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印鑑の管理リスク

(質問)
 当社は、突然Y社から当社の代表者印が押印されたコンサルタント契約書のコピーを示され、それに基づくコンサルタント料の請求を受けました。    
 しかし、当社の社長は、その印鑑が代表者印とは思われるものの、そのような契約書に押印した記憶はないとのことです。
 当社とすればどのように対応すれば良いのでしょうか。

(回答)

1 文書管理の重要性
 企業においては、社印、代表者印、取締役の印鑑、銀行印などの印鑑の管理が極めて重要なので、それが適切になされているかどうかを改めて確認しておく必要があります。
 印鑑管理のリスクとしては、次のことが挙げられます。
 ①印鑑が偽造されるリスク
 ②部外者による不正使用リスク
 ③内部の者による不正使用リスク

2 二段の推定の法理
 訴訟においては、コンサルタント契約が貴社の意思に基づいて作成されたかどうか(真正に成立したかどうか)が、まず問題となります(形式的証拠力)。
 訴訟において、貴社がコンサルタント契約書の真正を争った場合は、Y社は、コンサルタント契約書が貴社の意思に基づいて作成されたこと(文書が真正に成立したこと)を立証する必要があります。
 この点につき、判例は、私文書の作成名義人の印影が、その名義人の印章(印鑑)によって顕出(押印)された事実が確定された場合には、反証がない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定できるとしています(最高裁判所昭和39年5月12日判決)。これを一段目の推定といいます。
 次に、民事訴訟法第228条第4項は、私文書は本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立した(意思に基づいた)ものと推定すると規定しています。これを二段目の推定といいます。
 したがって、Y社は、コンサルタント契約に押印された印影が貴社の印章の印影と同一であることさえ立証すれば、文書の真正が推定されることになります。これを二段の推定の法理といいます。
 すなわち、本人の印影→本人の意思に基づく規制→文書の成立の真正ということになります。
 以上の次第で、代表社印の管理は大変重要ですので、施錠している引き出しに保管するなど厳重な管理が要求されます。

3 回答
 貴社は、コンサルタント契約に押印された印影が貴社の代表者印の印影である以上、貴社の代表者の意思に基づいて文書が作成されたと推定されてしまいます。
 貴社としては、コンサルタント契約書に押印された印影が貴社の印章により押印されたものでないとか、印章が第三者に盗用されたとか、貴社が白紙の契約書に代表者印を押印後に変造されたなどを立証できない限り、コンサルタント契約の契約書の成立は争えません。
 次に、契約書の真正が認められたとしても、その内容を争うことは可能です。
 貴社とすれば、コンサルタント契約は真正に成立したとしても、コンサルタントの実体がなかったからコンサルタント料金の支払義務はないなどといった争い方をすることも検討する必要があります。

他社の商標登録によるリスク

(質問)
 当社は、Y社から、Y社の店舗名と同じものを商標登録しているという内容の警告書を受領しました。
 当社が調べたところ、Y社の商標出願日よりも、当社の店舗名の使用開始時期の方が早かったのですが、当社は店舗名の使用を中止しなければいけないでしょうか。

(回答)

1 商標の効力
 商標登録により商標を使用する指定商品又は指定役務について商標権を独占的に使用することができることになります。
 そこで貴社は、Y社の商標登録が貴社の営業をカバーする役務を含んだ分野(指定役務)になされた有効なものかどうかを確認する必要があります。このようなY社の商標権が存在すれば、原則として、貴社の店舗名の使用行為はY社の商標権を侵害することになります。

2 先使用権
 しかし、仮に、そのようなY社の商標権が存在しても、以前からの社の貴名称の使用実績に基づき、貴社の継続使用を認める「先使用権」が成立する場合があります。
 先使用権の成立には、①貴社が警告者の商標出願前から名称を使用していること、②名称の使用が不正競争の目的がないこと、③貴社が名称を使用することで、Y社の商標出願時に貴社の名称が周知(ある程度有名)になっていたこと、④貴社が継続して貴名称を使用していること、の全てを満足する必要があります。
 これらのうち③は、Y社の商標出願時に、貴社の名称が周知(通常、隣県のいくつかまで貴名称が知れわたっている程度)であったことを、具体的には、使用期間、使用地域、営業規模(店舗数、営業地域、売上高等)、広告宣伝実績、新聞雑誌等の記事掲載実績等に関する証拠資料に基づき間接的に証明する必要があります。しかし、この証拠資料が元々なかったり、(通常、数年以上前の出願時の状況を示すような)古い資料として既に廃棄されていたりで、実務的には、この資料収集は容易でなく、③の証明ができずに先使用権が認められないリスクがあります。

