業務上ミスをした従業員に対する損害賠償請求について

(質問)
 当社では,業務上に度々ミスをする従業員がいます。当従業員に対して、当社は損害賠償請求をすることはできるのでしょうか?
 また,賠償金を給与から天引きすることはできるのでしょうか?

(回答)

1 会社の従業員に対する損害賠償請求は制限されることが多い
 従業員が故意または過失によって会社に損害を与えた場合,会社はその従業員に対し,不法行為に基づき,会社が受けた損害を賠償するよう請求することができます(民法第709条)。
 もっとも,判例によれば,会社は従業員に対し,受けた損害の全額を当然に請求できるわけではなく,損害賠償額が制限されたり,そもそも会社の損害賠償請求が認められなかったりということもあります。
 すなわち,判例は,会社の事業の性格,規模,施設の状況,従業員の業務内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防ないし損失の分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度で,会社は従業員に対し損害賠償請求をすることができるとしています。
この判例の考え方の背景には,会社は従業員を雇うことによって事業を拡大し利益を上げている以上,従業員を雇うことによるリスクも引き受けるべきであるという考えがあります。
 基本的には,従業員が故意・重過失により会社に損害を与えた場合(従業員が会社の資金を横領した場合等)でもない限り,会社は受けた損害全額を賠償請求することはできず,損害の一部についてのみ賠償が認められるにとどまると考えられます。

2 賠償金を給与から天引きすることは,原則としてできない
 会社からの損害賠償請求が認められる場合でも,従業員が自発的に支払ってくれるとは限りません。このような場合,会社としては,損害賠償額を従業員に支払うべき給与から天引き(相殺)すればいいと考えるでしょうが,給与からの天引きは,労働基準法第24条(賃金の全額払いの原則)に反するため,行うことができません。
 もっとも,従業員からの同意があれば,給与からの天引きも認められますが,会社が従業員に同意を強制する危険があるため,判例は,従業員の同意が自由意思に基づきなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合でなければならないとしており,容易には,従業員の自由意思に基づく同意とは認めない傾向にあります。

3 リスクが発生しにくい体制を整える!
 会社としては,過重な労働を従業員に指示しない等,そもそもミスが生じにくい労務環境を構築することなどを通じて,リスクが発生しないようあらかじめ対策をとることをお勧めします。