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取締役会不開催のリスク

(質問)
 当社は、同族経営なので、取締役会はほとんど開催されていない状況でした。
 そうしたところ、会社が資産を第三者に売却したのは不当であると、ある株主が言ってきました。   
 当社は、どのように対応すれば良いでしょうか。    

(回答)

1 取締役会の開催
 同族会社の中小企業であれば、取締役会設置会社といえども、取締役会が実際に開催されていない企業も相当あるのではないかと思われます。
 ところで、取締役会は取締役全員で構成され、①会社の業務執行の決定、②取締役の職務の執行の監督、③代表取締役の選定及び解職を行う機関です。
 代表取締役は3か月に1回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならないとされています。
 つまり、原則として3か月に1回は取締役会を開催しなければならないことになります。

2 取締役会不開催のリスク
 貴社において、取締役会が招集されておらず、代表取締役の職務執行の状況の報告が行われていなかった場合に、代表取締役の法令、定款に反する行為により会社に損害が生じた場合は、次のようなリスクがあります。すなわち、代表取締役のみならず、他の取締役も、適切に取締役会の開催を請求するなどして代表取締役の職務の執行を監督することを怠ったとして、会社に対して損害賠償責任を負うとともに、代表訴訟を提起されるリスクがあります。

3 必ず取締役会で決議しなければならない事項
 会社法は、一定の事項については、必ず取締役会で決議しなければならないと定めており、これらの事項について取締役に決定を委任することはできません。

 ①重要な財産の処分及び譲受け
 ②多額の借財
 ③支配人(営業に関する一切の裁判上・裁判外の行為をする権限を持った従業員のこと)その他の重要な使用人の選任及び解任
 ④支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
 ⑤社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
 ⑥内部統制システムの構築に関する決定
 ⑦定款の定めに基づく取締役会決議による役員及び会計検査人の会社に対する責任の免除
 ⑧その他の重要な業務執行の決定

4 重要な業務執行とは
 何が重要な業務執行に当たるかは、会社毎の具体的な事情により異なってきますが、重要な経営課題についての方針決定、例えば年間事業計画、年間予算、主力製品の決定・変更などは、これに含まれると考えられます。
 一般的に、「重要な財産の処分及び譲受け」のメルクマールとして総資産の1%という目安が示されることがありますが、これはあくまで目安にすぎません。
 重要かどうかこの判断が難しい事項については、念のため取締役会の決議を経ておくのが安全です。
 しかし、あまりにも決議事項の範囲を広げてしまうと、それが会社の慣行となり、今度は、取締役決議の瑕疵の主張を許す範囲を広げることになるので注意を要します。

5 回答
 貴社は、売却した資産が重要な資産である可能性があれば、改めて取締役会を開催し、会社資産の譲渡の承認の議決を採っておくべきです。

株主総会議事録作成義務違反リスク

(質問)
 株主総会議事録作成・備置義務に違反した場合のリスクを教えてください。

(回答)

1 過料の制裁リスク
 株主総会の議事については、議事録の作成義務があり(会社法第318条第1項)、株主総会の日から10年間本店に、その写しを5年間支店に備え置かなければならず(同条第2項、第3項)、株主、全債権者らの閲覧、謄写に供されることになっています。
 株主総会議事録の作成、備置義務に違反すると、100万円以下の過料の制裁リスクがあります。過料は刑罰ではなく、行政上の秩序罰です。
 過料の裁判は、代表取締役が裁判所に呼び出されることもなく、またその言い分や弁解を聴かれることもなく、一方的に裁判所によって出されるのが通常です。
 因みに、登記官は、過料に処せられるべき者があることを職務上知ったときは、遅滞なく管轄地方裁判所に通知しなければならず(商業登記規則第118条)、その通報を受けた裁判所は、相当であると認めるときは、当事者の弁解等陳述を聴かないで直ちに過料の裁判をすることができることになっています(非訟事件手続法第164条)。
 ある日突然、裁判所から、「被審人を過料金○○万円に処する。本件手続費用は被審人の負担とする。」等と書かれた裁判書が送られてくる、という事態もあり得るので、注意が必要です。

2 登記への影響
 株主総会議事録は登記の際の添付書類となることから、実際の総会の内容と異なることが総会議事録に記載されていた場合には、総会の決議内容と異なった登記がなされてしまうリスクがあります。

