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就業規則における退職届の規定

(質問)
 当社では、就業規則において、従業員が退職する場合には、遅くとも1か月前までに退職届を提出するように規定しています。
 しかし、先日、従業員Yから、退職する場合は2週間前までに言えば良いから2週間後に退職すると言われました。
 当社はどう対応すれば良いのでしょうか。

(回答)

1 退職に関する民法のルール
 期間の定めのない雇用契約の場合、労働者はいつでも雇用契約の解約の申入れをすることができ、申入れから2週間で雇用契約が終了するものとされています(民法第627条第1項)。
 しかし、一定の期間によって賃金を定めた場合には、雇用契約の解約は次期以後にすることができ、解約の申入れは当期の前半にしなければならないとされています(同条第2項)。例えば、月給制で、給与の締日が月末の場合には、当月の15日までに退職の申し出があれば当月末に契約が終了し、16日以降の申出であれば翌月末に契約が終了することになります。
 ちなみに、有期雇用契約については、期間途中の労働者からの雇用契約の解除は原則として認められないことになります。

2 退職の予告期間についての特約の有効性
 就業規則には、必要的記載事項として、退職に関する事項を定めなければなりません。
 では、就業規則によって上記のような民法の規定を修正することはできるでしょうか。
 この点、民法第627条第1項は使用者にとっては強行法規であり、退職の猶予期間の延長はできないとの見解が有力です。下級審の裁判例ですが、退職の予告期間を1か月前とする就業規則の変更は無効であると判示した事例もあります。
 一方で、就業規則で民法と異なる定めをした場合には就業規則が原則として優先され、予告期間の延長が極端に長いときは公序良俗違反で無効となるとの考え方もあり、見解が分かれているところです。

3 合意退職に関する定め
 貴社は、退職とは別の合意退職の手続として、退職希望日の1か月以上前に退職届を提出し、会社がこれを承諾した場合に退職が認められることなどを就業規則に定め、これを原則的な取扱いとすることも考えられます。
 しかし、この場合も、従業員は2週間前の予告をもって退職を強行してくるリスクがあります。

4 対策
 ご質問のケースのように、退職の予告期間を1か月としている就業規則の例はよく見られるのですが、法的には無効と判断されるリスクがあります。
 貴社は、1か月の退職の予告期間に対して、貴社の説得にもかかわらず、あえて異を唱えるようなYには、あまり円滑な業務引継の期待を抱かない方が良いかもしれません。
 Yには、せめて2週間の間にできるだけ業務引継を行ってもらい、会社としての被害を最小限に食い止める方法を検討すべきです。

労働条件の不利益変更の注意点

(質問)
 当社は、経営状況が悪化しているため、退職金規程を現在の3分の1程度の退職金に変更することとしました。
 これに伴い、当社は、全従業員から、退職金規程の変更に対する同意書を取得しました。
 しかし、当社は、従業員に対して、退職金規程の変更の具体的な理由や内容などに関する説明を十分に行っていません。
 この場合、同意書を取得したので問題ないと考えて良いでしょうか。

(回答)

1 書面による明示の同意が必要
 賃金、退職金などの重要な労働条件を変更する場合、従業員の同意を得るべきであるのは言うまでもありません。もっとも、その同意について、同意書のような客観的な証拠がないと、後になって同意の有無が争われた際、従業員の同意がなかったと判断されるリスクがあります。
 このため、賃金、退職金などの重要な労働条件の変更に対する同意を得る際には、特に同意書を取得する必要があります。

2 自由な意思とは 
 もっとも、同意書があれば全く問題がないというわけではありません。
 賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する従業員の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の従業員の行為の有無だけではなく、当該変更によって従業員にもたらされる不利益の内容及び程度、従業員によって当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ従業員への情報提供又は説明の内容などに照らして、当該行為が従業員の自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるべきとされています(最高裁判所平成28年2月19日判決)。
 つまり、企業とすれば、単に同意書を取得しただけでは、労働条件の変更に対する従業員の自由な意思に基づく同意があったと認められないリスクがあることに注意すべきです。

