競業取引・利益相反取引の承認を受ける取締役
 ③会社に対する責任の一部免除を受ける取締役
 ④代表取締役の解任決議における解任の対象たる代表取締役等

4 特別利害関係取締役にあたらないとされる例 
 ①代表取締役の選任決議における代表取締役候補者
 ②各取締役の具体的な報酬額の決定をする取締役会において、報酬を受けるべき取締役等

5 回答 
 Yは株式の譲渡承認を受ける取締役で、譲渡承認決議に利害関係を有することになるので、株式譲渡承認の議決に加わることはできません。
 しかし、Yがこの議決に加わっているので、貴社の取締役会決議には瑕疵があることになり、決議は無効になるので、改めて決議をやり直すべきです。

M&Aを行うに当たっての注意事項

(質問)
 当社はこの度、事業の拡大に向けて、同業のY株式会社を株式譲渡の方法で取得することとしました。
 当社は、このようなM&Aを行うに当たって、どのようなことに注意すれば良いでしょうか。

(回答)

1 中小企業もM&A 
 M&Aとは、mergers and acquisitions(合併と買収)の略です。
 M&Aというと主に大企業が行うものという認識は、もはや過去の話です。現在、企業の更なる拡大や、ノウハウなど知的資産の手っ取り早い取得、あるいは、親族に後継者がいない場合に事業を第三者に承継させるための手段として、M&Aは中小企業において、重要な経営戦略として認識されています。
  M&Aのスキームとしては、株式譲渡や事業譲渡などがありますが、手続が比較的容易な株式譲渡によるM&Aが多いようです。
 もっとも、比較的手続が容易とはいえ、さまざまな問題を考慮しなければならないのは、他のスキームと同様です。

2 株式の100%を譲渡できるか。 
 まず、貴社がY社の株式を100%保有できないと、少数株主対策で煩雑であるばかりか、将来貴社がY社をM&Aで売却しようとするときに支障になります。

3 株式の売買代金は合理的か。 
 株式の売買価格が賃借対照表の資産から負債を控除した純資産額であったとすれば、資産の評価が時価を反映しているかどうかが問題になります。 
 というのは、売掛金や在庫商品が水増しされていたり、機械設備等が適切に減価償却されていないリスクがあるからです。
 したがって、貴社は、自らが依頼した公認会計士にY社の財務デューデリジェンスを行ってもらう必要があります。逆に、Y社の方からすれば、賃借対照表に表われない資産(いわゆる知的財産)があれば、その評価の上積みを交渉することになります。
 貴社は、不動産等の目に見える資産だけではなく、Y社の人材の価値、従業員の管理体制にも注意する必要があります。

4 簿外債務はないか。 
 Y社において、従業員に残業代が支払われていなかったり、賃貸借契約の解約の際に原状回復義務があるなど、貸借対照表に表われていない簿外債務のリスクがあることに注意する必要があります。

5 M&Aにおける経営法務リスク 
 M&A仲介業者によりM&Aが実行された場合には、いわゆる成果主義のため、細かい点が十分に詰められないまま、M&Aが実行されてしまうリスクがあります。
 M&Aが締結された場合は、後で話が違うとか、もっと説明してほしかったと言っても、契約上はM&A仲介業者に損害賠償を請求しにくいことに留意する必要があります。

元取締役の従業員引抜き行為

(質問)
 当社の取締役が、この度、独立して新会社を設立することになりました。
 当該取締役が独立すること自体については問題ないのですが、その際に、当社のメインとなっている事業チームで働く従業員8名中6名を引き抜いていきました。
 このような引抜きに対して、当社はどのような対応をとることができるでしょうか。

(回答)

1 引抜きはどの会社でも起こり得る。
 組織の分裂や従業員の引抜きは、中小企業に限らず、上場会社でも起こり得ることです。
 特に、中小企業では、代表取締役がある部門の事業を特定の役員に丸投げに近いような形で任せていた場合などに、よくこのような相談を受けることがあります。
 チーム単位での従業員の引抜きが行われると、会社にとって場合によっては致命傷になりかねません。

