当社は建物建築工事を主な業務としている株式会社です。
ある個人の方から住宅建築の依頼を受けて,建物を完成させました。しかし,注文主は請負代金の3分の2は支払っていますが,残りを支払ってくれません。
この場合,残代金を支払ってくれるまで,当社が建てた建物を占有すること(建物の鍵を渡さないこと)はできると思うのですが,建物の敷地も占有すること(敷地の周りに柵などを巡らせて入れないようにすること)はできないのでしょうか?
(回答)
1 留置権とは
まず,貴社が建物や土地を占有する基礎となる権利である「留置権」について説明します。
留置権とは,他人の物の占有者が,その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる権利です。例えば,腕時計を修理に出した場合,修理屋は修理代金を支払ってもらえるまで腕時計を持ち主に返さなくてもよく,これは留置権に基づく帰結です。
そして,建築業者が建物建築工事を請け負い,建物を完成させたものの注文主から請負代金を支払ってもらえない場合,建築業者は留置権に基づき建物の占有をすることができます(民法295条)。
ただし,建物を完成させる途中で注文主が破産してしまったような場合は,建物を占有するだけでは債権回収に十分でなく(建物が完成した価格にならないので),建築業者としては敷地も占有することで請負代金の弁済を注文主に促したいと考えます。
そこで,このような目的で敷地も占有は認められるかが問題となります。
2 留置権の種類
留置権は,民法上認められる民事留置権と商法上認められる商事留置権(商法521条)があります。
そして,民事留置権は,債権と占有するものとの間に牽連性(関連性)が要求されるところ,建物請負代金債権と牽連性が認められるのは建物であって敷地ではないので,民事留置権に基づく場合,敷地の占有は認められません。
次に,商事留置権については,民事留置権と異なり,債権と占有するものとの間に牽連性は要求されません。
その代りに,債権者と債務者が双方商人であることが要求されます。
したがって,ご質問のケースは委託主が個人であって商人ではないので,商事留置権は認められません。
3 敷地の占有は
それでは,ご質問のケースの依頼者が仮に株式会社のような商人であった場合は,商事留置権は認められるのでしょうか。
これについては,これを肯定した下級審の裁判例もありますが,肯定した最高裁判所の判例はなく,学説も否定説が有力と考えられます。
理由としては,建築業者の商事留置権を認めてしまうと,建物が建つ予定の敷地に抵当権を設定していた銀行が,住宅ローン等の債権を回収するために敷地を競売にかけても,建築業者の商事留置権があるため債権回収ができなくなることとなり,現行の金融実務に混乱を来すということが実質的な理由です。
以上より,ご質問への回答としましては,現在の裁判例・学説の状況を踏まえる限り,敷地に商事留置権は認められず,敷地を占有することは認められないと考えられます。