3 決議の証拠になるものがない。
 株主総会議事録は、総会決議の成立や内容についての重要な証拠の一つとなるので、その不作成や内容の不備等により、決議の成立や内容が争われる裁判等において、挙証上の困難が生じるリスクがあります。

4 架空の議事録等による登記のリスク
 中小企業の中には、実際には適法に行われていない株主総会や取締役会の議事録あるいは就任承諾書などを作成して登記だけ済ませてしまうということもあるやに聞いたことがあります。
 しかし、これは紛れもない虚偽の登記申請行為であり、公正証書原本等不実記載罪に当たります(刑法第157条第1項、法定刑は5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)。過料の制裁どころか犯罪になってしまうので、このような安易な手段は絶対に採ってはいけません。

株主の質問に対する議長の対応

(質問)
 取締役会設置会社である当社の株主総会では、剰余金の配当に関する事項だけが議題となっていました。
 代表取締役であり株主総会の議長であるYが、「この議題につき何か質問のある人はいますか」と問うたところ、株主Zが、「最近ある人から、Yの女性問題が乱れているとの話を聞いた。このような人間は代表取締役として適切か。」という質問をしてきました。
 この場合、Yは、どのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 株主総会の運営
 中小企業の株主総会は時に、議長の仕切りが不慣れのため、議場が混乱するリスクがあります。
 株主総会の議長は、株主総会の開会から閉会に至るまでの間、総会における議事の進行、議事の整理、採決、秩序維持等に関する一切の事項に関する権限を有しています(会社法第315条第1項)。
 議長は代表取締役社長がなり、同人に事故があったときは、あらかじめ取締役会で定めた順序により他の取締役がこれに代わる旨の定款を定めている会社が多いと思われます。

2 取締役等の説明義務のリスク
 取締役等は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、その事項につき必要な説明をしなければなりません(同法第314条本文)。
 もっとも、取締役等はこのような説明義務を無限定に負っているわけではありません。株主総会の議題に関しないものや説明をすることにより他の株主の共同の利益を著しく害する場合等は、説明義務を負いません。
 また、説明義務の範囲及びその程度については、株主が合理的に判断するのに客観的に必要な範囲での説明を、平均的な株主であれば合理的に理解し判断しうる程度に説明すれば足りるとされています(東京地方裁判所平成16年5月13日判決)。
 なお、株主からの質問が議題に関する適切なものであったにもかかわらず、取締役等がこの質問に応じなかった場合は、株主総会決議が決議取消の対象となったり、取締役等が100万円以下の過料の対象(同法第976条第9号)になるリスクがあるため、注意が必要です。

3 回答
 貴社の株主総会における議題は、剰余金の配当に関する事項であるため、これに関係する事項についての質問についてのみ、代表取締役Yは説明義務を負うことになります。
 このため、Zによる上記質問は、説明義務の対象にはならないので、Yは上記質問に応じる必要はありません。質問を無視して決議に入って差し支えありません。

取締役の突然解任

(質問)
 当社は、取締役設置会社ですが、事実上、代表取締役Yのワンマン経営の会社で、取締役会は一度も開催されていませんでした。
 Yは、取締役のZを解任しようとして、株主総会を開催して、突然Zを解任する議題を提出して、Zを解任する決議を行いました。
 この決議は有効でしょうか。

(回答)

1 株主総会の権限の範囲
 まず、非公開会社とは、株式を証券取引所に上場していない会社のことではなく、発行するすべての株式にいわゆる譲渡制限が付いている会社のことです。
 招集権者は、原則として、各取締役(代表取締役を定めた場合は、当該代表取締役、3%以上の議決権を有する株主(招集請求を経る必要有り、会社法第297条第1項、第2項、第4項)です。
 招集通知は、株主総会の1週間前までに行うのが原則(同法第299条第1項)で、例外的に、定款で定めた場合は、1週間を下回る期間でも可能(同項かっこ書)です。
 招集通知には、株主総会の日時・場所・議題・提出議案を記載します。議題は、例えば、利益処分率承認の件など株主が招集通知を見て、株主総会で何が決議されるかが分かる程度で足ります。議案の要領は、役員の選任、報酬等重要な事項については、議案の要領を記載する必要があります。

