振込先を間違った!誤振込みの法律問題

(質問)
 ⅩはA名義の普通預金口座に5000万円を振り込むため,Y銀行B支店に振込依頼をしましたが,Ⅹは誤ってZ名義の普通預金口座を受取口座に指定しました。これにより,同口座に5000万円の入金記帳がなされました。Xは、これに気づき,金融機関に連絡しましたが,Zはすでに入金された金銭全額を引き出していました。
 この場合、どのような法律関係になるでしょうか。

(回答)

1 誤振込みの法律問題
振込依頼人が誤った口座を受取口座に指定してしまい、金融機関がこれに従って入金処理をしてしまったような場合を誤振込みといいます。最近では、ある自治体が住民に対して新型コロナウイルス対策関連の給付金を誤って振込んでしまった事件が話題となっていましたが、これも誤振込みの事例の1つです。今回は、誤振込みが発生した場合の法律問題について、お話しします。

2 受取人は誤振込みにより預金債権を取得する!?
振込依頼人の錯誤により誤振込みが生じた場合、受取人と金融機関は、どのような法律関係になるでしょうか。判例では、振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対してその金額相当の普通預金債権を取得すると判断されています(最判平8・4・26民集50巻5号1267頁)。つまり、振込依頼人の錯誤により誤振込みが生じた場合、受取人は金融機関に対して預金債権を取得します。そのため、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人が、入金処理の完了後に申し出た場合、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す手続き(組戻し)を行います。

3 振込依頼人から受取人に対する不当利得返還請求
誤振込みをした場合、組戻しができれば問題はありません。しかし、受取人が組戻しに応じなかった場合、振込依頼人は、受取人に対して、どのような請求を行うことができるでしょうか。確かに、受取人は振込金額に相当する預金債権を取得しますが、預金債権に相当する金銭的価値は、本来、振込依頼人に帰属すべきものです。そのため、振込依頼者は受取人に対し,誤振込みによって法律上の原因なく利益を受け、他人に損失を及ぼしたとして,不当利得返還請求をすることができます。
  ただし、預金を引き出されて、受取人にめぼしい財産がなくなってしまうと、強制執行が困難となります。そこで、予め、不当利得返還請求権を被保全権利として,預金債権の仮差押えをする必要があります。

4 受取人は刑事責任を負うか?
受取人は誤振込みにより預金債権を取得するとされますが、「振込依頼人が勝手に間違えたんだから、払い戻していいでしょ」とはいきません。受取人が誤振込みと知りながら払戻し等を受けた場合には、刑事責任を負う可能性があります。
誤振込みと知りながら、銀行窓口でその情を秘して預金の払い戻しを受けた場合、詐欺罪(刑法第246条1項),現金をATMから引き出した場合、窃盗罪(刑法第235条)、ATMで他の口座に振り替えた場合には、電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2)が成立する可能性があります。
振込依頼人も、受取人も、誤振込みに気づいた際には、直ちに、金融機関に知らせて組戻しの手続きを採る対応が適切です。誤振込みに限らず、預金に関する法律問題も弁護士にご相談ください。

はじめに

これまでの諸団体の会報等を取りまとめたものです。
内容については個人的な意見であり,事実・不正を保障するものではありません。
あくまでも参考にしていただければ幸いです。


固定残業代について行うべきこと

(質問)
 当社では、45時間分の固定残業代を支払っていました。
 しかし、今となって退職した従業員から、固定残業代の説明は受けておらず、実際に支払われてもいないと言われました。
 会社としてはどのように対応すべきだったのでしょうか。

(回答)

1 固定残業代について想定されるリスク
 残業代を請求された場合に、固定残業代が認められるか否かは最終的な支払い額に大きな影響を及ぼします。
 固定残業代が認められた場合には、固定残業代相当額はすでに残業代として支払ったという扱いになります。
 一方、固定残業代が認められない場合には、残業代について全く払っていないという扱いになるだけでなく、本来固定残業代とされている部分についても基本給として扱われたうえで残業代の計算がされることになります。
 したがって、請求される残業代はかなり高くなってしまいます。
 このようなことを回避するためにも、固定残業代の有効性はきちんと確保しておく必要性があります。

2 固定残業代の有効性
 固定残業代が残業代として有効に認められるためには、労使間において固定残業代についての合意がなされていることに加えて、賃金を支払うにあたって、給与明細等にて、基本給と残業代部分とが明確に分かれていることが要求されています。
このようなことが要求されているのは、従業員が自己の労働に対して残業代が支払われているかを確認することができるようにするためです。
 固定残業代を定めることで、所定時間内の時間外労働をした従業員に対しては合意した固定残業代を支払えば、残業代の未払いにならないため、労務管理に資するというメリットがあります。
 もっとも、所定時間(相談者の場合は45時間)を超過する部分の残業代については、きちんと残業代を再計算して支払わなくてはならないため、その点は注意してください。

