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敷金をめぐる法律問題②

(質問)
 私は現在借家住まいですが、転勤で引越しをすることになりました。
 住んでいた期間も短く修繕費もかからないと思うのですが、解約について大家さんに告げたところ、入居の際に差入れた賃料5か月分の敷金のうち、3か月分は敷引きとして差し引くことになると言われました。
 敷金は全額返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 敷引特約の問題点
 前回のコラムでは、敷金は未払い賃料や修繕費等を担保するためのものであること、いわゆる通常損耗の修繕費については、特約がない限り貸主負担であることをお話しました。
 もっとも、賃貸借契約においては、無条件に敷金の全部または一部を返還しない「敷引き」があらかじめ定められていることがあります。
 これについては、個人が消費者として賃貸借契約を締結する場合には、消費者契約法との関係で有効性が問題となります。同法10条は、信義則に反し一方的に消費者の利益を害する条項は無効であると定めているためです。

2 敷引特約の有効性
 最高裁は、敷引特約が消費者契約法10条によって無効となるかが問題となった事案で、敷引特約も一般的には有効であると判断しています。
 これは、①敷引金額が契約書に明示されている場合には、賃借人の負担については明確であること、②通常損耗等の補修に充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意をしている場合には、賃料には補修費用は含まないという合意があるといえるので、補修費用を二重負担することにはならないこと、③補修費用に充てるための金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止する観点からあながち不合理とはいえないこと等が理由とされています。

3 敷引きが無効となる場合
 敷引が契約の際に明示されていない場合、当事者間に敷引きの合意があるとはいえませんが、契約書に明示されていたからといって常に有効になるわけではありません。
 上記の最高裁判決では、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の有無及びその額に照らし、敷引金の額が高額過ぎる場合には、特段の事情のない限り、敷引特約は消費者契約法10条により無効となると判断しています。
 このように、消費者契約である賃貸借契約に付された敷引特約も原則は有効ですが、敷引額が高過ぎる場合には無効となり得ます。
 賃料の金額や礼金・更新料との兼ね合いもあり明確な基準があるわけではありませんが、上記の最高裁の事例では、賃料月額9万6000円で、敷引金額が賃料の3.5倍程度の敷引き特約を有効と判断していることが参考になります。
 敷金をめぐる問題は身近な法律問題ではありますが、敷引特約は地域によっても様々な慣習があり、意外と複雑な問題を孕んでいます。賃貸借契約書を作成する際などには、裁判例の傾向にも注意したいですね。

敷金をめぐる法律問題①

(質問)
 私は現在借家住まいですが、仕事の関係で他県に転居することになっています。
 部屋はきれいに使っていますので修繕は特に必要ないと思うのですが、差入れた敷金がきちんと戻ってくるか心配しています。
 また、敷金は家賃の2か月分でしたので、退去までの最後の2か月分の賃料を敷金から差し引いてもらうことはできるのでしょうか。

(回答)

1 敷金とは
 敷金とは、賃借人の賃貸人に対する賃料債務その他一切の賃貸借契約による債務を担保する目的で、賃借人から賃貸人に交付される金銭であって、賃貸借契約の終了する際に、賃貸人から賃借人に返還されるべきものとされています。
 このような性質の金銭であれば、名目が何であっても(保証金など、敷金とは異なる名称であっても)、法的には敷金となります。

2 敷金返還請求権は明渡し時に発生
 敷金は、明渡し時までに生じた賃借人に対する賃貸人の一切の債権を担保するものです。そのため、敷金返還請求権は、明渡し完了後に未払賃料や修繕費等を控除して残額がある場合にはじめて発生します。
 したがって、今回の相談のように、契約期間中(物件の明渡し前)に、賃借人の方から、未払いの賃料や修繕費などについて敷金から充当してもらうよう請求することはできません。
 一方で、敷金は賃貸人の債権を担保するものですから、契約期間中であっても、賃貸人の方から未払賃料や修繕費に敷金を充当することは自由です。
 なお、敷金返還請求権が明渡し時に発生するものである以上、賃借人は、敷金を返還するまでは物件を明け渡さないと主張することはできません。

