業務の引継ぎリスクについて

(質問)
 当社の従業員Aは,この度退職しました。
 しかし,Aは業務の引継ぎを十分に行わないで退職したため,職場では大変混乱が生じました。
 そこで,当社はAに対して損害賠償請求をしようと考えていますが,この請求は認められそうでしょうか?
 仮に認められない場合,今後,このようなことを防ぐために当社はどのようにすればいいでしょうか?

(回答)

1 損害賠償請求は認められそう? 
 業務の引継ぎを行うことは,労働契約上の義務に含まれていると考えられています。
 そこで,Aに対して,この義務違反に基づく損害賠償請求,つまり,業務の引継ぎと言う義務(債務)の不履行による損害賠償請求をすることができるかが問題となります。
 債務不履行による損害賠償請求が認められるには,簡単に整理すると,①故意,又は過失によって債務を履行しないこと,②損害が相手に発生したこと,③①と②との間に因果関係が認められることが必要となってきます。
 ご相談のケースでは,職場で大混乱が生じたということですので,御社に損害が生じたことは一応認められそうです。
 しかし,どの程度まで引継ぎのための業務を行えば,十分な引継ぎであるかを説明することは難しい以上,Aの引継ぎが不十分であると認められる可能性は高くないといえます。
 また,仮にAの引継ぎが不十分なものであったと認められたとしても,御社の損害が果たしてそのことのみによって生じたかどうか,つまり,Aの引継ぎ業務と御社の損害との因果関係が認められる可能性も高くないと考えられます。
 結局のところ,Aに対して損害賠償請求をするのは,事実上困難であると言わざるを得ません。

2 懲戒解雇はできる? 
 それならば,御社としては,このような従業員がいたら懲戒解雇をしようとすることで,引継ぎの業務を十分に行わせようと考えるかもしれません。
 しかし,懲戒解雇が認められるには,従業員側に相当悪質な事情があることを要するところ,今回のようなケースでは,いきなり懲戒解雇が認められる可能性は,非常に低いと言わざるを得ません。

3 退職金の減額規定を設ける 
 そこで,就業規則に,業務の引継ぎをしなかった場合には退職金の一部,又は全部を支給しない旨の条項を設けることで,従業員に対して,正常な業務をしない場合には退職金を支給しないという内容の退職金規定を根拠にして,退職する2週間前からほとんど仕事をしなかった従業員に対して退職金を支給しないことも有効と認められます。

4 業務の引継ぎリスクの認識 
 業務の引継ぎが上手くいかないと,取引先からの信用低下や債権管理の失敗等のリスクを招いてしまうことになります。そのため,本件のような問題は,業務を引き継ぐ社員の便宜上の問題にとどまらず,会社全体に多大な影響を及ぼすものと言えます。
 業務の引継ぎを円滑に行うようにするには,上記のような就業規則の規定を設ける等,日頃から対策をするとともに,職場自体がそのようなリスクについての認識を共有することが重要です。

5 日頃からさまざまなリスクを検討する 
 後々の法的トラブルを防止するために,日頃からどのようなことに注意する必要があるのか判断するのは,なかなか難しいことです。もし,そのようなことでお悩みがあるのであれば,弁護士にご相談することを是非お勧めします。