3 労働条件の不利益変更のリスクヘッジ 
 このため、賃金や退職金のような労働条件の変更の際には、従業員に対して、変更の必要性、変更の具体的内容、変更によって生じる不利益についてしっかりと説明する必要があります。
 具体的な方法として、説明会を複数回開催する、労働条件の変更の理由や内容を説明した書面を配付して、従業員の理解を深めることなどが考えられます。

4 労働条件の不利益変更には慎重な対応を 
 貴社は、確かに従業員から労働条件の変更に対する同意書を取得されているようです。
 しかし、当該労働条件の変更が退職金に関するものであること、従業員の不利益の内容が退職金の3分の1程度になるという重大なものであること、その具体的内容について十分な説明を行っていないこと等を考慮すると、同意書を取得しているとしても、今回の変更に対する従業員の同意は自由な意見に基づいてなされたと認められないと判断されるリスクがあります。
 賃金や退職金に限らず、労働条件の不利益変更は、弁護士などの専門家に相談の上、慎重に対応する必要があります。
 労働条件の不利益変更は、従業員の同意がなくても、一定の場合には行い得るという労働契約法第10条が適用されるかどうかも含めて、慎重に検討する必要があります。

刑事手続(捜査)の概要について

(質問)
 刑事手続きの流れについて教えてください。

(回答)

1 最近話題の刑事事件
 最近,ワイドショーを賑わせているニュースというと,日馬富士の貴ノ岩に対する暴行問題(以下「本件」といいます。)があります。このニュースは,様々な視点から論じられていますが,その中で,貴乃花親方が日本相撲協会の聴取に協力する時期が話題になっていました。貴乃花親方は,当初は「警察」の捜査が終わった時点と仰っていたようですが,後になって,貴乃花親方が「警察」と「検察」の意味を取り違えていたことが判明したというものです。
 法律家の視点から致しますと,貴乃花親方が警察の捜査終了後に相撲協会の聴取に協力すると発言されたことに違和感を感じておりました。後で詳しくご説明しますが,警察が,捜査を終えた後,検察官が更に捜査をし,被疑者を起訴するか否か等の決定をするため,警察の捜査が終わっただけでは,刑事事件は解決をみないからです。
 そこで,今日は,皆様方にあまり馴染みのない刑事手続について,一般的なお話をさせて頂こうと思います。

