投稿者「kobayashi」のアーカイブ

業績悪化を理由とする賞与の引下げや不支給の可能性

(質問)
 当社は、就業規則において賞与制度を定め、従業員に対して毎年2回賞与を支給してきました。しかし、近ごろは業績が悪化しており、今般、次回の賞与の支給額を引き下げるか、不支給とすることを検討していますが、可能でしょうか。

(回答)

1 賞与支給の根拠
 賞与支払いの根拠は、個別の労働契約に求められ、労働契約、就業規 則又は労働協約で賞与についてどのように定められているかによって、賞与がいつ、いくら支払われるかが決まることになります。

2 賞与請求権の有無
 賞与について、労働協約、就業規則又は労働契約の規定により、支給時期及び支給等額が決まっている場合は、労働者は使用者に対し、賞与請求権を有することになります。
 また、長年、一定の支給時期及び支給額に基づいて賞与が支払われてきて、賞与支給の労使慣行が確立していると考えられる場合も労働者が賞与支給権を有すると考えられます。

3 賞与の引下げ・不支給の可否
 例えば、貴社の就業規則で、「賞与は毎年6月1日及び12月1日に月額基本給の2か月分を支給する。」と規定されていれば、労働者は支給時期が到来すれば就業規則の定めに基づき賞与請求権を取得することになります。
 したがって、貴社が支給額を引き下げるか又は支給しないと考えた場合、労働者の同意を得るか、就業規則の不利益変更をする必要があることになります。
 また、就業規則で、「賞与は、会社の業績等を考慮して毎年2回支給する。」と規定されていれば、労働者には賞与請求権が発生せず、貴社は、従前の支給額から減額して支給しても差し支えないことになります。
 さらに、就業規則で、「賞与は、会社の業績等を考慮して支給することがある。」と規定されていれば、貴社は不支給とすることも可能となります。

4 回答
 以上のように、貴社が、業績悪化を理由に、賞与の支給額を減額したり、不支給としたりすることができるかどうかは、賞与支給の根拠となっている労働契約、就業規則又は労働協約で賞与に関してどのように定められているかによって結論が変わることになります。
 したがって、貴社としては、この点を意識して、賞与制度を定める必要があるといえます。

懲戒解雇をした従業員に対して退職金支払義務はあるか。

(質問)
 当社には、従業員が懲戒解雇になった場合には、退職金を支払わないという退職金規程があります。
 従業員Yは業務上横領を行ったので、当社は懲戒解雇を行いましたが、退職金支払はないと考えてよろしいですか。

(回答)

1 懲戒解雇イコール退職金不支給で良いか。
 中小企業の経営者からすると、従業員が業務上横領といった大それた犯罪を犯した以上、退職金など支払えるはずはないと言いたいところです。
 しかし、退職金には、功労報償的性格と賃金の後払い的性格があるとされており、懲戒解雇の事由があったとしても、退職金の全額を不支給とすることができるのは、Yがそれまでの長年にわたる勤続の功を抹消してしまう程の著しく信義に反する行為があった場合に限られると考えられています。
 したがって、仮に懲戒解雇が有効であってもなお、退職金不支給の適法性が問題となります。

2 退職金不支給の適法性
 長年にわたる勤労の功を抹消してしまう程の不信行為に当たるかどうかは、懲戒事由の内容、背信性の程度、会社が被った損害の内容、程度、在職中の勤務状況、退職金の賃金の後払い的性質の強さ等を総合的に考慮して判断されることになります。

3 退職金に関するリスク管理
 企業は、ご質問のように従業員が横領等の非違行為を行うリスクに備えて、退職金の全額又は一部を不支給とする退職金規程を整備すべきです。
 また、ご質問に関連して言えば、従業員の退職後に横領の事実が発覚するようなリスクに備えて、退職金支払い期限を不正行為などの発見のための調査期間を置いて退職後数か月に設定しておくことや、退職金支払い後に懲戒解雇理由などが発覚した場合に備えた支払い済みの退職金の返還規定を置くことが必要になってきます。
 このように、就業規則には、中小企業がさまざまなリスクに備えてそれをヘッジするために必要なことを規定していないと、中小企業の希望や目的がかなえられないことがあることに留意すべきです。