3 回答
 このように貴社の名称の使用実績により先使用権がうまく証明できれば、貴名称の使用を中止する必要がなくなりますが、実際はそれが困難な場合も多いと考えられます。
 したがって、このようなトラブルを回避するためには、貴社が安定して継続的に使用したい商標(店舗名、商品名、会社名、ロゴ等)は自らが商標登録すべきです。

他社の営業秘密侵害リスク

(質問)
 当社は、製品開発の仕事を行っているのですが、同業会社Yから、当社がY社の営業秘密を盗用したこと、その営業秘密の使用の差止めと損害賠償請求を請求する旨の通知が届きました。
 当社にはどのようなリスクがあるのでしょうか。

(回答)

1 差止請求とそれに対する事実確認
 Y社は、貴社に対して、当該情報を利用した販売活動の差止めを求めることとなりますが、まずは、貴社に対してその旨を記載した警告状を送付することが多いと考えられます。
 これに対し、貴社は、Y社の主張に対して、営業秘密侵害の事実確認を行うことになります。

2 損害賠償額
 貴社が他社の営業秘密を侵害すると、次のとおり、損害賠償額が容易に認定されたり、その額が多額になるというリスクがあります。

 ア 原則は被侵害者の利益
   「損害額=Y社の損害」
   しかし、Y社が得べかりし利益を立証することは一般的に困難といえます。

 イ 侵害者の利益
   「損害額」=「貴社の利益」
   貴社が営業利益の侵害により利益を受けているときは、Y社の販売能力を超えない限度において、その額が損害額と推定されます。
   例えば、貴社が1,000万円の利益を上げていれば、Y社は1,000万円の損害を受けたものと推定されてしまいます。
   もっとも、推定規定なので、商品の用途や需要者の違い、貴社の商品の購買力が独自の要素に起因することなどを理由として推定が覆る可能性はあります。
    
  ウ ライセンス料相当額
    「損害額」=「ライセンス料相当額」
    Y社の損害額の算定については、営業秘密のライセンス料と推定されます。
    例えば、貴社の売上が5,000万円で、当該営業秘密のライセンス料率の相場が売上高の15%であれば、750万円がY社の損害と推定されてしまいます。

3 営業秘密侵害罪
 不正の利益を得る目的又は営業秘密の保有者に損害を与える目的で行った営業秘密の不正取得・領得・不正使用・不正開示のうちの一定の行為を行うと、10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金(又はその両方)に処せられるリスクがあります。
 日本国内で管理されていた営業秘密を、国外で不正使用又は不正開示した場合も処罰されます。
 一部の営業秘密侵害罪については、法人の業務として行われた場合、行為者が処罰されるほか、法人も3億円以下の罰金となります。

4 営業秘密保護強化の動き
 営業秘密の侵害については、平成27年の不正競争防止法の一部改正により、営業秘密の取得者の処罰範囲の拡大(3次取得者以降も処罰の対象にする。)、未遂行為の処罰、非親告罪化、生産技術等の不正使用の事実について侵害者が違法に取得した技術を使っていないことを立証しなければいけないとの立証責任の転換等の営業秘密の保護強化の動きがあります。

5 まとめ
 貴社がY社の営業秘密を侵害すると、多額の損害賠償を負うとともに、刑事罰を被るリスクがあります。
 そこで、貴社としては、Y社の営業秘密を実際に侵害しているかどうかの調査を行い、侵害している事実が認められれば、早急に是正措置を講じるほか、Y社と和解交渉に入るべきです。
 また、貴社は、中途採用者等に対し、前職の会社の営業秘密を貴社において使用しない旨の誓約書を提出させるなどの予防措置を採るべきです(混入(コンタミネーション)対応)。

営業秘密の要件

(質問)
 当社は、製品製造のノウハウを他社に知られないように、営業秘密としての管理を徹底しようと考えています。
 営業秘密とはどのようなものでしょうか。
 

(回答)

1 営業秘密とは
 営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法・販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法第2条第6項)をいいます。