3 敷金から差し引かれるもの
 賃貸借契約終了に際して、どのようなものが敷金から差し引かれることになるのでしょうか。この点、賃借人は善管注意義務、原状回復義務を負っていますから、賃借人が故意・過失で壊した設備の修繕費が敷金から控除されることは当然です。
 これに対して、通常の使用の範囲で生じる劣化や価値の減少(通常損耗)や経年劣化については、賃借人の原状回復の範囲には含まれないと解されています。
 目的物を使用することによって生じる通常損耗については、使用の対価として賃料を得ている賃貸人が負担すべきものだからです。
 したがって、通常の生活によって生じるような傷み、例えば、家具を置いていたことによるカーペットの凹み等については、その修繕費を敷金から差し引くことはできません。
 もっとも、原則とは異なる特約をすることも可能です。場合によっては、賃貸借契約書で、一定の範囲で通常損耗が賃借人の負担となっている場合がありますので、注意が必要です。

 

過労死対策―健康管理の重要性―

(質問)
従業員の過労死に関するニュースを目にすることがありますが、従業員の過労死を防止するためにはどのようにすればいいでしょうか。

(回答)

1どのような責任等が生じるの?
 従業員の過労死に関する痛ましいニュースが後を絶ちません。
 このようなことが起きてしまった場合、会社には、次のような責任が生じることが考えられます。
 まず、会社は、従業員に対して、従業員の生命・健康を職場における危険から保護するように配慮する義務である安全配慮義務を負っています。そのため、会社が従業員を不法に長時間労働させた結果、従業員に健康上の障害が生じて死亡してしまった場合には、安全配慮義務違反を原因とする損害賠償義務を負う可能性が考えられます。また、従業員を不法に長時間労働させていたとして、不法行為に基づく損害賠償義務を負う可能性も考えられます。会社がこれらの損害賠償義務を負う場合、事案にもよりますが、1億円を超える支払義務を負うことになる可能性が考えられます。
 会社が、労働基準法第36条に基づく時間外労働に関する労使協定に違反する残業をさせていた場合には、同条違反として、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金となる可能性も考えられます(労働基準法第119条)(なお、場合によっては、労働基準法第36条以外の規定にも違反するとして、某広告会社のように、前述の刑罰よりも重い刑罰が科せられることも考えられます。)。
このようなことになったことがマスコミ等で報道された場合には、会社の信用、評判などが著しく低下することになることが考えられます。

2 従業員の過労死を防止するにはどうすればいい?
 従業員の過労死を防止するためには、まず何よりも、長時間労働の対策を実施することが重要になります。そのための方法としては、次のようなものが考えられます。
 まず、時間外労働を許可制にすることが考えられます。許可制にする場合には、単に制度を設けておくだけではなく、実際に機能させることが重要になります。
 また、従業員が有給休暇を適切に取得することのできる職場環境の整備を行うことが考えられます。仕事の内容などによっては、有給休暇の取得が難しい場合も考えられますが、その場合でも、例えば、年度当初に有給休暇の取得を調整して取得日を決めていく方法などによって有給休暇の適切な取得を実現すべきです。
 もっとも、このようなことを実施しても長時間労働が発生する可能性も考えられます。そのような場合には、従業員に対して、産業医による面接指導を受けることを勧めることが考えられます。なお、労働安全衛生法では、月100時間を超える時間外労働を行っており、かつ、疲労の蓄積が認められる従業員から申し出があった場合には、当該従業員に対して面接指導を実施すべき旨が定められていますが、このような要件に該当しない場合であっても、長時間労働が発生している場合には実施すべきであると考えられます。

3 従業員の健康管理をしっかりと行うことが重要!
 従業員に成果を出してもらうには、その前提として従業員に心身共に健康でいてもらう必要があります。また,働き方改革においても、時間外労働の上限が議論されているなど、今後ますます時間外労働について考えていく必要があるところです。
 従業員の健康管理体制をどのように構築していくかなどについてお悩みの方は,弁護士などの専門家にご相談することをお勧めします。
 

eラーニングによる社員研修と労働時間

(質問)
 当社はこれまで、従業員の教育はすべてOJTで行ってきましたが、新人教育や管理職のスキル向上のために社員研修の導入を検討しております。
 とはいえ、講師を招いて研修を実施するまでの余裕はありませんので、eラーニングによる社員研修サービスの導入を考えております。
 動画を視聴することで研修の受講ができますので、インターネット環境のある従業員には、帰宅後や休日に受講してもらうことを想定しております。この場合、自宅などで研修を受講する時間に対して、給与を支払う必要があるのでしょうか。
 