4 回答
 貴社は、就業規則に懲戒解雇事由があった場合に退職金を支給しないという規定を設けていれば、Yに対し退職金の全額又は一部を支給とすることができると考えられます。

建物建設業者の地盤沈下に対する責任

(質問)
 当社はある不動産業者と建物建設請負契約を締結し、契約どおりに建物を完成させました。その建物は、その不動産業者が建売住宅として土地とともに顧客に販売しました。
 ところが、顧客が住み始めてしばらくして、土地が沈下し始めるというトラブルが発生しました。その顧客は当社に責任があるとして、土地の補強工事を要求してきています。
 当社は不動産業者に言われたとおりに建物を建てただけで、土地の造成や工事は別の造成業者が行っています。また、当社は当該土地が傾斜地に造成されたものということしか知りませんでした。
 それでも当社は責任を負わなければならないのでしょうか。

(回答)

1 土地の沈下による建物建設業者の責任
 ご質問のケースにおいては、建売住宅を顧客に売った不動産業者、及び土地の造成工事を行った造成業者が、顧客に対して法的責任を負うことは明らかです。
 問題は、それに加えて、土地上に建物を建てたにすぎない貴社までもが責任を負うか否かということになります。
 類似のケースにおいて、貴社と同様の立場にある建築業者の責任を認めたものがあります(京都地方裁判所平成12年10月16日判決)。
 この裁判例においては、建物を建てようとする土地が「傾斜地を切り開いて造成された盛土地盤」であり、建築業者は「性質上(土地の)支持力の弱さが容易に予見でき」たことが重視されています。
 したがって、貴社の責任を図る上では、貴社が建物を建てるに際し、当該土地の性質をどのように認識していたかが重要なポイントとなり、貴社が当該土地は傾斜地を造成した土地であるなどと認識していた場合には、たとえ貴社が土地の造成に関与していなくても責任を問われる可能性が高いと言えます。
 なお、上記裁判例においては、地盤を補修するための工事費、顧客の一時移転費用、弁護士費用の賠償として1,000万円以上の賠償請求が認められました。
 以上より、地盤に問題がありそうな土地に建物を建てる際は、たとえ建物建築のみを請け負っているとしても、建物建設工事に入る前に土地についての慎重な調査が必要です。

2 当然尽くすべき基本的な注意義務とは
 建物建築業者のみならず、何か契約関係に入ろうとする場合、企業は、当然尽くすべき注意すべき注意義務違反が後で問題にされるリスクがあることに、注意する必要があります。
 契約関係は、単に契約書に記載されていることを文言どおりに履行しただけでは足りず、信義則とか予見可能性といったことが要求されることがあり、それ故、企業といえども、経営法務リスクマネジメントの観点から、社会から期待されることを誠実に行っていく必要があると考えます。
 ご質問のケースでは、貴社は、土地が傾斜地に造成されたものということを知っていた以上、土地の沈下が容易に予見できたとして損害賠償責任を追及されるリスクがあります。
 

反社会的勢力による不当要求への対応

(質問)
 当社の商品に欠陥があったとして、とあるお客様が軽い怪我を負ってしまいました。運が悪いことに、そのお客様は反社会的勢力の一員であり、それ以後頻繁に当社へ来られ、「誠意を見せろ。1000万円払え。」等脅迫めいた事を言われています。
 当社はどのように対処したら良いのでしょうか。

(回答)

1 反社会的勢力による不当要求
 反社会的勢力による不当要求については、①接近型と②攻撃型に分類されます。①接近型とは、反社会的勢力が、機関紙の購読要求、寄付金や賛助金の要求、下請け契約の要求を行うなど、「一方的なお願い」あるいは「勧誘」という形で近づいてくる場合をいいます。これに対し、②攻撃型とは、反社会的勢力が、企業のミスや役員のスキャンダルを攻撃材料として公開質問状を出したり、街宣車による街宣活動をしたりして金銭を要求する場合や、商品の欠陥や従業員の対応の悪さを材料としてクレームをつけ、金銭を要求する場合をいいます。

2 事実関係の整理、証拠の収集
 ご質問のケースでは、貴社は、現時点での情報に基づき、事実関係や証拠の整理を行う必要があります。
 ①相手方に関する情報(氏名、住所、取引の有無、反社会的勢力の属性)
 ②要求内容に関する情報(具体的な要求があるのか、害悪の告知があるのかなど)
 ③要求経緯に関する情報(貴社に非があることから発生しているものかなど)
 相手方とのやり取りに際しては、記録化が重要で、録音・録画も一つの方法ですが、面前で具体的な言動についてメモをとることは重要です。