3 労働条件通知書の重要性
 固定残業代については就業規則に定めたうえで、個別の労働者に応じて金額を定めることになると思われます。
 この際に当該従業員の労働条件の内容を客観的に示すものが労働条件通知書です。
 法律上、労働条件通知書は交付義務が定められているのみで、従業員の署名押印は要求されていません。
 しかし、残業代請求をされる際には、労働条件通知書の交付がなかったとして、合意の内容を争ってくるパターンがあります。
 したがって、そのリスクに備えて、従業員に労働条件通知の内容を確認してもらったことを証する署名押印をしてもらうことが一般的です。

4 事前の対応の重要性が高い
 以上のとおり、固定残業代の有効性については、事前に対応していないことにリスクが非常に大きいです。
 経験上、裁判上の手続で残業代請求をされた場合、かなりの事案で会社にとって不利な結論となっています。
 そのため、固定残業代の運用や、雇用契約書、就業規則や労働条件通知書について見なおしてみるのはいかがでしょうか。
 具体的な内容等の相談は是非専門家にしてください。

~民法改正「共有の変更・管理について」~

(質問)
 民法の共有に関する規定が令和3年に改正がされ、令和5年4月に施行されたと思います。
 特に実務で問題となる共有の変更・管理の部分について、改正の経緯や内容、今後の課題などを詳しく教えていただきたいです。

(回答)

1 改正前の問題点
 「共有」の制度は、複数の人が同一の財産を共有することを規定しており、共有の変更・管理については、民法251条および252条で規定が置かれています。
 旧法の251条は、共有物の変更はすべての共有者の同意がなければできないと定めるのみでした。
 また、旧法252条では、共有物の管理に関する事項は、持分価格の過半数で決し、保存行為は各共有者が行うことができる旨規定するのみでした。
 このように規定の内容が不明確であることから、実務上、以下のような問題が生じていました。
 まず、共有者間での意思決定の困難さです。
 共有者が増加すると、全員の同意を得ることが困難になり、特に相続によって細分化された土地では、管理や処分が難航するケースが多発していました。
 次に、土地の放置として、共有者の中に意思疎通が取れない人がいる場合や、意図的に協議を拒否する者がいると、土地が放置されることが多くなり、土地の有効利用が阻害されるという問題も生じていました。
 さらに共有関係の紛争として、土地の使用方法や管理を巡る共有者間の紛争が頻発し、その解決には多大な時間とコストがかかるという問題も起こっていました。
 これらの問題を解決するために、共有物の管理等についてのルールを緩和し、土地の有効活用を促進するための制度的改善が求められていました。

2 共有物の変更・管理規定の改正について
 ⑴共有の変更規定(同法251条)
 改正法は、原則として共有物を変更する場合には、共有者全員の同意が必要となりますが、共有物の形状・効用に著しい変更をもたらさない場合は通常の管理と同じようにみなされ、過半数の同意で足りると規制が緩和されました(民法251条1項括弧書き)。
 さらに、一部の共有者又はその所在が不明の場合においては、裁判所の決定により共有物の変更を可能とする規定が新たに設けています(同条2 項)。
 この改正により、共有者全員の同意がない場合や、共有者に所在不明者がいた場合であっても一定の変更行為がおこなえることになりました。
 ⑵共有の管理規定(同法252条、同条の2)
 改正法は、共有物を事実上使用する共有者がある場合においても、持分の価格の過半数で共有物の管理に関する事項を決定できることになりました(同252条1項)。
 また、一部の共有者又はその所在が不明の場合及び一部の共有者が共有物の管理に関する事項についての賛否を明らかにしない場合においては、裁判所の決定の下に共有物の管理に関する事項の決定を可能とする規定が新たに設けられました(同条2項)。
 さらに賃貸借等の権利のうち共有物の管理として設定できるものを明らかにしています(同条4項)。
 加えて、共有物の管理者の設定や義務についての規定も設けられました(252条の2第1項・3項)。
 この改正により、共有物の管理について、共有物の使用者に対しても、その使用事項を過半数で決めることができたり、使用権の存続期間の長期化を防ぐことができるようになりました。

3 私見
令和3年の民法改正は、共有物の管理や使用における意思決定を円滑化し、特に土地の有効活用を促進するための重要な一歩です。確かに少数派共有者の権利を保護する必要性は軽視できません。
 しかし、少数派共有者の権利を重視しすぎることによって、土地の活用方法や処分などが実現出来ないことは社会全体で考えると経済的な不利益が大きいといえます。
 所有権絶対の原則が尊重され、私的財産の保護を重視すぎることによって、実務において、上記の「1 改正の前の問題点」のような問題が生じていました。
 今回の改正によって、一定の場合には裁判所が関与し、少数派共有者の権利を制限することができるなど、所有権絶対の原則が緩和されたことは、実社会に即した重要な改正であると言えるでしょう。
 共有やその他土地の権利関係でお困りの際は早めに弁護士等の専門家に御相談ください。