2 捜査開始から起訴までの大まかな流れ
 警察は,被害届の提出,告訴・告発,自首等の何らかのきっかけを得て,捜査を開始します。捜査のきっかけとしては,圧倒的に被害者(関係者)の届出が多く,約9割を占めます。
 警察は,事件を捜査したときは,原則として,事件を検察官に送致しなければなりません。ただ,この原則には一定の例外があります。例えば,極めて軽微な犯罪(軽微な窃盗や賭博等)については,警察は検察官に事件を送致する必要がなく,月報として検察官に報告すれば足りるとされています(微罪処分)。例えば,万引きをして警察官に注意をされたが,それで終わったというような場合は,微罪処分として処理された可能性があります。
 さて,警察が検察官に事件を送致する場合は,警察が被疑者を逮捕し,被疑者の身柄を拘束したまま送致する場合と,被疑者を逮捕せず,在宅で取り調べて(或いは身柄拘束を解いた後)送致する場合(書類送検)とがあります。本件では,日馬富士は,書類送検されていました。日馬富士という社会的地位があり,マスコミの注目も浴びている人物が,本件を理由に逃亡をしたり,或いは貴ノ岩を脅迫する等の証拠隠滅行為をするとは思えないため,逮捕(身柄を拘束)をする必要がないと判断したものと思われます。
 検察官は,警察から事件が送検された後,捜査を実行します。そして,検察官は,捜査が終了すると,被疑者を起訴するか,不起訴にするか等の判断をすることになります。
 日本の刑事訴訟法では,検察官に,被疑者を起訴するか否かの裁量を与えています。つまり,仮に,犯罪の嫌疑が明白であっても,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により,起訴しない(起訴猶予)ことができるのです。
 検察官が起訴を選択した場合は,裁判が開かれることになり,不起訴を選択した場合は,そこで刑事手続が終了することになります。
 本件で,検察官は,日馬富士を略式起訴する方針を固めたとの報道がありました。
 略式起訴というのは,検察官の請求により,裁判所が,正式裁判によらないで100万円以下の罰金または科料を科す手続です。この手続では,通常の裁判手続とは異なり,裁判への被告人の出頭は必要なく,非公開で行われますので,被告人にとって負担の軽い手続となります。
 本件で,日馬富士は,貴ノ岩の頭部という人体の中でも重要な部分をリモコン等を使って殴り,その結果,頭部を数針縫わなければならないという比較的重い怪我を負わせていますが,他方,日馬富士は,横綱という地位を降りることで,社会的制裁を受けています。検察官は,後者の事情その他情状を考慮し,略式起訴をするという判断をしたものと思われます。
 傷害罪(刑法204条)の罰金の金額は,50万円以下と定められています。本件の詳細な事情が分からない以上,日馬富士にどの程度の罰金刑が科されるかは予測しがたいのですが,30万円程度になるのではないかと考えています。

3 身柄拘束の時間的制約等
 被疑者の身柄を拘束することは,被疑者の人権を大きく制約することになりますので,法律で,厳格な時間的制約が設けられています。
 まず,逮捕ですが,警察は,被疑者を逮捕した場合は,逮捕後48時間以内に送検しなければなりません。
 次に,検察官は,逮捕された被疑者を引き続き留置する必要があると考えたときには,裁判官に対し,勾留(被疑者の拘禁)の請求をすることになります。検察官は,勾留の請求をするときは,被疑者を受け取ったときから24時間以内に行わなければなりません。加えて,勾留の請求は,逮捕時から72時間を超えることもできません。
 勾留の期間は,原則として10日間であり,検察官は,この期間内に公訴を提起しないときは被疑者を釈放しなければならないとされています。ただ,「やむを得ない事由」があるときは,検察官は,勾留期間を更に10日間延長するよう裁判官に請求することができます。
 なお,先に述べましたように,逮捕・勾留共に被疑者の人権を大きく制約する処分ですので,逮捕・勾留をなすには,被疑者に相当の嫌疑があることや,被疑者が逃亡したり,証拠隠滅行為をすると疑われるときでなければならない等の要件があります。更に,逮捕や勾留をするには,裁判官が発布する逮捕状や勾留状が必要であるという手続的な要件もあります。

4 被疑者に対する弁護活動
 刑事事件の多くは,被疑者が自白している事件です。この場合,弁護人は,少しでも被疑者の処分が軽いもので済むよう弁護活動を行います。
 すなわち,検察官は,被疑者を起訴するか否かを決めるにあたり,情状や犯罪後の情況を考慮します。また,裁判官が被告人の量刑を決める際も,情状を考慮することになります。そこで,弁護人は,例えば,被害者と示談交渉をしたり,被疑者が二度と同じ過ちを犯さないよう援助する等して,被疑者の情状が良いものとなるよう弁護活動を行います。
 被疑者の身柄が拘束されている場合は,先に述べたように時間的制約がありますので,刑事弁護は時間との勝負という側面があります。