3 警察等への連絡
 相手方が反社会的勢力である場合や、生命・身体・財産等に何らかの危険性がある場合には、直ちに警察に相談をし、場合によっては警備要請を行います。

4 謝絶の意思を表明する。
 不当要求行為に対しては、毅然として謝絶の意思を表明することが重要です。仮に、従前の経緯において当方側に何らかの非があるという場合、非がある部分について謝罪すべきだと考えるとしても、その先にどういう要求が続くのかが見えないところがあります。
 謝罪する部分は明確にして謝罪し、それ以外は具体的な場面ごとに毅然と対応していくべきです。対応に際しては、弁護士に依頼し、弁護士名での内容証明郵便による通知を送ることも検討すべきです。

5 仮処分手続の利用
 ケースによっては、街宣活動禁止の仮処分、架電禁止の仮処分、面談要求禁止の仮処分、立入禁止の仮処分を検討する必要があります。

6 まとめ
 執拗な電話や文書の送付、支店への頻繁又は長時間の来店、街宣車で街宣行為を行うこと等の不当要求には、要求内容の整理を行った上で毅然として対応すべきですが、事前に警察に相談するほか、仮処分手続等を検討することになります。

顧客への説明不足による損害賠償リスク

(質問)
 当社は住宅会社ですが、隣家との距離が近く、日照時間の説明について説明が十分でなかったとして、顧客から契約の解除と損害賠償を要求されています。
 担当者は口頭できちんと説明したと言っていますが、当社としてはどのように対応すればいいでしょうか。

(回答)

1 説明義務違反の裁判例
 宅建業者であるA社及びB社が、土地の売買契約において、当該土地のみでは接道義務を満たしておらず将来的に建て替えが不可能であったことを買主に何ら説明していなかったことをもって説明義務違反を認定して、約1,700万円の損害賠償を認めたものがあります(千葉地方裁判所平成23年2月17日判決)。
 また、宅地建物取引業者が専有部分内に設置された防火扉の操作方法等について買主に対して説明を行っていなかったという説明義務違反により、当該業者に約900万円の損害賠償を認めたものもあります(東京高裁平成18年8月30日判決)。
 このように、企業は、説明義務違反をもって多額の損害賠償が認められるリスクがあることに注意する必要があります。

2 対応策
 契約締結段階において、どのような事実について説明すべきかを検討し、必要十分な説明を行った後、説明を行った旨の書面に相手方に署名・押印してもらうことが必要です。
 企業の従業員は、顧客に対する説明はもとより、クレーム対応等も含め、さまざまな面で交渉を行うものと考えられます。
 そこで、後々、言った、言わないのトラブルになりそうなケースについては、書面を交付するとか、メールでやり取りをするとか、ケースによっては、録音しておくといった交渉の記録化が必要になります。
 ちなみに、録音は相手に無断で行っても差し支えありませんし、民事裁判でそのような録音の反訳文を証拠として提出することもあります。
 貴社は、担当者が顧客に日照時間について説明したかどうかという点について争われること自体が大きなリスクとなってしまいます。 
 仮に、顧客の言い分が認められて、訴訟において解除等が認められてしまうと大きな財産的損害と信用の低下につながるからです。
 貴社とすると、顧客に対して、重要な点を説明するときは、文書にして手交するなどのリスクヘッジを行うべきです。

就業規則における退職届の規定

(質問)
 当社では、就業規則において、従業員が退職する場合には、遅くとも1か月前までに退職届を提出するように規定しています。
 しかし、先日、従業員Yから、退職する場合は2週間前までに言えば良いから2週間後に退職すると言われました。
 当社はどう対応すれば良いのでしょうか。

(回答)

1 退職に関する民法のルール
 期間の定めのない雇用契約の場合、労働者はいつでも雇用契約の解約の申入れをすることができ、申入れから2週間で雇用契約が終了するものとされています(民法第627条第1項)。
 しかし、一定の期間によって賃金を定めた場合には、雇用契約の解約は次期以後にすることができ、解約の申入れは当期の前半にしなければならないとされています(同条第2項)。例えば、月給制で、給与の締日が月末の場合には、当月の15日までに退職の申し出があれば当月末に契約が終了し、16日以降の申出であれば翌月末に契約が終了することになります。
 ちなみに、有期雇用契約については、期間途中の労働者からの雇用契約の解除は原則として認められないことになります。

