当社は、就業規則を全面的に見直そうと考えていますが、どのような点に注意すればよろしいですか。
(回答)
1 就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能
本書においては、いくつかの場面で就業規則の労務トラブルのリスクマネジメント機能としての重要性を説明してきました。以下、重複しますが、特に実務上問題になる点を挙げます。
2 降給に関する規定の不備
就業規則に降給に関する規定があるからといって、本人の同意なく給与を下げられるというわけではありませんが、降給に関する規定がないと、業績が悪化しても給与が下げにくい可能性があります。すなわち、会社に労働組合がある場合、降給に向けての労働者側との交渉は全く不可能というわけではありませんが、就業規則の根拠がないので、ゼロベースで労使交渉をせざるを得ず、給与を下げにくいというリスクがあります。
降格、降級に関する規定も同様に必要です。
3 休職関係の規定の不備
就業規則の中に、会社の休職命令の根拠規定がなかったり、会社が指定する医師の受診命令の根拠規定がないことがあります。
仮に、かかる根拠規定がないと、労働者の休職の要否、復職の可否、私病かどうか(特にメンタル不調の場合)の判断について、会社が主導権を持つことが困難となり、労働者や労働者の主治医の判断に引きずられることなります。この点、例えば、受診命令の根拠規定があれば、受診命令の拒否の場合に別途懲戒処分も可能となります。
また、休職期間満了による自動退職の規定がないケースもあります。
さらに、休職期間との関連で、復職後一定期間内に再度休職した場合には、休職期間を通算する規定を設けるべきです。この規定がないと、1か月復職してまた休職されるリスクが生じ、そうなるとかなり厄介になります。
会社によっては、稀に、私傷病の場合の休職について、無給とする定めがない場合もあるので、注意が必要です。
4 パートタイマー、有期雇用従業員、派遣労働者のための就業規則の不備
かかる就業規則がないと、正社員の就業規則の規定がそのまま適用されてしまうリスクがあります。
5 競業避止義務に関する規定の不備
就業規則において、退職従業員の同業他社への転職を禁止することによって、会社の営業秘密やノウハウを守ることができます。
また、従業員の独立が想定される場合には、引抜き行為の禁止などを定めることも考えられます。
ただし、職業選択の自由との関係で、かかる禁止が無制限に認められるわけではないことに注意する必要があります。
6 退職時の引継ぎに関する規定の不備
民法上は、期間の定めのない雇用についてはいつでも解約を申し出ることができ、申入れから2週間経過により終了と定められています(同法第627条)。
これが任意規定であるのか強行規定であるのかは争いがあるものの(強行規定説が有力)、就業規則において、十分な予告期間を定め、引継ぎをすることを明示することは重要です。民法の定めが強行規定であるとしても、これは一方的意思表示による契約解除の規定であるので、合意による退職のルールを別途定めるのは有効と考えられるからです。
7 セキュリティ対策、モニタリングに関する規定の不備
会社の情報端末による私的なメール送受信や私的なネット閲覧の禁止、個人所有の情報端末を許可なく会社の情報端末に接続したり、データを複製することの禁止は、情報漏洩、会社のパソコンのウイルス感染等の防止の観点から必要となります。
また、機器所持品検査や、メールやPC内のデータの閲覧等のモニタリングも社内不正の調査等の観点から必要となります。ただし、従業員のプライバシー侵害を考慮した上での対応となります。
8 その他必要と考えられる規定
①振替休日に関する規定
②代休に関する規定
③配転命令に関する規定
④職種の変更に関する規定
⑤出向命令に関する規定
⑥自宅待機に関する規定
⑦懲戒処分としての出勤停止
⑧一定期間出勤しない場合は当然に自然退職となる規定
⑨懲戒解雇の場合の退職金の全部又は一部の不支給に関する規定
⑩懲戒解雇事由が発覚した場合の退職金の返還規定
⑪1か月単位の変形労働時間制における労働日の変更に関する規定等
9 就業規則は事業所ごとに定める必要があること
就業規則の内容に関する点ではありませんが、就業規則を作っていても、本社にしか置いてないケースがよく見られます。
これは、労働基準法違反のリスクだけでなく、労働紛争の場合に大きなリスクにつながります。なぜなら、就業規則の周知がないと、労働契約の内容にはならないため、就業規則に基づく処分(懲戒処分や配転命令、休職命令など)ができないリスクがあるからです。