知って守ってフリーランス新法-企業に与えるインパクト-

(質問)
 令和5年5月に公布されたいわゆるフリーランス新法が、令和6年11月に施行予定であると聞きました。
 フリーランスに業務を委託することがある企業として、注意すべき点を教えてください。

(回答)

1 そもそもフリーランスとは?
 皆さん、「フリーランス」という働き方をご存じでしょうか。
 フリーランスとは、特定の企業に属さず、自身の専門スキルを活かして複数のクライアントと直接業務委託契約を結び、独立して仕事を行う働き方のこと又はそのような働き方をする者をいいます。
 クリエイティブ分野のライターやデザイナー、IT業界のプログラマーやエンジニア、コンサルタントや個人講師、独立した士業など、フリーランスの世界は多岐にわたります。
 この働き方は高い自由度が魅力ですが、収入の不安定さや社会保障面での課題もあります。
 そのため、フリーランスの保護のあり方が長年政府で議論されてきました。

2 フリーランス新法の概要
 そのような中、フリーランスと委託者間の取引適正化と就業環境整備を目的に、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス新法)が制定されました。
 本法は「特定受託事業者」(フリーランス)を、従業員のいない個人事業主や、代表者以外に役員・従業員のいない法人で業務委託を受ける事業者と定義しています。
 このように、フリーランス新法は、多様な業種・形態のフリーランスを広く保護対象としています。
 このことから、本法は下請法や労働法規制に精通した大企業よりも、従来は下請法の規制を受けなかった中小企業により大きな影響を与えると予想されます。

3 フリーランス新法の内容
では、フリーランス新法の具体的な内容についてみていきましょう。
⑴ 下請法と同様の規制
委託者は、
①契約条件明示:フリーランスに業務委託後、委託者名、日付、業務内容、報酬額、支払期日等を含めた契約条件を直ちに書面や電磁的方法で明示しなければなりません。
②報酬支払期限:給付受領日から60日以内、再委託の場合は元委託支払期日から30日以内に報酬を支払わなければなりません。
③不当な報酬減額等の禁止:フリーランスの責任によらない報酬減額、受領拒否、返品等はできません。
 また、著しく低い報酬の設定(買いたたき)もできません。

⑵ 労働者類似の保護
委託者は、
①契約解除・不更新の予告:フリーランスと6か月以上継続する業務委託をしている場合、当該契約を解除するとき解除又は契約を更新しないときは、その30日前までには予告しなければなりません。
②ハラスメント防止措置:フリーランスに対するセクハラ、パワハラ及びマタハラに関する相談体制と適切な対応措置を整備しなければなりません。
③育児・介護等への配慮:フリーランスの申し出に応じ、妊娠、出産、育児及び介護と業務の両立に必要な配慮を行わなければなりません。
④募集情報の的確表示:フリーランスの募集情報を提供する際は、虚偽表示や誤解  を招く表示を避け、正確で最新の情報を提供しなければなりません。

4 法律違反への制裁
 委託者にフリーランス新法違反の疑いがある場合、フリーランスは行政機関にその旨を申告することができます。
 公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働大臣が段階的に対応し、助言指導から始まり、必要に応じて勧告、命令、公表へと進みます。最終的に命令違反には上限50万円の罰金刑があります。
 ただし、このシステムには行政リソースの制約があるため、全案件への対応は困難であると考えられます。
 そのため、民事訴訟等の私法上の解決手段も重要な役割を果たすことになるのではないでしょうか。

5 まとめ
 デジタル化とリモートワークの広がりにより、フリーランスの重要性が高まっています。
 彼らの権利保護と才能活用のための環境整備は、日本の労働市場の重要課題です。
 フリーランス新法はこの環境整備を目指していますが、まだ過渡期で課題も多く残っています。
 法の適用や解釈に不安がある場合は、弁護士等の専門家への相談をお勧めします。

フリーランス新法による建設業に与える影響

(質問)
 フリーランス新法という法律が制定されるということを聞いたことがありますが、建設業においてはどのような影響が生じるでしょうか。

(回答)
 フリーランス新法(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が今年11月1日に施行されます。

1 フリーランス新法による規制
 フリーランス新法は、下請法と同様に、事業者に対して報酬を減額したり、受領を拒否したりすることが禁止されています。
 そしてフリーランス新法は、個人事業主にとどまらず、代表者以外に役員がおらず、かつ従業員を使用していない会社も保護の対象となります(対象者を法律上「特定受託事業者」といいます。)。
 建設業においては、一人親方といった個人事業主や、小規模な会社との取引は頻繁にあるため、特にフリーランス新法について知っておくべき業界であるといえます。
 そして、下請法とは異なり、委託業者の資本金に関する要件(資本金1千万円以上)がないため、法人個人を問わず、特定受託事業と取引をするすべての人が法律違反に注意しなくてはなりません。