2 招集手続の省略
 株主全員の同意があり、かつ、書面投票等を採用しない場合は、招集通知をせず、株主総会を開催することができます。

3 招集通知送達のリスク
 貴社においては、株主全員の同意があるなどの招集手続を省略することのできる事情がない以上、株主総会を開催するためには招集手続を経る必要があります。
 貴社は取締役会非設置会社であるため、招集通知は書面によっても口頭によっても可能であるところ(同法第299条第2項第2号参照)、貴社では、各株主に対し普通郵便による通知を行うという方法を選択しています。
 普通郵便という方法自体は、もちろん適法ですが、株主総会開催前に 株主全員に送付し、各株主が通知を了知したという証拠が残らないため、株主から招集通知を受け取っていないというクレームを受けるリスクが生じます。
 こういったリスクをヘッジするためには、普通郵便ではなく書留郵便を用いるなどして招集通知の事実を証拠化しておくことが必要です。

4 回答
 貴社は、Yに対して株主総会招集通知が送達されたことを立証しない限り、株主総会決議取消事由があることになるので、株主総会をやり直す方が望ましいといえます。
 経営法務の実践に当たっては、時には、引き返す決断も必要ということになります。   
   

株主総会不開催のリスク

(質問)
 当社は、株主の大部分が代表取締役社長の身内である同族会社であったことから、会社設立時から現在まで株主総会を開催したことがありませんでした。
 かかる状況で、ある少数株主は、なぜ株主総会を開いていないのかと当社に言ってきました。
 当社とすれば、どのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 中小企業の株主総会の開催状況
 中小企業の多くは同族会社です。このような会社は、株主の多く又は全部が身内であるため、株主総会を開催したことがないとか、議事録だけ作成して株主総会を開催したことにするという例も多いのではないかと考えられます。
 しかし、会社法上、株式会社は毎事業年度に1回は定時株主総会を開催しなければなりません(会社法第296条第1項)。

2 株主総会を開催しないことのリスク
 では、貴社のように株主総会を一度も開催したことのない会社は、一体どんなリスクを負うのでしょうか。
 第一は、取締役が会社から報酬を得る場合、報酬額につき定款の定めがないときは株主総会の普通決議によって定めることが必要となるところ(同法第361条第1項、第309条第1項)、株主総会を開催していなければ今まで得た報酬が遡って法律上の原因のないものとされてしまうリスクがあります。その上で、今まで得た報酬の合計額が会社の損害にあたるとして、他の株主から損害賠償責任を追及されたり、取締役の不当利得に当たるとして会社に返還義務が生じたりするリスクがあります。
 第二は、取締役を選任する場合は、株主総会の普通決議が必要となります(同法第329条第1項、第309条第1項)。そのため、株主総会を開催していない場合、適法な選任手続を経ていない取締役による業務執行が行われたとして、今まで取締役が行ってきた行為が覆されてしまうリスクを負うことになります。
 第三は、100万円以下の過料に処されるリスクを負います(同法第976条第18号)。
 これらは、いずれもそういったリスクを負う可能性があるというレベルにとどまります。しかし、同族会社における株主総会の開催コストはそれほど大きくかからないといえますので、余計なリスクを回避しうるメリットと比較衡量すれば、株主総会を開催する方がコストパフォーマンスは高いといえます。

3 回答
 貴社は、株主総会を早急に開催する必要があります。
 なお、過去の株主総会決議事項については、遡って議決しておく必要があります。

メンタルヘルス不調の休職者の復職に対する対応

(質問)
 当社ではメンタルヘルス不調により休職中の従業員Yから、休職期間満了間近に、復職可とする主治医の診断書が提出されました。
 しかし、Yと面接した限りでは、到底仕事に復職できる状況ではなさそうに見えます。
 当社としてはどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 主治医の診断の重要性
 復職の要件である「治癒」とは、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したときをいう」と考えられています。Yの主治医の「復職可」という診断は、Yの意向を色濃く反映したものになりがちで、中小企業の経営者は不満を感じることもしばしばあるようです。
 これは、主治医は、診療を踏まえた従業員の現況は把握しているものの、職場における従業員の担当業務の内容、必要とされる業務遂行能力、配置可能な他の業務等については、直接知り得る立場にないためです。
 もっとも、休職期間満了時に休職者が本来業務に就く程度には回復していなくても、ほどなくそのように回復することが見込まれる場合には「治癒」していないとして休職期間満了により労働契約を終了させるのではなく、可能な限り軽減された業務に就かせるべきであると考えられています。