5 当番弁護士制度と国選弁護制度
 当番弁護士制度とは,弁護士が,被疑者やそのご家族等からの依頼に基づき,逮捕勾留中に1回限り無料で被疑者に面会に行く制度です。
 また,「死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件」で被疑者が勾留されている場合において,被疑者が「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」は(資力申告書の提出が必要。),裁判官が被疑者の請求により弁護人を付さなければならないとされています。
 以上の制度は,憲法34条で保障されている弁護人に依頼する権利を実質化するための制度です。被疑者の経済状況にかかわらず,弁護人の援助を受けることができるようになっているのです。
 今回は,刑事手続(捜査段階)の概要をお話しました。刑事事件が発生すると,その捜査についての報道がよくなされますが,捜査から起訴等されるまでの流れについてはあまり知られていないように思いましたので,これを機に,理解を深めて頂ければと思います。

相続放棄と相続財産の管理責任について

(質問)
最近、兄が亡くなったのですが、兄は独身で両親も既に他界していたため、私が唯一の相続人となりました。 しかし、兄とは長年折り合いが悪く疎遠だったこともあり、先日相続放棄の手続をとりました。
兄名義財産が残っている状態なのですが、相続人がいない場合これらの財産は国のものになるのでしょうか。兄が住んでいた家は老朽化しているのですが、放置しておいても大丈夫でしょうか。

(回答)

1 相続放棄をしても続く管理責任
 相続人は、相続財産に対して権利を持つだけではなく、これを管理する責任も負っています。この点、相続放棄をした人は法律上最初から相続人ではなかったものとみなされますから、相続財産の管理責任からも解放されるように思います。
しかしながら、民法は、相続放棄をした場合でも、他の相続人によって相続財産が管理されるようになるまでは自己の財産と同一の注意義務でその財産を管理する義務を負うと定めています。
相続人は、相続放棄をしただけで当然に相続財産を管理する責任から解放されるというわけではないことに注意が必要です。

2 相続財産管理人とは
 では、相続放棄によって誰も相続人がいなくなる場合はどうなるのでしょうか。
 この場合、相続放棄した人は、相続財産管理人が相続財産を管理するようになるまで管理義務を負うと解されています。
 相続財産管理人とは、亡くなった人に相続人がいない場合にその財産を管理する権限を持つ者で、家庭裁判所が審判によって選任します。相続人がいない場合に必ず選任されるわけではなく、債権者や特別縁故者などの利害関係人または検察官が申し立てた場合にのみ選任されます。 
今回のケースでも、相談者は相続財産の管理責任を負っていますので、財産の管理不足によって他人に損害を与えた場合には損害賠償義務を負うおそれがあります。そのため、建物が老朽化して倒壊するおそれがある場合には周辺に被害を及ぼさないよう解体工事や補強工事をしたり、雑草が生い茂って害虫被害が生ずる場合には除草や駆除を行うことなどが必要となってきます。
このような義務から免れるためには、相続放棄をするだけでなく、相続財産管理人を選任した上で財産の管理を引き継がせることが必要になるのです。

3 相続財産管理人の役割
 相続財産管理人の職務は、相続人や相続財産の有無を調査し、相続財産を管理、換価して、亡くなった人の債務を債権者に支払う等して清算することです。
相続財産管理人は、債権者への支払いや受遺者への財産の移転をして相続財産を清算してもなお残る財産がある場合、亡くなった人に特別縁故者がいれば、特別縁故者に財産を分与します。
 相続財産管理人は、これらの業務が終了したときは家庭裁判所に報酬付与の申立てを行い、裁判所は相続財産管理人の報酬額を決定します。
 そして、最終的に誰も引き継ぐ人がいない残りの相続財産は、国庫に帰属させることになります。

内縁関係の法律問題について

(質問)
 私には、長年交際している内縁の夫がいるのですが、突然、他の女性と交際していることを告げられ、別れ話をされました。
 結婚はしていませんでしたが、20年以上同居しており、周囲には私達が結婚していると思っている人も多くいます。通常の恋愛関係とは違って事実婚状態でしたので、突然の別れ話には納得いきませんし、相手の女性も許せません。
 法的に何か請求できないのでしょうか。