2 従業員の引抜きは許されるのか。 
 従業員には、退職の自由及び職業選択の自由があるので、引抜きといっても、その態様が単なる転職の勧誘にとどまる場合には、直ちに違法になるわけではありません。
 もっとも、取締役には、会社に対する善管注意義務及び忠実義務があるところ、当該引抜きが善管注意義務又は忠実義務に違反するような態様でなされれば、同義務違反として損害賠償責任を負うことになると考えられます。
 かかる義務違反になるかは、引き抜かれる従業員の会社における役割、人数、引抜きが会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法などを考慮して判断することになります。

3 予防することが重要
 もっとも、損害賠償請求をすることができるとしても、これはあくまで事後的な対応であり、これによって損害を完全に払拭できることにはなりません。
 従業員の引抜きは、その従業員が重要な役割に就いている場合、会社の業績に直接影響するだけではなく、営業秘密の流出、職場の士気の低下など、さまざまなリスクを生じさせます。
 そこで、普段から従業員の引抜きの予防策を講じることが重要になります。予防策の例としては、代表取締役がすべての事業部門を事実上統轄するとか、特定の役員に事業を丸投げ的に任せないとか、就業規則等で退職後に競業行為を行うことを禁止したり、競業行為を行った役職員の退職金を減額する旨の定めを設けるとか、退職後に従業員の引抜行為をしない旨の誓約書を作成させること等が考えられます。
 ただし、これらの予防策の内容が従業員の職業選択の自由を不当に制限するようなものであってはならないことは、言うまでもありません。

4 回答 
 従業員の大量引抜きに対する事後的対応としては損害賠償請求が考えられますが、時すでに遅しといった感があります。
 貴社において、従業員の大量引抜きを行わせないための事前の方策としては、代表取締役の事業部門の統括等の予防策のほか、代表取締役をはじめ役職員が日頃から従業員などと十分なコミュニケーションをとることや、従業員の処遇改善やそれを通じての会社への忠誠心の向上等が必要となります。

競業避止義務について

(質問)
 この度,当社の従業員が退職を申し出てきましたが,当該従業員は当社において機密性の高い情報を扱っていました。
 当該従業員が同業他社に就職して,当社の機密情報が漏洩しては困るので,同業他社への就職を阻止したいと考えています。
 どのような方法をとればよいですか?

(回答)

1 競業を禁止する契約 
 在職中の従業員の場合,労働契約に付随する信義則上の義務として,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという義務を負い,その一環として同業他社へ就職してはならないという義務(競業避止義務)を当然に負います。
 これに対して,退職する従業員との関係では,労働契約がなくなりますので,労働契約に付随する義務としての競業避止義務を負っているとはいえなくなります。
 そのため,従業員に退職後も競業避止義務を負わせるには,労働者・使用者間の書面による個別合意といった特別の根拠が必要となります。
 そのため,ご相談のケースにおいても,退職労働者との間で,競業避止義務を負わせる契約を締結する必要があります。

2 個別合意があれば,万全か? 
 もっとも,個別合意さえあれば,問題なく退職労働者に競業避止義務を負わせることができるというわけではなく,さらに個別合意の有効性が吟味されます。
 というのも,競業避止義務は,企業秘密の保護等のためになされるものですが,他方で,労働者が生計を立てる手段を制限するものであり,職業選択の自由(憲法22条)を侵害する可能性があるからです。そのため,競業避止義務を負わせる合意が,労働者の職業選択の自由を不当に制限する場合には,その合意は無効とされることがありますので,注意が必要です。

3 合意の有効性の判断方法 
 競業避止義務を負わせる合意の有効性は,①当該従業員の地位・職務が競業避止義務を負わせる必要のあるものであるか,②対象業務(業種・職種)・期間・地域に鑑みて労働者の職業選択の自由を過度に制約していないか,③当該従業員が受ける不利益を補う代償措置があるかなどの事情を総合的に考慮して判断されます。
 裁判例の中には,代償措置が十分なされていれば,制限期間や制限地域が比較的広範であっても競業避止義務が認められるとするものもありますが,一般的には,期間については1年程度が限度ではないかと思われます。

4 競業避止義務の設定方法 
 以上のように,どのような合意であれば,労働者に対し有効に競業避止義務を負わせることができるのかの判断は,個別の事案によると言わざるを得ないところがあり,大変困難を伴いますので,弁護士にご相談の上で,競業避止義務を負わせる契約を締結することをお勧めします。