(回答)

1 社員研修と労働時間の考え方
 労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます。
 会社の業務とは直接関係のない社外研修であっても、研修への参加が任意ではない場合には、使用者の指揮命令による拘束があるといえますので、労働時間に該当します。
 また、明示的な指示や命令がなくても、事実上、研修を受けないと不利益を課されることになる場合は、実質的には参加が強制されている(労働時間に該当する)と判断される可能性が高いといえます。
 そして、今回のようなeラーニングの受講についても、通常の研修への参加の場合と同様に、受講が義務付けられているかどうかによって異なります。
 任意の受講であれば、従業員の自己啓発を会社が支援しているだけですから、労働時間に該当しないことは明らかです。
 これに対して、あくまでも社員研修としてeラーニングの受講を義務付ける場合には、たとえ自宅などで視聴する場合であっても労働時間に該当すると考えられます。インターネットに接続できる環境さえあればどこでも受講できるため、場所的な拘束はありませんが、受講中他の行動が制限されることに変わりはないからです。
 そのため、就業時間外や休日での受講には、割増賃金の問題も生じます。

2 会社外でのeラーニング研修受講の注意点
 eラーニングは、スマートフォンやタブレット端末でも視聴することがきるため、場所を選ばず、スキマ時間や通勤時間を利用した研修の受講ができる等というメリットがあります。
 その反面、会社外での研修の受講については、本当に(まじめに)研修を受講したのかを確認することは難しいという問題があります。
 そのため、労働時間に該当する社員研修として実施するのであれば、レポートを提出させたり、原則として会社内で就業時間中に受講させることなどが考えられます。自宅等での受講については一定の要件の下に事前の許可制にすべきでしょう。
 逆に、労働時間としない取扱いをする場合は、強制ではなく任意の形にしなければなりません。あくまでも受講を“推奨する”にとどめ、任意であることを明示すべきです。また、eラーニングの受講と人事評価を結びつけないようにする必要もあるでしょう。    

継続的契約と解除の制限について

(質問)
 当社は製造業を営んでおりますが、この度、材料の仕入れ先の一部を変更しようかと考えています。ただ、これまで取引している会社とは、前の社長の代から30年以上にわたって取引を続けていることもあり、契約終了について簡単に納得してもらえそうにありません。
 このような場合、法律上、契約を一方的に終わらせることはできるのでしょうか。補償金などを支払う必要はあるのでしょうか。

(回答)

1 継続的契約の法理 
 契約の解除や違約金については、契約の条項がどのようになっているのか、まず契約書を確認する必要があります。
 もっとも、契約で解除条項や契約期間が定められていても、長期間にわたって継続することを予定した契約については、解除や更新の拒絶が制限されることがあります。
 これは、学説や裁判例で認められているもので、継続的契約の法理などと呼ばれることがあります。
 具体的には、信頼関係が破壊されたと客観的に認められる等の「やむを得ない場合」でないと契約の解除・更新拒絶ができないとする考え方や、原則として契約条項にしたがった解除・更新拒絶ができるが、例外的に信義則に反すると認められる場合は制限されるとする考え方があります。
 また、契約の終了には一定の予告期間(又はそれに代わる損失補償)を必要とするという考え方もあります。
 法律に明文の規定はなく、学説や裁判例も分かれているため、実務的に統一的な基準がないのが実情です。
 

2 どのような場合に解除が制限されるか
 継続的契約といってもその内容は様々ですので、解除が制限されるか否かについては、当該契約の内容や保護の必要性に応じて個別的に判断されることになります。
 契約期間が長期であるというだけで制限されるわけではなく、一方当事者が契約の継続を前提として多額の設備投資をしたり、当該契約に依存している等の諸般の事情から、契約の一方的な解除を認めることが信義則に反するといえるかがポイントとなってきます。
 本件でも、単純な売買契約を長期間繰り返してきたというだけでは、解除が制限されることにはならないと考えられます。
 