2 建設業において特に注意を要する事項
 特定受託事業者との業務委託契約は、契約条件(給付の内容、報酬の額、支払期日等)を書面又は電磁的記録で明示しなくてはなりません。
 口約束での契約は違法となります。
 もっとも、相手がフリーランス新法の保護の対象であるか否かを問わず、契約書を作成すべきであることは言うまでもありません。
 また、支払期日についても規制があり、特に再委託する場合には発注元からの支払いを受ける期日から30日以内に報酬を支払わなくてはならないことは特に注意が必要です。
 下請け、孫請けとして特定受託事業者に業務委託をする際には、この規制に注意しなくてはなりません。
 他に、契約の中途解約にあたっては解約日前30日前までに予告しなければならない、ハラスメント対応措置を取らなくてはならないなど、労働者類似の扱いを求める定めも存在します。
 業務委託の相手方も自社の従業員と同様の処遇としなくてはならないというということです。

3 法律に違反した場合には
 フリーランス新法に違反するような行為があった場合には、勧告、公表、命令と段階を踏んでなされ、命令違反をした場合には、50万円以下の罰金に処されることになります。
 他にも中小企業庁長官から法律違反がないかについて報告徴収・立入検査がなされることになり、これらに違反した場合も50万円以下の罰金に処されることになります。
 違法業者の烙印を押されないためにも法改正についてもきちんと把握する必要があります。
 ここだけでは話しきれない法規制が存在するため、契約書の作成含めて業務委託契約の際に気になることがあれば、いつでもご相談ください。

従業員承継について教えて!

(質問)
 Xは、岡山市で約30年間、ネジ加工をするA社を営んでいます。
 XはA社の100%株主であり、A社の従業員は約40人で、経営状態も安定しています。
 Xは来年還暦を迎え、子どもはおらず、身内もA社では働いていません。
 XはA社を存続させるためにA社の従業員への事業承継を考えています。
 従業員承継についてアドバイスをいただけないでしょうか。

(回答)

1 事業承継の種類
 事業承継は、①現経営者の子どもをはじめとした親族に承継させる親族内承継、②親族以外の役員や従業員に承継させる従業員承継、③株式譲渡や事業譲渡等により社外の第三者に引き継がせるM&Aの3種類に分類されます。
 相談事例の場合、Xは②の従業員承継を検討していますので、今回は従業員承継について解説することにします。

2 従業員承継のメリットと留意点
 従業員承継の特徴としては、会社の中で経営者として能力がある人材を見極めて承継させることができることや、社内で長い期間働いている従業員であれば現経営者の経営方針等を理解し会社を存続させることができるというメリットがあります。 
 一方で、親族株主の了解を得ることが必要不可欠であることから、現経営者が現役で経営判断をしているもとで早期に親族間の調整を行い、関係者全員の同意と協力を取り付ける必要性があります。
 また、会社の資金問題や、他の役員や従業員との関係性にも留意する必要があります。

3 承継に要する期間
 従業員承継の場合、後継者を決めてから、後継者を育成し、事業承継が完了するまでの後継者へ移行期間する期間は、3年以上の期間を要する場合が多いと言われています。
 もっとも事業の内容によっては、10年以上の期間を要する割合も少なくありません。
 現在、日本の経営者の平均的な引退年齢が70歳前後であると言われていることを踏まえると、相談事例のように、Xは今年還暦を迎えるような場合、②従業員承継を検討するのであれば早々に、事業承継に向けた準備に着手することが望ましいといえます。

4 従業員承継の問題点
 株式会社は、会社に対して資金提供した出資者である株主が会社の所有者となり、株主総会で株主から選任された人物が経営者となります。
 これを、所有と経営の分離といいます。
 今回の従業員承継の場合、この所有と分離の問題をどう解消するかがポイントとなります。
 相談事例のケースで、会社の所有と経営が分離すると、後継者はXの意向に沿った経営しかできず、大胆な方向転換や経営改革をしにくくなります。
 また、他の従業員も後継者とXのどちらに従えばいいのか迷ってしまうことになりますし、Xが亡くなった場合、株式の相続でもめる可能性もあります。
 上記のケースを回避する手段として、後継者に株式を譲渡することが考えられます。
 もっとも、後継者が株式を取得するための資金を準備する必要があります。
 後継者個人が融資を受ける方法として、経営承継円滑化法に基づく認定を受け、日本政策金融公庫の融資がおすすめです。
 これにより融資を受ければ、後継者が経営者となった後、役員報酬や配当金収入から融資を受けたお金を返済することができます。
 また、同法には、中小企業信用保険法の特例として、信用保証協会の債務保証が経営承継関連保証として別枠化されているため、会社が信用保証協会を利用し金融機関からの資金調達も行いやすくなっています。

