Xは、岡山市で約30年間、ネジ加工をするA社を営んでいます。
XはA社の100%株主であり、A社の従業員は約40人で、経営状態も安定しています。
Xは来年還暦を迎え、子どもはおらず、身内もA社では働いていません。
XはA社を存続させるためにA社の従業員への事業承継を考えています。
従業員承継についてアドバイスをいただけないでしょうか。
(回答)
1 事業承継の種類
事業承継は、①現経営者の子どもをはじめとした親族に承継させる親族内承継、②親族以外の役員や従業員に承継させる従業員承継、③株式譲渡や事業譲渡等により社外の第三者に引き継がせるM&Aの3種類に分類されます。
相談事例の場合、Xは②の従業員承継を検討していますので、今回は従業員承継について解説することにします。
2 従業員承継のメリットと留意点
従業員承継の特徴としては、会社の中で経営者として能力がある人材を見極めて承継させることができることや、社内で長い期間働いている従業員であれば現経営者の経営方針等を理解し会社を存続させることができるというメリットがあります。
一方で、親族株主の了解を得ることが必要不可欠であることから、現経営者が現役で経営判断をしているもとで早期に親族間の調整を行い、関係者全員の同意と協力を取り付ける必要性があります。
また、会社の資金問題や、他の役員や従業員との関係性にも留意する必要があります。
3 承継に要する期間
従業員承継の場合、後継者を決めてから、後継者を育成し、事業承継が完了するまでの後継者へ移行期間する期間は、3年以上の期間を要する場合が多いと言われています。
もっとも事業の内容によっては、10年以上の期間を要する割合も少なくありません。
現在、日本の経営者の平均的な引退年齢が70歳前後であると言われていることを踏まえると、相談事例のように、Xは今年還暦を迎えるような場合、②従業員承継を検討するのであれば早々に、事業承継に向けた準備に着手することが望ましいといえます。
4 従業員承継の問題点
株式会社は、会社に対して資金提供した出資者である株主が会社の所有者となり、株主総会で株主から選任された人物が経営者となります。
これを、所有と経営の分離といいます。
今回の従業員承継の場合、この所有と分離の問題をどう解消するかがポイントとなります。
相談事例のケースで、会社の所有と経営が分離すると、後継者はXの意向に沿った経営しかできず、大胆な方向転換や経営改革をしにくくなります。
また、他の従業員も後継者とXのどちらに従えばいいのか迷ってしまうことになりますし、Xが亡くなった場合、株式の相続でもめる可能性もあります。
上記のケースを回避する手段として、後継者に株式を譲渡することが考えられます。
もっとも、後継者が株式を取得するための資金を準備する必要があります。
後継者個人が融資を受ける方法として、経営承継円滑化法に基づく認定を受け、日本政策金融公庫の融資がおすすめです。
これにより融資を受ければ、後継者が経営者となった後、役員報酬や配当金収入から融資を受けたお金を返済することができます。
また、同法には、中小企業信用保険法の特例として、信用保証協会の債務保証が経営承継関連保証として別枠化されているため、会社が信用保証協会を利用し金融機関からの資金調達も行いやすくなっています。
5 最後に
事業承継は、企業を存続させるということは、社会においての経済的な役割を担うこと、そして既存の従業員たちの生活を守ることに繋がります。
事業承継の方法について、どの方法が企業にとって一番よい方法なのかを見極めることが重要です。
現在、事業承継を促進するための様々な制度改革が行われていますので、事業承継でお悩みの際は弁護士など専門家に御相談ください。