2 退職の予告期間についての特約の有効性
 就業規則には、必要的記載事項として、退職に関する事項を定めなければなりません。
 では、就業規則によって上記のような民法の規定を修正することはできるでしょうか。
 この点、民法第627条第1項は使用者にとっては強行法規であり、退職の猶予期間の延長はできないとの見解が有力です。下級審の裁判例ですが、退職の予告期間を1か月前とする就業規則の変更は無効であると判示した事例もあります。
 一方で、就業規則で民法と異なる定めをした場合には就業規則が原則として優先され、予告期間の延長が極端に長いときは公序良俗違反で無効となるとの考え方もあり、見解が分かれているところです。

3 合意退職に関する定め
 貴社は、退職とは別の合意退職の手続として、退職希望日の1か月以上前に退職届を提出し、会社がこれを承諾した場合に退職が認められることなどを就業規則に定め、これを原則的な取扱いとすることも考えられます。
 しかし、この場合も、従業員は2週間前の予告をもって退職を強行してくるリスクがあります。

4 対策
 ご質問のケースのように、退職の予告期間を1か月としている就業規則の例はよく見られるのですが、法的には無効と判断されるリスクがあります。
 貴社は、1か月の退職の予告期間に対して、貴社の説得にもかかわらず、あえて異を唱えるようなYには、あまり円滑な業務引継の期待を抱かない方が良いかもしれません。
 Yには、せめて2週間の間にできるだけ業務引継を行ってもらい、会社としての被害を最小限に食い止める方法を検討すべきです。

労働条件の不利益変更の注意点

(質問)
 当社は、経営状況が悪化しているため、退職金規程を現在の3分の1程度の退職金に変更することとしました。
 これに伴い、当社は、全従業員から、退職金規程の変更に対する同意書を取得しました。
 しかし、当社は、従業員に対して、退職金規程の変更の具体的な理由や内容などに関する説明を十分に行っていません。
 この場合、同意書を取得したので問題ないと考えて良いでしょうか。

(回答)

1 書面による明示の同意が必要
 賃金、退職金などの重要な労働条件を変更する場合、従業員の同意を得るべきであるのは言うまでもありません。もっとも、その同意について、同意書のような客観的な証拠がないと、後になって同意の有無が争われた際、従業員の同意がなかったと判断されるリスクがあります。
 このため、賃金、退職金などの重要な労働条件の変更に対する同意を得る際には、特に同意書を取得する必要があります。

2 自由な意思とは 
 もっとも、同意書があれば全く問題がないというわけではありません。
 賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する従業員の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の従業員の行為の有無だけではなく、当該変更によって従業員にもたらされる不利益の内容及び程度、従業員によって当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ従業員への情報提供又は説明の内容などに照らして、当該行為が従業員の自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるべきとされています(最高裁判所平成28年2月19日判決)。
 つまり、企業とすれば、単に同意書を取得しただけでは、労働条件の変更に対する従業員の自由な意思に基づく同意があったと認められないリスクがあることに注意すべきです。

3 労働条件の不利益変更のリスクヘッジ 
 このため、賃金や退職金のような労働条件の変更の際には、従業員に対して、変更の必要性、変更の具体的内容、変更によって生じる不利益についてしっかりと説明する必要があります。
 具体的な方法として、説明会を複数回開催する、労働条件の変更の理由や内容を説明した書面を配付して、従業員の理解を深めることなどが考えられます。

4 労働条件の不利益変更には慎重な対応を 
 貴社は、確かに従業員から労働条件の変更に対する同意書を取得されているようです。
 しかし、当該労働条件の変更が退職金に関するものであること、従業員の不利益の内容が退職金の3分の1程度になるという重大なものであること、その具体的内容について十分な説明を行っていないこと等を考慮すると、同意書を取得しているとしても、今回の変更に対する従業員の同意は自由な意見に基づいてなされたと認められないと判断されるリスクがあります。
 賃金や退職金に限らず、労働条件の不利益変更は、弁護士などの専門家に相談の上、慎重に対応する必要があります。
 労働条件の不利益変更は、従業員の同意がなくても、一定の場合には行い得るという労働契約法第10条が適用されるかどうかも含めて、慎重に検討する必要があります。