2 産業医の受診を命じることができるか。
 中小企業の主治医の診断に納得できない場合は、産業医への受診を勧 めることになります。
 産業医は、健康診断等の実施、作業環境の維持管理、作業の管理、労働者の健康管理等の職務を行うこととされており(労働安全衛生法第13条、労働安全規則第14条)、休職者の職場の状況を把握しています。 
 会社として復職の判断をする際には産業医の診断も重要になるので、Yに働きかけて、産業医に受診してもらうことになりますが、Yが産業医への受診を拒む場合には、業務命令として産業医への受診を命令することが考えられます。
 なお、就業規則に定めの有無にかかわらず、Yが産業医への受診命令に従わない場合には、休職者を無理やり産業医のもとに連れて行くわけにはいきませんので、復職の判断の際にその事実を考慮するしかないと思われます。
 仮に、産業医の診断書が提出されて、中小企業とすれば、主治医の診断と異なった場合は、中小企業が産業医の診断に従って復職の判断をすることも合理的理由があります。

3 回答
 貴社は、Yの主治医の診断書に違和感を感じている以上は、Yに対して産業医への受診を命じることになります。

解雇無効確認訴訟のリスク

(質問)
 当社は、他の従業員と全く協調性がなく、取引先としばしばトラブルを起こし、何度注意しても改まらない従業員を懲戒解雇しようと考えていますが、その従業員は反省するどころか、解雇は不当だから争うとか、解雇無効確認訴訟を提起すると言っています。
 当社はどのように対応すれば良いでしょうか。

(回答)

1 懲戒解雇を巡る状況
 中小企業の従業員の中には、非違行為について何度注意しても改めようとしないタイプとか、自らの非を決して認めようとせず、自己の権利主張ばかりを繰り返すタイプの人が見られます。
 中小企業にとっては、そのような役に立たない従業員を養う経済的余裕はないどころか、このような従業員の存在は、社内の士気低下といったより深刻なリスクも招きかねません。

2 解雇無効確認訴訟のリスク
 解雇無効確認訴訟においては、従業員は、会社側に有利な客観的証拠がなければ、自己の勤務懈怠や会社の改善のための指導の事実を全面的に否定するリスクがあります。
 また、会社側の解雇理由が不明確であったり、解雇に至る手続が曖昧であったりすると、訴訟等において解雇無効の判断が下されるリスクがあります。
 そして、訴訟等において、当該解雇が無効であると判断されてしまうと、判決確定までの給料の支払等の財産的損害のみならず、当該従業員の職場復帰といった最悪のリスクも生じかねません。
 このため、従業員の業務命令違反等の非違行為、それに対する改善のための指導の状況等は書面に残し、後日の紛争に備えた証拠化を是非行っていただきたいと考えます。

3 解雇に対する中小企業経営者のスタンス
 中小企業の経営者の中には、「社長の言うことを聞けないのならクビだ」といった強硬派から、解雇をしてもどうせ訴訟では敗訴し、働いてもいない従業員に多額の給料相当額を取られてしまうから解雇はしたくないという超消極派までいますが、どちらも駄目です。
 中小企業経営者とすれば、従業員の非違行為に対して、感情的にならずに、冷静に客観的な証拠に基づき、判例の分析を踏まえながら、解雇の合理性と相当性とを検討することを心がけるべきです。

4 回答
 貴社にとっては、解雇をめぐる訴訟の結果は、予想がつきにくく、敗訴すればその後の不利益も大きいと考えざるを得ません。
 しかし、弁護士の意見も踏まえて、解雇の方針を決定した以上は、仮に、訴訟等になった場合も、当該従業員の非違行為を証拠に基づき、主張、立証していくことになると考えられます。