5 最後に
 事業承継は、企業を存続させるということは、社会においての経済的な役割を担うこと、そして既存の従業員たちの生活を守ることに繋がります。
 事業承継の方法について、どの方法が企業にとって一番よい方法なのかを見極めることが重要です。
 現在、事業承継を促進するための様々な制度改革が行われていますので、事業承継でお悩みの際は弁護士など専門家に御相談ください。

「逆」パワーハラスメント-モンスター部下に対する適切な対応-

(質問)
 若くして管理職に抜擢した従業員から、「年上の部下たちが指示に従わない」、「指導するとパワハラだと言われる」との相談を受けました。
 私は彼に「上司なのだから我慢しろ」と言ってしまいました。
 その結果、彼はメンタルヘルスに不調をきたし、欠勤が増えてしまいました。
 職場の雰囲気は悪化し、当社の業績も停滞しています。
 私はどのように対処すべきであったのであり、今後どのように対応していけばよいのでしょうか。

(回答)

1 逆パワハラとは
 まず、パワハラについて確認しましょう。
 パワハラとは、職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景に、業務の適正な範囲を超えて、身体的・精神的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる言動とされています。
 そして、業務の遂行にあたり、上司よりも豊富な知識、スキル、経験を持つ部下による言動や、部下からの集団による言動があった場合、これらも優越的な関係を背景にしたものとして、パワハラになる可能性があります。
 つまり、部下から上司に対する言動であっても、パワハラとなりえ、これが俗に「逆パワハラ」と呼ばれています。
 暴力や誹謗中傷はもちろん、業務命令に対する執拗な反発、集団的な無視や人間関係からの隔離、虚偽のハラスメントの訴えが、逆パワハラの例として挙げられます。
 一方で、上司に対する突発的な暴言や一時的な反発などは、逆パワハラにはあたりません。
 このような場合は、単なる服務規律違反または企業秩序違反行為として対応すべきでしょう。

2 発生する原因とその影響
 逆パワハラが発生する原因には、慢性的な労働力不足に加えて、パワハラという言葉がメディア等により喧伝されて一人歩きしている近時の風潮により、上位の立場にある従業員が萎縮してしまい、平社員クラスの従業員の立場が相対的に強くなっていることが背景にあります。
 そして、年下の上司と年上の部下がいたり(もっとも、これ自体は悪いことではありません。)、部下が上司の経験・知識・能力を上回っていたり、懲戒制度が機能不全に陥っていたりする場合、逆パワハラが発生しやすい環境であるといえます。
 逆パワハラをされた者が、上司の立場にあるからといって放置してしまうと、逆にその者が、メンタルヘルスに不調をきたしたり、その部下に対して仕返す、またはわざと優しく扱って他の部下に不公平感を抱かせたり、八つ当たりをしたりするおそれがあり、これらは職場環境の悪化に繋がります。
 それだけではなく、逆パワハラの被害者からは、労災を申請されたり、最終的には会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求がされたりする、ということもなりかねません。

3 執るべき対策
 逆パワハラ対策として、逆パワハラ含む各種ハラスメントの禁止を宣言し、部下を上司から守るのと同時に、上司も部下から守るということを明確にするべきです。
 次に、逆パワハラを疑わせる通報があった場合、上司だからといって我慢をさせず、事実調査を怠らないことが重要です。
 そして、ハラスメント防止のための社内規程を見直して禁止されるハラスメントの態様に逆パワハラも追加し、各種ハラスメントごとの懲戒処分を定めておくべきです。
 会社のトップ自らがこのような姿勢をとることで、職場環境が改善するとともに、会社の生産性も向上することでしょう。

4 まとめ
 中小企業を含む全企業に対する職場のパワハラ防止措置は、令和4年4月から義務化されました。
 ハラスメントに対する断固とした対応が、会社には求められています。
 ハラスメントについての対応にお悩みの方は、弁護士などの専門家に相談されることをおすすめします。

経営判断の原則

(質問)
 不動産投資会社であるX株式会社の代表取締役Yは、X社名義で評価額800万円の甲土地を5倍の4000万円で購入しました。甲土地を4000万円で購入した理由は、知人Aから、甲土地の近隣には鉄道の駅が新設などの未公表の計画があり、これが現実すれば大規模な再開発がなされ、10数年後には、甲土地の評価額は1億円を超えることが予想されるとの情報を得たからです。しかし、上記計画は地元住民の強い反対により中止になり、甲土地の評価額は800万円のままでX社は差額の3200万円の損害を被りました。
 X社の株主は、甲土地の購入にあたり、Yの経営判断に誤りがあったとして、株主代表訴訟提起を検討しています。YはX社に対して損害賠償責任を負うことになるでしょうか。