刑事手続(捜査)の概要について

(質問)
 刑事手続きの流れについて教えてください。

(回答)

1 最近話題の刑事事件
 最近,ワイドショーを賑わせているニュースというと,日馬富士の貴ノ岩に対する暴行問題(以下「本件」といいます。)があります。このニュースは,様々な視点から論じられていますが,その中で,貴乃花親方が日本相撲協会の聴取に協力する時期が話題になっていました。貴乃花親方は,当初は「警察」の捜査が終わった時点と仰っていたようですが,後になって,貴乃花親方が「警察」と「検察」の意味を取り違えていたことが判明したというものです。
 法律家の視点から致しますと,貴乃花親方が警察の捜査終了後に相撲協会の聴取に協力すると発言されたことに違和感を感じておりました。後で詳しくご説明しますが,警察が,捜査を終えた後,検察官が更に捜査をし,被疑者を起訴するか否か等の決定をするため,警察の捜査が終わっただけでは,刑事事件は解決をみないからです。
 そこで,今日は,皆様方にあまり馴染みのない刑事手続について,一般的なお話をさせて頂こうと思います。

2 捜査開始から起訴までの大まかな流れ
 警察は,被害届の提出,告訴・告発,自首等の何らかのきっかけを得て,捜査を開始します。捜査のきっかけとしては,圧倒的に被害者(関係者)の届出が多く,約9割を占めます。
 警察は,事件を捜査したときは,原則として,事件を検察官に送致しなければなりません。ただ,この原則には一定の例外があります。例えば,極めて軽微な犯罪(軽微な窃盗や賭博等)については,警察は検察官に事件を送致する必要がなく,月報として検察官に報告すれば足りるとされています(微罪処分)。例えば,万引きをして警察官に注意をされたが,それで終わったというような場合は,微罪処分として処理された可能性があります。
 さて,警察が検察官に事件を送致する場合は,警察が被疑者を逮捕し,被疑者の身柄を拘束したまま送致する場合と,被疑者を逮捕せず,在宅で取り調べて(或いは身柄拘束を解いた後)送致する場合(書類送検)とがあります。本件では,日馬富士は,書類送検されていました。日馬富士という社会的地位があり,マスコミの注目も浴びている人物が,本件を理由に逃亡をしたり,或いは貴ノ岩を脅迫する等の証拠隠滅行為をするとは思えないため,逮捕(身柄を拘束)をする必要がないと判断したものと思われます。
 検察官は,警察から事件が送検された後,捜査を実行します。そして,検察官は,捜査が終了すると,被疑者を起訴するか,不起訴にするか等の判断をすることになります。
 日本の刑事訴訟法では,検察官に,被疑者を起訴するか否かの裁量を与えています。つまり,仮に,犯罪の嫌疑が明白であっても,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により,起訴しない(起訴猶予)ことができるのです。
 検察官が起訴を選択した場合は,裁判が開かれることになり,不起訴を選択した場合は,そこで刑事手続が終了することになります。
 本件で,検察官は,日馬富士を略式起訴する方針を固めたとの報道がありました。
 略式起訴というのは,検察官の請求により,裁判所が,正式裁判によらないで100万円以下の罰金または科料を科す手続です。この手続では,通常の裁判手続とは異なり,裁判への被告人の出頭は必要なく,非公開で行われますので,被告人にとって負担の軽い手続となります。
 本件で,日馬富士は,貴ノ岩の頭部という人体の中でも重要な部分をリモコン等を使って殴り,その結果,頭部を数針縫わなければならないという比較的重い怪我を負わせていますが,他方,日馬富士は,横綱という地位を降りることで,社会的制裁を受けています。検察官は,後者の事情その他情状を考慮し,略式起訴をするという判断をしたものと思われます。
 傷害罪(刑法204条)の罰金の金額は,50万円以下と定められています。本件の詳細な事情が分からない以上,日馬富士にどの程度の罰金刑が科されるかは予測しがたいのですが,30万円程度になるのではないかと考えています。