2 秘密として管理されていること(秘密管理性)
 秘密管理性については、①営業秘密に関して、その保有者が主観に秘密を有しているという意思を持っていること(秘密保持の意思)、②客観的に秘密として管理されていると認められる状態にあること(客観的な秘密管理性)の2つの要件が必要であるとされています。
 また、経済産業省の営業秘密管理指針では、秘密管理性が認められるためには、企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があるとされています。
 そして、秘密管理措置とは、紙媒体の場合は、「マル秘」など秘密であることを表示したり、施錠可能なキャビネット等に保管することとされています。
 また、電子媒体の場合、記録媒体へのマル秘の付記、電子ファイルを用いた場合に端末画面にマル秘の付記、電子ファイル等の閲覧に要するパスワードの設定等が挙げられています。

3 有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性)
 この要件は、経済的な利用価値のある秘密、あるいは、法的保護を行うに足る社会的意義と必要性がある秘密のみを保護の対象とする趣旨です。

4 公然と知られていないこと(非公知性)
 不正競争行為によらないで当該情報が不特定多数のものに知られる状態になれば、もはや営業秘密としての保護が及ばなくなります。

5 営業秘密のリスク
 企業においては、製品製造のノウハウが他社に漏れてしまって、それが利用されると、事業継続自体が脅かされるリスクにもつながりかねません。
 営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示に対しては、企業は差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求の民事上の措置を採ることができるほか、営業秘密侵害罪の刑事罰が規定されています。
 しかし、民事上、刑事上の措置はいずれも事後的措置にすぎず、被害が完全に回復できないリスクがあるので、企業とすれば、営業秘密の管理を徹底すべきです。

有名な他社の名称の使用リスク

(質問)
 当社は、この度、レストランを新規出店するのですが、店名を私の好きな洋服の有名ブランド名と同じにしようと考えています。法的に何か問題はあるのでしょうか。

(回答)

1 商標権侵害のリスク
 洋服の有名ブランドは、商標登録を行っていると考えられますが、指定役務に飲食物の提供が含まれていないと、貴社がカフェの店名にその有名なブランド名を用いても商標権侵害になりません。
 この場合は、不正競争防止法違反のリスクが問題になります。

2 周知商品等表示混同惹起行為
 商標や商号のように他人の業務に係る商品や営業であることを示す表示である商品等表示のうち、周知な他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用することで、自分と他人の営業等を顧客が混同するような行為は不正競争に該当します(不正競争防止法第2条第1項第1号)。
 この混同行為については、商品等の主体を混同する虚偽の混同だけではなく、他人の周知な営業表示と同一又は類似のものを使用する者と当該他人との間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させるいわゆる広義の混同を生じさせる行為をも包含すると解されているので(最高裁判所平成10年9月10日判決)、注意が必要です。

3 著名表示冒用行為
 商品等表示のうち、周知よりも有名の度合いが高い著名な(全国で世間一般に知られている)商品等表示と同一又は類似のものを使用することは不正競争に該当することが規定されています(同項第2号)。
 つまり、商品等表示が周知よりも有名な「著名」になると、周知レベルで要求される顧客の混同の有無は問わず、その著名な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を他人が使用することは不正競争に該当し、差止請求や損害賠償請求のリスクが生じます。

4 まとめ
 洋服の有名ブランド名(商標)が、著名とまではいかなくても周知である以上は、それを貴社のカフェの店名として使用することは、親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係等を誤信させるとして、周知表示混同惹起行為に該当すると判断されるリスクがあります。
 また、洋服の有名ブランド名が著名と判断されれば、貴社のカフェがその有名ブランドと何らか関係があると混同されなくても、第2号の不正競争に該当すると判断されるリスクがあります。
 このように他人の商標権侵害を生じなくても、周知又は著名な商品等の使用は、不正競争行為になるため、十分注意が必要です。

合同労組への団体交渉義務

(質問)
 当社の従業員が合同労組に加入したとして、合同労組から団体交渉の申入書が届きました。
 当社はどのように対応すればよろしいでしょうか。

(回答)

1 合同労組とは
 合同労組(合同労働組合)とは、一定地域に存在する中小零細企業の労働者が、個人加入を原則として、企業の枠を超えて組織する労働組合です。日本の労働組合は、企業別組合が一般的ですが、合同労組の場合、複数の企業や異業種の企業の労働者がメンバーとなっています。
 これらの組合の多くは、個々の労働者の解雇、残業代不払い、セクハラ・パワハラ問題等の個別労働紛争を個々の企業との団体交渉によって解決することを主要な活動としています。