(回答)

1 取締役と会社の関係
取締役は株主総会で選任(会社法329条1項)され、会社とは委任関係(民法644条、会社法330条)となり、取締役は委任関係によって会社に対して、忠実義務及び善管注意義務を負うことになります。
そして、取締役に上記の義務違反があった場合には、取締役としての任務懈怠があったとして、会社法423条1項により、会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

2 経営判断の原則
取締役は会社の経営者として、会社の発展や会社の利潤を追求しなければなりません。その場合には一定のリスクを冒すことがあり、全くのリスクを冒すことなく、会社が成長し成功することはありません。
 そこで、取締役の経営判断が会社に損害をもたらす結果であったとしても、その判断が、誠実に行われ、合理性を担保する一定の要件のもとで行われた場合に、取締役は直ちに任務懈怠責任を負わないという原則があります。
 これを経営判断の原則といいます。
 上記のように、同原則は、取締役が会社の発展や会社の利潤を追求するためにした冒険的な経営判断についての責任範囲を限定するものです。そのため、当然ですが、故意による法令違反や、取締役と会社との利益が衝突する利益相反取引や競業取引の場合には同原則は適用されないことになります。 

3 判断基準
裁判実務においては、取締役の経営における判断を萎縮させないため、取締役に相当程度の裁量があることを前提に、経営判断をした当時の状況に照らし、経営判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく意思決定の過程、内容に通常の会社経営者として著しく不合理な点がなかったかを検討し、同原則の有無を判断しています。 

4 相談事例についての判断
相談事例では、当初予定されていた甲土地の近隣地域の開発計画が中止になり、結果として甲土地の価値が上昇しなかったため、X社は3200万円の損害を被ってしまいました。
 もっとも、代表取締役Yは、当初の計画通りに開発が進めば、甲土地の価値は1億円以上のものになり、購入時の価格の10倍以上になると考え、X社の利益を求めて甲土地を購入しています。
 そこで、当初の計画がどの程度明確になっていたのか、甲土地周辺の地価変動の状況や知人Aの情報の正確性、また知人A以外の専門家の意見を踏まえて甲土地の購入を検討したのかなど、情報収集、調査や事実の分析を適切に行い認識していたにもかかわらず、今回の計画中止が想定外の出来事であった場合には、Yの甲土地購入の判断は著しく不合理であることは言えず、経営判断の原則によりYの任務懈怠は認められないことになります。
 同原則を検討するにあたり、X社と同業種の通常の経営者がAと同じ立場に立った場合、Yと同様の判断する可能性が高いか否かも重要なポイントとなってきます。
 経営判断の原則は、裁判実務を踏まえて様々な要素を総合的に考慮して判断をしなければなりません。
 お困りの際は弁護士に御相談ください。

フリーランスによる第三者行為災害

(質問)
 Xは、フリーランスとして車のエンジン開発会社Aで、エンジニアとして働いています。Xは、会社Aの従業員Bと一緒に仕事をしていたところ、エンジンの電気回路の接続を失敗し、Bに火傷を負わせてしまいました。
 Xはどのような責任を負う可能性がありますか。
 

(回答)

1 フリーランスについて
フリーランスとは、従業員や実店舗を持たず、個人で事業を行う働き方のことをいい、会社と雇用契約ではなく、委任契約や請負契約を締結して働いています。
 昨年の4月に、フリーランスの労働環境保護を目的としたフリーランス新法が国会で可決され、今年の秋頃には施行される予定になっています。我が国においても、フリーランスとして働きやすい社会になってきています。

2 労働災害保険の適用
労働災害に対する補償としては、①使用者による労働基準法上の災害補償、②使用者による民事上の損害賠償、③政府による労働災害保険法上の保険給付の3つが考えられます。
 この3つのうち、労災補償は③に該当します。
 相談事例においても、Bは業務中の火傷(怪我)なので、業務災害として労働災害の補償が適用されます。
 もっとも、Bの火傷は、業務中のものとはいえ、第三者であるXの行為が原因ですので、第三者行為災害としての労働災害保険が適用されることになります。

3 第三者行為災害とは
第三者行為災害とは、労災保険給付の原因である災害が第三者の行為などによって生じたもので、労災保険の受給権者である被災労働者または遺族に対して、第三者が損害賠償の義務を有しているものをいいます。
 ここでいう第三者とは、当該災害に関する災害保険の保険関係の当事者(国、事業主及び労災保険の受給権を有する者)以外のことです。
 第三者行為災害の例として、通勤中や配達業務中の交通事故がよく取り上げられますが、相談事例についても、Bは、業務中に第三者であるXがエンジンの電気回路の接続を失敗したことで火傷をしていますので、第三者行為災害といえるでしょう。