3 身柄拘束の時間的制約等
 被疑者の身柄を拘束することは,被疑者の人権を大きく制約することになりますので,法律で,厳格な時間的制約が設けられています。
 まず,逮捕ですが,警察は,被疑者を逮捕した場合は,逮捕後48時間以内に送検しなければなりません。
 次に,検察官は,逮捕された被疑者を引き続き留置する必要があると考えたときには,裁判官に対し,勾留(被疑者の拘禁)の請求をすることになります。検察官は,勾留の請求をするときは,被疑者を受け取ったときから24時間以内に行わなければなりません。加えて,勾留の請求は,逮捕時から72時間を超えることもできません。
 勾留の期間は,原則として10日間であり,検察官は,この期間内に公訴を提起しないときは被疑者を釈放しなければならないとされています。ただ,「やむを得ない事由」があるときは,検察官は,勾留期間を更に10日間延長するよう裁判官に請求することができます。
 なお,先に述べましたように,逮捕・勾留共に被疑者の人権を大きく制約する処分ですので,逮捕・勾留をなすには,被疑者に相当の嫌疑があることや,被疑者が逃亡したり,証拠隠滅行為をすると疑われるときでなければならない等の要件があります。更に,逮捕や勾留をするには,裁判官が発布する逮捕状や勾留状が必要であるという手続的な要件もあります。

4 被疑者に対する弁護活動
 刑事事件の多くは,被疑者が自白している事件です。この場合,弁護人は,少しでも被疑者の処分が軽いもので済むよう弁護活動を行います。
 すなわち,検察官は,被疑者を起訴するか否かを決めるにあたり,情状や犯罪後の情況を考慮します。また,裁判官が被告人の量刑を決める際も,情状を考慮することになります。そこで,弁護人は,例えば,被害者と示談交渉をしたり,被疑者が二度と同じ過ちを犯さないよう援助する等して,被疑者の情状が良いものとなるよう弁護活動を行います。
 被疑者の身柄が拘束されている場合は,先に述べたように時間的制約がありますので,刑事弁護は時間との勝負という側面があります。

5 当番弁護士制度と国選弁護制度
 当番弁護士制度とは,弁護士が,被疑者やそのご家族等からの依頼に基づき,逮捕勾留中に1回限り無料で被疑者に面会に行く制度です。
 また,「死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件」で被疑者が勾留されている場合において,被疑者が「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」は(資力申告書の提出が必要。),裁判官が被疑者の請求により弁護人を付さなければならないとされています。
 以上の制度は,憲法34条で保障されている弁護人に依頼する権利を実質化するための制度です。被疑者の経済状況にかかわらず,弁護人の援助を受けることができるようになっているのです。
 今回は,刑事手続(捜査段階)の概要をお話しました。刑事事件が発生すると,その捜査についての報道がよくなされますが,捜査から起訴等されるまでの流れについてはあまり知られていないように思いましたので,これを機に,理解を深めて頂ければと思います。

相続放棄と相続財産の管理責任について

(質問)
最近、兄が亡くなったのですが、兄は独身で両親も既に他界していたため、私が唯一の相続人となりました。 しかし、兄とは長年折り合いが悪く疎遠だったこともあり、先日相続放棄の手続をとりました。
兄名義財産が残っている状態なのですが、相続人がいない場合これらの財産は国のものになるのでしょうか。兄が住んでいた家は老朽化しているのですが、放置しておいても大丈夫でしょうか。

(回答)

1 相続放棄をしても続く管理責任
 相続人は、相続財産に対して権利を持つだけではなく、これを管理する責任も負っています。この点、相続放棄をした人は法律上最初から相続人ではなかったものとみなされますから、相続財産の管理責任からも解放されるように思います。
しかしながら、民法は、相続放棄をした場合でも、他の相続人によって相続財産が管理されるようになるまでは自己の財産と同一の注意義務でその財産を管理する義務を負うと定めています。
相続人は、相続放棄をしただけで当然に相続財産を管理する責任から解放されるというわけではないことに注意が必要です。

