元取締役の従業員引抜き行為

(質問)
 当社の取締役が、この度、独立して新会社を設立することになりました。
 当該取締役が独立すること自体については問題ないのですが、その際に、当社のメインとなっている事業チームで働く従業員8名中6名を引き抜いていきました。
 このような引抜きに対して、当社はどのような対応をとることができるでしょうか。

(回答)

1 引抜きはどの会社でも起こり得る。
 組織の分裂や従業員の引抜きは、中小企業に限らず、上場会社でも起こり得ることです。
 特に、中小企業では、代表取締役がある部門の事業を特定の役員に丸投げに近いような形で任せていた場合などに、よくこのような相談を受けることがあります。
 チーム単位での従業員の引抜きが行われると、会社にとって場合によっては致命傷になりかねません。

2 従業員の引抜きは許されるのか。 
 従業員には、退職の自由及び職業選択の自由があるので、引抜きといっても、その態様が単なる転職の勧誘にとどまる場合には、直ちに違法になるわけではありません。
 もっとも、取締役には、会社に対する善管注意義務及び忠実義務があるところ、当該引抜きが善管注意義務又は忠実義務に違反するような態様でなされれば、同義務違反として損害賠償責任を負うことになると考えられます。
 かかる義務違反になるかは、引き抜かれる従業員の会社における役割、人数、引抜きが会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法などを考慮して判断することになります。

3 予防することが重要
 もっとも、損害賠償請求をすることができるとしても、これはあくまで事後的な対応であり、これによって損害を完全に払拭できることにはなりません。
 従業員の引抜きは、その従業員が重要な役割に就いている場合、会社の業績に直接影響するだけではなく、営業秘密の流出、職場の士気の低下など、さまざまなリスクを生じさせます。
 そこで、普段から従業員の引抜きの予防策を講じることが重要になります。予防策の例としては、代表取締役がすべての事業部門を事実上統轄するとか、特定の役員に事業を丸投げ的に任せないとか、就業規則等で退職後に競業行為を行うことを禁止したり、競業行為を行った役職員の退職金を減額する旨の定めを設けるとか、退職後に従業員の引抜行為をしない旨の誓約書を作成させること等が考えられます。
 ただし、これらの予防策の内容が従業員の職業選択の自由を不当に制限するようなものであってはならないことは、言うまでもありません。

4 回答 
 従業員の大量引抜きに対する事後的対応としては損害賠償請求が考えられますが、時すでに遅しといった感があります。
 貴社において、従業員の大量引抜きを行わせないための事前の方策としては、代表取締役の事業部門の統括等の予防策のほか、代表取締役をはじめ役職員が日頃から従業員などと十分なコミュニケーションをとることや、従業員の処遇改善やそれを通じての会社への忠誠心の向上等が必要となります。