4 労災保険によるXに対する求償
労働者災害補償保険法(以下「法」と言います)第12条の4第1項には、国が被災者に対して、労災保険費の支払いをした場合、その怪我の原因が第三者行為災害である場合には、国はその第三者に対して、支払った労災保険費を求償する権利を認めています。
 この規定によって、国は、Bに支払った労災保険費用をXに対して求償できることになります。
 もっとも、同条第2項に、前項の場合において、労災保険費用の給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害の賠償を受けたときは、国は、その価額の限度で保険給付をしないことができる旨、規定されており、Xが加入している保険などで、Bに損害金が支払われた場合は、Xは国からの求償を免れることができます。
 これは、被保険者の損害の二重補填を防ぐために設けられた規定です。

5 Xが取るべき対応
Xは、第三者行為災害について、フリーランスの業務上の事故に適用される保険に加入していれば、その保険を適用して、Bに対して支払いをすることが考えられます。
 また、Bにも過失がある場合には、労働基準監督署に問い合わせをし、第三者行為災害報告書を提出し、Bの過失を主張しておく必要があるでしょう。
 さらに、XはBと示談をすることをお勧めします。示談を行う際の注意点として、示談を行う前には、必ず労働局又は労働基準監督署に連絡をし、示談が成立した際には、速やかに同局または同署に示談書の写しを提出する必要があります。
 なぜなら、BとXとの間で、Bが受け取る全ての損害賠償についての示談が成立し、Bが示談の内容以外の損害賠償請求権を放棄した場合、国は、原則として示談成立以後の労災保険給付を行わないことになっているからです。

6 今後について
昨今、働き方改革やコロナ渦の影響もあり、フリーランスで働く方が増えています。
 今後も相談事例のような第三者行為災害が増えることが予想されます。
 第三者行為災害の場合、業務上の事故や怪我であることから、日常生活の中で他人に怪我をさせた場合に適用される個人賠償責任保険は適用されません。
 したがって、フリーランスに適用される保険に加入しておらず、示談が成立しない場合には、上記のように労災保険を求償されることになります。
 第三者行為災害など、労働災害でお困りの際は弁護士に御相談ください。

育児休業取得と不利益取扱い

(質問)
 A社は、就業規則で、毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせないことを定めています。Xは、A社の経理部で10年間勤務しており、2年前に結婚し、昨年妻が出産をしました。Xは、妻と育児を共同で行うため、3ヶ月の育休を取得したところ、その就業規則により、翌年昇給できませんでした。
 Xは、A社に対して、育児休業取得後、昇給されなかったことは不利益取扱いにあたるとして、損害賠償請求を検討しています。
 Xの請求は認められますか。

(回答)

1 男性の育児休業取得について
「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「法」といいます)における育児休業制度とは、親が子を養育するために休業をする制度をいい、父親、母親のいずれでも育児休業をすることができます。
 また、労働者と法律上の親子関係がある「子」であれば、実子、養子を問いません。
 さらに男性が事実婚の妻の子に対して育児休業をする場合には、申出時点において認知を行っていることが必要になります。
 育児休業は原則、労働者がその養育する1歳に満たない子どもについて、その事業主に申し出ることにより、取得をすることができます(法5条1項)。
 また子どもが2歳になるまで、段階的に認められる制度になっています。
 さらに契約社員、派遣社員やアルバイトなどの有期契約労働者についても、一定の要件を満たす場合には認められます。
 上記の要件を満たした者が育児休業を申し出た場合、事業主は、原則としてこの申し出を拒むことはできません(法6条)。

2 育児休業取得による不利益取扱い禁止
育児休業制度の趣旨が、子育てを夫婦で共同して行うために、育児休業を取得し、会社に復帰後も働きやすい環境を整えることによって、職業生活と家庭生活との両立を通じて、福祉の増進を図り、あわせて経済や社会の発展に資することを目的としています。このことから、事業者は、育児休業を取得したことで、労働者に対して不利益な取扱いをすることは禁止されています(法10条)。
実務上、不利益取扱いに該当するとされた裁判例は、以下のようなものがあります。その裁判例によると、毎年1回行われる定期昇給をすることが就業規則で定められている会社において、育児休業を取得した者に対して、休業を取得した年度は定期昇給をさせない旨の規定を設けることは、昇給不実施による不利益が将来的に昇給の遅れとして継続することに着目して、法10条の「不利益取扱い」に当たるとの判断がされています(大阪地裁平成31年4月24日)。
 この裁判例に照らすと、相談事例も同様に、A社では、就業規則に毎年1回の定期昇給すること及び育児休業をした者は翌年度の昇給をさせない旨規定しています。Xは、3ヶ月の育児休業を取得したところ、この就業規則により、翌年の昇給ができませんでした。これは、法10条が規定する「不利益取扱い」に当たる事例と考えられます。したがって、相談事例のXはA社に対しての損害賠償請求は認められる可能性が高いと言えるでしょう。