2 合同労組に関する情報収集
 団体交渉前にできる限り合同労組の情報を収集する必要があります。それは、一口に合同組合といってもその性格は様々であり、団体交渉に臨むに当たって注意すべき点等も変わり得るからです。
 当該合同労組のホームページ等があれば、過去の実績などからその組合の性格が分かることもありますし、また、経営者団体に問い合わせることも考えられます。

3 合同労組への団体交渉義務
 貴社が合同労組を軽視して団体交渉に応じないと、不当労働行為となり、労働委員会から救済命令等が発されるリスクがあります。
 また、団体交渉を拒否した場合、労働組合が会社近くでのビラ撒きや街宣活動等の抗議行動を行ったり、労働委員会への不当労働行為救済の申立てを行ったりするリスクを頭に入れておく必要があります。
 一方、対応を急ぐあまりに準備不足で団体交渉に臨むと、合同労組のペースに乗せられ要求を飲まざるをえなくなり、後々後悔することにもなりかねませんので、弁護士と十分に対策・方針を協議の上、迅速かつ的確な対応が必要となります。

物品のデザインの権利の保全

(質問)
 当社は、ボールペンの先端部分の形状を独創的に工夫し、今までにはない使い心地の製品を開発しました。
 他人が模倣することを防止したいのですがどうすれば良いでしょうか。

(回答)

1 意匠登録を検討すべき
 同じ機能を有する同種の物であっても、個性的で見栄えの良いデザイン(外観)を有する物が他の物よりもよく売れることはよくあり、産業の発達を促進するには、物のデザインは極めて重要です。
 デザインについて、他人の模倣を防止し創作意欲を促進するため、優れたデザインを創作した者に、それを一定期間独占できる意匠権という知的財産権が設けられています。

2 意匠権とは
 意匠登録の対象は、物品の形状、模様及び色彩に関するデザインであり、視覚を通じ美感を起こさせ、工業的に量産できるもの等を対象としています。
 このようなデザインのうち、次のような要件等を満たすものを特許庁に意匠登録出願すれば、意匠登録を受けて意匠権を取得できます。
 ①工業上利用することができる意匠であること(工業上利用性)
 ②出願時に知られていない意匠であること(新規性)
  これには一定範囲で例外が認められる場合がありますが、例外申請にはさまざまな書類が要求されたり厳しい適用要件を満たす必要があるので、出願迄はデザインを秘密にしておくことを原則にすべきです。
 ③容易に創作できたものでないこと(創作非容易性)
 ④先願意匠の一部と同一、類似の意匠でないこと
 ⑤公序良俗違反でないもの
 ⑥他人の業務に係る物品と混合を生じないこと
 ⑦機能確保のための形状でないこと等

3 意匠登録の効果
 意匠登録により与えられる意匠権は、登録されたデザインと同一及びこれに類似するデザインにまで専用権と禁止権が認められ、そのデザインと同一又は類似する模倣品を他人が勝手に製造したり販売することを禁止することなどができます。

4 回答
 ご質問のボールペンのデザインについては、意匠登録の対象となると考えられます。
 意匠権は登録料を払えば、登録から20年間認められ、デザイン保護には極めて有効な手段です。

定款の内容と実際の運用の食い違い

(質問)
 当社では、内容の違う定款が数種類見つかりました。しかし、どの定款にも監査役設置規定がないにもかかわらず、当社では、従前から監査役が選任されていますし、株券を発行していないのに株券発行会社として登記されています。
 このような状況で、当社は今後、どのように定款を整理していったらよいでしょうか。
 なお、公証人の認証を受けた定款は、もはや存在しません。

(回答)

1 定款の確定
 定款には、公証人による認証を受けた「原始定款」と、株主総会の特別決議で変更することになった「現行定款」があります。
 会社法では、役員の任期、株式の譲渡を承認する機関、監査役の監査の範囲等、定款規定の自由度が高まり、定款で定めることにより、その会社のルールとして認められることになっています。
 原始定款を認証した公証役場が判明しており、かつ、その認証の時から20年を経過していない場合には、認証を受けた公証役場へ連絡し、交付申請をすることで原始定款の謄本を入手できます。
 原始定款を認証した公証役場が判明していなくとも、登記申請をしてから5年以内であれば、設立登記をした法務局が設立登記に関する書類の一部として定款等を保管しているので、そこで原始定款を閲覧することができます。
 上記の方法によって定款を確定できない場合は、あるべき定款を再度作成するしかありません。