業務命令違反の場合の懲戒処分における注意事項

(質問)
 当社の従業員は、社長や部長の業務命令に従わないどころか、何故そんなことをしないといけないのかなどと喰ってかかることが度々あったため、懲戒解雇か退職勧奨を検討しています。   
 どのようなことに注意すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 問題従業員の存在
 中小企業においては、このような権利意識が強く、業務命令に対してパワハラなどと主張して従わない問題従業員のケースはしばしば見られます。このような従業員を放置しておくと、社内の規律が緩くなったり、他の真面目な従業員の士気の低下にもつながりかねません。
 そこで、中小企業とすれば、注意、指導を指導書、警告書などといった書面を用いて行うとともに、従業員が注意、指導を録音しているリスクも踏まえて対応するとともに、懲戒解雇も視野に入れた懲戒処分を検討することになります。

2 解雇権行使の要件
 解雇権の行使には、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が必要です(労働契約法第16条)。
 「客観的に合理的な理由」とは、解雇基準が合理的か、非違行為がその解雇基準に合致するか、非違行為による業務上の支障はどの程度であるのかなどを総合的に考慮して判断されますが、裁判例をみると、「著しい成績不良」とか、「著しい就労能力の欠如」を要求する傾向があるように思われます。
 また、「社会通念上の相当性」とは、解雇事由を改善すべく、企業側が合理的な対応をしたかどうかが重視されます。

3 解雇権行使のリスク
 客観的に合理的な理由も社会通念上の相当性の要件も、使用者側がここまでやったら大丈夫という明確な線引きができるものではなく、後で労働者側の言い分が認められて、ひっくり返されるリスクがあります。
 このため、使用者としては、労働能力や労働意欲を欠いた従業員やご質問のような業務命令に従わない問題従業員に対して強く出られないというジレンマがあります。

4 退職勧奨のリスク
 中小企業とすれば、解雇については、その有効性が不明確なため、問題のある従業員に対して、退職を勧奨することになります。
 しかし、退職勧奨が不法行為とされるリスクがあります。
 例えば、傷病休職者の復職の際に、上司5名が約4か月間に約8時間にわたったものを含め30数回の面談を行い、「能力がない」、「別の道があるだろう」、「寄生虫」などと発言したほか、大声を出し、机を叩くなどし、労働者の同意なく寮に赴いたなどの場合に、慰謝料として、80万円の支払いを命じたケースがあります(大阪高判平成13年3月14日判決)。
 この裁判例の事案はいささか極端な感じがしますが、中小企業としては、行き過ぎた退職勧奨にはリスクがあることを十分に理解する必要があります。

5 回答
  貴社は、業務命令違反の事実確認とその証拠化、当該従業員への注意とその改善への指導等を踏まえ、戒告、減給等の懲戒処分を段階的に行った上で、懲戒解雇を検討すべきです。
  また、懲戒解雇は後で無効と判断されるなどのリスクがあるので、懲戒解雇をちらつかせながら、退職勧奨も検討すべきです。  

所持品検査と監視カメラの設置要件

(質問)
当社では、従業員が倉庫内の商品を領得するという業務上横領事件を起こしたため、警察沙汰になってしまいました。今後、同様の犯罪を防ぐため、従業員の所持品を検査したり、職場に監視カメラを設置したりすることは可能でしょうか。 

(回答)

1 所持品検査
 所持品検査は、金品の不正隠匿を摘発・防止や、現金などの貴重品を扱う従業員が現金などの紛失等が発生した場合に、身の潔白を証明するための機会を保障するために行う必要が生じます。
 この所持品検査は、①これを必要とする合理的な理由に基づき、②一般的に妥当な方法と程度で、③制度として従業員に対して画一的に実施される場合に、④明示の根拠に基づくのであれば認められるとされています(最高裁判所昭和43年8月2日判決)。
 所持品検査が適法であれば、貴社はそれを拒絶した従業員に対し、懲戒処分を行うことが可能になります。

2 監視カメラの設置
 ビデオカメラやコンピューターによって職場内の従業員について、モニタリングすることについては、原則として、①その実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に従業員に通知すること、②個人情報の保護に関する権利を侵害しないように配慮すること、③常時のモニタリングは労働者の健康および安全の確保又は業務上の財産の保全に必要な場合に限定して実施すること、④モニタリングの導入に際しては原則として労働組合等に対し事前に通知し、必要に応じ協議を行うことなどが要求されます。
 ただし、犯罪その他の重要な不正行為があるとするに足りる相当の理由があると認められる場合には、従業員への事前の通知等を行わず、監視カメラを設置できると考えられます。
 なお、以上の点については、個人情報保護法施行前の指針ですが、労働省(現厚生労働省)の「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年2月)を参考にしています。