3 解除の際の補償金
 継続的契約の解除が制限される場合でも、未来永劫その契約を続けなければならないということにはなりません。結局、裁判等で争われた場合には、契約終了までの一定の予告期間を置くか、それに相当する損害賠償が必要という判断になるでしょう。
 裁判例をみると、予告期間は、長い場合でも1年間程度ものが多い印象です。
 下級審の裁判例ですが、海外のワインメーカーとの間で18年間にわたって当該メーカーのワインを独占的に輸入・販売することを内容とする販売代理店契約を締結していた事例では、1年間の予告期期間をおくべきと判断されています。
  
 今回のような継続的契約の解除の問題は、個別具体的な検討が必要であり、一般論では語れない部分があります。もっとも、ありふれた問題でありながら、法律に明文がない論点ですので、相談を受けた際などには注意が必要です。
  

騒音被害と受忍限度について

(質問)
 先日,騒音を注意しようとした男性に自動車を衝突させるなどして殺害しようとしたとして,ある女性が逮捕されたというニュースを聞きました。
 騒音被害と受忍限度について教えてください。

(回答)

1 増加する騒音問題
 騒音が原因で,殺人未遂容疑という,非常に重大な罪名での逮捕者が出たことに大変驚きました。
 近隣トラブルにおいて,騒音はよくある原因です。最近では,保育園の騒音も近隣トラブルの原因となっているようで,逮捕者もでているようです。ある男性が,園児を迎えに来た保護者に手斧を見せ,地面に数回振り下ろすなどして脅迫したとして,暴力行為処罰法違反の疑いで逮捕されているのです。
 働く女性を支援すべく保育園の設置は急務ではありますが,近隣住民の反対などを受けて保育所開設を断念した事案もあるようで,保育園と騒音は,非常に興味深い議題です。
 そこで,今回は,どのような場合に,そもそも騒音が違法となるのかについて考えた上で,保育園の騒音をめぐってなされた訴訟につき,裁判所がどのように判断をしたのか,ご紹介したいと思います。

2 受忍限度論
 まず,ある人が騒音を出したからといって,直ちに違法となるわけではありません。日常生活において,一定の騒音というものはつきものであり,騒音の全てを違法と言ってしまっては,日常生活を送れなくなります。
 そこで,「受忍限度」を超えた騒音のみが,他人の権利を侵害したとして違法と評価されます。この受忍限度を超えているか否かの判断は,侵害行為の態様,侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等の比較検討,地域環境,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,被害防止措置の有無とその内容,効果等の諸般の事情を総合的に考慮して決定されます。

3 受忍限度の基準の具体例
 先の基準を少し敷衍いたしますと,次のようになります。
 まず,侵害行為の態様は,騒音を発生させている行為の具体的な内容,騒音の性質,発生の頻度や発生時間帯,継続時間、継続期間等が考慮されます。
 また,被侵害利益の性質と内容は,例えば,被害者が難聴を発症する等の被害者に身体的変調が発生すると,受忍限度を超えたと認められやすくなる傾向にあります。他方,被害を裏付ける証拠がない場合や,証拠があっても具体性に欠ける場合には,受忍限度内とされることがあります。
 更に,地域環境としては,元々の周辺環境のいわゆる騒音レベルが高い場合は,受忍限度の判断は,被害者側に厳しいものとなるとされています。
 また,加害者が被害者から苦情を申し立てられたにもかかわらず,加害者が真摯に対応しなかった場合や,騒音や振動を容易に防止できる措置があったのにそれを講じなかった場合は,加害者に不利に判断される傾向にあります。

4 騒音トラブル訴訟の具体例-保育園の騒音
 では,具体例として,保育園の騒音をめぐって訴訟になった事例を見てみましょう。

 【事案】
  訴訟を起こした男性は,その男性宅の南側敷地から約10メートル離れた距離に保育園北側敷地があるという位置関係でした。  男性は,本件保育園が開設される前に勤めを終えており,1日を自宅で過ごすことが多かったようです。
  他方,本件保育園は,定員数が概ね120名であり,開園日が月曜から土曜まで,保育時間は,通常保育が午前8時から午後5 時半まで,特例保育や延長保育を併せると,午前7時から午後7時までとなっていました。本件保育園は,近隣住民との間で,複 数回にわたり協議を重ね,近隣住民の意見を踏まえて,防音壁を設置する等の工事をしていたようです。
  男性は騒音の測定を行ったのですが,その結果は,園児が園庭で遊んでいるとき等の騒音が,市の騒音基準を上回るというもの でした。なお,市の騒音基準は,私人間の騒音トラブルに直接適用するための基準ではなかったのですが,裁判例では参考になる と言われています。