(回答)

1 内縁とは
 判例によれば、内縁は、「婚姻の届出を欠くがゆえに、法律上の婚姻ということはできないが、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合」であり、「婚姻に準ずる関係というを妨げない」としています。
これは、内縁関係を、制度としての婚姻に準じたものとして法的に保護する考え方で、準婚理論と呼ばれるものです。
法的に保護される内縁関係が認められるためには、一般に、婚姻意思(社会的実質的に夫婦になりたいという意思)があり、夫婦共同生活を営んでいること、社会的にも夫婦と認められていることなどが要件とされます。
これについては、子供の有無、同居の期間や生活費等の管理・支出の状況等、個別の事案によって総合的に判断されることになります。

2 内縁の破棄と慰謝料
 内縁関係が認められる場合、正当な理由なくこれを破棄することは、不法行為となり損害賠償責任が生じ得ます。慰謝料の金額は、内縁解消の原因、内縁の期間や子供の有無、収入等の事情から判断されます。
なお、内縁の夫婦間の権利義務は法律婚に準じますので、夫婦には貞操義務も認められます。不貞行為は、内縁の夫婦間において不法行為が成立するだけでなく、不貞行為の相手にも、故意又は過失が認められるときには共同不法行為が成立します。
 今回のケースでも、相手の女性が、内縁の妻の存在を知りながら男性と交際していたような場合には、当該女性に対しても慰謝料請求が認められるでしょう。

3 内縁の終了と財産の清算
 内縁関係の不当破棄の問題とは別に、内縁関係の終了にあたって、離婚のような財産分与は認められるでしょうか。
この点、裁判例では、内縁終了の場合にも財産分与の規定の類推適用が認められており、基本的には法律婚と同様の考え方で処理されることになります。手続としても、内縁解消の場合にも離婚時の財産分与と同様に、家事調停を利用できます。
 ただし、死別によって内縁関係が終了する場合には、財産分与の規定は類推適用されないと解されています。法は、死亡の場合の財産の承継は、相続によることを予定しているためです。内縁の配偶者は相続人にはなりませんので、死亡後に内縁の配偶者に財産を承継させるためには、生前に遺言を残しておくこと等が必要になります。
 内縁関係というものは昔からありましたが、現在は、結婚に対する価値観や夫婦の生活のあり方もより多様化し、あえて法律婚をしないという選択をする夫婦も増えています。内縁関係の法律問題は、法律婚以上に難しい問題を孕んでいますので、お困りの際は弁護士にご相談ください。

業務上ミスをした従業員に対する損害賠償請求について

(質問)
 当社では,業務上に度々ミスをする従業員がいます。当従業員に対して、当社は損害賠償請求をすることはできるのでしょうか?
 また,賠償金を給与から天引きすることはできるのでしょうか?

(回答)

1 会社の従業員に対する損害賠償請求は制限されることが多い
 従業員が故意または過失によって会社に損害を与えた場合,会社はその従業員に対し,不法行為に基づき,会社が受けた損害を賠償するよう請求することができます(民法第709条)。
 もっとも,判例によれば,会社は従業員に対し,受けた損害の全額を当然に請求できるわけではなく,損害賠償額が制限されたり,そもそも会社の損害賠償請求が認められなかったりということもあります。
 すなわち,判例は,会社の事業の性格,規模,施設の状況,従業員の業務内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防ないし損失の分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度で,会社は従業員に対し損害賠償請求をすることができるとしています。
この判例の考え方の背景には,会社は従業員を雇うことによって事業を拡大し利益を上げている以上,従業員を雇うことによるリスクも引き受けるべきであるという考えがあります。
 基本的には,従業員が故意・重過失により会社に損害を与えた場合(従業員が会社の資金を横領した場合等)でもない限り,会社は受けた損害全額を賠償請求することはできず,損害の一部についてのみ賠償が認められるにとどまると考えられます。