2 相続財産管理人とは
 では、相続放棄によって誰も相続人がいなくなる場合はどうなるのでしょうか。
 この場合、相続放棄した人は、相続財産管理人が相続財産を管理するようになるまで管理義務を負うと解されています。
 相続財産管理人とは、亡くなった人に相続人がいない場合にその財産を管理する権限を持つ者で、家庭裁判所が審判によって選任します。相続人がいない場合に必ず選任されるわけではなく、債権者や特別縁故者などの利害関係人または検察官が申し立てた場合にのみ選任されます。 
今回のケースでも、相談者は相続財産の管理責任を負っていますので、財産の管理不足によって他人に損害を与えた場合には損害賠償義務を負うおそれがあります。そのため、建物が老朽化して倒壊するおそれがある場合には周辺に被害を及ぼさないよう解体工事や補強工事をしたり、雑草が生い茂って害虫被害が生ずる場合には除草や駆除を行うことなどが必要となってきます。
このような義務から免れるためには、相続放棄をするだけでなく、相続財産管理人を選任した上で財産の管理を引き継がせることが必要になるのです。

3 相続財産管理人の役割
 相続財産管理人の職務は、相続人や相続財産の有無を調査し、相続財産を管理、換価して、亡くなった人の債務を債権者に支払う等して清算することです。
相続財産管理人は、債権者への支払いや受遺者への財産の移転をして相続財産を清算してもなお残る財産がある場合、亡くなった人に特別縁故者がいれば、特別縁故者に財産を分与します。
 相続財産管理人は、これらの業務が終了したときは家庭裁判所に報酬付与の申立てを行い、裁判所は相続財産管理人の報酬額を決定します。
 そして、最終的に誰も引き継ぐ人がいない残りの相続財産は、国庫に帰属させることになります。

内縁関係の法律問題について

(質問)
 私には、長年交際している内縁の夫がいるのですが、突然、他の女性と交際していることを告げられ、別れ話をされました。
 結婚はしていませんでしたが、20年以上同居しており、周囲には私達が結婚していると思っている人も多くいます。通常の恋愛関係とは違って事実婚状態でしたので、突然の別れ話には納得いきませんし、相手の女性も許せません。
 法的に何か請求できないのでしょうか。

(回答)

1 内縁とは
 判例によれば、内縁は、「婚姻の届出を欠くがゆえに、法律上の婚姻ということはできないが、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合」であり、「婚姻に準ずる関係というを妨げない」としています。
これは、内縁関係を、制度としての婚姻に準じたものとして法的に保護する考え方で、準婚理論と呼ばれるものです。
法的に保護される内縁関係が認められるためには、一般に、婚姻意思(社会的実質的に夫婦になりたいという意思)があり、夫婦共同生活を営んでいること、社会的にも夫婦と認められていることなどが要件とされます。
これについては、子供の有無、同居の期間や生活費等の管理・支出の状況等、個別の事案によって総合的に判断されることになります。

2 内縁の破棄と慰謝料
 内縁関係が認められる場合、正当な理由なくこれを破棄することは、不法行為となり損害賠償責任が生じ得ます。慰謝料の金額は、内縁解消の原因、内縁の期間や子供の有無、収入等の事情から判断されます。
なお、内縁の夫婦間の権利義務は法律婚に準じますので、夫婦には貞操義務も認められます。不貞行為は、内縁の夫婦間において不法行為が成立するだけでなく、不貞行為の相手にも、故意又は過失が認められるときには共同不法行為が成立します。
 今回のケースでも、相手の女性が、内縁の妻の存在を知りながら男性と交際していたような場合には、当該女性に対しても慰謝料請求が認められるでしょう。

3 内縁の終了と財産の清算
 内縁関係の不当破棄の問題とは別に、内縁関係の終了にあたって、離婚のような財産分与は認められるでしょうか。
この点、裁判例では、内縁終了の場合にも財産分与の規定の類推適用が認められており、基本的には法律婚と同様の考え方で処理されることになります。手続としても、内縁解消の場合にも離婚時の財産分与と同様に、家事調停を利用できます。
 ただし、死別によって内縁関係が終了する場合には、財産分与の規定は類推適用されないと解されています。法は、死亡の場合の財産の承継は、相続によることを予定しているためです。内縁の配偶者は相続人にはなりませんので、死亡後に内縁の配偶者に財産を承継させるためには、生前に遺言を残しておくこと等が必要になります。
 内縁関係というものは昔からありましたが、現在は、結婚に対する価値観や夫婦の生活のあり方もより多様化し、あえて法律婚をしないという選択をする夫婦も増えています。内縁関係の法律問題は、法律婚以上に難しい問題を孕んでいますので、お困りの際は弁護士にご相談ください。