2 定款の変更
 定款の内容を変更する場合は、原則として、株主総会の特別決議が必要となります(会社法第466条、第309条第2項第11号)。
 また、株式譲渡制限規定を設けたり、譲渡制限会社で株主ごとに異なる取扱いを行う規定を設ける場合には特殊決議が、会社が特定株主から自己株式を取得する際に、他の株主からの追加請求を排除する定款変更を行うには、株主全員の同意が必要となります。

3 定款の重要性
 貴社は、会社の実態を踏まえて、定款を確定する必要があります。
 まずは、社内に存在している古い株主総会議事録、取締役会議事録、複数の異なる定款を寄せ集めて、その内容が現在の会社の実体と整合しているかどうかを確認します。
 そして、整合していない場合は、あるべき定款に合致するように会社の実態を変更するか、会社の実態に合わせて、あるべき定款の変更を行うか、いずれが合理的か検討することになります。

4 回答
 ご質問のケースでは、どの定款にも監査役設置規定がないにもかかわらず、監査役が選任され登記されていることから、実態と合わせて監査役の権限の範囲を検討した上で監査役設置会社としての定款を作成するか、会社の実態を変更して監査役を廃止するかを選択することになります。
 また、株券については、旧商法時代から存在している株券発行会社は、会社法施行後、定款を変更していない場合は、依然として株券発行会社であるとされているので、定款の規定により株券不発行を規定することになります。

パソコンのウイルス感染による情報漏洩のリスク

(質問)
 当社では、従業員のパソコンからウイルスに感染し、顧客のデータが一部流出してしまいました。
 当社はどのように対応したら良いでしょうか。

(回答)

1 情報漏洩リスク
 企業のリスクとして、ご質問のようなパソコンのウイルス感染による情報流出、従業員による情報漏洩、標的型サイバー攻撃による情報流出等のリスクは、被害の広範性、即時性、拡散性等から企業存続の致命傷にもなりかねない極めて大きなリスクといえます。
 企業が一度でも情報漏洩をしてしまうと、被害者への謝罪費用、原因調査費用といったコスト面だけではなく、社会的信用やブランドイメージの低下など、そのダメージは計り知れません。

2 情報漏洩の典型的なパターン
 誤操作、盗難や置き忘れ、ノートパソコンなどのモバイル機器やUSBなどの持ち運び、ソフトウェアのバグ、コンピュータウイルスの感染、不正アクセスによる攻撃、内部関係者による意図的な情報の流出が挙げられます。
 NPO日本ネットワーク・セキュリティ協会「2013年 情報セキュリティインシデントに関する調査報告書」によると、同年に発生した1388件の個人情報漏洩事例の原因は、誤操作、紛失・置き忘れ、管理ミスなどのヒューマンエラーが約80%を占めています。
 ご質問のケースもまさに貴社のパソコンのセキュリティーの不備と従業員の不用意なパソコンの使用が原因となっているので、ヒューマンエラーに該当します。

3 情報漏洩事実の公表
 顧客情報が漏洩した事実を速やかに公表することは、当該情報がプライバシーなどに密接に関わる情報であり、漏洩による個人の人格的、財産的利益に対する被害や、なりすましによる商品の購入などの二次被害を最小限に抑えるために必要です。

4 個人情報流出の初動対応
 貴社の個人情報流出に対する初動対応の流れは、次のとおりです。
 ①事故状況、内容の把握(流出データの特定、漏洩原因の調査)
 ②警察署、監督官庁への第一報
 ③二次被害の防止措置(クレジットカード会社等への連絡)
 ④被害者に対する通知、公表(マスコミ発表を行うかどうかの検討)
 ⑤被害者対応(Q&Aの作成、お詫び状の送付、コールセンターの設置、問い合わせとクレーム対応)
 ⑥監督官庁への報告(情報漏洩の原因、経緯、漏洩発覚後の対応、今後の再発防止等)
 ⑦再発防止策の策定と実施

就業規則の見直しに当たっての注意事項

(質問)
 当社は、就業規則を全面的に見直そうと考えていますが、どのような点に注意すればよろしいですか。

(回答)