 【判断】
  このような事例につき,裁判所は,次のように判断をしました。
  確かに,男性宅の騒音レベルは,「騒音基準を上回るものである。また,被告は,日曜及び祝日を除くほぼ毎日,特例保育及び 延長保育時間帯を除いた午前8時から午後5時半までの通常保育の時間内で園児を園庭で遊戯させていることからすると,昼間の 時間帯において…騒音が原告の生活空間に流れ込むこととなり,一日の大半を原告宅で過ごすことの多い原告にとってみれば,その 影響は決して小さくないものといい得る。」
  ただ,「受忍限度を超えるか否かの判断においては,当該騒音が被侵害者に対して及ぼす影響の程度を検討すべきであって,そ の及ぼす影響の程度は,騒音源である敷地の境界線で測定された騒音レベルに加え,騒音源と被侵害者の居宅との距離,騒音の減 衰量等をも踏まえて検討するのが相当である。」とし,右諸点を考慮した結果,「直ちに,本件保育園からの騒音レベルが受忍限 度を超えているということはできない」としました。
  その上で,「本件保育園から発生する騒音は,主に園児が園庭で遊戯する約3時間であって,通常保育の時間(午前8時から午 後5時半まで)において断続的に発生するものではなく,原告において環境基準が前提とする昼間の時間帯の屋内騒音レベル45d Bを下回る騒音レベルを維持することを必要とする特別の事情があるとは認められない上,被告は,本件保育園の設置に際し,本 件保育園の近隣住民に対する説明会を1年ほどかけて行い,その間,本件保育園から生じる騒音の問題に係る原告を含めた近隣住 民からの質問・要望等に対して検討を重ね,既設の保育園で測定した騒音結果から本件保育園の騒音の推定値を算出した上で,遮 音性能を有する本件防音壁…を設置し,一部の近隣住民に対して被告の負担において二重サッシに取り換えることを提案・合意する などして騒音対策を講じるよう努めてきたこと,最終的に原告とは折り合いがつかなかったものの,被告側から原告宅敷地境界線 における防音対策による問題解決の提案がされたこと」を認定し,男性の請求を棄却しました。

4 まとめ
  今回は,保育園の勝訴となっていますが,その騒音レベルや保育園の対応次第では,違法となった可能性も否めません。
  通常の生活においては,騒音は,お互い様という面もありますので,互いによく話し合い,注意をして,良好な関係を築きたい ものです。

自宅待機と労働時間について

(質問)
 当社では、緊急の顧客対応などに備えて、従業員に対して対体制で休日の自宅待機を命じております。そして、呼出しにより出動があった場合にのみ賃金を支払うこととしております。
 しかしながら、この度、社内で、待機を命じている以上は出動がなかった場合でも賃金を支払う必要があるのではないかという議論が生じました。
 法律的には、自宅待機に対して賃金を支払う必要があるのでしょうか。

(回答)

1 自宅待機は労働時間ではない
 待機時間に対して賃金を支払う必要があるのか否かは、待機をしている時間が法的にみて労働時間といえるか否かという問題です。
 ここで、労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいうと解されています。そうすると、会社の指揮命令権に基づいて自宅待機を命じられている以上、待機時間は労働時間に該当するようにも思えます。
 しかしながら、急な呼出しに備えた待機時間といっても、自宅待機の場合には、実際に呼び出されない限り、基本的にどのような過ごし方をするかは労働者の自由です。
 そのため、基本的には自宅待機の時間は労働時間には当たらないと解されています。
 確かに、呼出しがある場合に出勤できる場所にいなければならないことや、外出する際は連絡用の携帯電話を持つ必要があること等の一定の制限はありますが、そのことのみでは、使用者の指揮命令が及んでいるとまでは評価されないのです。