2 賠償金を給与から天引きすることは,原則としてできない
 会社からの損害賠償請求が認められる場合でも,従業員が自発的に支払ってくれるとは限りません。このような場合,会社としては,損害賠償額を従業員に支払うべき給与から天引き(相殺)すればいいと考えるでしょうが,給与からの天引きは,労働基準法第24条(賃金の全額払いの原則)に反するため,行うことができません。
 もっとも,従業員からの同意があれば,給与からの天引きも認められますが,会社が従業員に同意を強制する危険があるため,判例は,従業員の同意が自由意思に基づきなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合でなければならないとしており,容易には,従業員の自由意思に基づく同意とは認めない傾向にあります。

3 リスクが発生しにくい体制を整える!
 会社としては,過重な労働を従業員に指示しない等,そもそもミスが生じにくい労務環境を構築することなどを通じて,リスクが発生しないようあらかじめ対策をとることをお勧めします。

敷金をめぐる法律問題②

(質問)
 私は現在借家住まいですが、転勤で引越しをすることになりました。
 住んでいた期間も短く修繕費もかからないと思うのですが、解約について大家さんに告げたところ、入居の際に差入れた賃料5か月分の敷金のうち、3か月分は敷引きとして差し引くことになると言われました。
 敷金は全額返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 敷引特約の問題点
 前回のコラムでは、敷金は未払い賃料や修繕費等を担保するためのものであること、いわゆる通常損耗の修繕費については、特約がない限り貸主負担であることをお話しました。
 もっとも、賃貸借契約においては、無条件に敷金の全部または一部を返還しない「敷引き」があらかじめ定められていることがあります。
 これについては、個人が消費者として賃貸借契約を締結する場合には、消費者契約法との関係で有効性が問題となります。同法10条は、信義則に反し一方的に消費者の利益を害する条項は無効であると定めているためです。

2 敷引特約の有効性
 最高裁は、敷引特約が消費者契約法10条によって無効となるかが問題となった事案で、敷引特約も一般的には有効であると判断しています。
 これは、①敷引金額が契約書に明示されている場合には、賃借人の負担については明確であること、②通常損耗等の補修に充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意をしている場合には、賃料には補修費用は含まないという合意があるといえるので、補修費用を二重負担することにはならないこと、③補修費用に充てるための金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止する観点からあながち不合理とはいえないこと等が理由とされています。

3 敷引きが無効となる場合
 敷引が契約の際に明示されていない場合、当事者間に敷引きの合意があるとはいえませんが、契約書に明示されていたからといって常に有効になるわけではありません。
 上記の最高裁判決では、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の有無及びその額に照らし、敷引金の額が高額過ぎる場合には、特段の事情のない限り、敷引特約は消費者契約法10条により無効となると判断しています。
 このように、消費者契約である賃貸借契約に付された敷引特約も原則は有効ですが、敷引額が高過ぎる場合には無効となり得ます。
 賃料の金額や礼金・更新料との兼ね合いもあり明確な基準があるわけではありませんが、上記の最高裁の事例では、賃料月額9万6000円で、敷引金額が賃料の3.5倍程度の敷引き特約を有効と判断していることが参考になります。
 敷金をめぐる問題は身近な法律問題ではありますが、敷引特約は地域によっても様々な慣習があり、意外と複雑な問題を孕んでいます。賃貸借契約書を作成する際などには、裁判例の傾向にも注意したいですね。

敷金をめぐる法律問題①

(質問)
 私は現在借家住まいですが、仕事の関係で他県に転居することになっています。
 部屋はきれいに使っていますので修繕は特に必要ないと思うのですが、差入れた敷金がきちんと戻ってくるか心配しています。
 また、敷金は家賃の2か月分でしたので、退去までの最後の2か月分の賃料を敷金から差し引いてもらうことはできるのでしょうか。

(回答)