1 就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能
 本書においては、いくつかの場面で就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能としての重要性を説明してきました。以下、重複しますが、特に実務上問題になる点を挙げます。

2 降給に関する規定の不備
 就業規則に降給に関する規定があるからといって、本人の同意なく給与を下げられるというわけではありませんが、降給に関する規定がないと、業績が悪化しても給与が下げにくい可能性があります。すなわち、会社に労働組合がある場合、降給に向けての労働者側との交渉は全く不可能というわけではありませんが、就業規則の根拠がないので、ゼロベースで労使交渉をせざるを得ず、給与を下げにくいというリスクがあります。
 降格、降級に関する規定も同様に必要です。

3 休職関係の規定の不備
 就業規則の中に、会社の休職命令の根拠規定がなかったり、会社が指定する医師の受診命令の根拠規定がないことがあります。
 仮に、かかる根拠規定がないと、労働者の休職の要否、復職の可否、私病かどうか(特にメンタル不調の場合)の判断について、会社が主導権を持つことが困難となり、労働者や労働者の主治医の判断に引きずられることなります。この点、例えば、受診命令の根拠規定があれば、受診命令の拒否の場合に別途懲戒処分も可能となります。
 また、休職期間満了による自動退職の規定がないケースもあります。
 さらに、休職期間との関連で、復職後一定期間内に再度休職した場合には、休職期間を通算する規定を設けるべきです。この規定がないと、1か月復職してまた休職されるリスクが生じ、そうなるとかなり厄介になります。
 会社によっては、稀に、私傷病の場合の休職について、無給とする定めがない場合もあるので、注意が必要です。

4 パートタイマー、有期雇用従業員、派遣労働者のための就業規則の不備
 かかる就業規則がないと、正社員の就業規則の規定がそのまま適用されてしまうリスクがあります。

5 競業避止義務に関する規定の不備
 就業規則において、退職従業員の同業他社への転職を禁止することによって、会社の営業秘密やノウハウを守ることができます。
 また、従業員の独立が想定される場合には、引抜き行為の禁止などを定めることも考えられます。
 ただし、職業選択の自由との関係で、かかる禁止が無制限に認められるわけではないことに注意する必要があります。

6 退職時の引継ぎに関する規定の不備
 民法上は、期間の定めのない雇用についてはいつでも解約を申し出ることができ、申入れから2週間経過により終了と定められています(同法第627条)。
 これが任意規定であるのか強行規定であるのかは争いがあるものの(強行規定説が有力)、就業規則において、十分な予告期間を定め、引継ぎをすることを明示することは重要です。民法の定めが強行規定であるとしても、これは一方的意思表示による契約解除の規定であるので、合意による退職のルールを別途定めるのは有効と考えられるからです。

7 セキュリティ対策、モニタリングに関する規定の不備
 会社の情報端末による私的なメール送受信や私的なネット閲覧の禁止、個人所有の情報端末を許可なく会社の情報端末に接続したり、データを複製することの禁止は、情報漏洩、会社のパソコンのウイルス感染等の防止の観点から必要となります。
 また、機器所持品検査や、メールやPC内のデータの閲覧等のモニタリングも社内不正の調査等の観点から必要となります。ただし、従業員のプライバシー侵害を考慮した上での対応となります。

8 その他必要と考えられる規定
 ①振替休日に関する規定
 ②代休に関する規定
 ③配転命令に関する規定
 ④職種の変更に関する規定
 ⑤出向命令に関する規定
 ⑥自宅待機に関する規定
 ⑦懲戒処分としての出勤停止
 ⑧一定期間出勤しない場合は当然に自然退職となる規定
 ⑨懲戒解雇の場合の退職金の全部又は一部の不支給に関する規定
 ⑩懲戒解雇事由が発覚した場合の退職金の返還規定
 ⑪1か月単位の変形労働時間制における労働日の変更に関する規定等

9 就業規則は事業所ごとに定める必要があること
 就業規則の内容に関する点ではありませんが、就業規則を作っていても、本社にしか置いてないケースがよく見られます。
 これは、労働基準法違反のリスクだけでなく、労働紛争の場合に大きなリスクにつながります。なぜなら、就業規則の周知がないと、労働契約の内容にはならないため、就業規則に基づく処分(懲戒処分や配転命令、休職命令など)ができないリスクがあるからです。