3 監視カメラと個人情報保護法
 監視カメラの映像により、特定の個人が識別できるのであれば、利用目的の通知、公表等(個人情報保護法第18条第1項)が必要となります。
 しかし、一般的に、防犯目的のために監視カメラを設置する場合は、個人情報の利用目的は、取得の状況からみて明らかであるので、利用目的の公表は必要ではないと考えられます(同法第18条第4項第4号)。

4 回答
 貴社が今後の防止策として、所持品検査を行う場合は、所持品検査を行う旨が規定されている社内規程に基づき、目的の合理性、方法の妥当性、画一的な実施に基づき、行うことができます。
 また、監視カメラの設置については、同じく、社内規程に基づき、事前に労働者や労働組合に通知した上で行うことができます。

未払残業代請求の労働審判のリスク

(質問)
 当社は、ある元従業員から未払残業代について労働審判が申し立てられました。どのように対応すべきでしょうか。

(回答)

1 労働審判とは
 中小企業も当然のことながら労働審判を申し立てられるリスクはあります。
 労働審判では、裁判所に設置された労働審判委員会が、期日における非公開の審理を経て(労働審判法第16条)、心証を形成します。
 委員会を構成する労働審判官(裁判官)1名と、労働関係に関する専門的な知識経験を有する市民から選ばれた労働審判員2名は、平等の議決権を有し、決議は過半数でなされます(同法第12条)。
 労働審判は、申立てから原則として40日以内に第1回期日が指定されます(同法規則第13条)。労働審判委員会が心証を形成するのは、大体この第1回期日です。そして、原則として3回以内の期日で審理は終了し、長引く例外はほとんどありません。
 大体のイメージですが、第1回目で事実審理、第2回目で調停の協議、第3回目で調停成立か審判というのが一般的です。

2 労働審判への対応
 中小企業とすれば、もしも十分が準備ができないまま第1回期日を迎えてしまうと、労働審判委員会の心証は事実上第1回で決まってしまうことが多いため、いわば後はないのです。ここが、労働審判を申し立てられた場合の、中小企業にとって一番のリスクなのです。
というのは、中小企業においては、上場企業のように必ずしも顧問弁護士がいない、知り合いの弁護士がいてもその弁護士が労働審判の経験があるとは限らないし、迅速に対応してくれるかわからないからです。
 このように労働審判は、中小企業にとっては早期決着という点ではメリットが大きいものの、複雑な案件では、短い期間に準備に追われ、場合によっては十分な防衛活動ができないといったリスクがあることに注意する必要があります。
 労働審判期日には、申立書、答弁書、証拠書類等を踏まえ、労働審判委員会から会社側関係者に質問がなされ、さらには申立人やその代理人から直接質問がなされることもあります。この質問は、会社側にとって不利な点を突くようなものも多くあります。このため、どのような質問が来るか想定し、リハーサルをしておく必要があります。
 なお、本ケースのような未払残業代が問題となっているケースにおいては、いわゆる生の証拠をそのまま提出するだけではなく、一覧表を作成するなど労働審判員にも分かりやすい説明を行うなどのテクニックも必要となります。

3 和解の可能性
 労働審判では、第1回期日から調停が行われ、労働審判委員会から金銭解決の和解の可能性について意見を求められることもよくあります。
 和解をする心づもりがあるかについては、事前に十分に検討の上、その場で答えられた方が良いですし、弁護士とよく相談の上、解決金の上限額の心づもりもある程度はつけておく必要があります。

4 異議申立
 なお、労働審判告知から2週間以内に異議が申し立てられれば、労働審判はその効力を失い、自動的に訴訟手続に移行します(同法第21条第1項・第3項、第22条第1項)。

5 回答
 貴社は、労働審判が申し立てられた以上、早急に顧問弁護士と打合せを行って、認否反論の準備を行うとともに、第1回期日に誰を同行して何を供述するかを、綿密かつ戦略的に決定する必要があります。
また、それと同時に、全く労働者の言い分に理由がない場合を除いて、いわゆる「落としどころ」も併せて検討するのが望ましいと考えます。