1 敷金とは
 敷金とは、賃借人の賃貸人に対する賃料債務その他一切の賃貸借契約による債務を担保する目的で、賃借人から賃貸人に交付される金銭であって、賃貸借契約の終了する際に、賃貸人から賃借人に返還されるべきものとされています。
 このような性質の金銭であれば、名目が何であっても(保証金など、敷金とは異なる名称であっても)、法的には敷金となります。

2 敷金返還請求権は明渡し時に発生
 敷金は、明渡し時までに生じた賃借人に対する賃貸人の一切の債権を担保するものです。そのため、敷金返還請求権は、明渡し完了後に未払賃料や修繕費等を控除して残額がある場合にはじめて発生します。
 したがって、今回の相談のように、契約期間中(物件の明渡し前)に、賃借人の方から、未払いの賃料や修繕費などについて敷金から充当してもらうよう請求することはできません。
 一方で、敷金は賃貸人の債権を担保するものですから、契約期間中であっても、賃貸人の方から未払賃料や修繕費に敷金を充当することは自由です。
 なお、敷金返還請求権が明渡し時に発生するものである以上、賃借人は、敷金を返還するまでは物件を明け渡さないと主張することはできません。

3 敷金から差し引かれるもの
 賃貸借契約終了に際して、どのようなものが敷金から差し引かれることになるのでしょうか。この点、賃借人は善管注意義務、原状回復義務を負っていますから、賃借人が故意・過失で壊した設備の修繕費が敷金から控除されることは当然です。
 これに対して、通常の使用の範囲で生じる劣化や価値の減少(通常損耗)や経年劣化については、賃借人の原状回復の範囲には含まれないと解されています。
 目的物を使用することによって生じる通常損耗については、使用の対価として賃料を得ている賃貸人が負担すべきものだからです。
 したがって、通常の生活によって生じるような傷み、例えば、家具を置いていたことによるカーペットの凹み等については、その修繕費を敷金から差し引くことはできません。
 もっとも、原則とは異なる特約をすることも可能です。場合によっては、賃貸借契約書で、一定の範囲で通常損耗が賃借人の負担となっている場合がありますので、注意が必要です。

 

過労死対策―健康管理の重要性―

(質問)
従業員の過労死に関するニュースを目にすることがありますが、従業員の過労死を防止するためにはどのようにすればいいでしょうか。

(回答)

1どのような責任等が生じるの?
 従業員の過労死に関する痛ましいニュースが後を絶ちません。
 このようなことが起きてしまった場合、会社には、次のような責任が生じることが考えられます。
 まず、会社は、従業員に対して、従業員の生命・健康を職場における危険から保護するように配慮する義務である安全配慮義務を負っています。そのため、会社が従業員を不法に長時間労働させた結果、従業員に健康上の障害が生じて死亡してしまった場合には、安全配慮義務違反を原因とする損害賠償義務を負う可能性が考えられます。また、従業員を不法に長時間労働させていたとして、不法行為に基づく損害賠償義務を負う可能性も考えられます。会社がこれらの損害賠償義務を負う場合、事案にもよりますが、1億円を超える支払義務を負うことになる可能性が考えられます。
 会社が、労働基準法第36条に基づく時間外労働に関する労使協定に違反する残業をさせていた場合には、同条違反として、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金となる可能性も考えられます(労働基準法第119条)(なお、場合によっては、労働基準法第36条以外の規定にも違反するとして、某広告会社のように、前述の刑罰よりも重い刑罰が科せられることも考えられます。)。
このようなことになったことがマスコミ等で報道された場合には、会社の信用、評判などが著しく低下することになることが考えられます。