2 待機時間が労働時間に該当する場合
 自宅待機の場合は基本的には労働時間には当たりませんが、緊急の場合の待機時間がすべて労働時間に該当しないというわけではありません。
 場所的拘束や行動の制限の程度、業務と待機時間との関連性等の事情を総合的に判断して、使用者の指揮命令が及んでいるといえれば、労働時間に該当することになります。
 裁判例では、24時間勤務でビルの警備・設備運転保全業務を行う会社における労働者の仮眠時間について、労働時間性が認められたものがあります。この事案では、事業所内での待機である上、警報が鳴った場合は設備の補修等の作業を要することから、実作業に従事していない時間も含め全体として従業員が使用者の指揮命令下に置かれていたと判断されています。

3 待機手当について
 自宅待機の時間が労働時間に当たらない以上、今回のケースでも賃金を支払う必要はありません。
 もっとも、従業員の休日の過ごし方について一定の制約を課すことになるため、自宅待機命令の実効性を担保する趣旨で、一定の手当を支給することは有益です。
 待機手当の額について決まりはありませんが、2,000円~3,000円程度が一つの目安でしょう。
 宿・日直の許可基準として、手当の額が1日の平均賃金の3分の1を下らないこととする行政通達があることから、1日の平均賃金の3分の1を上限にして待機手当の額を設定するもの一つの方法かと考えます。
 

改正個人情報保護法のポイント

(質問)
 個人情報保護法が改正されたそうですが、ポイントを教えてください。

(回答)

1 個人情報保護法とは
 個人情報保護法は、個人情報の適正な取扱い等を目的として制定されており、平成29年5月30日から改正法が施行されています。
 まず、個人情報とは、法律上、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により、特定の個人を識別することができるもの及び個人識別符号(その情報だけで特定の個人を識別できる文字、番号、記号、符号等であって、例えば、DNAや指紋、マイナンバー等があります。)をいいます。
 この個人情報の適正な取扱いをすべき者が、「個人情報取扱事業者」です。
 この個人情報取扱事業者については、旧法下では、いわゆる5,000人要件という例外が設けられていました。即ち、データベース化された個人情報を5,000人分以下しか扱っていない者は、個人情報取扱事業者の定義から外されていたのです。しかし、この度の法律改正により、この5,000人要件が撤廃されましたので、保有する個人情報の数に限らず、個人情報データベースを事業の用に供している者はすべて個人情報取扱事業者として、個人情報保護法上の義務を負うこととなりました。

2 個人情報の取得・利用
 まず、個人情報取扱事業者は、個人情報を取得する際は、その利用目的を特定し、その目的の範囲内で利用しなければなりません。また、その利用目的は、あらかじめ公表するか、又は事後的に利用目的を本人に通知しなければなりません。
 ところで、個人情報保護法の改正により、「要配慮個人情報」という概念が設けられました。要配慮個人情報とは、不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに配慮を要する情報として、法律、政令、規則に定められた情報をいい、例えば、人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴等をいいます。この要配慮個人情報については、その取得に際して、利用目的の特定、通知又は公表をすることに加え、あらかじめ本人の同意を得ることが必要とされました。

3 個人情報の保管
 次に、個人情報取扱事業者は、取得した個人情報が漏洩等しないように必要かつ適切な措置を講じなければなりません。ただ、この安全措置は、小規模な事業者にとっては大きな負担となることがあります。そこで、従業員の数が100人以下の中小規模事業者については、特例的な対応方法が呈示されています。

4 個人情報の提供
 個人情報取扱事業者が、個人データ(個人情報データベース等を構成する個人情報)を第三者に提供をする場合には、あらかじめ本人の同意を得ることが原則として必要です。そして、個人情報取扱事業者が、個人データを第三者に提供した場合、逆に第三者から個人データの提供を受けた場合は、一定事項を記録することが必要です。これは、名簿業者等が介在し、違法に入手された個人データが社会に流通しているという実態を受け、個人データの適正な第三者提供を行うためです。

5 開示請求等への対応
 最後に、本人が、個人情報取扱事業者に対して、保有個人データ(個人情報取扱事業者が開示や内容の訂正、追加又は削除などを行う権限を有する個人データのうち、6か月を超えて継続利用するもの)の開示を請求した場合は、個人情報取扱事業者は、それに対応する義務が生じます。

家族信託を用いた社長の判断能力低下への対策

(質問)

(回答)

1 信託とは
 信託とは、委託者が信託契約によってその信頼できる人(受託者)に対して、金銭や土地などの財産を移転し、受託者は委託者が設定した信託目的に従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理・処分などをする制度です。