3 その他
また、育児休業取得を理由に社内で不利な対応した場合、法10条の不利益取扱いに該当しないとしても、ハラスメントに該当する可能性あります。
さらに、育児休業制度は、令和4年に雇用環境整備や有期雇用労働者の育児休業取得の要件緩和、出生時育児休業の創設、育児休業の分割取得、令和5年には、育児休業取得状況公表義務など、育児休業取得を促進させるような法改正が続いています。
今後、社会のニーズにより、男性の育児休業取得も増えることが予想されますので、本件相談事例のような育児休業による問題が起こる可能性が高いと言えます。育児休業制度など労使関係のトラブルは、弁護士に御相談ください。

取締役解任の損害賠償額について

(質問)
 Xは、A社の代表取締役であり、一人株主です。A社は非公開会社(株式譲渡制限会社)であり、取締役の任期については、定款に10年である旨の規定があります。
 A社は、従業員50人の車の部品を製造する会社であり、Xは、今後の車の自動運転における市場を獲得するため、友人の経営コンサルタントYを取締役として選任し、A社に迎え入れました。
 しかし、Yを選任してから1年後、XはYとプライベートのことで喧嘩になり、臨時株主総会において、Yを解任しました。Yは、正当な理由がなく取締役を解任されたとして、A社に対して残りの任期9年分の報酬相当額を損害賠償請求してきました。
 Yの請求は認められますか。

(回答)

1 取締役の任期
会社法(以下「法」といいます)332条1項では、取締役の任期は2年と規定されていますが、同条2項において、非公開会社においての取締役の任期は定款の定めがあれば、10年まで延長することができると規定されています。これは、非公開会社では、株主が取締役に就任していることが多く、株主の変動も少ないため、公開会社に比べると頻繁に株主の信任を得る必要性が乏しいとの考えに基づくものです。
 本件の事例では、A社の定款において、取締役の任期は10年である旨の規定がありますので、A社の取締役であったYの任期は10年となります。

2 取締役解任における正当な理由
法339条1項では、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」と規定されており、同条2項で、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き株式会社に対し、解任よって生じた損害の賠償を請求することができる」と規定されています。
 上記の規定は、同条1項において株主総会決議による取締役解任の自由を保障しつつ、当該取締役の任期に対する期待を保護しています。一方で2項において、当該解任に正当な理由がある場合を除き、当該解任がなければ当該取締役が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について、会社に賠償責任を負わせる規定を設けています。これは会社・株主の利益と取締役の利益の調和を図ったものと解されています。
 同条2項の「正当な理由」とは、会社が当該取締役に取締役としての職務執行を委ねることができないと判断するやむを得ない客観的な事情があることをいいます。過去に「正当な理由」が認められた裁判例では、取締役に法令や定款に違反する行為がある場合や、病気療養のため取締役としての職務を果たせなくなった場合、または取締役として能力が著しく欠如する場合などがあります。
 本件の事例では、XはYをプライベートな喧嘩を理由に解任しており、正当な理由が認められる事例ではありません。

3 損害賠償額の妥当性
では、正当な理由なく解任されたYはA社に対して、残りの任期9年分の報酬相当額が損害賠償請求として認められることになるのでしょうか。
取締役の任期を10年と定めた非公開会社において、取締役の任期満了途中に、任期を定款で短縮し退任させた事案の裁判例では、正当な理由が認められないことを前提として、取締役の任期が5年5ヶ月以上残っている場合であっても、残りの任期中に会社の経営状況や取締役の職務内容に変化がまったくないとは考えがたく、残りの報酬を受領し続けることができたと推認することは困難である。このことから損害額の算定期間は、2年間に限定することが相当である旨の判断をしています(東京地裁平成27年6月29日判決)。この裁判例は、「正当な理由」がない取締役の解任や退任について損害賠償額は、社会通念上合理的であると認められる経済的な補償の範囲として、法332条1項を参考に取締役の任期2年分が相当であると判断したものだと考えられます。
この裁判例に照らすと本件の事例では、Yに対する損害賠償額は、残りの任期9年の報酬相当額ではなく、任期2年の報酬相当額が認められる可能性が高いことになります。もっとも、取締役の解任についての損害賠償請求については個別の事情も考慮し判断されることから、損害賠償額については事例判断になると言えます。
この事例のようなケースのほかにも、会社役員の選任や解任については様々な問題があります。会社役員の選任や解任に関する法的トラブルでお困りの際は、弁護士にご相談ください。