敷金と原状回復義務について教えてください。
(回答)
1 原状回復の範囲に関する質問
3月から4月は,入学・入社に伴う引っ越しが多く行われる時期ですね。
今回は,クイズ形式でいきたいと思います。賃借人が退去する際,賃貸人からここの各項目の費用を請求されたとします。さて,賃借人が支払わなければいけないものはどれでしょうか?
(1) 畳の変色,フローリングの色落ち
(2) クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
(3) 冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し,床に汚損等の損害を与えた場合)
(4) エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)
(5) 消毒(台所・トイレ)
皆さん,おわかりになられましたか。正解は,なんと(3)の冷蔵庫下のサビ跡だけとなります。それ以外は,支払う必要はありません。
驚かれましたか。どうしてそうなるのか,考えてみましょう。
2 敷金と賃借人の原状回復義務の関係
敷金とは,不動産の賃貸借契約において,賃貸借契約から生じる債務を担保するために,契約締結時に賃借人から賃貸人に対して交付される金銭のことです。賃貸借契約が終了すると,賃貸人は,敷金から,賃借人が部屋を明け渡す時までに発生した債務を差し引いて賃借人に返還することとなります。
さて,賃借人は,借用物(今回でいいますと,部屋となります)を返還する際には,借用物を原状に復して賃貸人に返還しなければならないとされています(民法598条)。
これを,原状回復義務といいます。原状回復のための費用も賃貸借契約から生じる賃借人の債務ですので,その費用は敷金から差し引かれることとなります。
この原状回復の範囲,費用については,賃貸人と賃借人とで考え方が異なることが多くあります。賃貸人はできる限り部屋をきれいな状態に戻して返して欲しいと考えるからです。このようなトラブルは,私もよく目にします。
3 原状回復の範囲についての考え方
では,原状回復の範囲は,どう考えればよいのでしょうか。部屋を使えば,それが経年劣化していくのは当然ですよね。これらは,月々の賃料でまかなわれるべきものです。
したがって,賃借人が普通に使用して生じた損傷については,原状回復の範囲に入りません。
初めのクイズに戻って考えてみますと,(1),(2),(4),(5) はどれも普通に使っていれば生じる現象ですので,原状回復の範囲には入らないのです。
余談になりますが,たばこ等のヤニ・臭いを除去するための費用は,賃借人の負担になります。たばこを吸って部屋を汚損することは,残念ながら,通常の使用とはいえません。
まさに,たばこは,百害あって一利なしですね。愛煙家の皆さんは,注意してください。
4 トラブルを未然に防ぐ方法とリスク回避
賃貸借契約はとても身近な契約ですので,誰でもトラブルに巻き込まれる可能性があります。
トラブルに巻き込まれてからでは,取り得る手段に限りがあります。弁護士としては,何かトラブルに巻き込まれる前に相談にきて欲しいと思います。
そこで,原状回復をめぐるトラブルを防ぐための方策の一部を,最後にお伝えしたいと思います。
原状回復をめぐるトラブルが表面化するのは賃貸借契約が終わるときですが,これを防ぐには,契約締結時の対応が重要となります。
まず,入居するに当たり,部屋の中の写真を撮ったり,チェックリストを作成する等の方法で証拠を残しておくことが非常に重要です。
中古物件に入居する場合,元々多少の汚れやキズがあるのが通常ですが,これが初めからあったものかどうかを退去時に判断するのは,証拠がないと非常に難しいからです。
また,賃貸借契約締結に当たり,賃貸人・賃借人の修繕負担,賃借人の負担範囲,原状回復工事施工目安単価等を明記している原状回復条件を契約書に添付し,賃貸人と賃借人の双方が原状回復条件について予め合意しておくことも有用です。
5 契約書に思わぬ条項が入っていたら…
さて,ここまでは,法律や判例に則った原状回復の範囲を前提にお話をしてきましたが,これを超える原状回復義務を賃借人に負わせるという契約を締結することも,原則として有効です。
ですので,契約書をしっかり確認していなかった場合,後から思わぬ義務を負っていたことに気づくということがあるかもしれません。
このようなときは,契約書どおりに支払うしか方法はないのでしょうか。
この点,判例は,特約の必要性・合理性があるか,賃借人が通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことを認識しているか,賃借人が特約による義務負担の意思表示をしているかどうかといった要素から,特約の有効性を判断するとしています。
したがって,契約書にサインをしたからと言って,賃貸人のいいなりで支払わなければならないとは限りません。
賃貸借契約は,様々なトラブルをはらんでいます。これらを事前に把握し,対処することで,気持ちよく新生活をスタートさせましょう。