A社は、就業規則で、毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせないことを定めています。Xは、A社の経理部で10年間勤務しており、2年前に結婚し、昨年妻が出産をしました。Xは、妻と育児を共同で行うため、3ヶ月の育休を取得したところ、その就業規則により、翌年昇給できませんでした。
Xは、A社に対して、育児休業取得後、昇給されなかったことは不利益取扱いにあたるとして、損害賠償請求を検討しています。
Xの請求は認められますか。
(回答)
1 男性の育児休業取得について
「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「法」といいます)における育児休業制度とは、親が子を養育するために休業をする制度をいい、父親、母親のいずれでも育児休業をすることができます。
また、労働者と法律上の親子関係がある「子」であれば、実子、養子を問いません。
さらに男性が事実婚の妻の子に対して育児休業をする場合には、申出時点において認知を行っていることが必要になります。
育児休業は原則、労働者がその養育する1歳に満たない子どもについて、その事業主に申し出ることにより、取得をすることができます(法5条1項)。
また子どもが2歳になるまで、段階的に認められる制度になっています。
さらに契約社員、派遣社員やアルバイトなどの有期契約労働者についても、一定の要件を満たす場合には認められます。
上記の要件を満たした者が育児休業を申し出た場合、事業主は、原則としてこの申し出を拒むことはできません(法6条)。
2 育児休業取得による不利益取扱い禁止
育児休業制度の趣旨が、子育てを夫婦で共同して行うために、育児休業を取得し、会社に復帰後も働きやすい環境を整えることによって、職業生活と家庭生活との両立を通じて、福祉の増進を図り、あわせて経済や社会の発展に資することを目的としています。このことから、事業者は、育児休業を取得したことで、労働者に対して不利益な取扱いをすることは禁止されています(法10条)。
実務上、不利益取扱いに該当するとされた裁判例は、以下のようなものがあります。その裁判例によると、毎年1回行われる定期昇給をすることが就業規則で定められている会社において、育児休業を取得した者に対して、休業を取得した年度は定期昇給をさせない旨の規定を設けることは、昇給不実施による不利益が将来的に昇給の遅れとして継続することに着目して、法10条の「不利益取扱い」に当たるとの判断がされています(大阪地裁平成31年4月24日)。
この裁判例に照らすと、相談事例も同様に、A社では、就業規則に毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせない旨規定しています。Xは、3ヶ月の育児休業を取得したところ、この就業規則により、翌年の昇給ができませんでした。これは、法10条が規定する「不利益取扱い」に当たる事例と考えられます。したがって、相談事例のXはA社に対しての損害賠償請求は認められる可能性が高いと言えるでしょう。
3 その他
また、育児休業取得を理由に社内で不利な対応した場合、法10条の不利益取扱いに該当しないとしても、ハラスメントに該当する可能性あります。
さらに、育児休業制度は、令和4年に雇用環境整備や有期雇用労働者の育児休業取得の要件緩和、出生時育児休業の創設、育児休業の分割取得、令和5年には、育児休業取得状況公表義務など、育児休業取得を促進させるような法改正が続いています。
今後、社会のニーズにより、男性の育児休業取得も増えることが予想されますので、本件相談事例のような育児休業による問題が起こる可能性が高いと言えます。育児休業制度など労使関係のトラブルは、弁護士に御相談ください。