工事代金不払のリスクを考慮しての工事の中止

(質問)
 当社は、ある会社とビルの建設請負契約を締結しました。その契約においては、請負代金の支払時期が、工事着工時に3割、工事が半分完成した際には3割、工事が完了した際に残りの4割を支払うという内容となっています。
 そして、当社は、工事着工時に代金の3割の支払いを受け、その後工事を半分完済させた際に、代金の3割の支払いも受けました。
 しかし、ある人から、注文主である会社が資金繰りに窮し、手形の不渡りを出したということを聞きました。このままでは、残りの工事代金を支払ってもらえないおそれがあるため、工事を中止したいと考えております。 そのようなことは可能でしょうか。

(回答)

1 請負人の義務 
 請負契約においては、請負人が仕事を完成させなければ報酬を請求することができません(民法第632条参照)。すなわち、請負人には工事を完成させることにつき先履行の義務があると言えます。
 したがって、請負人である貴社が一方的に工事を中止することは債務不履行となり、工事の遅れ等を理由に注文主から損害賠償請求を受けるリスクがあります。

2 不安の抗弁権とは
 しかし、注文主の信用状態が悪化しているために、工事を完成しても請負代金の支払いが期待できないような場合にまで、先履行義務を果たさなければならないというのは請負人にとって不当であると考えられます。
 そこで、かかる場合には、債務者が債務の履行を拒むことができるという不安の抗弁権が認められる場合があります。このことは、売買の継続的取引などについても同様です。
 ご質問のケースのような請負契約について、東京地方裁判所平成9年8月29日判決は、注文主が請負代金支払いを分割払いにするよう変更してくれと一方的に執拗に提案してきた事案において、そのような提案を受けた請負人が注文主の代金支払いについて疑念を抱き工事を中止したことは、契約解除原因としての債務不履行には当たらないとして、結果として不安の抗弁権と同様の効果を認めました。
 したがって、ご質問のケースにおいても、貴社が工事を拒むことが債務不履行とはならないと判断される可能性はあると考えられます。
 しかし、この注文主の財産状態が悪化している要件については、客観的に裏付ける具体的事実が必要となってきます。そのような具体的事実が客観的に認められないにもかかわらず、なんとなく不安があるから工事を途中で止めてしまうなどの判断をすると、後で債務不履行責任を問われて、損害賠償請求をされるリスクがありますので、慎重に判断する必要があります。
 なお、この不安の抗弁権は、今回の民法改正で条文として盛り込もうとする動きもありましたが、最終的に規定されることはありませんでした。この点からも、不安の抗弁権が認められるためには、ある程度のハードルがあるといえます。

3 契約によるリスク回避 
 ご質問のケースに備え、「手形の不渡り等の一定の事由が注文者に生じた場合は請負人は、追加担保の提供、財務諸表、資金繰り表の提出を求めることができる。注文者がこれに応じないときは、請負人は工事を拒むことができる。」といった条項を請負契約に規定しておけば、不安の抗弁権が生じるかどうかのリスクを検討することなく、貴社は工事を拒むことができます。
 したがって、請負契約締結時において、そのような条項を請負契約に盛り込むべきです。

4 回答 
 貴社は、注文者の手形不渡の事実関係を調査して、その証拠によっては不安の抗弁権が認められる場合もあります。
 ただし、貴社は、事前に契約において不安の抗弁権に関する条項を設けておくべきです。