2 従業員の過労死を防止するにはどうすればいい?
 従業員の過労死を防止するためには、まず何よりも、長時間労働の対策を実施することが重要になります。そのための方法としては、次のようなものが考えられます。
 まず、時間外労働を許可制にすることが考えられます。許可制にする場合には、単に制度を設けておくだけではなく、実際に機能させることが重要になります。
 また、従業員が有給休暇を適切に取得することのできる職場環境の整備を行うことが考えられます。仕事の内容などによっては、有給休暇の取得が難しい場合も考えられますが、その場合でも、例えば、年度当初に有給休暇の取得を調整して取得日を決めていく方法などによって有給休暇の適切な取得を実現すべきです。
 もっとも、このようなことを実施しても長時間労働が発生する可能性も考えられます。そのような場合には、従業員に対して、産業医による面接指導を受けることを勧めることが考えられます。なお、労働安全衛生法では、月100時間を超える時間外労働を行っており、かつ、疲労の蓄積が認められる従業員から申し出があった場合には、当該従業員に対して面接指導を実施すべき旨が定められていますが、このような要件に該当しない場合であっても、長時間労働が発生している場合には実施すべきであると考えられます。

3 従業員の健康管理をしっかりと行うことが重要!
 従業員に成果を出してもらうには、その前提として従業員に心身共に健康でいてもらう必要があります。また,働き方改革においても、時間外労働の上限が議論されているなど、今後ますます時間外労働について考えていく必要があるところです。
 従業員の健康管理体制をどのように構築していくかなどについてお悩みの方は,弁護士などの専門家にご相談することをお勧めします。
 

eラーニングによる社員研修と労働時間

(質問)
 当社はこれまで、従業員の教育はすべてOJTで行ってきましたが、新人教育や管理職のスキル向上のために社員研修の導入を検討しております。
 とはいえ、講師を招いて研修を実施するまでの余裕はありませんので、eラーニングによる社員研修サービスの導入を考えております。
 動画を視聴することで研修の受講ができますので、インターネット環境のある従業員には、帰宅後や休日に受講してもらうことを想定しております。この場合、自宅などで研修を受講する時間に対して、給与を支払う必要があるのでしょうか。
 

(回答)

1 社員研修と労働時間の考え方
 労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます。
 会社の業務とは直接関係のない社外研修であっても、研修への参加が任意ではない場合には、使用者の指揮命令による拘束があるといえますので、労働時間に該当します。
 また、明示的な指示や命令がなくても、事実上、研修を受けないと不利益を課されることになる場合は、実質的には参加が強制されている(労働時間に該当する)と判断される可能性が高いといえます。
 そして、今回のようなeラーニングの受講についても、通常の研修への参加の場合と同様に、受講が義務付けられているかどうかによって異なります。
 任意の受講であれば、従業員の自己啓発を会社が支援しているだけですから、労働時間に該当しないことは明らかです。
 これに対して、あくまでも社員研修としてeラーニングの受講を義務付ける場合には、たとえ自宅などで視聴する場合であっても労働時間に該当すると考えられます。インターネットに接続できる環境さえあればどこでも受講できるため、場所的な拘束はありませんが、受講中他の行動が制限されることに変わりはないからです。
 そのため、就業時間外や休日での受講には、割増賃金の問題も生じます。

2 会社外でのeラーニング研修受講の注意点
 eラーニングは、スマートフォンやタブレット端末でも視聴することがきるため、場所を選ばず、スキマ時間や通勤時間を利用した研修の受講ができる等というメリットがあります。
 その反面、会社外での研修の受講については、本当に(まじめに)研修を受講したのかを確認することは難しいという問題があります。
 そのため、労働時間に該当する社員研修として実施するのであれば、レポートを提出させたり、原則として会社内で就業時間中に受講させることなどが考えられます。自宅等での受講については一定の要件の下に事前の許可制にすべきでしょう。
 逆に、労働時間としない取扱いをする場合は、強制ではなく任意の形にしなければなりません。あくまでも受講を“推奨する”にとどめ、任意であることを明示すべきです。また、eラーニングの受講と人事評価を結びつけないようにする必要もあるでしょう。