2 信託の手続き
 株式を保有している社長に十分な判断能力があるうちに、後継者と信託契約を結び、自社株式を後継者に信託します。
 株式を託された後継者は受託者になり、株式の議決権は受託者が行使できます。
 そうすると、社長が認知症になって判断能力が無くなっても、受託者である後継者が株式の議決権を行使できるため、会社経営に支障を来たしません。
 また、信託契約を組んだときに、社長を受益者にして委託者と受益者を同一人物にしておけば、贈与税はかかりません。
 そして、将来、社長が亡くなったときは、信託を終了して残余財産である株式を後継者が取得する旨を定めておけば、遺言書の代わりにもなります(いわゆる遺言代用信託)。
 なお、経営者が亡くなっても信託を終了させないことにより、相続による議決権の分散化を防止するための活用方法もあります。

3 回答
 自社株式の家族信託は、経営者の認知症対策や相続による議決権の分散化防止などに活用できるといえます。

訴訟の提起で懲戒に?ー弁護士の仕事って何?ー

(質問)
 以前新聞で、とある訴訟を提起した弁護士が提訴が問題だったという理由で懲戒審査にかけられたという記事を見ましたが、こういったことはたまにあるのですか?

(回答)
 

1 事件の概要
 アダルトビデオ出演を拒否した20代の女性に所属事務所が約2400万円の損害賠償を求めた訴訟をめぐり、日本弁護士連合会(日弁連)が、所属事務所の代理人を務めた60代の男性弁護士について「提訴は問題だった」として、「懲戒審査相当」の決定をした。
 懲戒請求を行ったのは、男性弁護士や女性と面識がない男性。所属先の弁護士会では提訴は正当とされたが、その後男性は日弁連に異議を申し立て、日弁連が所属先の弁護士会での決定を取り消し、懲戒審査となった。
 

2 弁護士の仕事とは
 弁護士の立場から言わせてもらうと,もし懲戒処分が下ったら非常に憤りを感じます。弁護士っていうのはあくまで依頼者の代理人なんです。国民が持つ「裁判を受ける権利」を代理し,裁判所に判断を求めるのが弁護士の仕事なんです。
 もし提訴や訴訟内容を理由に懲戒されるリスクを弁護士が負うようになり,依頼者に善悪を求めるようになったら悪人は弁護士を雇えないということになりますよね。これでは憲法違反になってしまいます。
 たまに,「弁護士は,有罪だなと思っている依頼者でも無罪を主張するんですか?」という質問をされることがあります。
 全ての弁護士がそうという訳ではないと思いますが,私は,有罪だなという場合,後々辻褄が合わなくなってもいけませんので,私自身納得できない旨を伝えて,問題点についての説明を求めます。その説明も納得がいかないときは,さらにその旨を告げて,且つ裁判所を説得するのは難しいことを説明します。それでも依頼者が無実を主張する場合は,私は辞任しますね。
 

3 弁護士はなぜ犯罪を犯した悪人の弁護をするのか
 悪人かどうかはともかくとして,たまにそのような問いかけを受けます。
 まず,弁護しているその人が本当に犯人かは裁判を通じて初めて決まることです。犯人扱いされた人が実は無実だったという冤罪事件はたまにあります。なので,本当は犯人ではない事実を裁判で明らかにするために,弁護士による弁護活動が必要になります。
 もっとも,そうした冤罪事件はかなり例外で,多くの場合は間違いなく犯人でしょう。  
 しかし,そのときでも,その人が罪を犯すにはそれなりの事情があり,そうした事情や,十分反省していることなどを裁判で明らかにし,過重な処罰を受けないようにすることも大事です。凶悪犯罪を犯したとして社会全体から厳しい非難を受けている人にこそ,唯一の味方ともいうべき弁護士の弁護が必要なのです。
 

4 今回の懲戒問題の今後について
 「弁護士職務基本規程」では一定の制限が設けられています。
 
 弁護士職務基本規程(2005年4月1日施行)
 (不当な事件の受任)
 第三十一条
 弁護士は、依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに不当な事件を受任してはならない。

 今後,提訴自体が懲戒対象になっていくのか,それはどういった基準なのか,とても興味深いです。